第14話 【問題は唐突に】
俺は校長室を出ると、まずは寮へと向かった。
寮の場所は校長から聞いているし、向こうに着けば部屋を割り当てられるとのことだったから特に何の準備も無しで来たんだが、後悔することとなった。
校長の説明通りに進み、「寮」と書かれた扉を開けた俺は唖然とした。
いきなり目の前に見たことも無い10メートルはあろうかという縦長の黒い直方体の石が置いてあるのだ。
その石を取り囲むように円柱形のようにして吹き抜けの空間が広がっていて、俺が今いる場所を1階がだろうから上は5、6階はある。
どの階の壁にも等間隔に扉がびっしりと取り付けられていて、数人だが生徒であろう人影が見える。
更にそれぞれの階には石へと繋がる橋が架けられていて、複雑に入り組んだ構造をしたこの空間は何とも壮大な景色だ。
こっちで生まれてからは家か丘にしか行ってなかったし、元の世界でも周りは森ばかりで都会というところに行ったことなどなかったから、こんなに大きなものを見るのは初めてだ。
それにあの石は何だ?いや、石なのか?こんなに大きな石が異世界にはあるのか?いや、そもそもここは本当に寮なのか?
ダメだ、疑問しか浮かばない。
さっきナルバが受付があるとか言ってたから、まずはそこに行かなくちゃな。
俺はとりあえず中心部の石、というか岩に近づいて改めて寮の構造を見てみる。
真ん中から見るとどこを見ても同じ景色に囲まれていて何処が何処だか分からなくなってしまいそうだ。
無数の扉の中から1階に1つだけ大きく重そうな扉を見つけると迷わず近寄った。
扉の上の方には「受付」と書いてあり、俺は安堵とともにノックをしてから扉を開けた。
中には横長のいかにも受付用の机と何故か顔がそっくりの受付嬢の人が2人居た。
「あの、今日からこの寮で生活することになったアルム・ガルミアと申します」
「アルムさんですね、少しお待ちください」
長い金髪の女性の方が机の中から紙の山をどさっと机の上に置き、少しすると1枚の紙を取り出した。
「アルムさんは5層の906番室ですね。行き方は分かりますか?」
「いえ、分かりません」
「この寮の中央部に大きな黒い石板があります。そこに微小の魔力を流すことで自分の層に転移できますので、それをお使い下さい。自分の層から1層に戻る時も同じです」
「成る程、分かりました」
「それでは、良い1日を」
今度は茶髪のおかっぱの方の女性に笑顔で見送られて俺は部屋を出た。
そうか、どうりで階段が見当たらない訳だ。
それにしてもあの岩、いや、石板で転移出来るのか。やっぱり魔法は何でも出来るな。そのうち人間を作れるか試してみるか?
いや、それは辞めとこう。元の世界でも人間のクローンの製造は禁忌だったからな。異世界でもダメかもしれない。
さっきまで不気味に感じた石板に近づくと、その黒曜の表面に触れて魔力を流す。
一瞬だけ白い光に包まれ、周りが真っ白になる。
ゆっくりと目を開けると俺は橋の上に立っていて、さっきまで居た1層の広場が遥か下に見える。
おぉ、これが転移か。成る程これは凄いな。
この転移も魔力使ったんだから魔法のはずだ。学校で教えてくれるのか?
いや、それよりもまずは部屋だ。
確か906だったな。
俺は橋を渡って、中をくり抜かれた円形のように広がる5層を歩き回る。
904…905…906。よし、ここだ。
俺は目的の部屋に着くと迷わず扉を開けた。
中には既に家具が置いてあり、机やベッドといった生活必需品の他に机の上に開きっぱなしの魔法鍛錬書が置いてあった。
お、懐かしいな。これが教科書なのか?
俺のってことでいいんだろうが、何で開いてあるんだ?
背後でガチャリと音がして、俺の疑問が浮かぶと同時に扉が勝手に開いた。
驚いて振り向くと、そこには6歳くらいの少女がいた。
淡い桃色のくるくるした髪を腰まで伸ばし、少女も俺がいることに驚いたのか、少しつり上がった目の可愛げのある顔に驚きを滲ませている。
「あ、あんた誰よ!!」
「え、えっと、アルム・ガルミアです」
「違うわよ!何でここにいるのかって聞いてるの!」
「こ、ここでこれから生活することになってるので…」
「はぁ!?ここは私の部屋よ!
あ、もしかしてあんた新入生?」
「は、はい。今日からここの生徒になります」
「そう、じゃあ部屋を間違えたのね。ここは5層、1年生は2層よ。
魔石板が間違うなんて、こんなこと初めてね。」
「いえ、あの、僕は3年生なんです」
「え!?あんた、随分小さいみたいだけど、いくつなの?」
「3歳です」
「はぁ!?そんな訳ないでしょ!この私が3年生で最年少のはずよ!
あ、でも新入生…いや、そんなの関係ないわ!とにかく出ていきなさい!」
「え、は、はぁ」
俺は何がどうなっているのかよく理解できないまま部屋を後にした。
あの女の子はなんだったんだ?ここが私の部屋とかいってたが…
俺はもう1度部屋の番号を確認するが、やはりここは906番室だ。
うーん、取り敢えずナルバのとこに行くか。きっと手違いか何かがあったんだな。
俺は、来た道を引き返して1層に着くと校長室へと急いだ。
校長室の扉をノックし、「どうぞ」という声が中から聞こえてから扉を開ける。
「ふむ、アルム君ですか。どうかされましたかな?」
「はい、先ほど寮の部屋に行ったのですが、少女が既にその部屋を使っておりました」
「ふむ、セーラのことですな。寮は部屋が限られておりますので部屋は共有なのです。
ふむ、説明してませんでしたかな?」
「説明されていませんよ。
それにしても、成る程。ルームシェアということですか」
「ふむ、るーむしぇあとは?」
「部屋を共有することを意味します。
いや、それよりも、そのセーラという子に出ていけと言われて今に至るのです。どうにか説得して頂けませんか?」
「我々が説得することは出来ません。
原作として生徒同士の問題は生徒のみで解決するという規則ですからな」
「な、成る程…」
「ふむ、まぁ君が説得をしてみて、どうしても無理ならば私がどうにかしましょう」
「あ、ありがとうございます」
俺は溢れ出そうな不安を抑え込んで部屋を出た。
無理だ。あの子は無理だ。
誰だか見知らぬ奴が部屋にいたのに助けを呼ぶでもなく相手の素性を知ろうとしたのだ。
多分それには俺が小さいからということもあるだろうが、あの子は活発というか、怖いもの知らずなんだ。
そして俺はああいう感じの人が苦手だ。理屈が通じない。
困ったなぁ。
俺の頭は悩みながらも足は寮へと向かっている。
寮へと続く扉を開け、石板に手を当てる。
魔力を込めた瞬間に5層へと転移されると答えの出ないまま、さっきの扉の前まで来てしまった。
来てしまった…
いや、一旦落ち着こう。ふぅ、よし、大丈夫。あの子もきっとさっきは動揺してたんだ。今なら落ち着いてるはずだ。
ちゃんと話せば分かる。多分。
俺はそっと扉を開けた。
一瞬ノックをすれば良かったと思ったが、ここは俺の部屋でもあるんだ。その必要はない。
部屋の中には椅子に座って先程の魔法鍛錬書を視線だけで貫いてしまうのではないかというほど一生懸命に見ている少女、セーラの姿があった。
セーラが顔を上げ、俺と目が合う。
「あ、あんた、また来たの?あ、でもここがあんたの部屋とか言ってたわね…」
「はい、そうなんです。校長曰く部屋を共有しなさいとのことでして…」
「嫌よ。私は認めないわ。
そもそも、あんたみたいなちっちゃい子が私と同じなんてありえないのよ」
「そ、そう言われましても、同じものは同じですので…」
「うるさいわね!だったら私と試合しなさい!
そこで私に勝てたら部屋の共有を認めてあげるわ!」
「あの、その、試合とは何でしょうか?」
「いいから付いて来なさい!」
セーラは魔法鍛錬書をバタンと閉じると俺の腕を掴んで、ずんずんと部屋の外へと歩いていく。
俺は抵抗しても無駄だと諦めて、掴まれている腕の痛みを我慢しながら外に出た。
それからしばらく腕を掴まれたまま学校内を歩いていると、寮の階層を全て無くして空間を長方形に変えたような広い場所に着いた。
床にはいくつかバスケットボールのコートほどの長方形があり、セーラはその1つに向かって歩き出した。
言うなればめちゃくちゃでかい体育館だな。
俺も腕をぐいぐい引かれて長方形の中に入ると、セーラもその長方形の中に入り、俺から少し離れたところに立った。
「さぁ、構えなさい!先生、審判をお願いします!」
「承知しました」
近くにいたメガネをかけた教師らしき人が俺たちの間に立つ。
「あの、どうすればいいんですか?」
「魔法で戦うのよ!早くしなさい!」
「は、はい」
「それでは、いいですね?
始め!!」
教師が大声でそう叫ぶようにしていう。
俺にきちんとした説明もせずにセーラはいつから持っていたのか左手に杖を持ち、詠唱し始めた。
「火の神よ、その業火を我に分け給え、火球」
「うわっ!?」
俺は咄嗟に体を魔力強化してマリオネットを使った。
反射的に使ったせいでいきなりマックススピードで動いてしまう。
当然、火球は避けられたが、速さが有り余ってセーラの前まで一気に移動してしまった。
「くっ!火の神よ、その業火を…んぐっ!」
またセーラが火球を唱え出したので慌てて口を摘んだ。
セーラはいきなり口を摘まれて怒ってしまったようで顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。
まずいな、これじゃあ多分終わらない。負けるわけにはいかないし、かと言って攻撃したくはない。
うーん……よし、アレを使おう。
「セーラさん、少し我慢してくださいね」
そういうと俺は、セーラの手足を風魔法で縛った。暴れられて当たると困るからな。
ちなみにこれもオリジナル魔法だ。
そして、俺はもう1つのオリジナル魔法を使うべく魔力を練りだした。
この魔法の特徴は派手なところだ。
この魔法の名前は、といっても勝手に名付けたんだが「爆発」といって、その名の通り簡単な爆発である。
空気中の酸素と魔力で創り上げた水素を一箇所に集めて爆発させるという至ってシンプルな魔法だ。
水素を魔力で創れるのは驚きだった。一体どういう仕組みなのか魔法で酸素も操れるし、本当に魔法は何でもありだな。
ともあれ俺がこれを選んだ理由は2つ、これならば攻撃せずに済むし、セーラも認めてくれるかもしれないから、だ。
魔力を練り上げるのと同時に空気中の酸素も操作する。
2秒くらいでそれを済ますと着火に入る。
「爆発!」
俺の号令と同時に一気に目の前が炎で一杯になり、ボカンとダァンの中間くらいの不思議な爆音とともに風が勢いよく俺たちを撫で去った。
うん、即席だし、まぁこんなもんかな。
それにしてもやっぱり派手だなぁ。ちょっと応用すれば花火とか出来そうだ。
新しいアイデアを頭の片隅にしまい込んでそっとセーラの方を見ると、愕然という表現がぴったりな顔をして炎のあった場所を見ていた。
「あの、これでどうでしょうか?」
「き、君の勝ちだ!それにしても今の魔法、どうやったんだい?詠唱しなかったようだったけど、もしかして君が噂の天才無詠唱少年のアルム君かい?」
俺が聞いてるのはセーラの方なんだが、審判をしていた教師の方が騒ぎ立ててきて、うるさい。
教師の横からちらとセーラの方を見ると、少し呆然とした後ハッと我に返ってから俺の方に近づいてきた。
流石に今ので認めてくれているだろう。
ほら、顔も真っ赤だし、認めるっていうのが恥ずかしいんだな?よし、ここは俺からきっかけを作って…
「み、認めないわよ!!」
俺がそう思って口を開こうとした直後、そのセーラの叫び声が響いた。




