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まふまふのあまあま



目を覚ますと、そこは保健室だった。

味気のない白い天井を数秒見つめた後、ゆっくりと身体を起こす。頭がぼうっとして、なんだか手にも力が入らない。

慎也は、震える自分の手の平を眺める。

何が起きたのだろうか。何をしたのだろうか。あれは夢だったのだろうか。いや、俺は確かに ー

「あら、気づいたのね。」

慎也はその声に少しだけ肩をビクつかせた。

「夜まで起きなかったからどうしようと思ってたのよ。」

そう言いながら顔をのぞかせたのは、保健室の先生だった。化粧では隠しきれないしわを浮かばせながら、大丈夫?と先生はにこりと笑った。

「あ…はい。なんとか…」

慎也は思ってもいない言葉を口にしながら、ちらりと時計に目をやった。時計の針は午後5時過ぎくらいを指している。普段ならもう下校中で、コンビニあたりを歩いていることだろう。そして慎也は、今自分の中で最もあやふやで恐ろしいことについての質問をすることにした。

「先生…僕はどうしてここに…」

質問を言い終わる間も無く、彼女は現れた。

「シンヤ起きたーー!!」

「!?」

クロロは屈託のない笑顔を浮かべながら慎也に駆け寄っていった。

「シンヤ!ほら立って!行くよ!」

「は!?行く!?どこに!?」

状況が飲めない慎也をよそに、クロロは慎也の腕をぐいぐいと引っ張った。

「はやく!はやく!」

「あいででで!!もげる!もげる!」

慎也は体に力が入らなかったため、精一杯腕を引っ張り続けるクロロに抵抗も振り払うことも出来なかった。

「わ、分かった!行くから!行くから一旦落ち着け!」

慎也が叫びにも似た説得をすると、クロロの動きはピタリと止まり、慎也の方に向かってきょうつけをしたまま動かなくなった。

「その子が運んできてくれたのよ。」

そう言ったのは保健室の先生だった。

「この学校の子じゃないみたいだけど、倒れたあなたを運んだのよ。本当、すごい子だわ。」

「そ…そうなんですか…」

慎也はちらりとクロロの方を見た。クロロは腰に手をあてて堂々と胸を張っている。

「えっへん!!あたし力持ちなんだから!」

「そ、それはどうも…」

しかし、このとき慎也の中にある懸念が生まれる。

「そういえばクロロ…どうして僕をここに…?」

「え、ああ!なんかね、近くを歩いてた人に聞いたら、ここに運んだ方がいいって!」

やっぱりかあ…つまり僕は、この真っ白な頭の女の子にかつがれながら、屋上から保健室まで全校生徒の目にさらされたということに…

「ねえ!シンヤ!早く行こ!」

ネガティブなイメージばかりが頭をまわる慎也の前に、クロロの顔がずいと近づいた。慎也はふいをつかれたように目を泳がす。

「それで、あなたは誰?どうしてこの学校にいるのかしら?」

保健室の先生がそう尋ねた時、まずい、と慎也は思った。このままクロロについて言い訳するのは少々テクニックがいるし、なにより面倒くさい。

慎也はなんとかベッドから起き上がり、体をふらつかせながらクロロの手を引いた。

「あ、ちょっと!大丈夫なの?」

「はい、もう大丈夫です!こんだけ寝たんですから。僕はもう帰るんで。」

そう言って慎也は逃げるようにして保健室を後にした。


「シンヤ〜」

「な、なんだよ。」

慎也とクロロは学校を出て、歩道を歩いていた。今だに陽は高く、脇あたりがじめじめするのを慎也は感じていた。

「まふまふのあまあま〜」

クロロは甘えるような口調で慎也に言った。

「さっきも言ってたけど…まふまふのあまあまってなんだよ?」

「まふまふのあまあま〜」

慎也はクロロを見て覚えたての言葉を繰り返す幼子を思い出した。対応に困り、拠り所を求めるように右手で頭をかく。どうすればいいんだよ、と嘆いているうちに、2人はある場所にたどり着いた。慎也とクロロが初めて出会った場所である。昨日の出来事にも関わらず、随分昔のことに思えた。 クロロは相変わらず隣でまふまふのあまあま、と連呼している。その時、慎也はふと思った。

まふまふのあまあま…

「クロロ、ちょっとここでまってて。」

そう言って向かったのは、通学路の途中にあるコンビニエンスストアだった。迷いなくレジに向かい、財布を取り出す。昨日と同じ店員は、恐らくその商品名を聞いて驚いたに違いない。こんな暑い日に、しかも2日連続であんまんを買う人などいないからだ。

購入したあんまんをクロロに差し出すと、クロロは目を輝かせた。

「ふおああああ!!これはこれはこれは…!もしや…!」

「まふまふの、あまあまだ。」

「ふおおお!食べていい!?本当!?」

「まだいいとは言ってないんだけど…まあどっちにしろクロロのために買ったんだ。食べていいよ。」

歓喜の声をあげた後、クロロはあんまんを頬張り始めた。その姿をなんとなく眺めながら、なんか悪い奴ではなさそうだな、とそう思ったのだった。






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