第21話 【魔法の威力と老人の意図】
既に日は傾きはじめ、中庭には数人の生徒が出てきている。
その中でも一際小さな生徒の姿が3つ、中庭の真ん中にポツンとあった。
俺たちとマーコスが一緒に居ることが物珍しいのか、出てきた生徒の何人かがこちらを見ながらヒソヒソと話している。が、しかし、そんなことは今は気にすらならない。
俺たちは、ただマーコスの申し出に目を見開いて驚くばかりだ。
そして、そんな俺たちを他所にマーコスは楽しげに言う。
「儂の付き合って欲しいことというのは、魔法祭の模擬戦の練習相手になってくれ、ということなんじゃよ」
…模擬戦?マーコスも出るってことなのか?
いや、それより何で俺たちなんだ?
下級生の俺たちよりも同じ10年生の人たちと練習した方がいいんじゃないのか?
俺は状況をよく飲み込めず、ふとセーラの方を見る。
するとそこには、驚きに満ちた目、ではなく、好奇心に爛々と輝く目があった。
「いいわ!!私、練習相手やりたい!」
「そうかそうか、それは良かった。よし、まずはセーラから練習にしようかの」
俺を置いてけぼりにしたまま会話が交わされ、セーラとマーコスが少し離れたところに立った。
ここで俺は、ようやく事態を飲み込み2人の様子を伺う。
「アルム!審判頼んだわよ!!」
杖を抜いて、やる気満々のセーラにそう叫ばれる。
頼むって、模擬戦の審判しろってことだよな。
でもやったことないぞ。決闘みたいな感じか…?
よく分からんが、適当に言ってみるか。
「えっと、は、始め!」
俺のその一言で2人が同時に詠唱を始める。
セーラの方は火球のようだが、マーコスの詠唱は覚えのない詠唱だ。
「闇の神よ、我が意思に応え、その暗黒たる力を顕現させよ、反射の闇!!」
先に詠唱し終わったのはマーコスだった。
彼が大きな声でそう唱えた直後、彼の真正面に半径1メートルほどの見たことのない黒い円のようなものが出来る。
対するセーラも詠唱を終え、火球で攻撃にかかっている。
ここ最近魔法の練習ばかりしていたからセーラも強くなったようで、俺との決闘で使ったものより大きく、速度も速い火球だ。
しかし、セーラの成長の証とも言えるその火球はマーコスの黒い円に当たった瞬間、倍ぐらいの速さで、しかも3割ほど大きくなってセーラの方向に跳ね返った。
驚いたセーラは態勢を崩し、尻餅をつく。
丁度良いタイミングで尻餅をついたため、火球は直撃避けられたようだが呆気にとられている。
しかし、ここは自分に自信のあるセーラお嬢様だ。立ち直りも早い。
少しの間だけそうしていたが、すぐに立ち上がってもう一度火球を作り出す。
しかも今度は2つだ。
2つ同時に放つということは、消費魔力量も倍になるということになる。
更に同時に操るのだから集中力も大分必要だ。
セーラはこの火球で勝負にケリをつける気なのだろう。
対するマーコスは何やらブツブツと唱えているかと思うと、今度はテニスボールほどの大きさのまた見たことのない黒い球が現れた。
と、その直後セーラが火球を放つ。
それぞれが独立した動きで縦横無尽に空中を舞う火球がマーコスの方へと向かっている。
しかし、その火球は両方ともマーコスに届くことはなかった。
マーコスの黒い球が、ものすごい速さで火球にぶつかり、2つとも消滅したからだ。
いや、消滅したというよりは吸収されたという方が近い。
現れた時はテニスボール程だったはずの黒い球が、今はサッカーボールほどの大きさになっているし、火球も黒い球に飲み込まれるように消えた。
その球に向かってマーコスが杖をヒョイと振る。
すると黒い球が漂うようと地面に落っこちた。
そして地面と接触した瞬間、ボンッという音とともに地面の土が飛び散り、後には直径1メートルほどのクレーターが出来ていた。
「しょ、勝負あり!!」
どこで終わればいいか分からなかったが、実力差は歴然だったため取り敢えずそう叫ぶ。
それにしても一体マーコスの使った魔法は何なんだろう……
見たところ、他の魔法を吸収する魔法と他の魔法を跳ね返す魔法のようだし、性能からして優級魔法っぽいな。
そんなことを考えながらクレーターを見ながらぼーっとするセーラに近寄る。
「セーラ、大丈夫?」
「う、うん…」
「ほっほっほ。模擬戦には勝ったが、驚いたぞ!
まさかその若さであの威力の火球を放つとは、それも2つ!セーラはいずれ儂よりも断然強い魔法使いになるじゃろうな」
ゆっくり近寄ってきたマーコスにそう言われると、先程まで上の空といった状態だったセーラの目が輝きだした。
「ほ、本当!?私、ビーサンよりも凄い?」
「"いずれ"そうなるじゃろうという話じゃ。今はまだまだ、羽虫程度じゃよ」
「は、羽虫…」
「ま、まぁ、そんなに気を落とさないで。セーラは十分に強いさ。
前に僕と決闘した時よりもずっと凄い火球だったじゃないか」
「そ、そう…?えへへ、私強くなったのね」
俺が俯いたセーラの頭を撫でながらそう言うと、セーラはすぐに顔を上げ、ニカッと笑ってそういった。
セーラの笑顔は見ると何故だか胸のあたりがほっこりとして安心する。
こんなのアトミーだけだと思っていたが….
妹みたいなもんだし、あり得ないことでもないのか。
それにしてもマーコスは中々辛辣なことを言う。
確かにセーラは調子に乗りやすいからそれくらいでもいいのだが、まさかそこを見抜いたから羽虫なんて言い方をしたのか…?
そんなことを考えながら、ふとマーコスに視線をずらすと目があった。
「さて、次はアルムじゃな。お主に対しては全力でいくが、いいかの?」
「えっと、は、はい!」
とは言ったものの俺はセーラとの決闘以来、魔法を人に向けたことがない。
いや、セーラとの決闘はマリオネットだけだったから、魔法とは言えないか。厳密にはアトミー以来だな。
まぁなんにせよ、人に向けたことがないということは加減が分からないということだ。
加減が分からないということは、怪我をさせかねないということ。
ある程度の怪我なら治癒魔法で治せるが、相手に痛い思いはさせたくない。
しかしマーコスの全力は気になる。
さっきのは全力じゃないってことだから……俺で相手になるのか?
そんな不安と好奇心を抱きながらも俺は位置についた。
「よし、では始めるとしよう。セーラ、審判を頼めるかの」
「勿論よ!
…準備はいいわね?行くわよ、始め!!」
セーラの合図と同時に、マーコスが詠唱を始める。
しかし俺の方は4割ほどの強度の魔力強化を体に施して終わりだ。
マーコスの魔法がなんであれ、大抵の攻撃はこれくらいで無効化出来る。
態々こっちから攻撃する必要はないのである。怪我をさせては面白くないしな。
「雷の神よ、その剛強たる雷電の力を我に与え給え、雷撃!!」
「うぐっ!?」
一瞬、何かの光が見えたかと思ったときには、俺は激しく痛む右足を抱え、地面に転がって悶えていた。
しばらくして俺はぐらつく視界の中、無理やり立ち上がる。
そして顔を上げた瞬間、息を呑み、魔力強化の強度を限界まで高めて、右手に本気で魔力を集中させて、竜巻の準備にかかった。
本来俺が使うはずではなかった竜巻を何故使うのか。
その理由は、マーコスのあのニヤついた顔だ。
とてもしょうもないと思うかもしれないが、ああいう顔は中学生の時嫌という程向けられてきた。
そのおかげで俺はこの顔をされると自分でも驚くほどムカつく。自分を抑えきれなくなるほど、だ。
どうしてマーコスはいきなりそんな顔をするのか、という疑問が湧くが、そんなことはどうでもいい。
今は、ただただ烈火のような怒りに頭の中を赤く染め上げられていく感覚に溺れるだけ。
「ほ〜れほれ、どんどん行くぞい!
闇の神、チャンドラよ、全てを飲み込むその常闇の力を我に与え給え。暗黒球!!」
マーコスの詠唱と同時に先程の黒い球が出てくる。
しかも、最初からサッカーボール程の大きさだ。
丁度その直後、俺の方も竜巻の準備が整った。
魔力量は全力、込められるだけ込める。
今にも右手から溢れ出そうなほどの膨大な魔力量の竜巻の威力は俺でも予想できない。
しかし、怒った俺にはそんなことどうでもいい。
「お前、あまり舐めるなよ。竜巻!!」
俺の右手から魔力が放出されて文字通り竜巻が現れる。
黒く、激しい暴風と禍々しさを放つ竜巻が、地面をえぐりながらゆっくりとマーコスに向かう。
そこに黒い球が猛スピードでぶつかった。
しかし、黒い球なんて消し飛ばすつもりで放った竜巻は一瞬にして消え去ってしまい、後には半径4メートル程の大きな黒い球だけが残った。
「む、むぐぅ!?なんじゃこれは!!
いかん!これは、儂には操りきれん!!」
黒い球が巨大化した直後、マーコスの呻くような声が聞こえたかと思うと、ソレは地面に落ち始める。
どうやらマーコスでは黒い球を制御できないらしい。
俺はこの瞬間、今まで感じたことのない悪寒に体を支配された。
先程のセーラとの模擬戦から考えると、あの黒い球は相手の魔法を吸収して成長出来るのだろう。
つまり、吸収する魔法が強力であればあるほど、球は大きく成長する。
そして、成長した球は地面と接触することで内包する魔力を爆発のエネルギーに変換することができるわけだ。
先のクレーターを作ったモノがサッカーボール程の大きさで、今目の前にあるモノはそれの数十倍、いや、数百倍はある。
だとすると、こいつの威力は計り知れない。
俺はそこまで考えると、いつの間にかマリオネットを使っていた。
と言っても、いつものように自分の体にではない。黒い球に、だ。
俺は体に施した魔力強化を解除して、今にも地面につこうとする黒い球に両手のひらを向け、最大限の魔力で空に向かって持ち上げた。
魔法を魔法で動かせるかなんて分からなかった、ただ、俺は直感的にそうするべきだと思ったのだ。
俺の魔力で持ち上げられた黒い球は、地面に付くスレスレのところで落ちるのをやめ、逆に上へと浮かび始めた。
「アルム!!その魔法はある程度時間が経つと勝手に爆発してしまうのじゃ!
出来るだけ上に飛ばせ!」
「は、はい!!」
マーコスの怒声にも似た叫びに俺も叫びかえし、上に向かってなるべく速く飛ばすイメージで魔力を練る。
その魔力さえも吸い、少しずつ大きくなっていく黒い球を出来る限りの魔力で上に飛ばそうする。
すると、一瞬空中でブレ、その場から消えて遥か上空に飛んでいった。
その約3秒後、ピカッと空が光り、大きな爆発音がするとまばらに雲の浮かんでいた青い空には波紋状の雲の跡だけが残った。
それを見たマーコスは、ふぅとため息を吐くと頭の後ろをポリポリ掻きながら呑気な顔で近付いてきた。
「いやぁ、危なかった。誰も怪我せんで良かったのぉ。
これはあれじゃな、先人の言葉の"最後に笑えたら気にするな"ってやつじゃな。ほっほっほ」
終わりよければ全て良しってか。
あの空が見えないのか?穴が空いたみたいになっているあの空が。
飛ばせなかったら、中庭にいた生徒は全員死ぬところだったんだぞ。何故笑っていられるんだ。
………いや、しかし俺もムキになったのは悪かった。
マーコスの魔法の性能を分かっていて全力を出したのだ。
魔法を吸収させない気でいたから全力を出したんだが、結果普通に吸収されてしまったし、その上制御不能になるとは思わなかった。
マーコスのこともお前なんて呼んでしまったし、それも含めて後で謝っておこう。
しかし、そう考えてもマーコスとは練習出来ない。いつ人死にが出るかわからないからだ。
いや、まぁ、俺が幼稚なことで怒ってしまったせいではあるが、我慢しようとしても出来るものじゃないんだ。
俺を苦しめた顔。何度も悪夢で見る顔。
何と言われようと、唯一アレだけは許せない。
「…え、あ、え?今、の、爆発は、魔法?」
「ほっほっほ、そうじゃよ。さて、もう1度セーラとするかの?」
セーラはもう乱れ始めた空の波紋状の雲とマーコスを交互に見ながら訳がわからないといった表情だ。
しかし、セーラは理解するまでが速い。すぐに模擬戦前のように目をキラキラさせ始めた。
「ねぇ!アルム、凄いわ!!私あんなの初めて見た!」
「そうじゃろうて、儂も久しぶりに肝を冷やしたからの。
…ん、アルム、どうしたんじゃ?」
「あの、マーコスさん。
本当に申し訳ないのですが、僕たちはあなたの練習相手は出来ません」
「何でよ!?」
セーラが物凄い剣幕で叫ぶ。本当に6歳なんだろうか。
いや、そこじゃないか。
「あのね、セーラ。さっきの魔法の爆発を見ただろう?
偶々僕が持ち上げられたから良かったかもしれないけど、出来なかったらここにいる人全員死んでいたんだよ?」
「そうだけど…私はマーコスと練習したいのよ!!」
それから先は、ひたすらセーラをなだめた。しかし、珍しく我儘を言う時、セーラは頑固だ。
いくら理由を言おうと、他の提案をしようと、我儘を突き通そうとする。
そして、結局セーラの我儘を抑えきれずに"俺は練習相手にならない"、"安全に十分に配慮して練習する"という条件のもとセーラの我儘は叶ってしまった。
その日の夜。
久しぶりの魔力消費による疲労感とともにベッドに入った俺は思考を巡らせる。
ビーサン・マーコス…
優しくなったり挑発したり、何がしたいのか分からない人だ。
初めはいい人だと思っていたが……しばらく警戒する必要がありそうだな。
一抹不安に胸を締め付けられながら、俺は眠りについた。




