シロいクロ
「慎也…慎也…助けてくれ…俺は…死にたくない…!」
「あ……!あ……!」
「慎也!早く…!」
手を伸ばす。
「あ…ああ………!」
「慎也ぁ!」
「うあああああ!!」
「うわああ!!」
そこから見えたのは、いつもの味気ない天井。
「……夢…。」
慎也は勢いよく起き上がった。背中は汗でびっしょりだ。
…またこの夢…
慎也は頭を掻きむしった。
「くそ…くそ……」
「しーんーやーくん!」
駆け寄って来たのは、やはり太樹だった。慎也は鞄から目をそらすことなく、低い声で応えた。
「…よお。」
「おやおやあ?元気が無いですなあ。は!まさか!振られちゃった!?」
「……」
「かわいそうに〜。明日、俺がエッチな本持ってきてやるから!元気出せって!」
「…そんなんじゃないって。もう時間だから早くあっち行けよ。」
慎也の反応がいつもより冷たいことに気づいたのか、太樹はつまらなさそうに自分の席へ戻っていった。慎也はその様子を見届けると、思わずため息をついた。
「ちょっと、あんた本当に大丈夫なの?毒リンゴ食べたような顔して。」
心配そうに尋ねてきたのは、前の席に座る舞子だった。舞子には話していいか、とつぶやくと、慎也は窓の外を見ながら言った。
「ああ…それがな…昨日…」
慎也がそう言いかけた時だった。
「シンヤー!」
突然名前を呼ばれた慎也は、ビクリと肩をはねあげた。反射的にその方向を向くと、そこには予想外の人物が立っていた。
白毛に薄い青が混じった長い髪、白くて透き通ったような肌、ボロボロの服装…。そんな奇妙な人物を知っていたのは、慎也ただ一人だった。
「クロロ……さん!?」
「きちゃった!」
教室がざわめいた。
「なんで…ここに…!?」
動揺して固まる慎也。そんな慎也に最初に話しかけたのは、太樹だった。
「うぉいうぉいうぉい!!慎也!てめえそうゆうことかい!振られたんじゃなくて、彼女ができたってか!」
「えええ!?」
太樹の言葉に、舞子は慌てて身を乗り出す。
「本当なの!?慎也!」
うおい!お前らはまずあいつの容姿が気にならないのか!?髪、服、行動…全てにおいて驚きポイントMAXじゃねえか! …とはいえ、今は確実かつ迅速に誤解を訂正せねば…
「違うよ!」
慎也の声が裏返った。
「この人は昨日、道端で寝てて…!それで僕は回ってて…!」
あれ?僕何言ってんだ?
「シンヤ、わたしあれ食べたい!昨日のまふまふのあまあま!」
「え!?何!?まふ!?ええ!?」
慎也は、自分がパニック状態に陥っているんだと自覚した。しかし、それを把握したところで止める術などなかった。
「慎也!どうゆうことだよ!教えてくれよ!」
「慎也!この人は誰なの!?」
太樹と舞子が迫る。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ついに耐えきれなくなった慎也はクロロの手を無理やり引くと、そう言い残して教室を飛び出してしまった。
出て行った教室から指笛が聞こえてきた時、慎也は混乱と絶望が入り混じったような顔で、
「ああ…僕の平凡ライフが…」
と嘆いた。
階段の踊り場までクロロを連れてくると、慎也は口を八の字に結んで振り向いた。クロロは、何かを期待して待つ子どものように目を輝かせている。
「えっと…クロロさん…」
慎也が話し始めたとき、クロロの顔が曇った。
「クロロさんじゃないよ!」
「え?」
「わたしクロロ!クロロさんじゃない!」
「えー…と…」
困惑の表情をみせた慎也だったが、すぐに自分の置かれている状況を思い出し、首を横に振った。
「……クロロ…」
「はあい!!」
クロロは元気良く手をあげて返事をした。
「えと、クロロさ…クロロ!どうして急に学校に来たりしてるんですか!生徒でもないのに、駄目じゃないですか!」
「ダメなの…?」
クロロはきょとんとして言った。同じ目線の高さから、大きな瞳で凝視された慎也はたまらず目線をそらした。
「だ…駄目です!とにかく、もう教室なんかには来ないで下さいよ!」
先ほどより強めに言ったのが効いたのか、クロロは腕を組んで黙り込んだ。
「んーー…」
「お願いですよ、クロロ…」
「んん、分かった…」
クロロが折れると、慎也は安堵からか疲れからか、小さくため息をついた。
「じゃあ、僕はもう戻ります。学校が終わったら相談には一応のりますから、とにかく今は校舎から出てくださいよ。」
「んー。」
念を押されて頷いたクロロに、若干申し訳なさも感じた慎也だったが、これも平和のためだ、と自分に言い聞かせ、クロロに背を向けた。
「ねえシンヤ」
階段をのぼり始めていた慎也にクロロが話しかける。慎也は少しドキッとした。慎也はクロロを見ないようにした。クロロの表情次第では、自分が悪人になり得る可能性があったからだ。しかし、次にクロロから発せられた言葉は意外なものだった。
「シンヤは、何色かな?」
突拍子もない質問に、慎也の思考は一時停止した。
「…クロロ…?それってどういう…」
そう言いながら振り向くと、そこにはもうクロロの姿は無かった。風がないにも関わらず、踊り場の壁に留められたプリントが少し揺れているような、何故だかそんな気がした。