第9話 【旅路】
もうそろそろ一章が終わる予定です。
俺が唐突に現れた生物に驚いて固まっていると、馬の上からサルガが顔を出した。
「おう、アルム!支度はもう済んだのか?どうだ、いいだろう!この馬はムガーマっていうんだ。
アルム、サルガ、アトミー、エルマ。みんなの名前の最後の文字からとったんだ」
「え、えっと、父様?これは、父様が飼っているんですか?」
「ん?あぁそうだ。覚えちゃいないだろうがアルムはこいつの卵を見たんだぞ?」
そうか、サルガのペットなのか。
……ん?卵?
卵なんて見ただろうか…?
あ!アレか!
ガチョウの卵くらいの禍々しいやつか!
いや、それよりも、こいつ馬なんだよな?
馬なのに、卵生なのか?
俺の知ってる馬は卵から生まれたり、6本も足が生えてない。
むしろ6本足の馬が卵から孵るところを見てみたいな。
俺が久しぶりにみた馬(笑)の顔を見つめていると、そいつはサルガに先導されて俺の前から退いた。
すると、今まで馬でいっぱいだった俺の視界に古ぼけた木製の馬車とその横に立つエルマとアトミー、それと背中にデカイ両刃剣を背負った体つきのいい青年が映った。
誰だろう?見たことないな。
ていうか、この金髪の青年、自分の身長よりも大きな剣とその髪色も相まってあの有名なクラ○ドみたいだな。
名前もク○ウドなんじゃないだろうか?
俺がその男を見つめていると向こうからこっちに歩いてきた。
「護衛のナーバだ。3日間お前を守る」
「え、えっと、アルム・ガルミアです。よろしくお願いします」
流石に名前は違かったか。
ていうか護衛ってどういうことだ?そんなの聞いてない。
「アルム君は十分強いんですが、やはり心配なので護衛を付けさせてもらいました」
「あ、成る程。そういうことですか。ありがとうございます」
まぁ護衛はいらない気がするんだが、3歳の子供を一人旅立たせるのは心配だよな。
それよりも多分この人、剣士だよな?背中にデカイの背負ってるし、ガタイもいいし。
確か剣士と魔法使いだと剣士の方が多いんだったか。
家か丘にしか行ったことがないから見たことなかったけど、村にも剣士とかいるのか?
それになんだあの大きな剣。
もしアレを普通に振り回せるなら怖すぎる。
確かにガタイはいいが、どうみてもあの剣を振り回せるようには見えない。
「さて、アルム君、もう準備は終わりましたね?そろそろ出発しないと宿に着けませんので、馬車に乗ってください」
「はい、先生」
「アルム、服は持った?地図は?お金はちゃんとしまってる?」
「はい。母様、大丈夫ですよ」
「アルムが帰ってくるのは12年後か…うちの天才が魔法使いに…
もし何か困ったことがあったら必ず連絡しろよ?」
「はい、父様。それでは、行ってきます」
ひとりひとりと会話を交わし、荷車に乗る。
相変わらず深い愛を持って俺に接してくれるエルマとサルガは心配そうな顔をしながらあれこれと聞いてくる。
アトミーはというと会話の内容もさっぱりとしていて平然のした様子だ。
俺としてはアトミーと離れるのは悲しいんだが、アトミーはそうでもないのだろうか…
それはそれで悲しい。
「そ、それではアルム君。いってらっしゃい。頑張って下さいね。手紙、ちゃんと出しますから」
「はい、いってきます、先生」
そう言った彼女の口元は固く結ばれ、瞳は少し震えていた。
馬車に馬をつなぎ、ナーバが乗り込む。
馬車が動きだすとエルマが遂に泣き出してしまった。
サルガがそれをなだめ、無理矢理我慢していたアトミーは堪えきれずに頰に一筋の雫を流した。
俺は、段々と小さくなっていく家族に手を振り続けた。
=====
もう家を出発してから3時間は移動しただろうか。
ナーバが馬を操り、俺はただ外の景色を眺める。
最初は村の風景だったが、1時間程前からずっと森の中だ。
森の中にある道も草が周りより少し少ないだけで見たというにはあまりにお粗末なもので、俺は景色に飽きてしまい寝転がって馬車の天井を見つめている。
ナーバと話せば少しは暇つぶしになるかもしれないが、彼とは自己紹介のとき以来何も話していない。
彼は寡黙というか、近寄り難いというか、話しかけてはいけない気がしてならない。
しかし、暇という強敵に負けた俺は起き上がって彼の方を向く。
「あ、あの、ナーバ、さん?ナーバさんは学園に行ったことがあるんですか?」
「ナーバでいい。行ったことはない」
おぉ、ちゃんと返事をしてくれた。
いや、まぁ話しかけられたら返事はするもんか。
こっちを見てくれないのはきっと馬車の操縦に集中してるからだ。
きっと嫌われてるわけじゃない、はず。
ん?行ったことがない?
おいおい、そんなんで大丈夫なのか?
「えーと、ナーバさんは剣士なんですか?」
「ナーバでいい。剣士だ」
「やっぱり剣士なんですか!その、ナーバさんのその剣は剣士なら皆持っているんですか?」
「剣士は自分の好きな剣を持つ。ナーバでいいと言っている。お前、俺の言っていることを聞いているのか?」
「す、すいません。気を付けます」
若干睨まれて怯んでしまった。
緊張と疑問でちゃんと話を聞いてなかった。
元の世界の俺と同じくらいの年齢のはずだが、なんで彼は睨んだだけであんなに怖いんだ?
どれだけ過酷な環境で育ったんだろう。
いや、そんなことより剣士についてだな。
剣は剣士の好みによる、か。
ナーバはあんなにデカイ剣が好みなのか。
男のロマンってやつなのか?俺にはそういうものは分からないが。
更に2時間程経った。
俺はまた寝転がって天井を見ている。
既に日は高く、ずっと四方から鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「ふぁ〜あ」
ふと欠伸が出てしまう。
暇だからというのもあるんだが、赤ん坊になってからというもの"昼寝"というものが欠かせない。
丁度今頃の時間になると抗えないような眠気に襲われる。
まだ少し寝るには早いが、この暖かい日差しと鳥の声で眠気が増す。
「ナーバさ…ナーバ。僕は少し眠らせていただきます。ナーバも少し休んではどうですか?」
「いや、いい」
そうか、まぁいいならいいんだ。
一応ナーバに寝ることを知らせておいてから、俺はゆっくりと目を瞑り、意識を闇に落とす。
直後、騒がしい音で目を覚ました。
辺りは既に暗く、馬車は止まっていた。
そんなに寝たつもりはなかったが、もう暗いな。意外と長く寝ていたらしい。
森の中からギャァギャァと鳥の声がする。
俺を起こした騒がしいのは鳥の声か。どうしたんだ?
体を起こし、御者台を見る。
しかしそこにナーバの姿は無く、暗い森とムガーマの姿があるだけだ。
あの人どこ行ったんだ。仮にも護衛なんだし、護衛対象と離れるのはまずくないのか?
俺はまだ眠気が取れずに重たい体で御者台から草の生える地面に降りる。
馬車の反対側まで歩くと、そこにはナーバの姿、それと大型犬ほどの大きさの黒い狼がいた。
彼は背中にあった剣を犬に向け、構えのようなものをとっている。
なんだ?あの狼。
狼ってあんなに大きいものなのか?見たことないから分からん。
「おい!離れろ!馬車に戻ってるんだ!」
「え!あ、は、はい!」
ナーバは俺の存在に気付くと一瞬驚いた顔をしたが、すぐに険しい顔をして怒鳴った。
俺の思考はナーバの怒声でかき散らされ、体はビクついてしまったが、指示はちゃんと理解している。
走って馬車に戻り、体に魔力強化を施す。
なんだ?なんであんなに必死なんだ?
そうか!もしかして、あれが魔物ってやつなのか?
暗記した本にあったけど、魔物ってこんな森の中にいるもんなのか?
だったら俺も丘に行くまでの道で何度か会っててもおかしくないはずなんだが…
あのデカイ剣なら狼くらい倒せそうだがなぁ。
強化をしながら狼の正体を考えている途中で違和感に気付く。
魔力強化の強度が普段の2倍ほど強いのだ。
消費魔力量は普段とあまり変わらないような気もするが。
キャイン!キュゥン!
馬車の外から犬の鳴き声が聞こえる。
鳴き声というには悲鳴に近い声で、外で鉄が何かにぶつかっている音も聞こえる。
外でナーバとあの狼が戦ってるのか。
どんな風に戦うんだろう。
護衛というほどだから負けたりはしないだろうし、見に行きたいなぁ。
でも見に行ったらまた怒鳴られそうだな。
見に行きたい…でも怒られたくない…
俺が行くか行かないか迷ったいるうちに外の音は聞こえなくなった。
もう戦い終えたのだろうか。
時間にして3、4分くらいしか経っていないはずだが。
よし、見に行ってみよう。
終わってるかどうか確認するだけだ、好奇心じゃない。
俺は馬車から降りてさっきのところへと歩く。
万が一のことを考えてゆっくり慎重にさっきの場所のまで来ると、そこにはボロ雑巾のような狼と血濡れた大剣を拭くナーバの姿があった。
どうやら戦いは終わっているようだ。
狼を少し見てからナーバの方に目をやると目が合った。
「さっきは怒鳴って悪かった。お前はまだ子供なんだったな」
「いえ、僕の方こそ勝手に行動してすいませんでした。あと"お前"というのは嫌なのでアルムと呼んで下さい。
その狼は魔物なんですか?」
「そうだ。お前は魔物を見たことがないのか?」
「はい、何分家の中にずっといたものですから。アルムでいいですよ」
「そうか、家の中で魔法が使えるのか?お前は優れた魔法使いだとアトミーから聞いている」
「いえ、まだ魔法使いではありません。魔法は多少使える程度ですよ。ナーバ、僕のことはアルムと呼んで下さい」
「分かっている。ただアルムの真似をしただけだ」
寡黙なナーバの意外な一面にふと笑いが溢れた。
よかった、ナーバとも少しは打ち解けられそうだ。
この旅も3日ではあるがどう過ごすかは大切だろう。
暗い森の中に2人の笑い声が響いた。




