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早送りの鼓動



2年5組を示す長方形のプラスチックが見える。その文字が徐々に大きくなるにつれて、慎也の気持ちは重くなっていった。色で例えるならそう、

「真っ青だよもう…」

慎也は愚痴をこぼすようにつぶやいた。

今まで全く変化の無かった高校生活を送っていた慎也にとって、質問責めにあった経験などなかった。ましてそれが謎の女性がらみなど、昨日までの慎也には想像もつかなかっただろう。

鉛のような足を持ち上げ、慎也は教室へ入った。

「うぉいうぉいうぉい!!慎也!どうなってんだよ!」

早速出迎えてくれたのは、いつも通り予想通り、この変態男。

「あの子、誰なんだよ!すっげえ可愛かったぞ!外国人か!?それで、お前あの子のなんなの!?どこで知り合ったの!?」

太樹は機関銃を放つかのように大量の質問を投げかける。

「まてまて!いっぺんに聞くな!俺だってわかんねえんだよ!」

よし、決めた。俺はクロロを知らない。それでいこう。

慎也は言い訳の方針をこの瞬間に一つに固めた。

「でもあんた、あの子の名前知ってたじゃない。」

そう言って割り込んできたのは舞子だった。

しまった、と慎也は心の中でつぶやいた。

固めたはずの方針はあっという間に揺らぎ、音をたてて崩れた。

「ああ!あんた今しまった、って思ったでしょ!」

「えええ!そそ、そんなことないって!」

こいつ俺の心が読めるのか!?いや、これがいわゆる幼馴染というものなのだろう。幼馴染って、怖いな…

「本当に…!名前だけだよ!昨日知ったんだ!」

慎也は必死に弁明を続ける。しかし、もはや何を弁明しているのかも不明瞭だ。とはいえ、名前しか知らないということは事実だった。慎也はあの白毛の少女について、何一つ知っているはずが無かったのだ。それでも慎也は喋り続け、なんとか2人を納得させようとしたのだった。


太樹は不満そうに顎に手を添えて言った。

「んー…それで、昨日あの子が倒れてて、そして交番までとどけたと。」

「そうそう。」

「そしたら今日突然学校に現れたと。」

「そうなんだよ。」

「なるほどな…」

「わ…わかってくれたか…!」

「分かった……って納得出来るかあ!!」

ええええええ!?なんだこいつ!頑固にも程があるだろ!

「まあまあ。太樹くん。」

舞子がなだめるように太樹の肩を叩く。

「確かに、いきなりあんな髪の色した子が出てきてビックリするのは分かるけど、別にあの子も、慎也だって悪いことをしたわけじゃないじゃない。うちだって気になるけど、慎也も本当に知らなさそうだし…ね?」

…舞子?

その舞子の微笑みは、なんだか薄っぺらいように感じた。

「あっ!もうこんな時間!早くしないと体育始まっちゃう!」

そう言い残して舞子は教室を去って行ったのだった。舞子の態度は少々気になったが、舞子の言葉につられて慎也も時計に目を向けた。黒板の上に掛けられた丸時計の長針は、28分を指している。それは同時に、次の授業まで残り2分を意味していた。

「慎也!やべえぞ!」

「う…うん!」

僕たちが焦るのは理由があった。以前、太樹が更衣室を覗きに行ったせいで授業に遅れたことがあった。理由を話せと言われた僕たちだったが、当然言えるはずもなく、言葉を探してまごついた結果、その授業は走りだけで終わってしまうこととなった。また遅れたらたぶん、あの先生のことだ、理由すら聞いてくれないだろう。

「「急げええ!」」


なんとかチャイムには間に合った。僕たちが息を切らせ、体操座りをしている理由を知らない筋肉質の先生が少し話した後、僕たちは準備運動がてらグラウンドを走ることになった。200メートルトラックを5周。いつものことだ。 すると、走る塊から突然4、5人の男子が抜け出した。体をぶつけ合いながらスピードをあげている。サッカー部と野球部だ。彼らはいつもああやって全力で競争を始めるのだ。彼らは楽しんでいるが、僕にはちょっと理解出来ない。 5周走り終わり、周りを見渡した。女子たちがまだ走っている。運動部とは逆に、おしゃべりをしながらだらだらと走っている。そのいつも通りの光景に、僕はなぜか違和感を覚えてしまう。その原因を探すべく、目を細める。そして次の瞬間、僕は目を丸くした。

「な…」

10人ほどの集団の後ろに、一際楽しそうに走る女子。

「なんで…!」

白毛の少女は僕の視線に気づくとニコッと笑い、大げさに両腕を振って見せた。

「クロロ……!?」


次の授業は、数学だった。

「えー、問25番のぉ、二つの円の共通接戦を求めるというわけですがぁ…」

相変わらず文末の発音が海老反りのように急上昇する数学教師の解説は、今の慎也にとっては縁側でなびく風鈴のように耳を通り抜けた。慎也はぼんやりと窓の外を眺めた。

…あいつ…本当に日本語分かってんのかな…

カツカツと黒板にチョークをこする音が聞こえる。チラリと黒板を見ると、二つの円がかかれていた。

「ポイントはぁ、ここに平行な補助線をぉ…」

慎也は視線を窓の方へ戻した。あとで太樹からノート借りるか、と思ったその時、慎也は驚愕した。窓から一望できるグラウンドには、巨大な円が二つ。黒板にかかれている円と違う点は、今からさらに三つ目の円が何者かによってかかれている所だった。その人物を推測するまでもなく、慎也は頭を抱えた。

その人物… ー クロロは、三つ目の円を描き終えると満足したように腰に手を当てうなづいた。

「クロロ…」


3限目、地歴

「ミステリーサークルは知っていますよね。実はわたし、子供の頃はその類の雑誌ばかりを読んでいて…」

歴史の教師は雑談が好きだ。どうやら今日はミステリーサークルについて語るらしい。さっきの数学の授業といい…これにはなにか不吉な感じがしてたまらない。

慎也はもう一度窓の外を見た。三つの円はよりはっきりと、そして立体的になっている。それは円というよりも楕円というか、饅頭形というか…

僕は心の中で、ある種の苛立ちのようなものが湧き上がってくるのを感じた。

「クロロ……」


4限目、古典

校庭には、もうクロロの姿は無かった。代わりにこの学校の生徒たちが体育の授業に励んでいた。奇妙な形の円はその姿を保つことはできず、もとのグラウンドに還ってしまっていた。

「昔は、男性による覗きが恋愛のきっかけであって…」

その時、慎也は気配を感じた。一番後ろの列に座っているため、慎也はその気配に警戒した。ゆっくりと視線を動かし、辺りを見回す。やがてその視線が廊下への扉までたどり着いたとき、原因は明らかとなった。

クロロの頭がひょこりと地面に這うように横から顔を出している。クロロはじーっと慎也の方を見つめていた。ひょこりと頭をだしては引っ込め、また頭をだしては引っ込めるという作業を繰り返している。

慎也は口角をあげた。しかし、それは嬉しさではなく怒りからくるものであり、すぐ隣には震える拳を携えていた。

「ク…ロ…ロォ…」


慎也は授業が終わると、すぐにクロロを捕まえ、屋上まで強引に引っ張った。

「いい加減にしてくれよ!!」

慎也はクロロに怒鳴りつけた。慎也にとって、立ち入り禁止の屋上に入るのも、誰かに怒鳴りつけるのも初めてのことだった。自分でも驚くほど声をあげてしまったため、慎也は思わず誰もいない屋上を見渡した。

どうしたの?とクロロはとぼけたように尋ねた。

そんな空気の読めないクロロを見て、一度収まりかけていた感情が再び顔をだす。

「来るなって言ったじゃないか!」

「え…だって…」

「だってじゃないよ!なんで学校に来たんだ!」

「だって…あたしは……」

「迷惑なんだよ!」

はっ、とクロロは目を見開いた。

「クロロは目立つんだよ。髪の色も…服装だって、普通じゃない。クロロには悪いけど…ここは君の来るような場所じゃない。」

慎也はそう言ってうつむいた。屋上には静けさが広がっていた。なにも言葉を発しないクロロが少し気になり、慎也は恐る恐る顔をあげた。クロロの表情を見たとき、慎也は思わず、えっ、と声を漏らした。

クロロは泣いていた。必死に堪えているからか、その唇は大きくゆがんでいる。

「えと…その…」

慎也は何かを言おうとしたが、混乱して上手く言葉がまとまらない。

その時、クロロの涙がコンクリートを濡らした。

「帰りたくないよぉ…」

慎也は狼狽した。

「あたし…帰りたくない……」

「それって…どういう…」

慎也がそこまで言った時だった。突然、先ほどまで快晴だった空が真っ暗に染まった。次から次へと起こる予想外の出来事に、慎也は動けずにいた。慎也の目は漠然とクロロをとらえていた。クロロがすすり泣いている。

慎也はその時、クロロの背後に何かがいることに気がついた。それはまるで流動する液体のような、色素を含んだ気体のような、奇妙なものだった。慎也は身体に冷や汗がにじみ出ているのを感じた。

「シンヤ…」

その透き通るような声に、慎也ははっとした。

「お願い…助けて…」

クロロはゆっくりとその細くて白い腕を伸ばした。


「慎也…助けてくれ…」


慎也も反射的に腕を伸ばす。


「慎也…俺は…死にたくない…!」


しかし、慎也の手がクロロの手を握ることはなく、指先をかすめてすれ違った。その刹那、鈍い音と共にクロロの姿が視界から消えた。それはまるで何者かに捕食されたかのような…


「マタ…オマエカ…」


「マタ …ソウヤッテ…」


抑圧するんだろう?


ド クン


「うああああああああ!!!!」

慎也は発狂した。頭の中に、鋭いものが流れ込んでくるような感じがした。全身から汗が吹き出す感触を感じ腕を見たとき、慎也は目を見開いた。腕からにじみ出ていたのは汗ではなく、血だった。しかし、リアクションをとる間も無く、にじみ出た血液は蒸発した。そして、辺りの空気に溶け込んでは白く燃え上がるようにしてゆらゆらと揺れている。

「なんだ…これ…」

ようやく、慎也は言葉を発した。そして同時に、目の前の黒い空間に目を向けた。

「クロロ…」

慎也は勢い良く右手を突っ込んだ。手探りでクロロを探す。2、3度空中を空振りした後、クロロの腕をつかんだ。その瞬間、黒い空間が鈍い音と共に破裂し、消えた。長い白毛の髪を揺らした少女が現れたのを確認した慎也の視界で、空がぐるりと回った。


倒れこんだ慎也の方へ、白毛の少女は近づいた。慎也の真っ白だった髪が、徐々にもとの黒髪に戻っていく。穏やかに目をつむる慎也の顔を覗き込むと、クロロは優しく微笑んで言った。


「シンヤは…真っ白なのね」










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