私と、道
私がこの洋菓子店で働き始めるきっかけとなった事。
冬のある日、とても寒く、雪がうっすら積もるような日、スリップした自動車と接触し、私の父はこの世を去った。
夏が好きな父は、本当に太陽のように明るい人で、家から灯りが消えたようだった。
当時高校1年生だった私は塞ぎ込んでしまい、一時学校にも行かなくなってしまった。
その時、落ち込む私と母を励まそうと、母の弟が持ってきてくれたのが、セイジさんの作ったケーキやクッキーだった。
見た目は、何の変哲もないありふれたお菓子だったけど、優しく励ましてくれるような味に感じた。
自宅から歩いて10分くらいの場所にセイジさんのお店があるので、家で居ては落ち込むばかりだと、買い物に出かけるようになった。
初めは、お菓子を買うだけで帰っていたけども、セイジさんと少しずつ会話をするうちに打ち解けて、気分も穏やかになり、お礼のつもりで掃除や品出しを手伝い始めた。
ちょうど、お店も軌道に乗り始め、全ての作業を一人で回すには限界を感じていたそうで、そのままアルバイトを始めないかと誘われたのだった。
「同じように、紙袋も作ろうかな」
箱を組立てながらセイジさんはつぶやく。
「このロゴを、紙袋の真ん中あたりに。サイドに、住所と電話番号かなー」
ふわふわと空中に紙袋を思い描きながら話している。
「ロゴの真ん中のさ、ハートマークの色、やっぱり青くしてよかったよ。僕、ハートと言えば赤とかピンクしか浮かばなくって」
セイジさんは正直、センスが悪い。店では決まった白い服を着ているからずっと知らなかったけど、偶然街で出会った時、私服を見て目が点になった事がある。
そんな会話をしながら私も箱を組み立てていたら、箱が指先をかすって切れてしまった。
厚紙で切ると意外と深く、そして痛い。箱を汚してはいけないので、すぐに傷テープを貼って箱を持ち直す。
傷テープを貼った痛む指で組み立て辛さを感じていたら、ロゴのハートが、黒い。
まただ。また、青い物から色がなくなってしまった。
先月の消しゴム、カナメの髪留め、そのあともいくつか、色がおかしい物があった。
セイジさんはずっと、紙袋、さらには店の看板まで話を膨らませていたが、ほとんど内容は頭に入らなかった。
生活に支障はないものの、少しずつ気味悪さが募ってきている。
いくつか箱を組み立てたところで、閉店の時間になったので掃除をして店を出た。
外はしとしとと雨が降り続いている。商店街を抜け、大通りに出た所の交差点が、父が交通事故に遭った場所だった。
あまり通りたくはない道だが、ここを避けると家までかなり遠回りになってしまう。
信号待ちをしている間、父の顔が頭に浮かんだ。
後ろから通り過ぎて行くスーツ姿のサラリーマン、自転車に乗った女性、なんだかこちらを見ている?
信号は既に変わっていた。よく見ると、何も点灯していない。
そうこうしているうちに、真ん中の黄色が灯り、再び赤になった。
信号の青がなくなっている。
周りの人に合わせて道路を渡り、家のすぐ近くの交差点では、いつも通り青信号が灯っている。
これは一体どういう事だ。目の病気か……それだったら全ての信号が見えなくなるはずだ。
その日はなかなか寝付けず、いつの間にか雨は上がり、いよいよ梅雨が明けようとしていた。