第24話 【魔法祭当日 〜其の一〜】
次の日、朝起きるとベッドの横に輪郭のぼやけた水色とピンク色の"何か"がいた。それも意外と大きくて俺が立った時よりも少し大きいくらいだ。
何だろうかと思いつつ、俺は寝ぼけ眼をこすりながら体を起こす。
少しずつその何かは、その輪郭を帯びてきて、セーラになる。
セーラは両の手を後ろにして、昨日のようにモジモジしている。何だか少し顔が赤い。
そして、視界が鮮明になった瞬間、俺は目を疑った。
セーラがワンピースを着ているのだ。それも水色の。
魔法学園の生徒は、基本的に学園内ではローブを着ることになっている。この世界でいうローブは、元の世界でいう制服に似た役割を果たしている訳だ。
だから俺たちも普段はローブを着て生活をしている。
しかし、今日のセーラはいつもの黒いローブ、ではなく、ワンピースに身を包んでいる。因みに、魔法祭の間はローブを無理に着る必要はないからダメではない。
いや、それどころかセーラの薄い桃髪とその服が見事にマッチしていて、凜とした顔が際立って綺麗に見える。俺も思わず見惚れてしまった。
とはいっても、今は凜とした顔ではない。
何だかバツの悪そうな顔を赤らめている。それでも十二分に色っぽい。
「お、おはよう、セーラ」
「うん、おはよう」
「ようやく魔法祭だね。
…え、えっと、もうそろそろ開祭式だし、準備して行こうか!」
「…そ、そうね!」
何故か会話の最後にセーラにジト目で少し睨まれて、俺はベッドから降りてリビングへ向かう。
今日のセーラはよく分からない行動が多いな。
いや、厳密には昨日からか。
食事の準備をしながら、ふとセーラの方を見る。
まだ少し顔が赤いようだが、端的に言ってとても可愛い。
元の世界では、絶対お目にかかることのないであろう美しさだ。ワンピースという新鮮さがその美しさを更に強調させている感じである。
しかし、俺はそのことを口に出すことはない。
理由は簡単だ。
セーラは、マーコスと付き合っているから。
俺は既にパートナーのいる人をあまり褒めるのは良いことだとは思わない。もちろん下心が無いならば良いのだが、無いにしてもマーコスとしてはいい気はしないだろう。
だから、俺は今、喉元まで出かかっている褒め言葉の数々を抑え込んで、食事の準備に専念しているのだ。
そしてさらさらっと朝食をとると中庭に向かった。開祭式に参加するためだ。
中庭に着くと、沢山の生徒の中で、いつものローブ姿のマーコスがこちらに手を振っていた。他の生徒たちは殆どが私服で、逆にマーコスのローブ姿が浮いていてすぐ見つけられるのだ。
まぁ、そんなことを言っている俺もローブ姿だが。
「おはようございます。いよいよ魔法祭ですね」
「そうじゃな。と言っても、儂らが出る模擬戦は最終日じゃ。しばらくのんびりできるじゃろう」
「そうですね。他の競技にも興味がありますし、今日辺りでも見に行きませんか?」
「いいのぉ。夜は店も出るからそこで夕飯にしようかの」
「ちょっと、マーコス」
話をしていると急にセーラが真剣な顔でマーコスを呼んだ。それを見て何を察したのか、マーコスはセーラのところへ行き、2人でこそこそ話を始める。
そう、最近はいつもこうなんだ。
こんな風に目の前でこそこそと話されては流石に俺だって気になる。かと言って聞いたところで"秘密"としか言われない。
そりゃあ付き合っていたら他人に聞かれたくない話だってあるだろう。しかし、態々俺の目の前で話すこともないと思うのだ。
それでも俺は、文句を言ったりはしない。いや、しないというよりは、できない。
俺はセーラとマーコスが話しているのを見るとイラつくという奇病を患っている。一体何が原因なのかは分からないが、とにかくイラついてしまうのだ。
現に今だって、内心はイライラしている。
別に2人のことが嫌いな訳ではない。が、しかし、見ているとムカついて、胸の奥にモヤがかかって痒くなる。
そこで俺は思うのだ。この奇病のせいで2人のこそこそ話を煩わしく思ってしまうのかもしれない、と。
今の2人は幸せだ。
想い合う人と一緒にいるのだから幸福に決まっている。
だから、本来ならば2人にとって俺という存在は、邪魔なのだ。それでも俺を混ぜてくれている理由は分からないが、俺は混ぜてくれて嬉しい。
マーコスは、まぁともかくとして、セーラとは仲の良いままでいたいからだ。
だから俺は文句を言ったりはしないのだ。
このまま3人仲良くしていきたいし、文句を言っては申し訳ないからな。
そう俺が心の中で葛藤をしていると、開祭式が始まった。
校長の話があり、次は王宮大臣だとかいう来賓の人達の話、そして最後に副校長のミアが開祭宣言をする。
ミアの宣言の直後、号砲と生徒の歓声で中庭は普段では考えられないほど騒がしい。まぁ、長い間準備した分、楽しみも大きいというわけだ。
それから間も無くして、魔法競技が始まる。
俺たち3人は適当な場所に座り、競技を楽しんだ。
魔法を利用した演舞や、魔法による狙撃競技など、盛りだくさんだった。どの競技も学年ごとに競い合うため、より上級の学年の魔法は参考になる。
特に魔法の演舞は、花火のようなものから噴水のようなものまで様々で、とても面白かった。
まぁ、花火に関しては昼に行なっていたからあまり綺麗ではなかったが、元の世界のそれに近いものではあった。
時間があったら花火なんかの元の世界の文化をこっちに伝えてみても良いかもしれない。
そんなことを考えつつ、俺たちは魔法祭を楽しんだ。
最初中庭でこそこそ話をした時以外でセーラとマーコスが特にいちゃつくということはなく、俺の心が平穏なまま日は落ちた。
少し暗くなってきて、お腹も何だか空いてくる。
一応昼食は食べたが、それから大分時間も経った。
何か食べに行こうか迷っていると、マーコスが口を開いた。
「さて、そろそろ腹が減ってきたじゃろう?
日も落ちてきておるし、出店にでも行って何か食べんか?」
「いいですね、僕もお腹が空いていたところです」
「私もよ!」
「そうかそうか。じゃあ、2人だけで行ってきてくれんか?」
「マーコスさんはどうされるんですか?」
「儂は…ちと野暮用があっての。心配せんでも、すぐに追いつく」
「そ、そうなんだー。じゃ、じゃあ仕方ないわねー。
えっと…アルム!私と、その、ご飯…食べに行こ?」
少し顔を赤らめたセーラがそう提案してくる。
今日は何故かずっと顔が赤い気がする…気のせいだろうか。
それにやけに態度がよそよそしい。マーコスはいつものように優しい笑みを浮かべているが、何処と無く怪しい。
言うなれば、そう、何かを俺に隠しているような、そんな感じだ。
といっても、どうせ俺には関係無いんだろう。きっと、またこの2人だけの"秘密"なのだ。
だったら気にしてもしょうがない。
「そうだね。じゃあ行こうか」
「うん!」
「人が多いから気をつけるんじゃぞ〜」
そのマーコスの声を背に、俺たちは出店のある校門の方へと向かった。
校門に着くと、大通りと何ら変わらぬ人混みがあった。丁度、日も暮れだしているし出店が出始めた頃合いだからかもしれないな。
それにしてもマーコスは何でも見通す力でもあるのだろうか。彼の言葉は予言並みに当たるから時々怖くなる。
「人が多いわね。大通りみたいだわ」
「そうだね。マーコスも言ってたし、はぐれたりしないように気を付けないと」
セーラも同じことを思っていたらしい。
それにしても、この人混みは少しまずいかもしれない。出店が出始めてこの量だと、ピーク時には優に大通りの量を超えるだろう。
大通りの人混みでも俺たちのような小さな体には大分負担が掛かる。だから、それ以上となるとセーラとはぐれかねないのだ。
急いで夕食の確保をしなくてはいけないな。
「ま、待って!」
俺がせかせかと歩き出すとセーラが俺の袖を掴んで、そう叫ぶ。
「?どうしたの?」
「えっと、あの、その…」
「ん?」
セーラはまた顔を赤く染めている。
セーラが俯きながら口ごもるのは、結構珍しい。といってもここ最近は良く目にする。
いや、とにかくこんな風になるのには、何か理由があるのだろう。今はマーコスも居ないから、恥ずかしがるというわけではないだろうし……
心配した俺がセーラの顔を覗き込もうとすると、セーラはバッと顔を上げ、大きく息を吸い
「わ、私と……私と手を繋ぎなさい!」
「…へ?」
と、叫ぶようにして言った。思わず俺は間抜けな声が出る。
どういうことだ…?俺と手を繋ぐ理由なんて無いはず…
あっ、そうか!この人混みでははぐれてしまうと思ったのか!
いやでも、大通りに行った時には手を繋いだことはないし…
「ほっほら!手を出しなさいよ!!」
「あ、えっと、うん」
そうして俺はギュッと手を握られて人混みの中に引っ張られた。
それから、夕食を確保すると俺たちは中庭に向かう。
夕食はというと、ハンバーガーだ。厳密は肉挟みパンと野菜挟みパンだが、まぁいい。
相変わらずセーラはハンバーガーが好きだな。アメリカに連れて行ったら喜ぶだろうか。
そんなことを考えながらも、俺は手を繋いでいる右手に意識が集中する。
柔らかくて、暖かくて、スベスベしている。そして、その意外と小さな手は、何故か握っているととても落ち着く。
夕食確保からずっと俺はこの感覚を堪能中だ。
こっちに集中し過ぎて、途中何度か人にぶつかってしまった。
彼氏のマーコスには悪いとは思う、が、これはセーラが言い出したのだ。
度を超えて仲良くしているわけじゃないんだし、これくらい、偶には良いだろう。
セーラはというと、ハンバーガーを買えてご機嫌……ではない。何故かまたモジモジしている。
トイレだろうか。
だとしたら、男である俺からそっと言ってあげるべきではないだろうか。
うん、気づかいは大事だよな。
「セーラ、ちょっとお手洗い…」
「あのさ!」
「ひゃいっ!?」
俺の言葉を遮って、セーラの大声が響き、それと同時に俺たちの足も止まる。
唐突に大きな声を出されたから、また変な声が出てしまった。
いや、そんなことは置いておいて。
セーラは何を言いだすのだろうか。
トイレのことが気に障ったか?
いや、最後まで聞いてないはずだ。
じゃあ何だ…?
俺がそう気になっているが、セーラは最初の"あのさ"から何も話さない。
何か言いたそうな顔ではあるのだが、言おうと口を開いたかと思うとすぐ閉じてしまう。
そして、耐えきれなくなった俺は話しかける。
「えっと…セーラ?
何か用件があるんだよね…?」
「…てきて」
「ん?ちょっと聞こえなかったんだけど…」
「付いてきて!!」
独り言のように小さかった声を聞くため、顔に耳を近づけていた俺には、その声は凶器となり、耳がさけたかのようだった。
しかし、セーラはそんなことは御構い無しにまた俺の手を握り締めると日が完全に落ちた夜の闇の中を走り出した。
それから少しして、ようやく耳が回復した頃に連れてこられた場所は、教室だ。
魔法祭のためにすっからかんになっている、無人の教室。普段の騒がしさを知っている分、この静けさで満たされ月明かりが差し込む教室は、怖くすらある。
走ってきたせいでお互い息が切れていて、その音が教室に小さく響く。
そして、窓の方まで来るとセーラが俺の方に向き直る。
さっきまで背中しか見えていなかったから分からなかったが、とても顔が赤い。月明りに照らされてよく分かるが、頰はもちろんのこと額など、全体的に赤い。
俺はというと、さっきからずっと心臓が飛び出そうなほどドキドキしている。
走ってきたこともあるが、それ以上に何故セーラが俺をここに連れてきたのかが気になるからである。
こんな人気のないところに連れて来るのだ。きっと大事なことだろう。
じゃあ大事なこととは何だ?
実はセーラは重い病いにかかっているとか…?いや、ないか。
ならば何だ?
もう私達に関わるな、とか言われるのか?
もしくは……
考えれば考えるほど悪い方向へと思考が勝手に向かっていく。そのせいなのか、気持ち悪くなってきた。
例えるならば、そう、全身の血の気が引いて、更に胃がひっくり返ったような感じだ。
何かが喉から出そうになる。視界が歪む。
勿論用件が何なのかとても気になるが、正直聞きたくない。悪い事である気がしてならないからだ。
"分からない"という未知への恐怖が、俺を震わせる。
しかしセーラは、そんなことは御構い無しに口を開く。
「アルム、よく聞いて。
私、あなたに伝えたいことがあるの。
前から、いえ、今思えばあなたを初めて見たあの時からかもしれないわ。
……私ね、あなたのことが好き」
その瞬間、彼女のその言葉が、静寂に包まれた教室にこだましたように感じた。何度も何度もこだまして、俺の耳から頭へと伝わっていく。
そしてその言葉を聞いた瞬間、俺の恐怖は掻き消された。
しかし、震えは止まらない。視界の歪みも、吐き気も。
だがそれらは、今さっきまでの恐怖によるものではない。歓喜からくるものであった。
そして脳内で、点と点がようやく線で繋がり、気づく。
俺は、セーラのことが好きなのだ。
そう仮定すれば、俺の奇病も分からなくもない。恋に落ちると人は嫉妬に絡まれるということを本で読んだことがある。
しかし、同時に不思議に思う。
マーコスは?彼のことは良いのだろうか。
彼はセーラの彼氏なのではないのか?
それを聞こうと意識を視界に戻し、前を見る。マーコスのことを聞かなくてはならないからだ。
だが、そこにセーラの姿はなかった。
何か嫌な予感がする。
そして、ゆっくりと視線を落とすと、セーラが床に倒れていた。




