奥山さんの酒。
奥山さんは酔っぱらい。
「あかりちゃん、今日うち来ない?」
「なんかあるの?」
「実家からお芋さん届いた」
「お、マジっすか、お邪魔します」
あかりちゃんは芋焼酎が大好きだ。だが、ふわふわしたあかりちゃんが芋焼酎をロックで飲む姿はまるで想像できない上に、自分のイメージダウンに繋がるため、あかりちゃんが芋焼酎好きなことは公にしないようにと奥山さんはあかりちゃんにきつく言われている。
「なんかツマミある?」
「ツマミかー、ガパオでいい?」
「またガパオ!?なんか買って行くからガパオはいいよ」
「固形物なら寿司がいいな」
「ガパオあるでしょ」
「ガパオは趣味だよ」
「まったく意味がわからないね」
そんな他愛もないやりとりをしながら、あかりちゃんはふと思った。
「奥山さんてビールしか飲まないの?」
「そんなことないよ、寿司食べに行ったらおっさんに日本酒出させるし」
「随分と上からなのね」
奥山さんのやたらと横柄な態度を想像し、おっさんと呼ばれるその人が気の毒に思えた。奥山さんレベルに偉そうにされて従うなんて、屈辱でしかないなんたる罰ゲームか。自分なら絶対お断りだ。
「酒ならなんでもいいっちゃいいんだけど」
「なんかダメ人間ぽい発想」
「栄養考えたらビールが一番体に良さそうだと思う」
「ダメ人間の言い訳だ」
「炭酸だし」
「炭酸に寄せる信頼度高過ぎなダメ人間」
「合いの手みたいにダメ人間と決めつけるのはどうかな?」
「すっかり本音が出ちゃった」
「うっかりだよ、そこはうっかりだよ、すっかり出すやつじゃないから」
「えへへ」
まるで背景にパステルカラーの小花が散っていそうな笑顔のあかりちゃんは、芋焼酎に浮かれているだけのダメ人間に見えた。
「別にあかりちゃん飲まなくても私飲んでもいいんだけどね、芋焼酎……」
「コユウメイシダスナヨ?」
小声の黒いあかりちゃんを見て、ちょっと意地悪のつもりが軽く異次元を見てしまった奥山さんは素直に謝った。
「ごめんなさい、まだ現実から消えたくないです」
「え?奥山さん何言ってるの?」
闇だ。笑顔の闇だ。くわばらくわばら。
「でも、いつも同じビールだよね」
「接続詞がよくわからないけど、そうだね、ギネス飲んでる」
「そんなに好きなの?」
「イギリスのパブで飲んでたよ」
奥山さんの意外な過去。
「イギリス行ってたの?」
「大学卒業してから一ヶ月ぐらい」
「就職失敗したのに呑気ね」
「失敗じゃなくて就職しなかったんだって」
「人としてどうなの?ダメ人間なの?」
「わかったわかった、あかりちゃんが私をダメ人間にしたいのだけはわかった」
ダメ人間を連呼されるばかりで会話が全く進まないことをに奥山さんは気がついた。うん、あかりちゃんはダメ人間と言いたいだけなんだな、うん、そうだ、うん、そうだ、奥山さんは目を閉じて頷いた。
「言ってもあかりちゃんだって相当分厚い猫被ったダメ人間だよ」
奥山さんは酔っぱらい。