こんな夢を観た「おんぶお化け」
背中の違和感で目が醒めた。目覚し時計を見ると、まだ5時過ぎ。どうりで、薄暗いわけだ。
「今日は、会社で企業ロゴのグラフィックのプレゼンがあるっていうのに、朝から調子悪いなぁ」ベッドの上で伸びをし、どうせもう眠れないと思い、このまま起きることにした。
プレゼンは、わたしがグループ代表として発表することになっている。何しろ初めての進行なので、昨晩から寝つきが悪かった。そこへ持ってきて、こんな寝起きである。睡眠不足が苦手なわたしにとって、大打撃だ。
「あーあ、責任重大だなぁ。会社の看板を決めるんだから、ベテランの人に任せればいいのに」
起き上がると、妙に体が重い。首に、何かかがしがみついているようだ。
顔を洗いに洗面所に立つ。鏡を見て、思わずギョッとした。
「な、何、これっ?!」首に腕が巻きついている。もちろん、わたしのではない。誰かが背中に負ぶさっているのだ。「ちょっ、ちょっと、人の背中で、何してんのさっ?」
揺すっても叩いても、降りようとしない。
「どんな顔してるんだろ」体を捻って、鏡に映してやろうとする。ところが、その度に顔を左右に動かして隠れてしまう。わたしのうなじから、茶色がかった髪だけがのぞいている。
何とも不愉快である。明け方からずっと感じていた、違和感の正体はこれだったか。
「こらっ、降りなって。これからシャワーを浴びて、会社に行かなくちゃならないんだから」うんとも、すんとも答えない。
子供だろうか? 重いには重いが、不自由をするほどでもない。毎月買っている、5キロ入りの米袋の方が、まだずっしりとするくらいである。
首元をギュウッと締め付けてはいるけれど、冬用マフラーよりもまだ楽だった。但し、振りほどこうとしても、年期のいった荒縄のように、まるで歯が立たない。
仕方がないので、もうそのままシャワーを浴びることにした。
妙なことに、寝間着も下着も、いつも通り脱ぎ着できた。子供1人分膨らんでいるはずなのに、引っかかるでもなく、かさばるわけでもない。
トーストと目玉焼きをもそもそと食べ、コーヒーを飲む。いつもなら、くつろいだ気分になるのだが、今朝はひたすら、どんよりとした面持ちだった。
「それというのも、この負ぶさっている奴のせいだ」わたしは、聞こえよがしに言ってやる。
ふと、これは人ではないのかもしれないな、と考えた。子供だと思っていたが、それにしては温もりを感じない。第一、首筋に当たるはずの息さえ、かかってはこないのだ。
「もしや、これが噂に聞く、子泣きじじい?」今さらながら、ゾッとする。
赤んぼうの姿をした妖怪で、かわいそうに思って背負うと、たちまち石の塊となって押し潰されてしまうと言う。
なるほど、妖怪なら、夜、寝ている間に音もなく忍び込むことは簡単だ。
相手が物の怪となると、当たり前の手段は通じまい。会社の帰りにでも、近くのお寺へ寄って、祓ってもらうことにしよう。
駅へ向かう道々、不審な目で見られるのではないかと心配した。けれど、誰も見向きもしない。他人の目には映っていないようだ。
「とりあえずはひと安心、か」わたしはホッとした。
ところが、駅に近付くにつれ、背中がどんどん重くなっていく。きっと、石になっている最中なのだ。
立ち止まっている間は変わらないけれど、1歩進むごとにじわじわと重量が増していく。
会社に着いた時には、すっかりへとへとだった。
「どうしたい、むぅにぃ君。なんだか、疲れ切った顔をしてるぞ」机にうっぷしていると、課長が声をかけてくる。「それよりも、今日のプレゼン、期待してるからね。しっかり頼むよ」
ドーン、と荷重がかかる。子泣きじじいめ、容赦がないぞ。
プレゼンの時間になり、わたしは会議室へと向かう。ただでさえ背中が重いというのに、両手いっぱいに資料の束を抱えて歩く。
「うまく、発表できるといいけどなぁ。3課の課長、小意地が悪いんだよね。痛い質問してこなきゃいいけど……」背中の子泣きじじいが、また重くなった。体感的に、小型の冷蔵庫くらいはありそうだ。
わたしはつくづく泣きたくなってきた。
プレゼンが始まる。
「じゃあ、次。企画課のむぅにぃ君に、わが社の新しい企業ロゴを発表してもらいます」部長が言う。
今や、鋼鉄製の金庫を背中に載せているわたしは、よろよろと前へと進み出た。
「で……では、お手元にお配りした資料に、まずはお目を通していただきまして……」腹から振り絞るようにして、どうにか声を出す。
3課からも特にクレームは出ず、わたしのプレゼンは滞りなく終了した。
その途端、すっと背中が軽くなる。いきなりだったので、もう少しで後ろにひっくり返るところだった。
「今度は何っ?」びっくりして振り向くと、肩越しに突き出した顔とばったり出くわす。
わたしの顔だ。子泣きじじいだとばかり思い込んでいたのは、実はわたし自身だった。
にいっと笑いかけると、そのまま煙のように消えていった。
私は思わず、つぶやいた。
「ああ、やっと肩の荷が下りた」




