第17話 【日常と友達】
あの2度目の自己紹介から2週間が経った。
今ではセーラが俺とちゃんと話してくれる。というか、向こうからメチャクチャ話しかけてくる。あんなに睨んできたのが嘘のようだ。
セーラは基本的に俺の隣に居る。授業の際も、部屋に戻るときも一緒だ。時にはトイレの前まで付いてくることもある。
その変貌っぷりから感じたんだが、きっとセーラは寂しかったんだろう。
この学園内で、俺を除いて1番セーラと歳が近い人でも、少なくとも20歳前後の差がある。そんな大人だらけの中でセーラが仲良くできる人なんて殆どいないだろう。話しかけてくれる人は居ただろうが、今の俺とセーラのような関係にはなれなかったはずだ。
いや、セーラは小さい割りに誇り高いし、ラード家という肩書きもあるから話しかけてくれる人すらいなかったかもしれないな。
そしてそこに自分と歳の近い人、それが俺な訳だが、そんな人が現れれば、セーラぐらいの子供ならくっついて当然だ。今でこそこんな感じだが、結婚相手だと思っていた頃はきっと複雑な心境だったに違いない。
それに、セーラは自分の口では言わないが、独りで寂しかったんだなと感じさせるモノが彼女の行動の節々にある。パパラッチまがいの行動がその一例だ。
俺としてはセーラと仲良く出来て良かったし、セーラも友達が出来てお互い良いことばっかりだ。まぁ俺にとってのセーラは友達というより妹に近い感じだな。といっても俺の方が年下なんだが。
ちなみに、セーラが買った杖だが、アレは結局俺が貰うことになった。しかし、俺はまだ使う気は無い。
それというのも、杖が俺の体に合ってないのだ。俺が最初に見ていた1番安価なあの杖でさえまだ扱えそうにない大きさなのに、俺の2倍はあろうアレを使えるわけがない。
まぁ、自分を魔力強化すれば使えない事もないだろうが、杖を持つだけで魔力を消費し続けるなら態々使わない。
ということであの豪奢な杖は部屋のオブジェクトとして壁に飾ってある。
あとで杖のこととセーラのことをアトミーに手紙で報告しないとな。
あ、そういえばまだ返事が来てないのだが、どうしたのだろうか……いや、アトミーもアトミーで忙しいんだろう。
そんなことを考えながら朝食を食べているとトテトテと寝ぼけ眼のセーラが自室から出てきた。
「おはよう、セーラ」
「おはよ…ふぁ〜ぁ」
セーラは毎朝こうして欠伸をしながら起きてくる。こんな姿も見ててほのぼのするが、結構迷惑なのだ。
そう、彼女は朝に弱い。大抵1日の最初の授業が始まるのギリギリになって部屋を出る。そしてそれに付き合わされている俺にとっては飛んだとばっちりだ。
さてと、今日は算数と地理と魔法の授業か。またつまらない日程だな……
基本、この学園での授業は1日3つ、1つ大体2時間程度だ。授業にしては長めだな。まぁ、それでも合計すると元の世界の学校と変わらない。
しかし、俺にとって算数と地理は時間を浪費してるようなもんだ。算数は元から出来るし、地理は受験勉強中に読んだ本で完璧だからな。ちなみに算数、地理、魔法以外に、自然と文字というのがある。自然ってのは簡単な理科で、文字ってのは国語みたいなもんだ。
どれもこれも内容が小学校レベルの授業なのだから、この中で唯一楽しいのは魔法くらいだ。それでも魔法鍛錬書で読んだから魔法の構造なんかについては知っているが、それでも授業中に教師が魔法を使ったり、逆にこっちが使ってみたりと新鮮だ。
だが、俺はつまらなかったり、すでに学んだ内容の授業は基本的に聞いていない。良くないことなのはわかっているが、聞いていても時間の無駄だという思いの方が勝るのだ。
だから、最近は暇潰しに魔法をコソコソと使っている。例えば、机の下でミニ竜巻を作ったり、土魔法で人形を作ってみたり、だ。これらは魔法の影響範囲を狭めて、自分の狙った範囲だけに魔法を使うための練習としてやっていたが、丁度昨日で全属性出来るようになってしまった。
今では空中に水で出来た10分の1アトミー人形ですら作れる。
ということで、今日からは別の練習をしたいのだが何も思いつかない。しょうがない、今日は真面目に授業受けてみるか。今まで見て見ぬ振りをしてくれてたセーラもそろそろ何か言ってきそうだしな。
俺は支度を終え、相変わらずギリギリにセーラが戻ってきてから一緒に部屋を駆け出た。息を切らしながら教室に入り席に着くと、やけにニヤニヤしている先生がコホンと咳をしてから授業が始まる。
「えー、今日から数を引くということをしてみようと思います。それでは、ここからは、毎度毎度授業に何とか間に合っているセーラさんとアルムさんに授業をしていただこうと思います!皆さん拍手!」
「は?」「へ?」
俺たちの疑問符をかき消す拍手が教室に響き、拍手をしている奴らに引っ張られる。黒板の前まで来ると拍手が止み、全員の視線が俺たちに突き刺さった。
(……ちょっと、どうするのよ!)
(ど、どうするも何もセーラが毎回遅れるからこんなことになったんじゃないか。ほら、とにかく授業しよう)
(わ、私は朝起きられないのよ!そんなこと言うならアルムが私を起こしに来ればいいでしょ!それに授業をするってアルム出来るの?)
(出来るよ。多分…)
はぁ、起こしに来いとは相変わらず傲岸不遜な。セーラのこういうところが直さなければいけないところだ。そんなんだと嫁にいけないぞ!
「ほら、何をコソコソしているんですか?早く授業をして下さい」
「分かってますよ!」
小声で話す俺たちを見兼ねた先生がニヤついた顔で急かしてくる。俺はそれに少しキレ気味で返すと教卓を黒板まで寄せ、上に乗った。こうしないと俺の身長では黒板に文字が書けないのだ。
はぁ、この教師もそうだが生徒たちは俺たちのような小さな子供を虐めて何が楽しいんだろうか。そりゃ遅れてくるのは悪いと思っていたし、俺に至っては授業を聞いていなかったさ。でもまだ3歳と6歳の子供だ。いや、俺に関しては違うのか…
全く、どうして真面目に授業を受けようと思った日に限ってこうなるんだ。こういうのをバチが当たると言うんだな。
「えー、それでは、これから授業を行いたいと思います。数を引く、というのがこれからの題になって行くわけですが、この数を引く算数を引き算と言います。そしてこの引き算、一見難しそうに見えますよね?しかし、実は皆さんは恐らく生活の中でこれを使っているのです」
俺がそこまで言うと教室にオォという声が広がり、皆驚いた顔をしている。
授業というのは生徒と先生が同じものについて考えるのだから一体的なものでなくてはならない。そうじゃないと、俺みたいに授業を聞かない奴が出てくるのだ。
まぁ、取り敢えず掴みは上々だな。
ふと足元のセーラを見るとセーラも俺の方を驚いた顔で見ていた。
まぁこうなるか。これなら別にセーラを前に立たせる必要はないかな。
俺はセーラを席に戻すと授業を再開した。そこからは、ただただ引き算についての授業だ。引き算の理屈を説明し、何問か生徒達に解かせて、また引き算の理屈を説明する。
終始俺を前に出した先生は面白くなさそうな顔をして俺の方を見ていた。いい気味だな。
そして、授業が終わると自然と生徒達から最初の拍手より大きな拍手が鳴った。
「アルム、あんた凄いわね。どこでそんなもの勉強したの?」
「えっとですね。それは……秘密です」
「教えなさいよ!」
セーラの怒声が頭にキーンという音を突き立てる。
流石に転生してきたから知ってるんだよ、なんて言うわけにもいかないし、やはりこう答えるのが無難だ。転生については、そのうち信頼の置ける人が出来たら打ち明けてもいいかな。アトミーとかアトミーとかアトミーとか。
そして。その日の授業を難なくこなすと俺たちは校長室に呼ばれた。
「ふむ、アルム君にセーラ。君たちはどうしてここに呼ばれたか分かりますかな?」
「はい」「はい」
「よろしい。ふむ、それではそのことについては何もいう必要はありますまい。次に、1時間目の授業をアルム君が受け持ったとのことでしたが、生徒達から様々な感想が寄せられていましたな」
「感想、ですか?」
「ふむ。どれもこれも君を評価するものばかりで驚きましたよ。一体どんな授業をしたのですか?」
「えっと、普通にしましたよ」
「違うわ!あのね、校長先生………」
そこからはセーラが俺をよいしょよいしょし続ける時間だった。アルムのここが凄いとかアルムの授業は面白かったとか、小っ恥ずかしくなるような内容ばかりだ。
「…ふむ。セーラがここまで褒めるとは、1度私もアルム君の授業を受けてみたいですな」
「ご冗談を。それでは校長先生、僕たちはもう寮に戻っても?」
「いや、アルム君にはまだ話がありますからな。ふむ、時間は取らないから、君だけ残ってくれないか」
「分かりました。セーラ、先に戻ってて」
「うん」
セーラが珍しく大人しい返事をして部屋を出るとナルバが俺に向き直り、俺の姿勢も自然と正される。
一体何の話だろうか…まさかこれから先生として働けとか言うんじゃあるまいな。
「アルム君、君が初めてですな。あのセーラとここまで仲良く出来たのは。ふむ、あの子は孤立気味だったから、これからも友達として仲良くしてやってくれまいか?」
「え?はい!勿論ですよ」
「そうか、良かった。ふむ、用事はそれだけですな。どうぞ、寮に戻りなさい」
ナルバの貫禄ある顔に浮かぶ優しい笑みに見送られ、俺は部屋を後にした。
部屋を出ると扉のすぐ横にセーラがいた。相変わらず、くっついて回るな。それにしても友達か。そういえば今まで友達だなんてお互い言ったことないな。
「セーラ、待ってたの?」
「何よ、悪い?」
「いや、そうじゃないけどさ。それよりも、話があるんだ」
「何よ」
セーラは孤立気味だったらしいし、俺としてはもうその気だが、友達として側にいてやれば彼女も他の人と友達になれるかもしれない。
ここは年配の俺が一肌脱いでやるか。
「セーラ、あのさ、えっと、その……僕と友達にならないか?」
「えっ?!」
セーラは少しの間キョトンとすると、段々とその綺麗な瞳に涙をため、その雫がいっぱいになると同時に大きな声で泣き出した。




