彼女と言語
人類と動物の違いは何か――さあ、貴方ならどう答えるだろうか。
僕の答えはこうだ。言語で概念を共有しあうか否か。
別に目新しい考え方ではないだろう。確か、どっかの有名な学者さんもそんなことを言っていた、と授業で習ったような気がしないでもない。……正直言うと、あんまり覚えてない。
いつから人類が言語を操っているかは知らないが、僕の知っている限り紀元前、つまり2000年以上前からそうだったのは確かだ。だってソクラテスさんとかいるもの。言語がないと哲学なんてできないよね。
そんな昔から人類が育んできた「言語」というツールは、とてつもない御老齢なのだ。もはや敬意を示さなきゃいけないのではないか、と僕は思う。
さて、僕が言いたいことはこんなことではない。本題に入らせてもらう。
本人曰く、「苦手分野は言語」らしい。
言わずもがな、僕の友人こと内戸斐の話である。
僕が彼女を変な奴だと断言する最大の根拠だ。
「国語」でも「英語」でも、「文法」でも「記述」でもないということに注目していただきたい。
「言語」である。
ここに投稿している時点で分かってもらえると思うが、僕は文を書いたり読んだりするのは好きな方である(文の巧拙は別にして、だ)。言いかえれば「言語」が得意であると言ってもいい、のかもしれない。
だからこそ僕は、彼女に初めてそれを言われたとき、とてつもない衝撃を受けた。
「言いたいことがない訳じゃないんだけどね、何て言っていいのかわかんない。
なんでわざわざ言葉にして並び変えなきゃいけないんだろうね」
「だから内戸はいつも聞き手なんだね……道理で僕ばっか喋ってると思った」
「うん。だから半分くらい何言ってんのかわかんないけど」
「!?」
「全部じゃないよ。口にすること全部意味わかんない人とかもいるから、門地は説明上手だね」
もうお分かりいただけるだろう。
……そう、彼女は発信も受信も下手なのである。
しかし、彼女は友人は結構多い。休日遊びに行くこともよくあるらしいし、よく接点のわからない人が教室に遊びにくることも多い。
基本同じクラスの人としか交流を持たない僕にとっては、相当な人気者に見える。
「どうやって人づきあいしてるんだ……」
「適当」
「だろうね」
改めて見ると、誰かと話している時の彼女の態度は酷い。頷いているだけだったりとか。相槌入れてるだけだったりとか。しかもその反応が、ちょっと話のテンポとずれてたりとか。
それなのに誰も気分を害さないで話し続けられるのは、奴が聞き上手ということなんだろうか。
内戸が聞き上手。なんだこの違和感。
あえて例をあげるなら「魚の走力」みたいな。あるいは、「気体の氷」みたいな。うん、うまい比喩が見つからなくて申し訳ない。
「世の中、友達ができなくて悩んでる人も多いだろうに……。こんな人を馬鹿にした態度で、人気者になってる女子高生がいるなんて」
「『爪の垢を煎じて飲ませたい』?」
「うん、意味はあながち間違ってないけど、使い方はだいぶ間違ってるかな」
「そう?」
「うん、そう」
言い忘れてました。この物語はフィクション、登場する人物も団体も実在しませんのでご了承ください。