第11話 【夢の中で】
いつものように何処とも知れぬ暗い闇に包まれた空間を横に斬り裂く一筋の光が差し込み、瞼を開いていくと暗澹とした空間が光に溢れ、目が覚める。
視界にはいつもの見慣れた天井、背中から伝わる感触はいつものベッドだ。
ふと目覚まし時計をみると朝の4時を示している。
「ふぁ〜ぁ」
俺はベッドから這い出て欠伸を1つするとまずは机に向い、引き出しからワークとノートを取り出し、シャーペンを握る。
まず朝は起きてから2時間は勉強するのだ。
才川 明、こと俺は今年の冬に高校受験を控えた受験生だ。受験する高校は全国でもトップクラス、入試倍率は15.35と非常に高い。
受験合格に向けて俺は今日も朝から予習復習をしてから登校だ。
一通り勉強を終え、リビングで母さんの作った朝食を頬張りながら朝のニュースを見る。入試には時事問題も出る可能性があるためニュースチェックは欠かさない。
朝食を食べ終え、軽く母さんと会話を交わしてから制服に着替えて登校する。
俺の通う中学校は全校生徒150人ちょっとという田舎の平凡な学校だ。
登校中にも明後日の漢検準一級の勉強をしっかりしてから学校に着き、少しすると朝の会が始まる。
挨拶をして、朝の会が閉じると5.6人の男子が俺のところに来た。
「なぁ、あきら〜。宿題見せてくれよ〜」
「俺も俺も!いやー、昨日するつもりが寝ちゃってよー。頼むぜ」
彼らが俺のところに来る理由は大抵宿題忘れだ。
もう三年生、高校受験の時期だというのに宿題なんて忘れて将来どうするのか気になるところである。
彼らの将来はさておき、宿題のことだが見せない理由もない。それに俺としては、まだこうして俺のところに来てくれることが嬉しいため、基本的に宿題を見せてやる。
すると彼らは俺のノートを齧り付くように写しだす。
こんな形であっても学校で他人と関わることは少ない俺にとって今は嬉しい一時なのだ。
「助かったぜ!ありがとなー」
「次あったらまた頼むなー」
そういうと彼らはさっさと離れる。さっきの馴れ馴れしさは一体なんだったのかと驚く程に、だ。
何故か。
それは大体二年に上がった頃からだったか、毎度毎度俺が定期テスト一位を取るため、俺といると"ガリ勉病"という病気にかかるとされているのだ。
最初は何て馬鹿らしいんだと思ったが、流石にクラス全員からバイ菌扱いされると馬鹿にしてはいられない。
今も、しょうもないと思う自分と悲しみ悔しく思う自分が入り混じってモヤモヤとしたものが胸を満たしている。
遠くで「あいつ俺たちの宿題のためだけに学校に来てんじゃね?」と言って先程の男子たちが笑う声が聞こえてきた。
彼らの笑い声に呼応するように俺の胸の奥にズキズキと何かが突き刺さるような感触が広がり、俺は何故学校に来ているのかという疑問が浮かぶ。
しかし我に帰り、勉強をするために学校に来ているのだと自分に言い聞かせ、モヤモヤを振り払う。
もともと俺があの高校を受験するのも、この中学が嫌だからなのだ。女手一つで俺を育ててくれた母さんに孝行するためというのもあるが。
いつもと同じ簡単な授業を受け、ランチルームという給食を食べる部屋へと移動した。
ここでも俺は孤立している。周りがグループになっている中で1人、俺だけは何処のグループにも入れず机の片隅で給食を食べる。
食べかけの食パンを片手にふと周りの会話に聞き耳をたててみると小さな声ではあるが会話が聞こえてきた。
「またガリ勉野郎は1人か」
「あはは!可哀想だねぇ」
「おい、聞こえるぞ。いじめられたとか言われたらどうすんだよ」
「知るかよ!こっちはただ話してるだけなんだからなー」
また俺の話か。はぁ、やっぱりこのズキズキしたものには慣れない。
正直誰かに助けてほしい。しかし、誰かに話せば今は間接的なモノが、今度は直接的なイジメに変わることは目に見えているから相談もできない。
今の現状をどうにかしたくてもどうにも出来ない無力感に苛まれる。
机に突っ伏し、目を瞑って胸に何かが突き刺さる感覚と周りの雑音だけを感じる。
すると段々と周りの雑音が消え、ふと顔を上げてみると俺は真っ暗な空間にいた。
自分が立っているのか寝転がっているのか分からなくなるような深い闇の中で、確かに自分がそこにいることだけは感じる。
何処だ、ここ?前にも来たことがあるような気がするな。
うーん、何か思い出せそうなんだが…
急に、暗闇の世界にドォーンと轟音が響く。
最初はただの轟音だった音は、声になり、段々と言葉になる。
「…いわ。いかわ。さいかわ!才川!」
はっと目を開けると目の前にメガネをかけたスーツ姿の男性が心配そうな顔をして俺を覗き込んでいた。
ここどこだ?この人どこかで…
あ、そうだ、塾の三井先生だ。塾なんて久しく行ってなかったはずなんだが、どうして俺はここに…?
「才川、お前が居眠りなんてどうしたんだ。勉強張り切りすぎて疲れが出てるんじゃないか?明日は高校で定期テストだろ。お前、無理しないで休憩室で少し休んでこい」
「え?あ、は、はい…」
俺は言われるままに席を立つと休憩室に向かって歩き出した。休憩室がどこかは何故か分からないが分かってしまい、足が勝手にそこへと向かう。
教室と思われる場所には見たことある奴ばかりだが、さっきの中学での奴らじゃない。
俺は高校生で、ここは塾…そうか、じゃあさっきのは夢だな。
それにしても中学生の時に戻る夢、か。なんて嫌な夢なんだ。中学校なんてトラウマでしかないのになんであの夢を見るのことが多いんだ?
夢のことを思い出しながら休憩室に入ると事務の先生が驚いた顔をして俺を出迎えた。
「どうしたの?才川君が授業中にここに来るなんて初めてじゃない?」
「え、そういえばそうですね」
「才川君も疲れることあるのねぇ、へぇ。ほらほら、ベッドに横になって。疲れた時は横になるのが1番よ。
…あ!そういえばこの前あった英検どうだったの?」
「検定?」
「ほら、高2で一級なんて凄いねって話したじゃない。覚えてないの?」
「あぁ、そんなことありましたね。受かりましたよ」
「そうなんだ!もう才川君より頭のいい英語の教師はいないわね。
それにしても話したことを覚えてないなんて、才川君らしくないね。やっぱり疲れてるんだよ」
人と話していくうちに段々と自分のことを思い出していく。デジャブとも違う、全く覚えのないことなのに、そのことを懐かしく感じるようなそんな感覚だ。
こんな不思議な感覚は初めてだ。軽い記憶喪失か何かなのか?
いや、でも何かが引っかかる。なんだろう。
何か大切なことを思い出せていないんだ。大切なこと、大切なこと…
ベッドで寝ながら、この引っかかりについて考えるが、あと少しで分かりそうなのにあと少しが分からない。
段々と瞼が落ちてきて、思考が暗闇の中で回る。少しすると、その思考すらも止まり、暗闇に全てを呑まれて俺は眠りについた。
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暗い空間に手足の感覚が構成され、次に体の感覚が構成され、最後に意識が構成されると自分が横になっていることを実感する。
ゆっくりと瞼を開けるとナーバが木製の硬い壁際に座り込んで眠っている姿が映った。
なんだ、今のは?夢、なのか?それにしてはやけにハッキリとした夢だった。
確か夢の中で夢を見てたよな。多重夢ってやつだかな。
…とすると、まさかこれも、夢…?なんてことはないか。
硬いベッドから出て、ナーバを横目に扉を開け、宿から出る。
外はまだ暗く、この世界では月と言っていいのか分からないが、とにかく満月みたいものが星の輝く空にぽっかりと浮かんでいる。
明日は学園の入試だ。万全とはいえないが準備はしてきた。
ムガーマやナーバのことを考えるにこの世界の常識やら原理には謎が多い。しかし、俺には約250冊の本から得た知識がある。それを上手く活用して、アトミーたちのためにも是非とも合格したい。
あ、そうか。もしかしてさっきの夢は入試だからなのか?
高校での夢は明日がテストとか言ってた気がする。俺も緊張してるからな、そんな夢もみるか。
それにしても懐かしい人が出てきた夢だった。
中学の彼らは元気してるだろうか。高校でも誰かに宿題みせてもらってないだろうか。というか高校行ったのか?
あぁ、明日の入試緊張するな。こんな緊張感はいつぶりだろうか。
明日は持てる力全てを注ごう。そして絶対に受かるんだ。
俺は決意と緊張感を胸に踵を返し、月明かりに照らされる宿の扉を開けるのだった。




