第28話 【魔法祭 〜其の五①〜】
結局、俺の魔力が完全に回復する前に、最終日が来てしまった。
歩き回るくらいは問題なくできるようにはなったんだが、まだまだ魔力はマックスの内4割程度しか回復していない。
とはいえ模擬戦のある最終日だ。
今まで特訓してきた訳だし、枯渇しない程度に張り切っていくしかない。
…と思っていたんだが、それをセーラに話したら激怒された。
「そんな病み上がりで魔法を使わせるわけないでしょ!!私がどれだけ心配したと思ってるの?!
しばらくアルムは魔法禁止よ!」
とこんな感じだ。
…と、言うわけで俺は今日一日寮の部屋にいる。
参加はせずとも見に行くだけ出来ないか聞いてみたんだが、セーラに即答で却下された。
まぁ、数日前は立場が逆で、セーラも一日寮に居たのだから、そう言われても致し方ない。
そう自分を納得させて最初のうちは部屋でジッとしていたんだが、昼頃になって耐えられなくなった。
セーラやマーコスの模擬戦のこと、これからの魔法についてなどやりたいことが沢山あるのにここにいては何も出来やしない。
そうやって部屋の中をグルグル歩き回っているうちに時刻は12時を回った。
そこでやりたいことができない焦ったさに空腹が加わり、いよいよ我慢できない。
俺は何か暇つぶしになる物は無いかと部屋の中を物色し始めた。
そして、セーラの部屋の棚を見ていた時、あるものが目に留まった。
その"あるもの"とは、マントである。
それもただのマントじゃない。セーラが俺を付けていた時に着ていた透明化できるマントだ。
それを見つけた瞬間、俺は思った。
これを使えば、外出してもバレないのではないか?
しかし、つまりそれはセーラとの約束の1つ、部屋を出ないを破ることになってしまう。
俺はマントを見つめながら数十分考え込んだ結果、好奇心が勝利し、俺は部屋を出ることにした。
セーラとの約束を破ってしまうが、実際魔力以外は元気なのだ。出歩いたから死ぬ、なんてことはない。
俺はマントを頭から羽織り、少々の罪悪感と共に部屋のドアをそっと開ける。
そこから俺が最初に向かったのは校長室だ。
何故模擬戦を観戦しに行くのではなく校長室へ行くのかというと、ナルバに相談したいことがあるからだ。
俺はなるべく足音を立てずに校長室の前まで来ると、ノックをしてから扉を開けた。
因みにここに来るまでのマントからの景色は、誰一人として俺の存在に気付いていない不思議な景色であった。
どうやら今はナルバ1人らしく、ナルバが椅子に座ってこちらを見ているが、今の俺は透明化しているため厳密には見ていない。
と言うわけで、俺はマントをさっさと脱いだ。
するとナルバには空間に唐突に俺が現れたように見えたらしく驚愕そのものの顔をしたまま固まってしまった。
「……あの、先生?」
「はっ!あ、アルム君、今のはどうやったのだね?!」
息を荒くして聞いてくるナルバに軽く説明をして落ち着かせる。
それから俺は本題に入った。
「あの、今日僕がここに来たのは校長先生に相談があるからなんです」
「ふむ、相談?」
「はい。この学校には成績が特別優秀な生徒は様々な優遇されるというシステムがありますよね?
そこで、僕の成績が優遇されるに足るならば、僕に1つ研究室を用意してほしいのです」
「研究室…?
いや、もちろんアルム君の成績でしたらそれくらい可能ですが、何故研究室が必要なんですかな?」
「端的に言えば、もっと強くなる必要があるからです。強くなるために魔法について研究し、その構造や規則性を理解出来れば、より高度な魔法を使いこなせるようになれるはずです」
その答えにナルバは神妙な顔をした。
「ふむ……しかし、またどうして急に強さを求めるのですかな?」
その問いに俺は少し困ってしまった。
夢に出てきた変な神の話や甲冑の話をしなくてはならないが、そんなことを言ったところで頭がおかしくなったと思われるだけだ。
顎に手を当て、どう答えようかと考えているとナルバがわざとらしい咳をした。
「ふむ。最近アルム君はセーラと交際しだしたそうですね。
私はそこのことをよく知りませんから分かりかねますが、強さを求める理由はそこにあるのですかな?」
そうなんだろう?と言わんばかりに自信ありげな顔をしてナルバがそう言った。
まぁ、確かにそれも一理あることにはあるんだ。
甲冑が出てきたとき俺はセーラを殺しかけた。
あのとき甲冑が危害を加えようとしなかったから良かったものの、もしその気があったなら俺もセーラもマーコスも容易く殺されていただろう。
あの甲冑は悔しいが、そう思わざるを得ないただならぬ雰囲気を醸し出していたのだ。
だから俺は、強さが欲しい。
沢山の人じゃなくていい。自分と周りの大切な人達ぐらいは守れる強さだ。
それにまたいつどこで甲冑が現れるかも分かったものじゃないわけだし、強くなるのは早ければ早い方がいい。
その強さを手に入れるためには魔力についてもっとよく知らなくてはならない。
ということで研究室が欲しいのだ。
まぁ、他にも理由はあるんだがな。
「はい。その通りです。校長先生には隠し事は出来ませんね」
「ほっほっほ。そういうことでしたらすぐに用意しましょうぞ。
大きさなどの指定はありますかな?」
「ある程度の広さが欲しいです。
そうですね、大体寮の部屋5つか6つ分です」
「分かりました。部屋6つ分程ですね……えっ?そこまで広くなくてはいけないのですかな?」
「えぇ。大きな魔法も試そうと思っていますので」
そういうと感心したような顔をされた。
そらから少し世間話をして、俺は御礼を言ってから校長室を出た。
これでこれからの見通しは大分ついた。
これで神の言っていた問題とやらも大したものじゃなくなるだろう。
と、そこで俺の腹が低く大きな音で唸る。
そういえば腹が空いているのだった。
俺は校内の出店で腹を満たすことにした。
中庭に着くと庭の端に並ぶ出店からはいい匂いがしていた。
人混みの中を数分歩いて吟味してから、俺は焼きそばのような麺類の出店の列に並んだ。
勿論マントを被っていては買えないから今は姿が見えてしまっている。
とはいえこの人の多さだ。俺を見つけるのは至難だろう。
そうこうしているうちに俺の順番が来て、やはり焼きそばにしか見えない茶色の太い麺を買った。
俺はそれをどこで食べようかと考えつつマントを被り直して中庭をウロウロする。
俺が中庭に来たのには飯確保の他に理由がある。
その理由とは、模擬戦観戦だ。
丁度昼時から模擬戦が始まり、当然これにセーラやマーコスも参加する。
だから俺は、2人の戦いっぷりをこっそり見つつ、昼ご飯を食べようという寸法だ。
人が特に多く、模擬戦の競技場が見える丁度いい場所を見つけ、そこに座る。
マントを被っているとはいえ、人が多くいないとバレやすくなる。
中庭の地面には俺がセーラと決闘した時と同じ大きさの長方形が大量に書かれてあった。
この中で模擬戦をするわけだ。
そして、俺が焼きそばにいざ食そうとした時、放送が流れた。
「これから魔法祭最終競技、魔法模擬戦を行います!出場選手の皆さんは競技場へどうぞ」
魔法祭最大の見ものだからか少々の興奮を孕んだ声の放送のあと、40人ほどの選手であろう人達が一列にずらっと中庭に並ぶ。
犬耳の高校生くらいの男の子、腰の曲がったおばあさん、兎耳でガタイのいいおじさんなどなど、選手はみんな老若男女どころか種族も別々だから見ているだけで楽しめる。
改めて見てみると獣族にも色々あるようだ。
猫、犬、兎、中にはヘラジカのようなツノを生やしたやつもいる。
マーコス以外にも獣族との繋がりを作っておくのもいいかもしれない。
というか、俺はマーコスとセーラ以外にも繋がりを作った方がいい。
あの2人に何かあった時に俺だけで対処できるかは少々不安だ。
ま、その当の本人達はワクワクしているようで列の端の方で楽しそうに談笑している。
2人が楽しそうに話しているせいなのか、何だかあの会話に入れない自分が情けなくなる。
魔力枯渇にならずに済んだ方法だってあったはずだ。
例えば甲冑を攻撃せずにもっと様子を見てみるとか他にも色々方法はあった。
だがあの時は、甲冑の異様な迫力に完全に気圧されて、まともに考えてなかったんだろう。
こういう精神的な面でも神の言っていた強さが必要なんだろうな…
「では、ここに魔法模擬戦の開催を宣言します!!」
しみじみしている俺を叩き直すような大声の放送がなり、周りからは一気に歓声が上がった。
そして、選手たちはそれぞれの枠の中へと入っていく。勿論セーラもマーコスも位置についている。
いよいよだ。いよいよ模擬戦が始まる。
俺は今まで特訓という名の魔法開発をしてきたが、セーラはきちんと特訓をしてきた。
本人は気付いていないだろうが、俺と初めて決闘をしたあの時より魔法の威力、精度共に格段に上がっている。
マーコスだってこの前戦って分かったが、相当強い。
昔冒険者だったとか言っていたし、こういう対人戦には慣れているのかもしれない。
俺としては最近作った新しい魔法を試さないのが少々残念だが、今は目の前で起こるだろう仲間の戦いぶりの方が気になる。
それぞれの枠に審判らしき人が3人ずつ入り、放送が流れる。と同時に背後で声がした。
「|それでは、魔法模擬戦、開始!!《やぁ、アルム君》」
振り返り、声の主と目が合う。
途端嫌な予感がして、俺は苦笑いをした。
=====
俺は今、3年の教室にいる。
皆、外の競技やら出店やらを回っていて教室は空っぽだ。
こうして考えると最近誰もいない教室に入ることが多い気がするが、今回は前回のような期待できる展開は無いだろう。
いや、そりゃあ俺だってセーラ達の試合を見たい。でも今は見に行けない。
見に行けない理由というのが、今目の前に立っている黒ローブに身を包んだ男にある。
しんとした教室にそいつの声が響く。
「どっ、どうか!君の知識を私にも与えてはくれないだろうか!」
そう叫びながら俺に向かって土下座するこの男は、誰であろうあのダン先生である。
俺は彼と勝負をして、負けた。紆余曲折があったとはいえ、負けは負けだ。
そして勝ったダン先生には俺に何でも1つ言うことを聞かせられる権限がある。
そういう賭けをしたんだから、まぁしょうがないことだ。
しかし、この命令、というよりお願いは意外である。確かに先生の代わりに授業をやったりはしたが、まさかこんなことを言われるとは思わない。
まぁ、そういう命令だったら、俺は教えなくてはなるまい。
とはいえ、
「あの、先生は命令する側なんですし、別にそんなに畏まらなくても…」
「何を言っているんだい?君は自分の先生を敬わないのかい?」
ダン先生が下から見上げるような、かつ真剣な視線で問いかけ、俺は口をつぐんだ。
確かに言われてみればその通りかもしれない。
俺にとっての師ーーーアトミーが、もし仮に如何なる悪徳非道を行なったとしても俺は彼女を尊敬し続ける。
だとすれば、ダン先生の理屈も分からなくもない。
「それで、先生は僕に何をして欲しいんですか?」
「私の先生になって欲しい。君の知識は、悔しいが私のよりも遥かに広く、深い。
そして私は教師である以前に魔法使いだ。
魔法使いたる者、常に知識欲を持っていなくてはならない」
知識欲云々は初耳だが、確かに俺の知識は異世界の人よりも広いだろう。
知っている者が、知らぬ者に教える。これは当たり前だ。
何より懐かしい。
高校にいた頃は、よく周りの奴に勉強を教えていたりしたものだ。
とはいえ、転生のことはしばらくの秘密としているから、それらしき情報は教えられないが、それ以外ならば大丈夫。
「分かりました。私は先生の先生になりましょう」
「そうかい!それは良かった。
あ、私のことはダンでいい。
これからよろしくお願いします、アルム先生」
「……はい、よろしくお願いします、ダン」
そう言って握手を交わし、俺たちは教室を後にした。




