第18話 【呼び出し】
セーラが泣いた。
この噂は恐ろしい速さで学園中に広まった。
そりゃそうだ。廊下で、しかも校長室の前であんなに大きな声で泣いたら皆びっくりするに決まってる。
特にセーラの場合はラード家だから、学園内ではちょっとした有名人だ。それにセーラ自身が普段から弱音を吐かないから、そのセーラが泣いたとあれば尚更噂は広まりやすい。
それにしても、友達になろうって言っただけでまさか泣くとは思わなかった。それも15分近く泣き続けるのだから、こっちは大変だ。
俺は何か悪いことでも言ってしまったのかと焦ったが、なんでもあれは嬉し泣きだったらしい。今まで学園に友達が居なかったから、初めて友達が出来て嬉しかったというのはセーラの後日談だ。
俺は、セーラのことだから腰に両手を当てて「アルムがそういうなら、なってあげてもいいわよ!」なんて偉そうに言うと思ったんだが……
余程寂しい思いをしてきたんだな。
そして、あれからセーラに変化があった。俺にあまり怒鳴らなくなったのだ。俺に対して、少しは素直になったということだ。
こうして素直になったキッカケは、やはり友達になったことが大きいと思う。多分セーラは、自分の友達だからと俺に優しくしようと頑張ってくれている。
まぁ、優しくといっても怒鳴らなくなっただけではあるが、それでも変化したことは確かだ。
今更だが、他の生徒はラード家というレッテルに怖気付いてセーラに寄ってこない。だから俺が居なければセーラは基本1人だ。
だが、セーラだって自分で決めてラード家になった訳じゃないんだから、そんなもの気にしてもしょうがない。確かにセーラは高慢だったり、年齢を弁えていないところがあるが、本当はいい子なのだ。
時は過ぎ、入学から3ヶ月経った。最近ではセーラの噂が減ってきた代わりに、学校の雰囲気に変化が出てきた。
生徒達がソワソワして落ち着きがないのだ。多数の生徒が放課後に中庭に出て、何かしているのを見かけるようにもなった。
色々聞いて回った結果、彼らは魔法祭という学園祭のようなものの準備をしていたようだ。
何でも6年に1度のビッグイベントらしく、生徒たちは全員楽しみにしているらしい。内容を簡単に言えば学園祭と魔法版運動会が混ざったような感じだ。準備期間が長いだけに、祭自体も盛大で開催期間も1週間と長い。
正直俺はワクワクしている。
まさか異世界にも学園祭があるなんてと思ったのもあるが、それよりも初めての学園祭にワクワクだ。
俺は中学生の時は勉強詰めでまともに参加できなかったし、高校に入っても主役の生徒たちは皆勉強で忙しいせいで小さくひもじい学園祭しか知らない。
しかし、ここでは違う。6年という長い準備期間、勉強も詰め込んでする必要もない。きっと大いに満喫できるはずだ。なんて素晴らしいんだろうか。
それに学園祭の他にも運動会がある。これに関しては詳しくは聞いていないが、魔法を使って競うらしい。これも楽しみだ。
元の世界では運動はビリから2番目かその辺りで、皆の足手まといになる。
しかし、今は違う。魔法を使う競技ならば、少なくとも俺が誰かの足を引っ張るようなことはないはずだ。この学園で1番とはいかずとも、それなりに俺は魔法が出来る。
こうしてワクワクしながら数日が経ったある日、校長に呼ばれた。しかも今度もセーラも一緒だ。
ノックをしてドアを開けると、ミアとナルバが俺を最初に迎え入れた時と同じポジションで待っていた。
「ア、アルム君とセ、セ、セーラさん、どうぞ座ってください」
「あら?ミア、私のことは、セーラ様と呼びなさいと言ったでしょ」
「えっ、えっと、生徒は平等に扱うべきなので…」
「そう。じゃあ格下貴族のあんたが、この私に刃向かうってことなのね?」
「いっ、いえ!そんなつもりは!」
…全く。入って早々なんてことを言うんだ。こういうことを言うから友達も中々出来ないのだ。
ていうかミアは貴族だったのか。これからはミアさんじゃなくてミア様と呼んだほうがいいのかな。
それにしてもこういう様付けさせるのもラード家では教育されているのか?それとも単にセーラが誇り高いだけなのか…
いや、どっちにしろ良くないな。こういうところはこれから矯正していかなくては。
「こら、セーラ。ミアさんにそんな口きくんじゃない。年上の方には敬意を持って接するべきだよ。それは例え自分がどんな身分でも当てはまることだ」
「……ア、アルムが言うなら、様を付けなくてもいいわよ」
「「えっ?」」
同時にナルバとミアが呆気に取られたような顔をする。
「え、えっと。セ、セーラさんって呼んでもいいってことですか?」
「そうよ!感謝なさい!」
「こら、敬語を使いなさい。僕はセーラのそういうところは嫌いだよ」
「うっ、分かったわよ…」
「…ふむ。アルム君はさながら調教師ですな」
ナルバが顎に手を当てて、面白いものでも見るかのような顔で呟く。
調教師っていうと誤解を生みそうだから、せめて保護者とかにしてほしいな。まぁ、セーラの調教師ってのも悪くは無い。
おっと、そんなことより本題に入ろう。
「あの、それで僕たちはどうして呼ばれたのでしょうか」
「そうでしたな。ふむ、アルム君は既に魔法祭について聞いていますな?」
「 はい、少しなら」
「あ、あのですね。今年の魔法祭の3年生の選手にですね、えっとその、アルム君とセーラさんもに、任命しようと思いまして」
「「えっ!」」
今度は俺とセーラが呆気にとられたような顔をする。しかし、セーラはすぐに悲しそうな顔をすると俯いた。だが俺は突然の朗報にそんなことは気付かず、喜んでしまった。
…マジか。選手に任命するって言うぐらいだから魔法祭の競技って誰でも出れるわけじゃないんだよな。でもどちらにしろ俺は魔法祭の競技に出れるんだよな…?
やった!!これはアトミーに報告せねば。いやー、それにしても魔法の競技か。楽しみだなぁ。
そういや競技って、どんな競技があるんだろうか。それに他の選手はどんな人たちなんだ?学年対抗なのか?もっと競技について聞き込みするべきだった。
うーん、気になることが多すぎるな…
「ふむ、問題がありましたかな?」
「え?」
「アルム君は何やら考え込んでいるようですからな」
おっと、顔に出てたか?
何かに集中しすぎると周りが見えなくなるのは俺の悪いところだな。
「いえいえ、そんなことはないですよ。是非出場させて下さい。勿論、セーラも出るよね?」
「……」
「セーラ?」
「…私、出たくない」
セーラは、俯いたまま聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でそう言った。
どういうことだ?誇り高く自分の才能を鼻にかけてるセーラなら何が何でも出ようとすると思ったんだが……
いつものように「私が出るなら絶対優勝よ!」って大声で威張るんじゃないのか?
「ふむ…セーラ君も魔法の技術は申し分ないのだから、挑戦してみてはいかがかな?」
「……」
ナルバがなだめるような声で話しかけるがセーラは俯いて黙っている。セーラらしくない行動に、ここにいる全員が神妙な顔をしている中でもセーラは変わらず黙ったまま俯いている。
俺としては、セーラと一緒に魔法祭に出たい。それというのも入学してから殆どの時間はセーラと一緒のため、セーラ以外に仲の良い人がいないのだ。一応3年生の名前と顔は全部覚えて合致済みだが、それでも初めての大きなイベントに1人というのは心細い。勿論単純にセーラと魔法祭を楽しみたいという思いもある。
うーん、きっとセーラには何か事情があるのかもしれない。というか何もないのにこんなことを言い出したりしない。もしかしたらその"何か"っていうのはナルバ達には言えないようなことなのか?だとしたら、俺ならまだ聞けるかもしれないな。
ナルバとミアに目配せをすると、2人とも俺の意図を察したようで一旦退室させてくれた。廊下に出て2人きりになると、俺はまだ俯いているセーラに向き合った。
「セーラ、どうしたの?」
「何でもないわよ」
「だったら何で出ないって言ったの?それがダメって訳じゃないけど、セーラらしくないよ」
「…うるさい」
最近優しくなったはずのセーラが珍しく俺に対して冷たい。
さて、どうしたものかな。教えてはくれないみたいだし…
よし、ここは俺の本音を伝えてみよう。もしかしたら気が変わるかもしれない。
「セーラ、僕は君と一緒に魔法祭に出たいよ。僕達はお互いが唯一の友達だ。友達に託けるわけじゃないけど、友達と一緒に出たいっていう僕の我儘を聞いてくれないかな」
「…アルムは、私が出たくない理由を聞いても私と友達でいてくれる?」
「勿論だよ。ゆっくりでいいから話してみて」
「あのね、アルムと決闘したことあったでしょ?あの時ね、『私はこんな子供に負けたんだ』ってすごく悔しかった。それで、沢山勉強して魔法の詠唱文も覚えて、頑張ったの。でも、この前先生の意地悪で授業した時に私は恥ずかしくて何も出来なかったのに、アルムは本当の先生みたいに授業してて、最初は凄いなって思ってた。でも、その内、『またアルムに負けたんだ』って悲しぐなって、魔法祭に出たら、また負げるんじゃないがって怖ぐて、でも、ごんなこと考える自分が嫌で、それで、それで……」
俯きながら淡々と話していたセーラは、途中から声は震え、廊下の絨毯には涙がポタポタと落ちていた。
セーラの話は纏まっていなくて明確な理由も無かったが、話を聞き終わった俺の心臓辺りにはズキズキと痛むものがあった。それは中学生の時によく苛まれていたモノとは違い、もっと深く、ひどい痛みだ。
俺がしっかり考えて行動していればこうしてセーラを泣かせてしまうことはなかった。セーラに自分を責めさせるようなこともなかった。もっと考えていれば、こんなことは予測できたなのに…
考えれば考えるほど自分を責めてしまう。体中が目の前のセーラへの申し訳ない気持ちと罪悪感でいっぱいになり、俺は泣いているセーラの手をとった。
「セーラ、ごめんね。僕がもっと考えていれば、こんなことにはならなかった」
セーラは顔を上げるとふるふると横に振り、俺の手を握り返す。そしてそのまま俺の手を引き、抱きついてきた。耳元でセーラの小さく泣く声が聞こえ、俺の頰にはセーラの熱い雫が伝う。
自然と俺の手はセーラの背中にまわり、優しく撫でていた。
途中、通りすがりの何人かの生徒が奇異の目を向けてきたが、セーラが泣き止むまで俺はそうしていた。
少ししてセーラの泣き声が聞こえなくなると、俺はそっと離れた。そして若干目の赤い彼女にもう1度問う。
「もう1回聞くけど、セーラも一緒に魔法祭に出てくれるかい?」
「うん、出るわ」
その答えを聞いて安心すると扉を開けて校長室に入る。中には出た時と同じポジションのナルバとミアが心配そうに俺たちを見ていた。
「ふむ、ずいぶん遅かったようですな。なにかあった……いや、聞きますまい。それで、話はまとまったのですかな?」
「「はい」」
「で、では、魔法祭競技にセーラさんも出場しますか?」
「出場するわ」
「ふむ、それではここに3学年魔法祭代表選手としてセーラ・ナナ・ラードとアルム・ガルミアを任命します。2人とも明日から練習がありますからな。放課後に中庭に来てください」
「分かりました」
ようやく話がまとまった安心感と明日からの練習への期待感を胸に俺たちは部屋を後にした。




