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元騎士 2      己の化身に役を明け渡す

 重く、今にも閉じてしまいそうな瞼を気合で抉じ開ける。目に容赦なく飛び込んでくる日光が痛い。



「……朝、か」



 呟き、俺は地面に座り込んだ。

 ふと手のひらを見てみると土で汚れていた。俺はもともと肌の色が濃いから何処ぞのゴーレムだと言わんばかりの様相だ。所々に細かい傷がつき、血が滲んでいる。じくじくと訴える痛みを無視して拳を握った。


 俺は国民たちの墓を作っていた。彼らの身体はほとんど魔獣たちに食い荒らされていたので残っていた者は少なかったが、全て火を灯し、共同の墓に入れてやった。


 灰にし、土に還し、世界を廻り、天に帰す。そうして神に見守られ、せめて来世ではどんな災いからも逃れられますように。我が国の埋葬法にはそのような意味が込められているのだそうだ。

 戦争孤児で学のなかった俺はこんな些細なことにもそんな大きな意味が込められているのかと、当時は純粋に驚いていたものだ。

 見守る主が真に在るのならば、何故救いの手を差し伸べては下さらなかったのか。ただの、戯れ言だ。

 神は救ってくれはしない。神に祈るくらいならば今はいないあの二人に祈るほうがまだましだ。……恨んではいない。しかし、それは嘘になってしまうのだろうか。あの戦いの最中、何度あの二人が今此処に在ればと思ったか知れない。


 城外、城内で我らが主を護らんと果敢に戦い果てた勇者たちは城の庭に。

 お三方は今、俺がいる裏庭だ。彼らは庭よりも陰に隠れた花たちを好んでいらっしゃったから。変わった方々とは思いつつも、俺も人のことは言えない。


 騎士の鎧はもう着用していない。恐れ多くも彼らが眠られているその横に鎧を埋めさせていただいた。今、俺が持っているものは姫からいただいたネックレスと王からいただいた愛用の槍だけだ。

 あの鎧を着る資格は、もう俺には無いように思われたから。


 不意に風が吹き、俺の髪を弄んだ。どんな障害からも護ってくれていた鎧がないせいで、少し肌寒い。

 防寒の薄い服を中に着込んでいるとはいえ、申し訳程度だ。冬が終わったばかりの時期にはあまり適した姿とは言えない。

 しかし、仕事ばかりだった俺が替えの服を持っているわけでもないので我慢するしかない。耐えきれないほどのものでなくて良かったと心底安心した。


 無詠唱での魔法の発動は、やはり苦しいものがある。それが不得手であれば尚更。まだ身体に疲れが蓄積されたままだ。


 俺は彼らの真上に、いかにも己は立派に責務を果たしているのだと得意顔で立ち尽くす墓石を見つめた。墓石は城壁の石をなんとか槍で砕いて、それらしい形にしたものだ。酷く、歪である。

 ああ、お前は、俺だ。大したものであろうと誇らしげにしているくせに見た目はぼろぼろで、醜い。中身だって誰かから与えられたようなものしか詰まっていなくて、空っぽだ。



「……姫」



 しかし、そんな俺でも良いと、俺でなければ嫌だと、こんなちっぽけな男をご所望下さったのが彼らだった。

 今でも瞼を閉じればあの声が、笑顔が俺の中に甦る。

 悲しみは癒えていない。いや、この悲しみは癒してはならぬのだ。この痛みと苦しみを背負っていくことが、お三方を最期まで御守りすることが出来なかった俺への罰なのだから。

 酔いしれるように目を伏せ、あの方の最期の命を思い出す。



――お前は生きて、我が国が在ったということを証明し続けなさい。



 そのような大役が、果たして俺に務まるのだろうか。いや、不安はあれど、してみせるのだ。してみせねばならぬのだ。それが、シャンディ様の最期の望みなのだから。



「……しかし、」



 ならばどのような方法が最適だろうか。俺ごときの貧相な脳味噌では良い案を出せそうにもない。この阿呆めと毒づいてみた。その通りである。

 ぴちちと鳥が俺を見て鳴いた。それは慰めか嘲りか、はたまたそのどちらでもないのだろうか。なんにせよ美しい囀りは心が和むものだ。



「そういえば、」



 はた、と思い出す。

 何年か前に、我が国に吟遊詩人が訪れたことがあった。美しく艶やかな声は国中の人間を癒し、その歌は我々の中に強く刻み込まれた。確か歌の内容は古いお伽噺だった。あれから一度もあの歌を聴いていないのに、これほどまでに鮮明に思い出せるとは。



「……そうか、吟遊詩人だ」



 思い立って、すぐに我に返る。日記すら書くことの出来ない俺に歌を作り、それを歌うことなどといった、そんな器用な芸当が出来るとは思えないし、自分以外にその役を任せるなんて考えられなかった。

 そしてまた頭が新たな答えを弾き出す。



「……日記……。……書物だ」



 ああ、そうか。暗雲が立ち込めていた空が一気に晴れ渡ったような、そんな気分だった。


 書に記せば良いのだ。我が国の軌跡を。


 俺は日記は書けない。だが、報告書を書くぐらいの頭は持っている。日記等でなくとも、あの国が其処に在ったということを示すには報告書のようなものでも十分だろう。


 そうと決まれば善は急げだ。幸い、此処から少し行ったところに、膨大な量の書物が収められた図書館があることで有名な町がある。

 其処になら紙やインクはいくらでも売っているだろうし、参考に出来る資料もあるだろう。


 俺は立ち上がり、尻についた草を払った。槍を持ち、立ち去ろうとすると墓石が目に入る。

 ああ、お前は、俺なのだ。



「俺がいない間、お三方を頼んだ」



依然として誇らしげに立つ墓石()が、確かに頷いたような気がした。

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