第25話 【魔法祭当日 〜其の弐〜】
セーラが床に倒れている。
俺は、一瞬それが理解出来なかった。
直後、ぐにゃっと視界が歪むと同時に焦りが一気に湧き上がり、どうすればいい、どうすればいい、と意味のない疑問が脳内でぐるぐる回る。
しかし、目の前で喘いでいるセーラの吐息が俺を我に帰らせると、俺はすぐさまセーラの額と首元に手を当てた。
セーラが倒れた理由は何となく予想は出来ていたが、その行為によって予想が確信へと変わる。
セーラは風邪を引いていたのだ。
額は、まるで熱したヤカンのように熱く、扁桃腺はぷっくりと腫れ上がっている。
この熱だと、相当重度の風邪だ。
風邪というのは、侮られがちだが、場合によっては死に至ることだってある。
特に、意識を失うほどでは危険だ。
俺は急いで上級治癒魔法を使う。
いくら風邪でも上級魔法を使う必要はないのだが、念のために上級だ。
そっと額に触れ、魔力を流し込む。触れている手にはセーラの熱が直に伝わって熱く、それにつられて俺の焦燥感も増していく。
早く!早く!!早く!!!
そんな思いとは逆に魔力はのろのろとしか動かない。それが歯痒くて、でも早まることは出来ずに胸が締め付けられるようだ。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
暗い教室の中、未だに俺はセーラの額に手を当てている。
それというのも熱は下がったが、セーラがずっとうなされているのだ。
セーラはずっとうぅ、あぁ、と呻いている。そして時々『アルム』と小さく、俺の名前を呼ぶ。
そんなことを言われたら、手を離せる訳がない。
更に少し時間が経つとセーラの呻きも収まり、セーラはスヤスヤと眠り始めた。
俺は眠るセーラをおぶると寮へと向かう。
当然素ではおぶれないから魔力強化を施して、だ。
上級魔法を使い続けたはずだが、まだまだ魔力は底をつきそうにない。
一度限界を知るために魔力を使い続けてもいいかもしれないな。
それはさておき、セーラが俺の背中にピタッとくっつき、熱が背中いっぱいに伝わる。
それは先程のような高熱ではないものの、とても暖かい、落ち着くぬくもりだ。
そんなことを考えていると、ふとセーラが倒れる前に発した言葉が、頭に木霊した。
直後、段々と自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
そして何となく心地の良いその感覚の中、先程の情景を思い返す。
セーラに『好き』と言われた。
彼女は顔を赤くして、恥じらいながらも、きちんとそう言ったのだ。
思えば俺は、それに対する答えを出していない。
まぁ、倒れてしまったのだからしょうがないが、俺もちゃんと伝えなくてはならない。
俺もセーラが好きだ、と。
何だか改めて言うと恥ずかしいな。
セーラに面と向かって言えるのだろうか…不安だ。
だが、俺は自分の気持ちに気付いたのだ。
それをきちんと伝えなくては、セーラに申し訳ない。
いや、その前にマーコスとの関係を聞くのが先か。
好きだと言ったが、マーコスも好きだなんてことでは困るからな。そんなこと、セーラに限ってないと思うが、念のためだ。
そんなことを考えているうちに寮に着き、部屋の扉を開けて中に入る。
それからセーラをそっとベッドに寝かせると、俺はすぐ横にある椅子に腰かけた。
一応具合はだいぶ良くなかったが、万が一があり得る。
いつでも治せるように側にいた方がいいだろう。
そうセーラの容体に気を配りつつも、これからのことにドキドキしながら過ごしていると、段々と瞼が重くなってくる。
いかんいかんと首を振っても眠気というのは中々の強者で、そう簡単には消えないものだ。
思い返せばまだ昼寝をしていない。
体の小さな俺にとって昼寝は相棒と言ってもいいほど不可欠なものだ。
そんな大切なものが欠けているのだ。当然眠気はパワーアップしている。
そして、俺は更に強くなった眠気との戦いにあっさりと負け、あっと言う間に眠ってしまうのであった。
=====
〜セーラ目線〜
朝目が覚めると、すぐ横にアルムが座っていた。
眠っているようで、小さくいびきをかいている。
昨日の記憶が曖昧だ。
どうやって部屋まで戻ったのかも覚えていない。
魔法祭ではしゃぎすぎたのだろうか…
だとしたら、起きたアルムに怒られてしまう。
『…私、アルムのことが好き』
突然、見覚えのある映像がフラッシュバックした。
暗い教室の中、目の前には月明かりに顔を照らされたアルム。
私は、めまいみたいに視界がくらくらしながら、自分の溢れ出しそうになるこの想いを口にしている。
そうだ、思い出した…
今のは、昨日の私の記憶だ。
私は昨日、アルムに告白したんだ。
それから…
あれ?どうなったんだっけ?
まぁ、そこから先は何でか思い出せないけど、とにかく告白はした。
そしてそう思うと、どんどん恥ずかしくなって、布団の中でうずくまりたくなる。
急に近くのアルムに意識が集中し、トクトクと心臓が鳴って、胸がきゅっと締め付けられる。
「…あ、アルム。起きて?」
それでも私は勇気を出して、アルムの体を揺すって起こそうとしてみる。
アルムの肩に触れている手の感覚が、やけにしっかり伝わって、じわじわと顔が熱くなる。
少し揺すると、アルムは薄く目を開けた。
ゆっくり顔を上げ目をこすっている。
そんなアルムを見ていると、私の心がアルムの方に引き寄せられるような感覚がした。
心なんてどこにあるのか分からないけど、本当に心がくっつこうとしているのが分かるのだ。
私がアルムをぼーっと見つめていると、アルムが私の方を見て、驚いたような嬉しそうな変な顔をした。
それから、いきなり抱きしめられた。
突然抱きしめられて固まっていると、耳元で
「本当は、こんな時に言うことじゃないかもしれないけど……
僕は、セーラが好きだ」
と、呟くようにして言われた。
ただでさえ苦しいのに、抱きつかれた上にこんなことを言われて、私は苦しくて息ができなかった。
でも、その苦しさが嬉しくて、愛しくて、自然と涙が溢れてきた。
「えっ!あっ、ご、ごめん!
こんな風に言われるのは嫌だったかな」
慌ててアルムが体を放し、頭を下げる。
私は涙でぼやけるアルムの顔を見ながら吐き出すようにして言う。
「違うわよぉ…嬉しくて泣いてるの!
それぐらいわかりなさいよ!!」
「ご、ごめん…」
「謝らないの!」
「ご、ごめ…いや、はい。
…あっ、そうだった。
セーラに聞きたいことがあるんだ」
そう言って向き直ったアルムからは真剣さが伝わってきて、私は涙を拭って向き直る。
真剣そのもののアルムの顔は、何だか少し怖いぐらいだ。
「あのさ、こんなことになってるから、もう何となく答えは分かっているんだけど、確認のために聞くね」
「…うん」
「……セーラは、マーコスさんとは付き合ってないんだよね?」
「えっ?!……ふふっ、あはは!あはははははは!」
「な、何で笑うんだい?変なこと言った?」
「変に決まってるじゃない!私がマーコスと?
あはっ、あははは!!」
=====
〜アルム目線〜
それからセーラは、しばらく笑い続けた。
何でも真剣な顔で変なことを聞かれたのが、面白かったらしい。
俺は至極真面目な質問をしたんだが、セーラにとってはギャグみたいなものだったんだろう。
ま、何にせよ、セーラはマーコスと付き合っていなかった訳だ。
次は付き合うかどうかはという話だが、これは少し話し合った結果、付き合わないことにした。
といっても、嫌いになるわけでは無い。
年齢的に適切でないと判断したからだ。
中身は20近くても体は3歳児の俺と、6歳の少女。
セーラはやけに大人びているところがあるが、それでもやはりまだ子供だ。
付き合う必要が無いのは当然といえよう。
そんなことを言ったら、マーコスとセーラが付き合ってる訳も無いじゃないか、と言うことになるが俺も本当に何故そんなことを考えついたのか分からない。
冷静さを失っていたというか、考えが足りなかったというか。
これが俗にいう、"恋は人を馬鹿にする"ということなのだろう。
昔から自分だけは恋に落ちたからといって馬鹿にならないと自負していたが、結果は簡単に恋の力に負けてしまったな。
そして、改めて思うと俺はセーラのどこに惹かれたのか分からない。
まさか初彼女が、と言っても付き合ってはいないんだが、自分よりも14歳も年下とは思わなかった。
いや、まぁ実際は違うんだが……ややこしいな。
とはいえ、好きな所が分からないのは色々と問題だ。
当然俺の中には、こんなどこが好きなのかも分からずに好きでいていいのかという不安もある。
しかし、そこはセーラと同じ時間を過ごす中で気付いていくものでは無いかという結論に至った。
やや言い訳気味だが、いくら考えても分からない。こんな解けそうにない難問は人生初だ。
=====
そして、今日は魔法祭3日目。
2日目、つまり昨日は、病みあがりのためセーラを安静のため部屋に居させた。
あれだけ笑うほどに元気があるなら大丈夫かもしれないが、念のためだ。
その日、俺は夕食確保時から放っておいてしまったマーコスのところに行った。
理由があったにしろ、マーカスには何も言わずに行動してしまったのだ。当然怒っている。
と思ったのが、思いの外穏やかだった。
最初は中々帰ってこない俺たちを心配したらしいが、教室に駆け込むところを見つけて安心したのだとか。
セーラからマーコスとセーラの仕組みについては粗方説明してもらっていたが、マーコスに俺がセーラとマーコスが付き合っていると思っていたことを話すとセーラと同じように笑われた。
そんなにおかしなことだろうか…
まぁそれは置いておいて、俺はマーコスと、セーラと俺は付き合わないことやその理由、その他2人はどんなことを仕組んでいたのかなど、色んな話をした。
その1つ1つにマーコスは一喜一憂しながら聞いていた。
そんなことをしているうちに2日目はあっという間に過ぎ去った。
因みに、魔法祭の内容としては1日目とあまり変わらず、演武やらスピーチやらでつまらなかった。
そして今日は、俺とセーラとマーコスの3人で、いつかセーラと決闘をしたあの場所に来ている。
中に入ると相変わらず馬鹿でかいその空間を数百人が埋め尽くしていた。
俺たちがここに来たのは、魔法精密度競技というのを見るためだ。
魔法精密度競技とは、その名の通りどれだけ正確に魔法を打てるかというのを競うものである。
具体的には様々な距離から的を狙うのだ。
的には中心から同心円状にポイントが存在し、中心が最も高い100ポイント、1番端が1ポイントとなっている。
そして更にそのポイントと的から狙った場所までの距離を足し、その合計を競うというものである。
そしてこの競技は今日の目玉ということで、この人だかりが出来ているわけだ。
俺たちは取り分け他の生徒よりも小さいため前に行かなくては競技がまともに見えない。
ということで人を掻き分けながら前に進み、ようやっと最前列の所までやって来た。
先ほどまでは人だかりで見えなかったが、大体長さ200メートル、幅10メートルくらいの大きさで誰も人がいない場所がある。
恐らくここで的を狙うんだろうな。
そして俺たちは丁度その的の横あたりにいて、目の前には審査をする数人の教師達がいる。
「では、これより魔法精密度競技を始めます!
1年生から順に競技場に入って下さい」
そう放送が流れると、大衆がいよいよかとざわめく中、選手が先の広い場所に入って来た。やはりそこが競技場なのだ。
どの選手も皆、手には杖を握り締めており、緊張した面持ちの人がほとんどだ。
好きな位置から打っていいらしく、1年生と思しき面々は10メートルから20メートルの間辺りに散らばって立つと魔法を詠唱し出した。
この詠唱は火球か。
確かセーラと決闘した時も火球だったんだよなぁ。
何だかあの頃が懐かしくなってくる。
まだセーラと仲が悪かったんだよなぁあの時は。
入室許可を中々くれなくて、認めないわ!!なんて言われたっけか。
そんな感傷に浸っていると目の前を数個の火球が通り過ぎる。
的に当たったのは2個だけで、どれも芳しいとは言えない点数だ。
それから2年、3年と順々に競技が進んだ。
セーラとマーコスはどの学年の競技であってもとても楽しそうに見ていた。
爛々と目を輝かせている2人を見ていると何だかこっちまで楽しい気分になってくる。
そして、7年生の順番になった時、見覚えのある顔が前にあった。
黒縁丸メガネに七三分けの前髪、真面目そうな顔の割に嫌がらせを好む、そう、いつぞやの教師である。
あの時は代理で教師をしろなんて無茶振りをスッキリ納めてしまい、きっと彼としては気分が悪かったことだろう。
それにしても久しぶりだな。
あれからほとんど姿を見なかったが、元気にしていたのだろうか。
俺がその教師を見つめて考えていると、教師は俺達の方へと寄ってきた。
「やぁ、いつぞやのアルム君だね」
「えぇ、お久しぶりです」
「そうだったね。
話は変わるが、君にとってはこんなのつまらないんじゃないか?」
「いえいえ、楽しいですよ」
「そうかい?君なら優勝なんて朝飯前だろうに、これが強者の余裕とやつなのかい?」
「まさか、僕が強い訳ないじゃないですか」
話しかけてきたが…やけに挑発的だな。
ま、前のこともあるし、当然と言えば当然だが、正直鬱陶しい。
さっさとどこか行ってくれないかなぁ。
なんて考えていても、教師はどこへも行かず俺に話しかけてくる。
成績はどうだだの、セーラとの仲がどうだの、何れにしても挑発的な言い回しだ。
「そうだ!君、競技に出てみなさい。
選手なんて何人いても変わらないんだし、何より僕に君が優勝するところを見せてくれよ」
「いや、でも…」
「教師である僕がいいと言っているんだ。
断る理由があるかな?」
「いや、まぁ無いんですが…」
「あっ、それともこの大人数の観衆に怖気付いてしまったかな?
まぁ選手の中にもそういう人はいるけど、君は怖気付いたりしないと思っていたんだがねぇ」
うん、流石に俺も対応に疲れた。
ここは1つ、この教師をギャフンと言わせる必要がありそうだな。
「はぁ、そこまで言うなら出ますよ。
その代わり、恥をかいても知りませんよ?」
「恥?どういうことかな?」
「先生と僕、どっちがより良い点数が取れるか勝負しましょう。
勝った方は負けた方に1つだけ、言うことを聞かせられるという報酬付きで」
「っ!!それはつまり、僕に勝てるつもりでいると?」
「さぁ、どうでしょう」
教師の少しキレ気味の質問をひらりと躱し、教師と俺は他の審査員の教師達から了承を得ると、準備にかかった。
「えー、急遽参加する選手に変更が出ました。
それでは、途中参加ではありますが3年生アルム・ガルミアさん、水魔法担当教師ダン・リードさん位置について下さい!」
そうアナウンスが流れて、俺と教師、ことダン先生は競技場に入るのであった。




