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「スポットライト」  作者: みふら しがゑ
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あれからの生活

玄関というか入り口は、大人物の靴であれば3足も置けば一杯になる広さで、わずか5センチくらいの段差が玄関と生活空間を分けている。その隔てられた、生活空間と呼ぶにはあまりにも狭すぎる4畳半程のスペースに、都会の子ならばおままごとに使う様な小さなテーブルが置いてある。

 「座っとって。今お茶ば入れるね」。

 丁度正面の小さな台の上にとおるはいた。白い布で包んだお骨のそばに、それよりも一回り小さなとおるの写真がある。

 「それ、あの人の親戚の結婚式の時の写真よ。」

 由香里がお茶を入れながら言う。

 少しお酒でも入っているのか、スーツを着てほんのりと赤い顔でピースサインをしている。

 「変わらんな…。おい、とおる、会いに来たばい。」

 ろうそくに火をつけて線香をあげる。手を合わせて顔を上げると、ろうそくの火が勢い良く上下に揺れた。

 「ありがとう。あの人も喜んでくれとるね。」

この地区ではろうそくが上下に揺れると亡くなった方が喜んでいるという言い伝えがある。僕自身は、今日それを初めて見た。

 「とおる、来とっとか?。」

 ろうそくの火がまた、一段と大きく揺れた。

 そのろうそくの向こうに、僕は見慣れた本を見つけた。

 

「これ…。」

 僕はそれを手に取った。やはり僕の写真集だ。何度も開いて見たらしく、ページの端がよれている。パラパラとめくると、折り目のついているページで止まった。「見守ってるよ」の写真が載っているページだった。

 「あの人、その写真が好きで、いつもその写真ば見よった。“良か写真やなぁ~、良か写真やなぁ”て言うて。」

 そして、由香里も一緒に写真を覗き込んだ。

 「あの人ね、すぐる君が賞ばもらってから、誰にでも“俺の親友が賞ば取ってから大先生になった”って言うて大威張りやったとよ。あんまり自慢するけん、みんなから“お前の賞じゃなかろうもん”て言うて笑われよったとよ。その写真集が出た時げな50冊も買ってからお得意さん全部に配ったっちゃけん。とにかく事あるごとにすぐる君の話ばしよったっちゃけん。景気が良かった頃は2ヶ月に一回くらい東京に行きよったけん、“そげん会いたかとなら、東京に行った時にでも会って来ればよかやんね”て言うたら、“何ば言いよっとか。あいつは今や大先生ぞ。俺のごたるもんが行ってから時間ば取らせたら申し訳なかろうもん”て言うてから、結局は会いに行ききらんやった。…亡くなる3日前にも東京に行っとったとに…。…どうせ死ぬつもりやったとなら、せめてすぐる君だけには会ってから死ねば良かったとにね。」

 僕は写真集をじっとみていた。ボトリと一粒涙が落ちた。

 「こげな事ば聞いたら失礼かかもしれんばってん、とおるの借金はいくらあったとや?。」

 写真集から目を離さずに聞いた。

 「あの時で3000万やった。」

 「3000万…。」

俺は目を閉じた。3000万…。それがとおるの命の金額だった。中学生の頃二人していたずらして先生にげんこつをくらったり、河原で汗を流しながら特訓したり、つまらない事で殴り合いの喧嘩をした事が走馬灯の様に頭のなかを駆け巡る。それらは全て、この3000万の為に命を絶つという終点に向かう為にあったというのか。

「とおる、お前…。お前なんで一言俺に相談してくれんやったとか?お前が死にたかごつ苦しか金やったら、俺が全部払ってやったとに。その金がそげんお前ば苦しめたとか?こいつらば残してから死なないかんくらい苦しかったとか?…言うてくれとったら…言うてくれたら良かったとに。なんで、なんでそげんばかな事ばせないかんやったとや!」

 自分でも感情が抑えられなくなっていた。最後は叫ぶ様に話す自分をどうにも止める事ができなかった。この怒りと悲しみを押さえつけるのは到底無理だった。


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