元騎士 14 信用するな
俺を送り届けたあと、副隊長は「それでは、」と言い残すとぼやけた微笑みを残して消えてしまった。恐らくは家に戻った途端に待ち構えていた隊長にじゃれつかれることだろう。その様子が頭の中に様々と思い浮かべられて、なんだか可笑しくなった。
――それにしても、と思い返す。彼らの態度は一様に不自然なところがあった。
俺に言霊を使ったこと。俺に何事かを頑なに隠す態度。シエレードの悲報が載せられた新聞を“丸めて屑籠に入れた”こと。隊長が最後に俺に伝えようとした謝罪の言葉。
……全てが不自然極まりないのだ。違和感でしかないのだ。
いったい、何を忘れているのか。何を隠されているのか。何を気付けずにいるのか。何を知らずにいるのか……。
そんなこと、わかるものか。
「姫の命を遂行し、いつかはこの手で仇敵を討つ」
それで、良いはずだ。
頭を振り、人々の波の間を縫うように進む。この波が心の内の気味の悪い感覚が全て持っていってくれたらどれだけ良いだろうか。
そう、ちらとでも思ってしまうことが、俺の心の弱さだ。
◆◇
俺は手始めに選手登録をしてしまおうと会場へ向かった。
バロッツァの魔導武道大会と言えば中々に知名度が高く、確かシュトライト国一の催事であったはずである。さすがというべきか会場内は人々でごった返し、人々の様子も多種多様であった。これだけの人がいるのであれば、その収益はどれほどのものになるのだろうか。どれほど盛大に催しても、それでも十分過ぎるほどのお釣りがくるだろうことは想像に難くない。
会場内には受付の所在を示す立て看板が設置されており、それからも人の流れからもわかるように武道大会の受付は向かって左側の通路の奥にあるらしかった。
魔導大会エントリーの流れの中に激しく何かを彷彿とさせる豆粒ポニーテールが横目に見えた気もするが恐らく気のせいだろう。大体あいつは目に痛い紫色の衣を纏っていたはずだ。
「兄さん、早いとこ進んだほうが良いよ。横入りされちまう」
思わず立ち止まってしまった俺を咎める――と言うには少々陽気に、――ように声がかかった。
「すまない」謝りつつ振り向くと、其処には女がいた。頭巾をすっぽり被って頭を覆い、顔は口許しか覗いていない。なんとも怪しい風体だ。細身なようだが、人波に流されて武道大会の受付の道に入ってしまったのだろうか。
「謝るようなことじゃあないよ。それに兄さん、上背がある上に強面なもんだから、みいんなそんな命知らずなことは出来ないようだし」
陽気に笑顔を浮かべながら、彼女は俺の背を押しつつ歩みを進める。大袈裟な物言いをする女だ。それではまるで俺の顔が鬼と差違ないような言い草ではないか。……“大袈裟”なんだろうな。
何故か女はそのまま俺と並んで歩き始める。なんなんだ、こいつは……。隊長とはまた違った馴れ馴れしさに居心地が悪くなる。
「兄さん、見るからに強そうだよねえ。その槍だって上物だろ? ちょいと見せておくれよ」
「悪いが、自分の得物はあまり他人には触れさせたくないんだ」
訊ねながらも伸びてくる細腕から身を逸らして答える。女の手はぴたりと止まり、そのまま降ろされた。一応話が聞ける人間のようで安心する。
「それより、武道大会に選手登録するつもりなのか」
「勿論さ、こう見えて中々腕は立つんだよ?」
誇らしげに笑う女は力瘤を作るような動作を見せた。数々の腕自慢たちが集うこの大会に自ら身を投じるならば、恐らく彼女自身の言う通りなのだろう。女だからという色眼鏡を通して見てしまったのはとんでもない侮辱であった。「すまない」と頭を下げると、彼女はにこりとした。
「おっと、そうこうしてる間に最前列だね。ま、お互い頑張ろうじゃないか。もしぶち当たってどちらかが負けたって、恨みっこなしだよ」
「ああ、勿論だ」
固く握手を交わし、「それじゃ、あたしは先に受付を済ましちまうよ」と彼女は背を向けた。
握った女の手は“柔らかかった”。
◆◇
受付から手渡された赤い腕章を身に付けながら会場を出る。会場内は人口密度のためか、それとも選手たちの戦意が原因か、空気がこもって暑かったので、外が涼しく感じられた。爽やかな一陣の風が僅かに汗ばむ俺の額を冷やす。
ひとつ息を吐いて、次は宿を取ろうと周りを見渡す。シエレードは観光客はあまりいなかったが、それでも祭日にはそれなりの賑わいを見せていた。そしてそんなときには決まって宿屋の看板娘が集客のためか声を張り上げていたのだが、それらしき者の姿は見当たらない。
開催日まであと幾日。会場近くの宿はすでに満室なのだろう。町中の宿場から人が溢れ出していても可笑しくはないくらいだ。そうなったらそうなったで野宿でもなんでもすれば良いだけなのだが。咄嗟の雨を防げるような木陰などがあればなんとか生きていける気がする。
生きていけるとしても、何も是が非でも野宿をしたいというわけでもない。とりあえず一通り周って見るとするか。
早速行こうとすると先の女が何やら親しげに男と話しているのが見えた。男は女と同じく細身で、高級そうなフードつきのローブを羽織っている。
パーティーでも組んでいるのだろうか。なんとなしに観察していると再度強く吹いた風が男の目深に被ったフードを拐った。
「――なッ……!」
一切の色が抜け落ちた毛髪。まるで、悪魔のような、白髪。
そういえば、悪魔の呪いを受けた者は身体の一部が悪魔のようなそれになってしまうと耳にしたことがある。あの男は、悪魔に呪いを受けたのだろうか。だとしたら、そうなのだとすれば。
藁にもすがるような思いだった。確率なぞ無に等しいとわかりきっていた。
あの哀れな男が何か、憎き仇敵の手がかりを知っているかもしれないなど。
男は慌ててフードを被り、そのまま足早に女を連れて会場内へと戻っていこうとする。人間であれど悪魔の呪いを受けた者に人々の視線は厳しい。また少し時間を置いてから出直すつもりなのだろう。俺はすぐさまふたりの後を追って会場内へ足を踏み入れた。
◆◇
見失って、しまった。自らの不甲斐なさに歯噛みするしかない。彼方も下手をすれば命がかかっているのだから必死になるだろうことはわかっていたが、まさか一瞬で影も形も消えてなくなってしまうとは思わなかったのだ。
よもや移転魔法を使ったのではあるまいなと考えるが、いや、有り得ないと一瞬で自分の考えを打ち消す。この建物内では移転魔法は場内に元より設置してある魔法陣のものしか使えないと受付にて説明されたばかりだ。
何処ぞに身を隠しているのだろうか。はたまた、もう会場を出てしまったのだろうか。一度引き返そうと身を翻すと今にも地面に倒れこんでしまいそうになっている、激しく見覚えのある、豆粒のように小さく、髪をポニーテールにした少女が視界に入った。
このっ……! 全く間の悪い奴め!
「ッ……! ちゃんと、前を見て歩け」
ナミネを助け起こし、煮えたぎる怒りを必死に押し込めそう言う。確かに狙ってやっているのかと疑うほど間は悪かったが、ほとんど八つ当たりだ。元々見失っていたのだから。
「あ……、お久しぶりです、ジャンさん」
だがしかし、間抜けな面でこんな間抜けなことを言うナミネを見た途端に理性の箍が一瞬で吹っ飛んだ。
「貴様はッ、貴様は人にぶつかることが趣味なのかああああ!!」
「ええええ!? な、なんでそんなに怒ってるんですか!?」
ナミネは急な怒声に目を白黒させている。大人気ないとは思いつつも、俺はそこに畳み掛けるように続けた。
「間が悪い! 頭が悪い! 顔が悪い!!」
「ま、間と頭が悪いのは認めますけど顔が悪いのは生まれつきなんですよ! 仕方ないじゃないですか! 謝れ! 私を産んでくれたお母さんに謝れ!」
「……なにしてんの?」暫く鳥のようにぎゃあぎゃあと喧しく子供染みた罵声の応酬を繰り返していると、ナミネの連れらしき少年がやってきた。
「あっ! フリュウ!」ナミネは少年を見つけるとぱっと彼を振り返った。
「フリュウからも言ってよ! お母さんに謝ってって!」
「なら貴様こそ俺の主に謝れ! 死んで詫びろ!!」
「良いですよ! 死んでやりますよ! その代わりジャンさんも死んでください!」
「望むところだ! 使命を果たした暁にはこの槍で心の臓を取り出して潔く死んでやる!」
「グロい!!」
「落ち着け!」
少年はナミネの頭をひっぱたき、俺の鼻先に人差し指を伸ばした。思わず黙り込む。
「とりあえず、落ち着いて話し合おう」
「……ああ」
「う、うん……」
神妙な面持ちで頷いた少年は「まず、」と切り出した。
「あんた誰だ?」
◆◇
「宿は取っているのか」と訊ねられ「まだだ」と応えると、少年――フリュウは俺を自身らが取っているという宿へと連れていった。会場から幾ばくか距離があるためか、まだいくつか部屋が空いているらしいのだ。早々に部屋の手続きを済ませてから、俺はふたりの部屋に上がらせてもらった。
「――で、あんたがナミネを護衛してくれたっていうジャンさんか。ナミネが世話になったな」
「向かう町が同じだっただけだ」
「いや、でも助かったよ。こいつ、見ての通り世間知らずだろ? 親父から旅立ったなんて聞かされて、ちょっと心配してたんだ」
どうやらフリュウはナミネの兄貴分であるらしい。所々兄貴風を吹かしたがる仕草が見えて中々微笑ましいものがある。ナミネと同郷という話だが、同じ地で生まれ育ったとは思えないほどにしっかりした少年だ。
「も、もう良いでしょ、フリュウ」ナミネが口をもごもごさせながら小さく言う。
「それよりも、ジャンさん、さっきはごめんなさい」
「いや、悪いのは俺だ。焦っていたとはいえ、大人気なかったな」
ぺこりと頭を下げられて狼狽する。そもそもナミネはタイミングが非常に悪かっただけなのだから、こんなことになったのも全て俺が原因だ。あの男女もひとたび見失ってしまったが最後、あの人混みでは見つけることなどどうせ出来なかっただろう。
首を横に振りながら言うと、フリュウが怪訝そうな顔をした。
「“焦っていた”? 何かあったのか?」
言うべき、ものだろうか。口を開きかけて、また閉じた。
「少し、事情があってな」
歯切れ悪くそれだけ言うと、フリュウはわかりやすく顔をしかめた。年若い少年の侮蔑は、なんとも直情的である。
「あんた、それで俺たちに納得しろって? 無茶があるって、ジャンさんよ、あんた自身もよおくわかってんだろ?」
「フリュウ、踏み込みすぎだよ」
ナミネがおろおろと俺の顔色を窺いながらフリュウを宥めようとする。
それに「気にするな」と首を振った。ナミネは人を信じすぎるきらいがあるように思われる。その素直さは美徳だが、同時に短所ともなり得るだろう。全く素性の知れない男に対しての対応としては、フリュウが正しい。
だが、そうだとしても“素性が知れない”という点においてはどちらもほぼ同じことだ。怪しい奴だと疑っているわけでもないが、全く信頼してしまえるほどでもない者に全てを打ち明けることなど到底できはしない。
「無論、承知の上だ」
「だったら、――」
「それでも口にできないことがあるということだ。好きに疑うと良い。俺は決して口を割らん」
そう言い切るとフリュウは未だ鋭い眼差しで俺をねめつけた。排他的な深緑は外敵への警戒で揺れている。
「……フリュウ、ジャンさんは、良い人だよ」
ナミネがフリュウの袖を引く。幼い大きな瞳が真っ直ぐに彼を見つめていた。居心地が悪そうに視線を地面に落とす。
拗ねた子供がするように、フリュウは口を尖らせた。
「本心はどうであれ、良い人には誰にだってなれるだろ」
「その通りだな」
「……な、なんか調子狂うな……」
さすが、ナミネよりは歳を重ねているだけある。若干言い訳染みた響きであったのが気にかかるが、尤もな意見である。深く頷き同意すると、フリュウは疲れはてたように脱力した。
「……ま、良いか。こいつ、意外と人を見る目だけはあるから、こいつを信用してみるよ」
笑うフリュウに「えっへん」と胸を張るナミネ。その直後に奴は可笑しな顔をしたので恐らく馬鹿にされたことに気付けたのだと思われる。
「あ、言っておくけど、あんたを信用したわけじゃないからな。勘違いするなよ!」
「わかっている」
ナミネのように丸きり信用されてしまうのも、心苦しいものだ。




