第26話 【魔法祭 〜其の参〜】
〜セーラ目線〜
気づいたら隣に居たはずのアルムが居なくなってた。
驚いて周りを見てみると、アルムは何故か競技場に入っていた。
その隣には、いつか私たちに意地悪をした嫌なメガネがいる。
「ちょ、ちょっと!どこ行くの!!」
そう叫んでも、私の声は周りの音に掻き消されて、アルムには届かなかったようだった。
私に次いでマーコスもアルムを呼び止めようとしたけどアルムは見向きもしない。
そして、そのままアルムは競技場の端をメガネ教師と歩いていってしまった。
「セーラ、アルムはどうしたんじゃ?」
マーコスが不思議そうに聞いてきたけど、私だって何が何だかわからない。
私が、分からないと首を横に振るとマーコスはうーんと唸った。
きっと私たちが魔法精密度競技、略して魔精競に見入っているうちにアルムとメガネの間で何かあったんだ。
だとしたら、またメガネがアルムに意地悪したのかも知れない。
そう思うとアルムが何をされるのかとヒヤヒヤして居ても立っても居られない。
たまらず私がマーコスとアルムがどうしたのかをあれこれ話をしていると突然放送がなった。
「えー、急遽参加する選手に変更が出ました。
それでは、途中参加ではありますが3年生アルム・ガルミアさん、水魔法担当教師ダン・リードさん位置について下さい!」
魔精競開始の時と同じ声の放送は少し動揺気味で、競技を見に来た人たちも一斉にどよめき出した。
それもそのはず。
私たちだって訳がわからないんだ。
なんでアルムとメガネが競技に出るの?
メガネが何か言ったのかな?
アルムは大丈夫かな?
そんなことを考えていると周りの人の声が聞こえて来た。
「おい、アルム・ガルミア…って、あのアルムじゃないか!?」
「あー、ラード家のお嬢様の下僕だっけか?」
「ちげぇよ!逆だよ逆。アルムの下僕がお嬢様だろ!
それにアルムって言やぁ教師顔負けの授業をしたってので有名じゃねぇか!」
「入試の時には案山子を消し炭にしたらしいわよ!
もしかしたら魔精競の的も消し炭になるんじゃない!?」
「まさかぁ!的が消し炭なんてどんな威力だよ」
皆、口々にアルムについて話し合っていて、何だか興奮しているようだ。
私としては少し聞き捨てならない話もあったけど、アルムを悪く言っている訳じゃない。
いや、寧ろ褒めている。
入試のことは知らないけど、授業の話は本当だ。
今でも私は胸を張ってその話をしたい。
私がフフンと胸を張って気持ち良く周りの話に聞き耳を立てていると、的から随分離れた所からアルムとメガネらしきものが競技場に入って来た。
ここからじゃ2人は親指くらいの大きさの点みたいにしか見えないけど、片方は杖を持っていないからきっとアルムだ。
杖なし無詠唱がアルムの2つ名みたいなものだからすぐ分かる。
そして2人は、そこで少し話をすると的から1番遠い、競技場の壁の所で構えた。
きっとそこから狙うんだ。
私は何だか不安になって来て、マーコスの腕をぎゅっと掴んだ。
いよいよメガネが詠唱を始めて、アルムは右手を前に出した。
私がアルムの魔法で見たことがあるのは、水のやつと爆発するやつ、それと風のリングみたいなやつだ。
3種類の得意属性があるだけでおかしな話だけど、アルムなら更に他の属性も使えるかもしれない。
そんなワクワクと不安が入り混じった不思議な気持ちでアルムの方を見ているとアルムと目があった。
本当に目があったかどうかは分からないけど、そんな気がする。
少し顔が熱くなりながらアルムを見ていると、急に手を振られた。
やっぱりアルムと目があっていたんだ。
ここからじゃ顔まで見えないけど、ふと頭の中に優しく笑って手を振るアルムが出てきて更に顔が熱くなる。
きっと今の私の顔は真っ赤だ。
もしかしたらアルムは私の顔まで見えてるかもしれない。
真っ赤な顔なんて見られたくなくて、思わず私はそっぽを向いてしまった。
それからしばらくそっぽを向いたままでいるとマーコスに声を掛けられた。
「どうしたんじゃ?具合でも悪いんか?」
「いや、そうじゃないけど…」
「だったら応援してやらんといかん。
最も好きな人からの声援は、最も人を強くするんじゃ」
そう言われて、私はハッとした。
私は自分ばっかりで心の中でしかアルムを応援していなかったんだ。
さっきだってアルムは私がそっぽ向いたの見えてたはずだから、悲しんでるかもしれない。
それにアルムの気持ちを知ってから、私は恥ずかしくてアルムと話せていない。
きっとそれもアルムを悲しませてる。
だったら今、応援することで少しでも悲しさを消さなくちゃいけない。
私は、まだ少し熱い顔をアルムに向けると大きな声で応援する。
「アルム!!頑張りなさいよ!!!」
=====
〜アルム目線〜
俺たちが競技場に出ると何故か観衆がざわざわしていた。
まぁ、途中参加なんてのは珍しいんだろう。
そんなことを考えつつ何処から狙おうかと競技場の端を歩いているとダン先生がニコニコしながら近づいてきた。
「アルム君。私は1番遠いこの壁から狙おうと思うのですが、まさか君に限って安全策として前から狙うなんてことはありませんよねぇ?」
「先生がそこで良いのでしたら僕もそこから狙いましょう」
「ふふ、そうでなくてはいけませんよね」
そう言ってダン先生は右手に持っていた真っ白な杖を構えた。
杖、と言っても元の世界での用途とは異なる用途のため前腕くらいの長さしかない。
しかし、その真っ白な杖には色のせいで見えづらいが小さな文字がびっしりと彫られている。
いや、文字かどうかは分からない。
元の世界でも、コッチでも見たことのないものだから、模様と言われても違和感がない。
その見たことのない文字らしいものに見とれているとダンは詠唱を始めた。
「生命の起源にして棺は、我を包み込む。
その変幻自在の力は全てを飲み込み、破壊し、去ってゆく………」
という感じに長々しい詠唱を大声で唱えている。
どの属性かは知らないが、さっきの放送の通りならば水魔法なんだろう。
それにこの詠唱文の長さならば上級よりは上の魔法であることは間違いない。
さてさて、俺もそろそろ魔力を練るかな。
と言っても、俺が使うのは岩弾丸だ。
入試以来使っていないが、これが最速で撃てる上に狙いやすい。
入試の時は色々強すぎてしまったし、今回は的の中心に当たることが目標だから威力は抑え気味で撃つつもりだ。
周りに人がいるのだから下手に強くするのは良策とは言えない。
ここにいる人の中に入試の時の案山子みたいになってしまう人が出てしまっては大ごとだしな。
俺はさっさと空中に弾を用意すると回転やらを調整した。
取り敢えず中心に当たれば良いのだから硬さはあまり意識せずに配分している。
まだダン先生は準備途中らしく長ったらしい上に痛々しい詠唱文を音読中だ。
いつも思うがどうしてこんなに詠唱文というのは辱め要素たっぷりなんだろうか。
更に不思議なのは異世界人は、この詠唱文を恥ずかしいなんて微塵も思ってない事だ。
今だって横には良い年した男性が大声でそれを読んでいる訳だし……
なんて考えながら俺は的に狙いを定める。
負けるわけにはいかないからここは慎重にせねばならない。
右手を前に出し、丁度中指の上あたりに的の中心が来るように調整すると手の前の弾に魔力を込める。
ふとセーラの方を見るとセーラと目が合った。
ここからだと良く見えないが確かに合ったのだ。
少々顔が熱くなりながら、空いている左手で手を振るとプイッとそっぽ向かれてしまった。
うーん…
手を振るのは不味かったのだろうか……
少ししょんぼりしつつ、再度弾の微調整をして準備を整える。
そして、ようやく満足のいくまで準備が整うと俺は大きく息を吸うと叫ぶようにして言う。
「岩弾丸!!」
その言葉の直後俺の弾は、まるで引き寄せられるかのように的の中心へと飛んでいく。
それと同時に見物人達の歓声が競技場を割りそうな大きさで響く。
弾が的に当たるまでなんて時間にして数秒なのだろうが、当たるかどうかヒヤヒヤしている俺には、この時間が数分に感じる。
ゆっくりと弾が進んでいるように見え、周りの歓声も低く小さく聞こえるのだ。
しかし、その歓声は段々と小さくなり、しまいには止まってしまった。
さっきまでの歓声が嘘のように競技場が静寂に包まれる。
驚いて周りを見回すと見物人達は皆、微塵も動かない。
誰1人として、指一本も動かさないのだ。
例えるならば、そう、マネキンだ。
横を見るとダン先生も同じようにマネキン化しているようで、口が詠唱の途中で開いたまま止まっている。
な、なんだ…?
何でみんな止まっている?
俺は……動けるよな。
何なんだよ。何が起きてるんだ?
不気味な状況に思考が追いつかず、弾の方に視線を戻すと、弾も空中で止まっていた。
しかし、俺の意識は止まっている弾よりも、その先に向いていた。
止まっている弾の数歩先、そこには大きな黒い甲冑がいた。
甲冑までの距離は約150メートル。
それだけの距離があっても猛々しい漆黒の甲冑は黒光りして、如何にも危ない雰囲気が肌を突き刺すように感じる。
甲冑の形から中の人物は男なのだろうと予測はできるが、顔の部分は黒子のように黒い布で隠されている。
俺は全意識を甲冑に向け、岩弾丸を大量に用意する。
当然敵と決まった訳ではないが、現状この異常な状況を作り出したと思しきものは、あの甲冑しかいない。
何より甲冑から感じる鋭い覇気のようなものが、俺の警鐘を打ち鳴らしているのだ。
俺は体を魔力強化して、全ての弾にありったけの魔力を込めた。
少しでも動こうならばこいつらを打ち込む算段だ。
どの弾も1発でも当たれば重症は免れない威力だ。
そんな弾を同時に何発も撃ったことはないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
しかし、突如として現れた甲冑も見物人と同じようにマネキン化しているのか動かない。
数分、俺と甲冑の間に沈黙が流れる。
「どっどなたですか!!」
勇気を出して、そう叫んでみても応答がない。
どういうことだ?なぜ動かない?
いや、そもそも動くのか?
あの甲冑は何者だ?今まであんなもの見たことはないはず……
いや、それよりも、まだ皆マネキンのままなのか?
俺がそれを確認するために甲冑から視線をずらした、その一瞬、甲冑は一歩前進した。
ギリギリ目の端でそれを捉え、俺は甲冑に向かって用意した岩弾丸を撃ち込む。
数百という弾が一瞬で撃ち込まれ、まるでマシンガンだ。
けたたましく鉄と石の当たるガチンガチンという音がして、一気に甲冑は砂煙に包まれた。
久しぶりにぐんぐんと魔力が無くなっていき少しめまいがするが、そんなことは御構い無しに俺は岩弾丸をひたすら作っては砂煙に撃ち込む。
しかし初発から7、8秒した頃、撃った岩弾丸の数発が何故か右にズレた。
驚いてそのズレた弾の先を見ると、何事かを叫ぶ顔をしたセーラがいた。
背中が氷のように冷えあがり、最悪の情景が頭に浮かぶ。
止めなくては、と新たに弾を作るが遅すぎる。
俺の全力を込めた弾がセーラを貫かんと恐ろしいスピードでセーラに迫る。
俺にはセーラがズレた弾に貫かれる瞬間を待つことしかできない。
本来、刹那でしかない弾の直進が意識の集中により、ゆっくりと動いているように見える。
そして遂に弾とセーラの間が4、5メートルという時、突然大きな黒い塊がセーラの前に現れた。
その瞬間に俺の集中が解け、直後、カチンカチンと音がする。
セーラの方を恐る恐る見ると、そこには血まみれのセーラ、ではなくあの甲冑が傷1つない状態で立っていた。
思考が追い付けず、呆然と甲冑を眺めていると、甲冑は何事もなかったかのようにスタスタと歩き出した。
その先には的を射るはずの空中に浮く俺の弾だ。
甲冑は弾の横まで来るとその弾道を少し左にずらした。
それだけすると、甲冑は背を向けて歩き出す。
すると突然、甲冑の目の前に真っ白な光の玉のようなものが現れた。
それを知っていたのか自分で作ったのか、驚く素振りを見せない甲冑は、1度だけ俺の方を振り返ると玉の中に入った。
そして玉は一瞬ブレてその場から消えた。
すると、玉の消失と同時に静寂そのものだった競技場は瞬く間に歓声で満たされる。
ふっと力が抜けて、酷い立ちくらみのような目眩に襲われる。
横ではダン先生が詠唱をようやく言い終わり、赤白の玉から出てくるどこかのデカイ亀の技のような水のジェット噴射が的の方に飛んで行く。
その結果を見ようと的の方に視線をやるが、目眩のせいなのか、もう立っていられない。
体の方はどこか見覚えのある疲労感に満たされて、力の入らない俺の体はどさっと前に倒れた。
床の冷たさが頰に伝わり、俺が倒れたせいなのか周りのどよめきが聞こえる。
倒れているというのに何故か安心感が湧いてきて、段々と周りのどよめきが遠ざかっていく。
そして、どよめきが消えた頃、俺の意識も闇に呑まれた。




