第13話 【新たな不安】
校長直々の了承を得た俺は無事にナヴィガ魔法学園に入学できた。
あの後、ひどく興奮している校長から正式な契約書をもらい、名前を書いてから帰らされた。
校長は自分のモノクルを入念に拭きながら鼻息荒く興奮していた。
多分俺の魔法が予想以上だったのだろう。無詠唱だったしな。
因みに入学金とか寮についてのことなんかは明日の昼ごろまた来た時でいいとのことだ。
"昼ごろ"なんて結構ふわふわした登校時間だな。まぁ適当に来てくれってことだろう。
俺は今、学園の規定のローブを羽織り、宿の汚い鏡の中の自分と睨めっこ中だ。
それをつまらなそうに見ているのはナーバだ。結局ナーバには合格したことだけを伝えて、どんな試験だったかなんかは言わなかった。
当然だ。死にたくない。
彼は寡黙だが、案外俺の試験に関しては気になってるようで先程から落ち着かない。
「おい、アルム、試験はどうだったんだ?」
「え?あぁ、さっきも言った通り受かりましたよ」
「そういうことを聞きたいんじゃない。分かっているだろう。何故話さない?」
痺れを切らしたナーバに強めの口調で聞かれ、俺は答えに詰まった。
さて、どうしたものか…
いや、悩む必要は無いか。ナーバとは今日で別れてしまうことになってるんだ。別に言ってしまっても問題はないか。
それから俺は入試でのことを話すとナーバは珍しく瞳を輝かせて俺の話を聞いていた。
「よし、じゃあヤルか」なんて言い出さないといいな。
「…そうか。じゃあ、お前は強いということなのか?俺との戦いの時は手を抜いていたと?」
「いえ、まさか!正真正銘本気でしたよ!
それよりもナーバは明日で護衛は終わりなのでしょう?支度などはしなくていいんですか?」
「あぁ、必要ない」
俺は予想外の質問に無理矢理話題を変えるのが精一杯だ。
それにしても明日か…
こうしてナーバとは安宿に泊まるのも今日が最後、寂しくなるな。
ナーバとはもうちょっと一緒に居たかったんだが、俺は学園に入学したら寮に入るからナーバは暇になる。
まぁいずれまた何処かで会えるだろう。何となくだが、そんな気がする。
俺は自分のローブ姿を見ながらしばらくしみじみとしてから寝床に入った。
ナーバと別れて悲しいような、入学出来て嬉しいような。
考えることは沢山あったが、考えているうちにすぐに眠りについた。
=====
アルムをはじめ、誰もが寝静まった宵闇の中に1人、月明かりに照らされ美しく輝く金髪を風に揺らす青年がいる。
彼の背には異常ともいえる大剣が収められ、それを背もたれにするように路地裏に座り込んでいた。
そして彼の手の中には黄色く光る小石が1つ。彼はそれを口に近づけて、ボソボソと何か話している。
「はい、1度は始末しようかと無理矢理戦ってみましたが、予想以上に弱かったので殺しませんでした」
「……」
「いえ、そんなつもりは……ただ、あなた様の能力で感じたのなら確かでしょうが、取るに足らない存在かと」
「……」
「はい、分かりました。それにしても演じるというのは難しいものですね。では、この辺で」
彼がそういうと淡く黄色に光っていた石は、その光を失い、ただの石ころになった。
しかし、その石ころを見つめる青年の顔は、薄く青白い月明かりと共にひどく歪んだ笑みを浮かべている。
「全く、面倒な仕事だな。まぁいいか、収穫はあったさ。
それにしてもあいつ……ふふっ、はははっ!あははははっ!」
その日、暗い暗い街の中に不気味な笑い声だけが響いていた。
=====
朝目覚めるとナーバが居なかった。
最初はどこへ行ったのかと思ったが、多分あいつは護衛という仕事を完遂したから帰ったんだろうという結論に至った。
あいつはさっぱりしてるからな。こんなもんだろう。
でも何か言ってくれれば、街の外までなら見送ったのにな。まぁこれはこれでナーバらしいといえばナーバらしいが。
俺は若干大きめの新品の黒いローブの袖に手を通し、宿を出た。
今日から学園生活が始まる。
学校で寝泊まりっていうのは新鮮だな。
どんな人が居るのか楽しみだ。入試の時はモノクル校長以外見てないけど、生徒達は校舎内にでも居たんだろうか。
入試は実技なのに授業は紙面だけなのかな。実技テストとかあったら楽しそうだけど。
あぁ、ワクワクしてきた。薔薇色とまではいかなくてもタンポポレベルでいいから楽しい学園生活だといいな。
まぁ欲を言えばアトミーがここに居てくれた方がいいんだが、手紙は来るから欲張ったことは言わない。
学園のことを想像しながら道を歩いていると昨日はちゃんと見れなかった武具店がすぐそばにあった。
学園には昼までに来いとのことだったから、まだ時間はある。
俺は迷わず武具店に近づくと、1番手前にある杖を見つめた。
やはりこちらの杖は前の世界の杖とは全くの別物だ。用途が違うんだから形も違うのは当たり前なんだが。
杖自体は少し歪な木の棒で、その片方の先端が少し太くなっていて小さな小石が1つ取り付けられている。
これがどうやって魔法を放つ媒介をするのか皆目検討つかないが、それはこれから学園で学ぶからな。深く考えることはない。
俺が杖を観察していると店の奥からガタイのいいおじさんが出てきた。
「おう、いらっしゃい!坊主、お使いか?武器屋にお使いたぁ大したもんだ!どれを買っても構わないが、運ぶ時は気をつけるんだぞ」
「えっと、お使いではないんです。この杖っておいくらなんですか?」
「お使いじゃねぇのか。子供にしちゃ丁寧な言葉使うな。貴族様か何かなのかい?」
「いえ、貴族ではないです。この杖っておいくらなんですか?」
「おぉ?貴族じゃねぇのか。んじゃあ何か、執事の息子とかか?」
「違います!この杖っておいくらなんですか!」
「おっと、すまねぇ、つい気になっちまってよ。その杖はな、1050ルピーだ。坊主、買うつもりか?」
「いえ、まだ買いません。また今度来ますね」
そういうと俺は店を後にした。
取り敢えず俺が知りたかったのはあの杖の値段だ。
奥の方にはもっと豪華な装飾がされた杖があったが、俺が知りたかったのは1番安価であろうモノの値段だ。
あの安そうな杖で1050ルピーか。高いな。
因みに、この世界での金の単位はルピーという。だいたい1ルピーが元の世界で100円だ。ドルと同じくらいの価値だな。
その上で、あれが1050ルピー。つまりあの杖1本で10万ちょっとってことだ。1番素朴なあの杖で、だ。
奥の豪奢な杖は一体いくらするんだろうか…
ま、用は俺が杖を持つにはまだまだ早いってことだ。
どうせ体よりも長い杖なんてあっても邪魔だから無いほうがいい。
それにしてもなんでこういう所の人はちゃんと話を聞かないんだろうか。まぁ気さくっていう点で見ればいいことなのかもしれないが、人の話は聞くべきだな。
なんかデシャヴのような気もしたが。
俺は様々な出店を眺めながら学園への道のりを進んでいった。
やはり知らないものを見て回るのは楽しいな。時間があるときにでも物価調査とかしておこう。
そんなことを考えているうちに学園の鉄柵の前まで来た。
初めて来たときよりかはマシだが、やはり緊張する。
ゆっくりと柵を開けて中に入ると相変わらずだだっ広い庭の中に案山子がちょこちょこと見えているが人影はない。
そろそろと歩いて扉の前まで行き、ノックしようとした瞬間に勝手に扉が開き、中からモノクル老人、こと校長のナルバが出てきた。
「待っていましたよ、アルム君。ふむ、随分早かったですな。立ち話というのもなんですし、ふむ、さぁこちらへ」
「はい」
そういうと扉の中へと案内され、建物の中に入ると広い空間に出た。
この建物の中は吹き抜けになっていて、さながら元の世界の大きなショッピングモールだ。そして壁には教室に続いているのであろう扉が数十個程ある。
これからここで勉強すると考えるとワクワクが止まらない。
「ふむ、ここです」
一際大きな扉の前まで案内され、中に入る。
中は落ち着いた雰囲気で、大きな横長の机1つ奥に置いてあり、その手前に2つのソファが向かい合うようにして置かれている。多分ここは校長室か何かだろう。
そして片方のソファに俺のとはまた違う、高級そうなローブを纏った若い女性が腰掛けている。
「アルム君、こちらは教頭のミア・バーナ・マーテルだ。ミア、この子は優遇生のアルム・ガルミアだ」
「そ、その子が案山子をけ、消しとばした子ですか。え、えっと、私はミア・バーナ・マーテルといいます。き、気軽にミ、ミアって呼んでください」
「はい、これからよろしくお願いします、ミアさん」
「ふむ、自己紹介は終わりましたな。それでは入学について話すとしましょう」
そう言うとミアの隣にナルバが座り、その反対側に俺が座った。
おぉ、ソファがふかふかだ。ここ最近硬いところでしか寝てないからか、柔らかいものに座れると感動するな。
「それではアルム君。何年生から始めたいですか?」
「えっと、何年生というと…?」
「先程も申した通りあなたは優遇生です。優遇生というのは優れた生徒にのみ与えられる称号のようなものです。そして優遇生はその恩恵の1つとして自分の希望の学年から始められるのです」
「成る程…」
うーん、俺が優遇生か。入学出来るかどうかで1日前は不安だったのにな。まぁ貰えるものは貰っとこう。
さて、どうするか。どこから始めるべきなのか分からんな。優遇生ってのもイマイチよく分からないし…
そうだ、アトミーはどこから始めたんだろう。いや、始めたのは一年からだったか。じゃあ飛ばした学年はどこなのか聞いてみよう。
「あの、ここの卒業生でアトミー・ターミシルという生徒をご存知ですか?」
「ふむ、アトミーの名が出てくるとは。どういった関係なんですかな?」
「ちっ!」
え?今ミアさんが舌打ちしたような気がしたんだが…いや、そんな訳ないな。こんな綺麗な人がそんなことするはずがない。ほら、今だって笑顔で話を聞いてるし、ないない。
うーん、それにしてもどんな関係か、か…なんて答えよう。
恋人と言いたいところだが、それはまだ先の話だからなぁ。尊敬する師とでも言っておくか。
「僕の尊敬する先生です」
「ほう、あのアトミーが教師。ふむ、まぁ彼女の才能ならば可能ですな」
「ちっ!!」
そうだろう、そうだろう。アトミーは凄いんだ。そして可愛いのだ。ナルバとは気が合いそうだな。
ていうか、今のもそうだが舌打ちはやっぱりミアさんからだった。しかもさっきより強かった気がする。この人、キョドキョドしてる割に笑顔で舌打ちとか色々怖いな。
うーん、聞くのは気が引けるが知りたい。それにアトミーに向けての舌打ちだったら由々しき事態だ。
「あの、ミアさん。その、どうして舌打ちをなさるんですか?」
「それについては私から説明した方が良いでしょうな。ふむ、ミア。いいですかな?」
「どうぞ…」
「それでは……話は、まだミアが教頭という地位ではなく、一教師としてこの学園で働いていた頃になります。当時、アトミーは飛び抜けた才能の1年生でしたな。そして年末の進級試験の時、彼女は1年から3年になることになりました。しかし、それに反対したのがアトミーのいたクラスの担当教師のミアでした。私は知りませんでしたが、ミア曰くアトミーの授業態度が悪かったようで、反対したようなのです。それからミアはアトミーを毛嫌いするようになりましてな」
「成る程、そういうことでしたか…それにしてもアトミー先生が問題児だったとは」
「校長、1つ訂正があります。あの子は進級した後、私に言ったのです、
『私の方が優れていることに先生は嫉妬していらっしゃるんですね。可哀想に』と」
「いや、流石にアトミー先生に限ってそんなことは…」
「いいえ、言ったのです!!あの子は私を嘲笑うように言ったのです!!
あ!ご、ご、ごめんなさい!ア、アルム君は関係ありませんでしたね…」
「い、いえ、僕の方こそすいませんでした」
そんなことがあったとは…信じがたいことだな。アトミーがそんなことを言うとは思えないが、この気弱そうなミアさんが態々嘘をつくとも思えない。
これはアトミーに手紙で確かめる必要がありそうだ。
それに、早速学園生活が心配になってきた。俺はこれからここでやっていけるのだろうか…
それから入学金を渡し軽く彼らと話すと、俺は新たに芽生えた不安を胸に部屋を出た。




