元騎士 13 都合の良い
シエレードに移動してから三日目。
どうやら隊長たちは居住を本格的に此方に戻すようで、今は魔物が棲み着いていないかどうか辺りを散策して調べてるために外に出掛けている。
しかし、この地域の魔物たちは皆弱い魔物ばかりだ。恐らくは城内に入り込めるほどの力を持った魔物はいまい。
「ただいまー」
「ただいま帰りました。ジャン、何か変わったことはありましたか?」
勢い良くドアを開け放ち、ふたりが帰ってきた。ちらりと窓の外を見ると、いつの間にやらすでに日は暮れかけていた。暇をしているのならと頼まれていた夕食の準備を一時中断し、淹れる用意だけは済ませていた茶を注ぐ。
透き通った赤茶色の液体。ふわりと品良く香る茶の甘み。
ひとり出来映えに満足しながら慎重に茶を彼らのもとへと運んだ。
「おかえり。いや、特にはない」
「そうですか」一息吐いて副隊長が席につく。すかさず淹れた茶を出すと、副隊長は微笑した。初めは茶も満足に淹れられなかったが副隊長の指導のもと、庶民が日常的に飲むには全く問題ない程度の腕にはなった、はずだ。
あの頃は茶を口に含んだ隊長がシャワーのように茶を吹き出し、それを見た副隊長がそっとティーカップをテーブルに戻すのがお決まりの光景のようになっていた。ちなみに俺の名誉のために言っておくが、俺は料理が苦手なわけではなくその一品にあらゆる栄養分を含ませようとして味がよろしくない塩梅になるだけだ。
「そっちも、変わりはないか」
「ええ。やはりこの辺りの魔物は近寄ってこれなかったようですね。念のため大きな穴が空いていた場所には簡易的な結界を施してきました」
「そうか」
そういった細やかな作業は副隊長の得意分野だ。一先ずはそれでやり過ごせるだろう。俺は魔法については明るくないので仕上げも全て彼ら任せになるが。
腹が減っているのか、早速台所を覗いた隊長が奇妙な顔つきで戻ってきた。ちなみに今日の夕食は豚の丸焼きだ。バランスも考えて傍に植わっていた野草(勿論、食べられるものだ)なども添えておいた。
見習い時には、騎士たる者どんなときにおいても生き抜く強さを持たねばならないと無人島に放り込まれる恒例行事があるのだ。其処で俺は色々な獣たちを捕らえては尽く丸焼きにしていた。何処でどんな経験が役に立つかはわからないものだな。今の俺の腕は丸焼きプロ級だろう。
「ジャン、あれはペットの餌か? ペットとか買ってたっけ」
隊長の言葉に内心首を捻る。
ペット、とは愛玩動物のことで間違いないのだろう。何か飼っているなら、言付けてさえくれればそのぶんも作ってやったものを。
だが、そうならそうで三日も滞在しながら一度もその存在にお目にかかれていないというのは可笑しな話である。愛玩用のものならばガイアントに置いてくることもないだろう。……ということは、また隊長得意の法螺話か。
「俺たちの夕飯だ」
「……内蔵なんかはちゃんと取り分けたんだろうな」
「血抜きはしたが、内蔵はそのままに決まっているだろう。食えるんだから」
「お前、遠征でどんなサバイバル生活送ってたんだよ」
隊長が顔を青くした。
◆◇
結局、豚の丸焼きは俺ひとりで食べ、余った部分は明日の食事にすることになった。
「ジャン、お前は此処に留まる気はないのか?」
「ああ、明日にでも出ていこうと思っている」
本当は二日も留まる気はなかったのだが、彼らの傍にいるのがあんまりにも心地好いので思いがけず長居してしまった。こうやって俺はいつも自分を甘やかしてしまう。
「行く宛は?」
「……ない。何か心当たりはないか?」
姫の命令と大図書館での俺の失敗はすでに報告済みだ。加えて、どうやら俺が彼女の命令を達成するには精霊が作成した道具が必要らしいことも。
「……そういえば、もうすぐシュトライト国のバロッツァで開催される武道・魔導大会で、武道部門の準優勝賞品が精霊の羽ペンだったような……、」
「……優勝賞品じゃなくてか?」
“精霊の”と冠詞がつくわりにはあまりにぞんざいな扱いだ。その大会がどれほどの規模のものなのかは知らないが、大会の賞品ごときに出せるものでもないのではないだろうか。
「剣やら拳やらを振り回してる連中が羽ペンなんかもらったって嬉しくないからだろ? 書いた文字が綺麗に見えるってんで、一部からは注目されてるらしいが」
「……だったらまだ魔導部門の賞品として出すほうが良い気もするな。というかそういった類いは元々マジックアイテムだろう」
「魔導部門のほうは魔力増幅のアイテムが優勝賞品か準優勝賞品にあった気がするな」
顎に手をやり、そう言った隊長は俺を見てにやりと笑う。
「まあ、お前としては正々堂々と大会でアイテムを手に入れられるんだから、都合が良いだろう」
「それも、そうだが……」
些か都合が良すぎるのではないかと、そうとも思う。
「……一応、気をつけろよ」
隊長自身言いながらもそのことに気付いていたのだろう。少しだけ困ったような顔をして、先ほどとは違う不思議な笑い方をした。
「ジャン、バロッツァに向かうのでしたら、送って差し上げましょうか?」
今まで黙って静かに俺たちの話に耳を傾けていた副隊長が口を開いた。
「バロッツァには大分前に仕事で訪れたことがあります。移転魔法が使えますよ」
「そうか。……なら頼む」
「ええ」
副隊長はそっと頷いて、必要であろう荷物を入れておいてくれたマジックバック――硬貨袋などは無理矢理懐にねじ込んでいたようなものだったから、これは助かる。――を俺に持たせてから、家の外へと導いた。家の中の魔法陣は元々“家ごと移動するため”に新しく組み直された彼女独自の魔法陣だからだろう。
ドアを開け放ったまま、副隊長は何処からか拾ってきた木の棒を手に、魔法陣を描き始めた。魔法陣なしでも移動することは出来るには出来るが、それには膨大な魔力を消費してしまうらしい。
情報源が隊長というところが少し不安だが、開催予定日時はまだ余裕がある。そう急いでもいないのだからわざわざ彼女を疲れさせることもないだろう。
「ジャン、他に何か必要なものはありませんね? 槍はもっているし……、硬貨袋は?」
「持っている」
「包帯なども一応入れておきましたが、もう少し持っていきますか?」
副隊長は過度に俺を心配してくれているらしい。まるで子供のような扱いに少々気恥ずかしさを感じる。
「いや……、これで十分だ」
「お前、ジュリアに構ってもらいすぎだぞ、ずるい!」
家から飛び出してきた隊長を副隊長は冷静に押し戻した。目に見えて隊長の眉は下がりしょんぼりとした顔になっていく。
「フレディ、集中が乱れるので家で掃除でもしていてください」
「ええ……」
隊長は肩を落とし、とぼとぼと戻っていく。ドアくらい閉めていけば良いのにと思ったが、見送ってくれるつもりなのだろうか。
「準備は良いですね」
「ああ」
「――――、」頷くと同時に家のほうから隊長が何かを言っているのが聞こえた。
「なに、なんだ……、聞こえない」
「…………」
隊長が俺の目をじっと見て、そして笑う。口が動く。あれは「ごめんな」とでも言っているのだろうか。意味が、わからない。
隊長の姿が、安らぎの風景が掠れていく。完全に掻き消えてしまう前に、隊長がいつぞやの新聞を丸めて屑籠に捨てているのが見えた。
瞼を上げたとき、俺の目には活気のある見知らぬ街並みが飛び込んできた。




