Act .1 神は愚者しか愛さない02
地下国家ルザライトは五つの軍によって成り立つ。それぞれの軍施設は地上であるレベル0に集中していたが、弐軍のみ、その中心となる施設は地下一階に当たるレベル1にあった。その理由は弐軍が医療機関であるからにある。
レベル1の弐軍軍事施設は病院として、唯一一般にも開放されている軍の施設だ。名を『ヴィシルス』という。
ヴィシルスの一階。無菌室の中には所狭しと計器が立ち並んでいた。手術着の男達は手術台の周りを囲んでいる。誰もが一応は名の知れた医者だったが、今その手は止まり、その目は一点に注がれていた。一片の闇も許さない無影灯の下、執刀医の鮮やかなメス捌きにその場にいた誰もが息を飲む。
「素晴らしい…」
内の一人が思わずの言葉を漏らした。
血管を避け器用に悪性の腫瘍を取り除き、するするといとも簡単に縫合が終了すると何処からともなく感嘆の溜息がつかれる。
脱力するしかない。この男にかかればどんなに困難な手術だろうと赤子ですら出来るような気がしてしまう。
「バ、バイタルは?」
「…安定している。問題ないぞ」
「弐軍随一の外科医と言われるだけはあるか…」
「1時間12分って…新記録じゃないか?」
最後の縫合が終わり糸を切った所で次々と賛辞の言葉を言われ、王・玲志は控えめに苦笑する。
手術は無事成功した。これで術後が安定していれば問題ない。患者を看護士に任せ、王は部屋を出た。
ふと見ると廊下に設置されている長椅子に友人が座っているのが見えて近づく。隣の部屋で手術していた鏡也だった。彼は王に気が付き手を挙げた。疲れの濃い顔をして腰掛けている友人の顔には苦々しいものが滲んで見える。
「玲志、どうだった?」
「どうにか…、クランケが四軍の大将だから気が気じゃない」
鏡也が席をつめてくれたので、肩を竦めながら隣へ腰を下ろした。
手術室の扉が開き、今まで自分が執刀していた患者が運ばれていくのが見える。後からぞろぞろと先程まで一緒に手術をしていた医者が出ていった。
「そっちは?」
何となく予想が付いたが聞かないのもどうかと思い尋ねた。
去っていく医者達を眺めていた鏡也は一度周りを見回し、王を見てため息をつく。
「あ゛〜なんでお前が二人いないんだ?執刀医が陣・水輝じゃ助かるもんも助からねえよ」
よりにもよって陣が…と心の中だけで嘆息する。使えない癖に人脈だけは有るから厄介な男だ。
何かと王を目の敵にしてくるから余りいい印章はない。
「いっその事お前が執刀すれば助かったんじゃないのか?」
「無茶言うな。それこそ取り返しがつかなくなるわ。何よりあの野郎に怨まれたらオシマイ」
親指を立てて首を切る動作をする。
冗談半分に笑う鏡也の腕は実際良い。陣のチームに良く組まされるのはフォローの為だと、表ざたにこそされないが皆知っていた。
「玲志は上手くやったな。羨ましいよ。クランケ、大将だったか?今回の事でまた評価が上がる」
「偶然だ」
「腹立つなぁ、お前のは実力だろ。お前のは!」
“は”をわざと強調する。
まぁ、誰を指してるのかがわかるから笑うしかない。
「相当ストレスになってるな」
「死ねばいい!」
「冗談でも言うなよ」
「だってよ…」
鏡也は無言で手術室を見る。
その瞳にはいくつもの感情が入り交じっているように王には見えた。肝心の執刀医は既に部屋に戻って暢気にコーヒーでもすすっているだろう。助けられたかも知れないのに助けられずにいる鏡也だけが理不尽さに苦しむ。
「中で泣いてんだよ」
誰がと聞かずともわかった。
鏡也が荒むのも仕方ない。
「玲志君、ここにいたのか」
「医局長!」
二人は慌てて立ち上がり礼をした。「いつまでも帰ってこないから来てしまった」と、局長は人当たりのよい笑みを浮かべる。
「陣君の方も終わったのかな?」
「玲志よりも先に終了しました。結果は、残念ですが…」
「そうか…。もしかして、まだご遺族が中に?」
そう問われ鏡也が表情を曇らせた。
本来なら手術室の中に遺族を入れるのは良くない。早くご遺体は霊安室に運んだ方が良いのだが、声をかけづらい状況なのだろう。
「そんな顔をしないでくれ。君は良くやってくれている」
「いえ、力足らずで申し訳ありません」
「……、その言葉が聞きたいのは君じゃないんだがな」
局長がぽそりといった言葉に二人して目をむく。
はっとして悪戯がばれた子供のように局長は笑い、聞かなかった事にと特に鏡也に向かって言った。
「ああ、そうだ。玲志君を借りてもいいかな?」
「ど、どうぞ…」
鏡也が王を見る。まるで行ってこいと言うかのよう視線だったので、頷いてそのまま局長に同行することにした。
“羨ましいよ”と言った鏡也の言葉を思い出す。実際自分は恵まれてるんだろう。こうして医局長に目をかけて貰ってもいるのだから。
「これからどちらに…、」
「ねえ!…あんた、王・玲志でしょ?」
背後からの声に振り返ろうとした所、局長に肩を掴まれ止められた。そのまま歩くように促され、王はそれに従う。
後ろから鏡也の制止する声が聞こえた。
「ちょっと!何無視してんのよ!医者だからって偉そうにして、神様にでもなったつもり?助ける命選んでんじゃないわよ!!」
「他の患者さんに迷惑が…」
「煩いわね!!離してよっ!離してッ!!」
女の喚き立てる声は反響して廊下に響き渡る。
局長は頭痛がする時のように眉間にシワを寄せ頭を抱えた。本当に頭痛がするのかもしれない。女はヒステリックに叫び続ける。
「うちの夫の方が先だったのよッ!!あんな勲章じゃらじゃらつけた大将より先に運び込まれて、本当ならあんたが執刀する筈だったのにッ!!」
「えっ…?」
「…返してよッ…。返してよ!!人殺しッ!!」
「玲志君早く離れよう。遺族が落ち着かない」
医局長は足を早め、慌てて王はそれについて行った。
自分が執刀するはずだった?
王は考え込む。確かに初めて連絡を受けたときは大将とではなく、四十代男性中蔚とだけ聞いた。その後変更の報せを受け大将の手術を受け持ったのだ。
姿は見えないだろうに未だ廊下には女の声が響いている。人殺しと声が響き渡る中、局長と王は逃げるようにその場を後にした。
「人によって命は平等じゃない。我々も軍の人間だから仕方ないんだ。…鏡也君は苦労する」
局長が途中で苦々しく呟いた言葉はなんとも後味が悪かった。
声を枯らして涙ながらに恨み言を叫び続ける彼女はこれからどうなるのだろうか?自分を恨み続けるだろうか?
悔やみながらも足を止めずに王は局長について行く。人の命は平等じゃないと言った局長の言葉が思いがけず、いつまでも心に残っていた。




