ヘタレ魔法使い 14 地図
空気が、重い……。
久しぶりにジャンさんと再会し、フリュウに紹介できたはいいものの、なんなんでしょうかこの空気は!? も、もう少しいい雰囲気にならないのかなあ……?
確かに知らない人をいきなり信用しろって言うのは無理な話かもしれないけれど、それでもいい人には違いないんだけどな。どうにもピリピリした空気は苦手です。それとも私が気楽すぎるせいなの?
「あっ! そういえば、ジャンさんは何処の国出身なんですか?」
苦し紛れに出てきた言葉は、ジャンさんの出自についてだった。
ほら、お互いのことを知ることが出来たらもうちょっと仲良くなれるかもしれないですし! やっぱり自己紹介って大事だと思うんですよ。
「……シエレード、と言う。知っているか?」
「魔法使いの血を引いた国だったっけ」
「えっ? そんな国あるんですか?」
「……そういやナミネ、地理は駄目だったな」
話によると国民全員が魔法を扱える国らしい。ということはジャンさんも魔法が使えるって事ですか……!! 聞いてみると「使えるが得意ではない」とのこと。ジャンさんっていろいろできるんだなあ……。
ちょっぴり親近感を抱きつつも、まだフリュウは警戒心を持ったままのようだ。ううん、どうしたらフリュウもジャンさんもお互いを信用してくれるようになるかな。
「お前たちは、どこなんだ」
「私たちはリカイン村って言う、小さな村に住んでます!」
「躊躇なく言ったな……。あんまり口外しないでくれよ」
え、何かいけなかったのかな。ジャンさんだって言ったんだから私たちも言わないと、不平等だと思うんだけど。首を傾げると、深刻そうな顔でフリュウがため息をついた。何それ、失礼だなあ。
会話が無くなり、重い沈黙が部屋を支配する。居た堪れなくなってそわそわしているとこれ以上用が無いと判断したらしいジャンさんが踵を返す。
「あんた、武道大会に出るのか?」
「ああ。お前は?」
「俺はナミネの付添だから。……ま、頑張って」
フリュウが軽く激励の言葉をかけるとジャンさんは頷いて、それからすぐに出て行ってしまった。初顔合わせは微妙な結果に終わったみたい。
ジャンさんを見届けてからフリュウはネックレスを外してポーチの中に仕舞い込むと、カーテンを閉めてから辺りを見回す。聞かれたくない話でもするんだろうか? フリュウの警戒具合が私には異常に見えて、頭にハテナマークが浮かぶ。
「何かするの?」
「あいつの言ってた国を調べさせる。精霊にね」
「……そんなに、信用してないの?」
「そうじゃない。知識として、もっと知っておく必要がある」
フリュウは真剣そうにそう言うと手乗りサイズの鳥の精霊を右の掌の上に召喚させた。か、可愛い……! ふわふわと柔らかそうな白の羽毛は少し輝いているように見え、黒のくりっとしているつぶらな瞳はじっとフリュウを見つめている。
そして私が瞬きをした隙にふっとその鳥は消えてしまった。ど、どこに行っちゃったんだろう……。シエレード、って言う国に行ったのかな?
「シエレード国はこの前までいたアガリス、つまりガイアント国の隣国だ。場所くらいはなんとなく頭に入れといて」
「わ、分かった。……えーっと、ここらへん?」
「地図があるのに分からなかったんだ……。そうそう、そこら……え?」
ポーチから地図を広げて取り出し、床に広げた私。フリュウは私の行動に呆れていたけれど、途中何かに気付いたようで焦ったように私の広げた地図に視線を滑らせた。
この地図は最初に人から貰ったもの、と覚えている。山脈の部分は影がついて山ですよー、と分かるようになっていたり、点線で国境まで書いてある。それぞれ国名も書いてるのだから、村で見た地図帳を思い出した。あれはもっと詳しかったなー。
とと、それは関係なかった。この地図に書かれていることを思いだして、私もフリュウが焦っている理由を理解した。書かれてあるべきはずの文字が書かれていないんだ。
「なんでだ……、シエレードの名が無い」
その地図にはシエレードの文字はなく、ぽっかりとどの国のものでもない空地、というような扱いになっていた。こんなことって、起きうるの?
「シエレード国が偽りって事は」
「ない、それは絶対にありえない。俺が保証する。ナミネ、これはどこで手に入れた?」
「え、えっと、人からの貰い物」
「……人にあげれるような代物じゃないよ。これ、たぶん魔法具だ」
フリュウの言葉に目が丸くなる。だって魔力なんて感じ……る!? あれ、すごく弱いけど感じるよ。どうして今まで気付かなかったのか分からないよ?
フリュウは右手を頭にやってガシガシと掻いた。フリュウが考え込んでいるときに取る変わった癖だ。
「これは、世界の国々で起こったことを逸早く更新できるのかもしれない」
「つまりどういうこと?」
「戦争が起こってどこか滅びたり国が合併したり。そういうのが起こったら国境とか国の名前を自動で変更するものなんだと思う」
それって、この地図の中に名前がないシエレード国は、もうこの世にないってこと? サッと体温が引いていくのを感じて、思わず青褪める。私が何を考えたのかが分かったらしいフリュウは一つ頷いた。
「戦争でも、起こっちゃったの?」
「戦争が起きるかも、って情報はあったけど戦争が起きたって情報はないな」
「じゃあどうして?」
「分からない。……あの鳥の精霊は聖の属性だ。あまり考えたくない可能性でも、拾い取ってくれるよ」
先程ほんのり羽毛が光っているように見えたのは聖の属性だったかららしい。聖の属性に相対する魔法は私やフリュウ、それに村のみんなも教わっていない。何故ならそれは禁忌の魔法であるから。フリュウの言いたいことを理解して更に頭が痛くなるのを感じる。
これも村長さんが言っていた色んなところで起こっている異変の一つなの? 国一つが無くなってしまうような異変を私が止めることが出来るの?
泣きそうになっている私の頭に、ぽんとフリュウの手が乗せられる。
「気にするなよ。今はまだ、あくまで推測にすぎない」
「そう、だけど」
「それよりナミネはもう寝な。明日は早いんだろ?」
ほらほら、と背中を押されてベッドまで押しやられた。心配をかけてしまったことに申し訳なくなって、私は素直に毛布に潜り込む。「寝ている間は辛いことも忘れられるさ」と気を遣ってくれたのであろうフリュウが苦笑いしながら私にそう告げた。まだ寝るにしてはちょっと早い時間なんだけど。
「フリュウは、ここにいる間どうするの?」
「ナミネの試合の観戦が主。あとは調べ物と、あいつの試合の観戦だな」
「ジャンさんのも見に行くんだ」
「どれくらい腕が立つか見に行くだけだ」
そう言って私から顔を背けたフリュウはどこか意地を張っているように見える。でもどうしてそんな意地を張っているんだろう。仲良くなったらもっと楽しいと思うんだけど。それとも私が楽観的すぎるだけなのかな。
……まあ確かに私はジャンさんに教えてもらうことの多かった世間知らずだけど。私が思っている以上に世界は甘くないって事なのかな。……私、生きていけるのかな。旅の心配よりも急にそっちのことが心配になった。
魔法使いだって周りにバレたらとんでもないことになるわけだし。今、私が魔法使いだってバレたらフリュウまで巻き込んじゃう可能性も高いんだ。そこまで考えて、考えを改めないといけないかなと思う。甘い考えだと周りの人まで不幸にしちゃいそうで怖い。
「それじゃ、俺はちょっとやることがあるから出るな」
「うん。気を付けてね」
「大丈夫、変なことするわけじゃないし。行ってくる」
私にひらと手を振ってから、フリュウは扉の向こうへと消えていった。
話し相手がいなくなった私は途端に暇になってしまう。……魔法の練習もしたいけど、この部屋でやるとどこか壊しちゃいそうだから駄目だし、でも外出するとフリュウを困らせちゃいそうだし。結局私、この部屋で布団の中で丸くなってるしかないんじゃないかな。
観念してポーチを外してベッドのそばに置き、枕を抱きかかえて寝る体勢に入る。普段は抱き枕なんてなくてもいいんだけど、たまにはいいかなって。……本当に、いつもはこんな子供っぽいことしないよ?
目を閉じれば少しだけ不安が引いた。布団の中、ということもあって温かさが安心できるのかな。まだまだ寝れそうにはないけど、こうやって難しいことを考えれば気も休まるかもしれない。
身体の力を抜いて、私は静かにベッドに身を預けた。




