第27話 【魔法祭〜其の四〜】
目がさめた俺は、真っ暗な空間の中に横たわっていた。
唐突な状況に困惑しながらもそっと体を起こし、辺りを見渡すが視界は全て暗黒に支配されている。
壁や天井があるのかすらも分かないからこの空間が一体どこまで広がっているのかも分からない。
訳が分からず、取り敢えずこの場所の広さを確認しようと中腰になり、俺は床に触りながら歩き出した。
床から伝わる冷たくツルツルとした感覚のみを頼りに一歩一歩ゆっくりと進んでいく。
数歩ほど歩くと手が壁に当たった。
撫でるように手を壁の上の方に這わせる。
すると、壁の途中で何か出っ張ったものに手が当たった。
触って形を確かめると、その出っ張りは丸いドアノブのような形をしている。
試しにひねってみるとガチャリと音がして、出っ張りが反時計回りに回った。
どうせ真っ暗なんだ。
このままここにいてもしょうがない。
俺は一思いに出っ張りを押し開く。
目の前から一筋の光が暗闇に差し込み、思わず目を瞑った。
そのまま数歩前に進み、目を開ける。
すると、競技場の景色が広がった。しかも俺が的を狙っていた場所だ。
まだ視界が白くぼやけていて分かりにくいが、確かに競技場だ。
目をこすり、周りを見渡して改めて確認する。
すると、この景色にどこか見覚えがあった。
それというのも、横にはダン先生が固まったまま動かず、観衆たちも固まっているのだ。
そう、つまり、この景色はあの黒い甲冑が出てくる直前のストップモーション的景色だ。
まだ甲冑は見当たらない。ということは、もうそろそろ的の前あたりに甲冑が出てくるのだろう。
俺がそう思って魔力を操作しようとした時だった。
背後から声がした。
「甲冑は出てこないから、そんなに緊張することはないわ」
不意にした背後の声に驚き振り向くと、そこにはセーラがいた。
そしてセーラはいつものあどけない笑顔を見せる。
「やぁ!アルム・ガルミア君!!」
「セ、セーラ……?」
その挨拶に俺は動揺を隠せなかった。
それというのも、俺の直観がこれはセーラではないと叫んでいるのだ。
理由は色々ある。
まずセーラは俺を"アルム"と呼ぶはずだ。
そのほかにも雰囲気、表情、話し方、仕草、声。目の前の"人物"の全てがセーラのようでそうでない。
まるで誰か他の人がセーラになり切ろうとしているような、そんな感じが一瞬で伝わってきた。
「そうだよ。やっぱりバレちゃったか。
ま、バラす予定だったしいいや。
そんなことより!僕は君に会いたかったんだよ、アルム君!!」
「…お、お前は誰だ?」
恐る恐る尋ねると、その偽セーラは良くぞ聞いてくれたと言わんばかりの笑みを浮かべ、自信たっぷりに言った。
「僕は、世界の神さ!!」
………世界の神?
こいつは何を言っているんだろうか。
そもそも神が存在するかどうすら分からないというのに、自己紹介で神だなんて、小学生じゃあるまいし。
いや、それより何でこいつはセーラの姿をしているんだ?
「いやぁ、僕はね、見る人の最も大切な存在の姿に見える仕様になってるのさ。
その方が親しみやすいからってことでさ。
どうかな?」
「どうかなって…いやいや!はっきり言って不快だぞ。
普通の姿とかないのか?
いやそれよりも、さっきから俺の心を読むの辞めてもらっていいか。それも不快だ」
「そ、そうなのかい?
結構いい案だと思ったんだけどなぁ」
そう言って自称神は、少々残念そうな顔をした。
そんなことはお構い無しに俺はもう一度聞き返す。
「んで、本当はお前は誰なんだ」
「だから、神だってば」
「……いや、冗談とかいらないから」
「いや、冗談なんて言ってないよ。
僕は本当に神なんだ。試しに僕に君の得意な岩弾丸でも撃ってみなよ」
「いやいや、好きな人を撃ち抜くサイコパスがどこにいるよ。
…そうだな。じゃあお前がアトミーの姿になれたら信じてやろう」
「お安い御用さ!」
自称神がそう言うと、目の前のセーラの髪が毛先から桃色の髪が濃い青になり、目も垂れ目に変わって身長が伸びていく。
そして10秒も経たないうちに俺の目の前にはアトミー・ターミシルが立っていた。
「こんなもんでどうだい?」
そう問う声すらも完全にアトミーと化しており、俺は驚愕せざるを得ない。
「…あ、あぁ、信じるよ。お前は神だ。
この2人の美貌を完璧に再現できるのは神ぐらいだからな」
「そうかい、そうかい!それは良かった!
さてさて、ようやく信じてもらえたことだし、本題に入るとしようじゃないか」
「本題…?」
自称神は真剣な眼差しになると口を開いた。
「そうだよ。
こう見えても僕は暇じゃないんだ。君の夢にわざわざこうして出てきているのにも理由がある。
その理由こそが、本題なのさ」
「そうなのか……って、夢?!
いや、まぁ夢か…
そうすると、お前も俺が想像で作っただけなのか?」
「いやいや、違うよ。僕は君の夢に勝手に介入しているだけだからね。
いくら神と言っても1人の人間に介入出来るのは夢ぐらいまでなのさ」
「そうなのか。いや、そんなことはどうでもいい。はやく理由ってのを教えてくれよ」
「分かったよ…って、おっと、そろそろ時間か。
じゃあ、手短に言うからよく聞いてね。
これから先大きな問題が起きるから、君はそれが起きるまでに強くならないと辛い思いをすることになる。
だから、強くなりなよ?」
大きな問題…?訳が分からん。
辛い思い……何が起きるのか分からないと対策のしようがない。
視線を上げると、神は薄くなってきていた。
足元に関してはもう何も無い。
「お、おい、問題ってなんだよ!
まっ待てよ!!」
「もう時間なんだ、ごめんね〜。僕は君に少しでも幸せでいてほしいのさ。
まぁ、またいつか来るからさ。その時にはもっと話をしようじゃないか!」
そう最後に楽しげに言い放って、神はその場から完全に消えた。
訳が分からない。
大きな問題に、強くなれ、辛い思い。
この先一体何が起きるんだ?
いや、そもそもあいつは本当に神だったのか?
神にしては軽々しい態度だったような気がするが…
目を瞑り、そんなことを考える。
その直後、目を開けると視界には競技場の景色、ではなく寮の天井が映っていた。
いつもの見慣れた天井だ。いつもの位置にいつもの木目がきちんとある。
下の方に目をやると俺の体には布団がかかっていた。
どうやら俺はベッドに横になっているようだ。
そうだ、神が"夢"だとか言ってたじゃないか。そうすると、さっきのあれは夢で、俺はベッドで寝ていたのか。
うーん、夢にしては鮮明すぎやしなかったか?仮に夢じゃないとしたら神の言ってた問題やら何やらが気になるところだが……
いや、今はそっちじゃなくて、どうして俺がベッドで寝ているか、だな。
確か最後の記憶は、甲冑がいなくなって競技場のストップモーション状態が解けた辺りか…?
と、そこまで考えたところで右側でガチャリと音がする。
音の方向を見てみると、セーラが桶と白い布切れを持ってドアを開けて部屋に入って来ていた。
セーラは両手が塞がった状態で器用に扉を静かに閉めて、こちらを振り向く。
そして俺と目が合うと目を見開いてその場で固まった。
数秒その状態でいると、セーラは手にしていた桶と布を落として俺の方に走ってきた。
「ア、ア、アルム!!
ようやく、ようやく起きたのね!?」
「えっ、う、うん。起きたよ。
………君は、僕が好きなセーラ・ナナ・ラードだよね?」
「…!あ、当たり前じゃない!!」
あの悪質なコスプレ自称神の顔が頭に浮かび、念のために聞いてみる。
すると少し頰を赤く染めたセーラにそう叫ばれた。
それから俺はセーラに事の顛末を聞いた。
なんでも俺は魔力枯渇になっていたらしい。ストップモーション解除の直後にどさっとその場に倒れて、それから4日間も意識不明のまま寝ていたのだとか。
医者曰く、俺は生と死の境目を行き来している状態だったようで、セーラは散々心配していたようだ。
確かに言われてみればへばりつくような倦怠感を感じる。
魔力も感覚的に分かる範囲だと普段の1割分もない。
確かに岩弾丸を何百発も、しかも1つ1つにとんでもない量の魔力を込めて撃ったのだから魔力も枯渇するだろうな。
しかし、話を聞く限りではセーラは甲冑のことを知らないようだから、まるで俺が1発弾を撃って枯渇したように見えたようだ。
そういえばストップモーション中動いていたのは俺と甲冑だけだった。
仮にあの状況を作り出したのが甲冑だとしたら、他の人が動けない中何故俺だけが動けたのだろうか……?
そもそもあの状況はどういう仕組みなんだ?
弾は空中で止まっていたし、皆微動だにしていなかったし、謎が多すぎる。
神が言っていた大きな問題ってのも気になる。
そもそも神ってのは何者だ?変幻自在に他人になれるようだったし、人間ではなさそうだった…
いや、あれも魔法かもしれないな。
ムガーマみたいにあり得ない馬がいたり、魔法で雷やら炎やらを作り出せる世界だ。
変身くらい簡単に出来るかもしれないな。
そんなことを考えながら、俺はお粥みたいな食べ物をセーラにあーんしてもらっている。
セーラは俺に状況を説明するとき、散々泣いたり怒ったりして興奮気味だったが、それもある程度で気が済んだのか今は大分落ち着いた。
「ねぇ、アルム」
「あむ……んぐ、なんだい?」
「もう私に心配させないで?私、凄く怖かったんだよ」
「うん、分かった。ごめんね」
それを聞いて安心したのか、セーラは少し微笑んだ。
「あ、あとね」
「あむ……なんだい?」
「わ、私のこと、好き?」
「んぐっ!?ゴホッゴホッ、な、なんて?」
「だから、その……私のこと、好きなの?」
ゆっくりと丁寧に言葉の1つ1つを紡ぐようにして問うセーラの顔は耳まで真っ赤に染まっている。
唐突に聞かれてむせてしまったが、これはしっかり答えるべき質問だ。
俺は小さく咳をすると口を開いた。
「僕は、セーラのことが好きだ。誰よりも好きな自信があるし、大切にしたいと思っている」
「っ……!!」
セーラは俯いたまま黙ってしまった。
ふと手元をみると震えていて、スプーンからお粥がこぼれ落ちている。
「あ、あの、セーラさん?」
「そっそこまで言えなんて言ってないでしょ!!」
「んぐっ!?」
セーラはそう大声で言うと、中身が落ちてしまって何も入っていないスプーンを無理やり俺の口に押し込んだ。




