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才川くんと異世界転生  作者: ポッチリプッチョ
1章 始まり
11/35

第10話【宿と魔物とナーバ】

 


 昨日は無事に宿に着いた。


 しかし技術的に発展の乏しい世界だからか、宿といっても元の世界ではとてもじゃないが金を払う気にはなれないボロ宿だった。

 ベッドのマットの中にはダニみたいな小さな虫が沢山潜んでいるし、床は少し動くと軋んでうるさい。

 これなら野宿の方がいいんじゃないかとナーバに提案した程である。


 しかし、ナーバは「さっきの魔物に食われたいなら外で寝ろ」と一言放つと床に寝転がっていびきをかきはじめた。

 ダニの餌も魔物の餌もどっちも御免だし、結局俺も布を敷いて床の上で寝た。


 布を敷いても床は固く、少しでも動こうものならギシギシギシギシうるさくてしょうがなかった。

 おかげで体の節々が痛む。



 そして今朝は日が出て間もないうちにその宿を出た。

 さっさとボロ宿とおさらばしたかったのもあるが、なんでも次の宿までの距離が長いらしい。

 今は昨日のような森の中ではなく、野原をゆっくりと進む馬車に揺られている。



「あの、ナーバ。今更なんですが、昨日の魔物はなんていう魔物なんですか?」


「ウルフェンという魔物だ。本来は群れをなしているはずだが昨日のやつはハグレだったみたいだな」


「成る程、ありがとうございます。

 …つかぬ事を伺いますが、そのウルフェンという魔物は強いんですか?」


「いや、単体なら弱い。群れをなしても10匹程度なら倒せなくもないな。

 もし次、ウルフェンが来たら今度はお前が戦ってはどうだ?」


「いえ、冗談はよして下さいよ。入試もせずに死にたくなんてありません」


「そうか」



 短く答えるナーバの顔が少しだけ嬉しそうだ。

 やっぱり戦いの話になると燃えるのか?

 俺に戦わないと言われた時の顔は、少し悲しそうな顔してたしな。

 好戦的なんて野蛮だ。まぁ護衛はちゃんとしてくれてるし、意外と面白い一面もあるし、いいか。


 そんなことを考えていると馬車が急に止まった。

 何事かと御者台の方をみると険しい顔をしたナーバが背中にある剣の柄に手をかけていた。



「アルム、魔物だ。昨日は夜だったから待機させたが今は朝だ。

 相手も昨日と同じハグレのウルフェンだから見ててもいいぞ」


「え!?いいんですか!ではお言葉に甘えて」



 なんというタイミング。

 昨日見れなかったナーバの戦いを今日は見れる。

 どんな風にあの大剣で戦うんだろうか。



 興奮気味の俺は勢いよく御者台から飛び降り、馬車の横にスタンバイした。

 すると少し遠くから1匹の狼、もといウルフェンが歩いているのが見える。

 ナーバは剣を抜き、ムガーマの少し前で構えた。

 ウルフェンは俺達を見つけると、ものすごい勢いで走ってきている。


 緊張が走り、念のため体を魔力強化しておく。

 それが済んだ頃ウルフェンはナーバとの距離が10メートル程のところで止まり、ガルルと獰猛に唸りながら睨んできている。

 ナーバは相変わらず剣を構えたまま動かない。


 しびれを切らしたのかウルフェンが飛びかかった。

 するとナーバは大剣を上段に構えると勢いよく振り下ろした。

 大きく鈍重な剣が空気と共にウルフェンを空中で真っ縦に斬り裂き、丘の草原の上にはウルフェンの右半身と左半身が転がされる。

 そしてその切り口から滲み出るように血が溢れてきて野原の草花を赤く染める。


 大分集中して見ていたが、目の前で起きた予想だにしない結果に呆然とする。


 まさかあの剣で斬り裂くなんて出来るとは思っていなかった。

 せいぜい、敵をなぎ倒すだとか打撲系のダメージなんだろうと思っていた。

 もはやナーバは人間じゃないな。

 あんなに速く大剣を振れる奴に短剣何て持たせたらとんでもない速剣になるんじゃないか?


 何て考えてたら頰についたウルフェンの血を拭いながらナーバが振り返る。



「面白かったか?」


「え?えぇ、もちろんです!」


「そうか」



 唐突に話しかけられ、少し詰まりながらも正直に答える。

 ナーバの顔が先程の「そうか」の時よりも柔らかいような嬉しそうな顔をしている気がする。

 やっぱり戦いの話とかをしたいのかな?

 俺はそんな好戦的な方じゃないんだけどなぁ。



「アルム、お前の力をみたい。どうしてもダメか?」


「えっと、まぁ、少し魔法を使う程度なら大丈夫ですよ」



 まぁ、竜巻(サイクロン)までとはいかずとも火球辺りなら見せてもいいだろう。

 あ、でも火球じゃ火事になるかもしれないか。


 そう思ってふと野原を見た時だ。

 ナーバの顔に見たことない程の凶悪な笑みが張り付いていた。



「そうか、じゃあいくぞ!」


「え?」



 ナーバが大剣を構えながら俺の方に走ってくる。

 どういうことだろう。

 まさか俺と戦うつもりだろうか。

 ……うん、あれは完璧に戦うつもりの顔だ。どうしよう。


 俺は取り敢えずマリオネットを使って後方へ逃げる。

 一瞬体の心配をしたが先程魔力強化をしたばかりの体はとんでもない速度で移動した。

 ナーバも大剣を持っているにしては異常な速さだが俺のマリオネットとは亀と自動車程の差がある。

 だいたい200メートル程離れたところで俺はマリオネットを解除した。


 ふぅ、距離をとったはいいもののどうするか…

 ナーバに向けて魔法なんて使いたくない。でも戦わないと…

 というかナーバはどんだけ戦い好きなんだよ。

 魔法を使ってもいいっていう流れからどうして俺とナーバが戦う結論に至るんだ?

 …よし、魔法で戦えば少しさじ加減を間違えれば殺しかねない。

 だからマリオネットで軽く戦って、勘弁してもらおう。


 そこで静かな野原にナーバの怒声のような大声が響く。



「アルム!なぜ魔法を使わない!」


「そりゃ使いませんよ!

 魔物相手ならまだしもどうしてナーバを攻撃しなくちゃいけないんですか!」


「さっき使ってもいいと言っただろう!

 お前が魔法を使わないならこっちからいくぞ!」



 ナーバはもうすぐそこだ。

 あと数秒もすればその剣域に入ってしまうだろう。

 そして俺がギリギリその剣域に入ったところでナーバは大剣を右から左に勢いよく振った。

 咄嗟にマリオネットでしゃがむようにして避けると頭上でブンと空気の切れる音がした。



 そこで気づく。

 この速さの斬撃を食らったらウルフェンみたいになるんじゃないだろうか。

 そう思うと冷や汗が背中を伝い、耳にはやかましく自分の鼓動が鳴り響く。


 しかし俺が今更ナーバの意思を知ったところでもう遅い。

 ナーバはしゃがんだ俺を数メートル蹴りとばし、俺の方に走ってくる。

 蹴り飛ばされる瞬間、反射的に魔力強化で体を限界まで硬くしたおかげで蹴りは効かなかったが俺は体勢を崩している。


 ナーバはもう目の前だ。

 魔力強化とて蹴りは防げてもあのレベルの斬撃は防げないだろう。

 ナーバの剣がヒュンという先程よりも鋭い音と共に俺の方へと迫ってくる。

 俺は剣と同時に迫り来る自分の死を覚悟した。



 ーーーその時、時間にして数秒、ナーバが振り下ろす剣が軌道の途中で止まったように見えた。

 まるで時間ごと止まったように。


 ……これは死ぬ直前だからだろうか?

 確か限界まで集中力が高まるとこんな現象が起こるって話を聞いたことある。

 いや、そうだとしても長い。15秒は止まってる。

 それにこの懐かしい感じ、いつ何処で感じたんだ……



 その思考が回りきる前に剣は静止から解き放たれ、斬撃を再開する。

 斬撃は止まっていたにしては初速が明らかに速く、一瞬剣が消えたようにも見えた。

 かと思うと俺の鼻の頭で剣先が止まっていて、尻もちをついたような体勢の俺にナーバが剣を突き立てている。


 ……あれ、痛くないぞ?

 なんで…いや、そもそも斬られていないのか。

 つまり俺は寸止めされたんだな。



「アルム、まだまだだな。

 俺が既の所で剣を止めたから死ななかったが、戦いに慣れないと生きていけないぞ」


「は、はぁ」



 ナーバはテニスの上手いイケメンみたいな台詞とともに御教示を授けた。

 が、そんなものには流石に俺もため息のような返事しか出来ない。


 そりゃそうだ、さっき殺しにきてるはずだった奴からいきなり論されたら誰だってこうなる。

 それよりナーバは好戦的というか、もはや戦闘狂だな。

 戦いの話は2度としないようにしないとな。

 今回は寸止めで済まされたが、次は殺されるかもしれない。



「よし、馬車に戻るぞ」


「はぁ」



 ナーバの一言で俺たちは馬車に戻った。

 やはりため息のような返事しか出てこない。

 俺は夢中で丘の草を食べるムガーマに鼻を鳴らされ御者台から中に入る。

 ムガーマは負けた俺を馬鹿にしているというのだろうか。

 どこかふてぶてしい態度だ。


 そしてナーバが御者台に着くと馬車が動き出す。

 しばらく外の景色を眺めながら馬車の揺れを床から感じていると急にどっと疲れが出てきた。


 今日は本当に疲れた。

 昨日のボロ宿のせいで体が痛いし、今日は出発が朝早いせいで睡眠不足気味だ。

 その上さっきのあれだ。死にかけた。


 確か死にかけたのはこれで2回目だったか。

 机から落ちた時に死にかけたのが1回目、そして今日ので2回目だ。

 俺とて1回は死んでいるが、死を間近で感じるというのは何度経験しようとも慣れないものだな。


 そもそも死にそうになるような経験をこんなにするものなんだろうか。

 死にかけるのは異常に疲れる。

 今日もたった1日で多分1週間分は疲れた。

 まさかこの旅がこんなに疲れるものとは思わなかった。

 少しは大変かと思っていたがまさかこれ程とは。


 そういえば、もうそろそろお昼寝タイムだ。

 本当はベッドで寝たいがワガママは言うまい。

 昨日の宿よりは軋まないだけまだマシだと思えば、中々良い寝床だ。


 俺は馬車の床に布を何枚か敷いて疲れた体を横にする。

 そして意識を闇の底へ、ゆっくりと沈めるのだった。

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