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元騎士 11     酷似した善悪の瞳




 小鳥の、囀ずる声が聞こえる。うっすらと目を開けると優しい木目の天井が目に入った。柔らかなベッドに横たえられている。此処は、――隊長たちの、家か。

 そうだ。俺はガイアントについてナミネと別れたあとに隊長と再開したのだ。そして隊長に連れられて、副隊長にも会った。立ち上がり、何故か酷く痛む頭を擦る。寝起きは良いほうだったはずなのだが、まだ少し脳内に蜘蛛の巣がかかっているようにもやもやしている。緑色のカーテンを開けて窓から外を見る。昨日となんら変わりない石造りの町並みだ。


 昨日、俺はいつの間に眠ってしまったのだろう。夜更かしは慣れているのに。色々とあったから、知らぬ間に疲れを蓄積してしまっていたのだろうか。きっと、そうだろう。


 ベッドがふたつに鏡台と衣装入れがひとつ。本棚ふたつが壁に寄り添うようにして鎮座している。煤けた青色の絨毯は心を落ち着かせてくれるようだ。

 此処はふたりの寝室なのだろう。恐らく俺が寝かせられていたのは隊長のベッドだ。いくら俺相手でもあの人が副隊長に自分以外の男を近付けるのを良しとするわけがない。……隊長はいったい何処で寝たのか。

 なんとなく、また窓から外を見る。井戸の傍らに寝袋らしきものが見えるが、まさかあれで一夜を過ごしたとは思いたくない。手を出す気などは勿論ないが、妻と子供とは到底言い難い男を同じ部屋で寝かせるよりは俺をあの寝袋の中に押し込んでしまえば良かったのではないだろうか。


 下に降りると副隊長が朝食の準備をしているところだった。階段の軋む音で俺がいることにはとっくに気付いていたらしく、ちらりと振り返って「おはようございます」とだけ言ってまた準備に取りかかった。



「何か手伝うことはあるか」

「いえ、もうすぐで終わるところですし、座って待っていて下さい」



 切る、煮る、焼くの調理法しか知らない俺が役に立てるとは到底思えなかったが何もしないのも居心地が悪い。一応申し出てみるとやはりというかなんというか断られた。そう言うのであれば、と俺は席につき、大人しく朝食が出てくるのを待った。



「……隊長は、」

「フレディなら、赤い魔除けのケープとバスケットを持たせて近くの森に木の実を摘みに行かせています」

「ちょっと想像したくない光景だな」



 「もうすぐ戻ると思いますよ」と付け足す副隊長。

 頭から肩にかけて覆う赤いケープと木の実を入れるためのバスケット。まるで赤ずきんか何かのような可愛らしい格好ではあるが、それを装備しているのは鋼のように鍛えられた肉体を持つおっさんだ。果てしなく気持ち悪い。



「ただいまー!」



 噂をすれば影。早速戻ってきた隊長は、やはり気持ち悪かった。



◆◇



 食後に出された紅茶を飲んでいると、副隊長が俺の目元にそっと手を伸ばして触れた。少し、擽ったい。隊長が何か喚いている。



「顔色が……、悪いですね。どうしました?」

「……いや、少し頭痛がするだけだ。すぐに治るだろう」



 俺に触れている副隊長の白い指がぴくりと震えた。朝食のサラダに出た、“マドモアゼルの指”のように美しい指だ。俺は、……さしずめ牛蒡といったところか。



「他には何か気持ち悪いだとか……、そういう症状はありますか?」

「いや、特にはない」



 隊長は俺の具合を気遣ってでもいるのか、珍しく静かに俺を見ていた。紅茶を飲み干す。カップの底に残った紅い液体。そういえば、コーヒーだか紅茶だかでこういう飲み残しのあとによって未来を見通す占いがあったなと思い出す。俺は馬鹿馬鹿しくて全く信じる気にはならなかったが、確か姫はそのような占いを好んでいたはずだ。



「……昨日、俺は貴方たちに何かしてしまったのか」



 痛む頭。この感覚には、覚えがあった。鎌をかけるつもりで訊ねると、隊長も副隊長も平然とした顔で否定した。何を言っているのだと、寧ろ不思議そうな顔で。



「いいえ、何も」

「ちょっとした思い出話をして、すぐにお前は寝てしまったんだ。覚えてないのか?」

「…………」



 これぐらいは、想定内だ。本当に隠したいことがあるのならば、そう簡単にこのふたりが口を割るはずもない。此処で下手に突っ込めば、ふたりとも余計に意固地になるだけだ。此処は大人しく引き下がるべきだろう。



(――――そう、)



 昨日、“何か”があった。その事実を確認出来ただけ、良い。


 俺が何もしていないのにふたりが“言霊”を使ってまで眠らせるはずがないのだ。



◆◇



 全ての者は、全て言霊に護られ、縛られているのだそうだ。特にシエレードの民はそれを毎日自覚しながら生きていたせいか、それが他国民よりも顕著である。

 言葉に宿る霊力――魔力とは似て非なるものと聞き及んだことがあるが、詳細はわからない。――はとても強く、名前が持つ力はその更に上をいく霊力を宿しているらしい。

 だから、シエレードの民は自身の本当の名――真名を、信頼出来る者以外には隠すのだ。俺の名前であるジャルディオールも普段は使わず、自身の名をジャンということにしている。

 名前は、護る力も縛る力も、殺す力もとても大きい。



「――ずっと思っていたが、どうして貴方たちは国を出たんだ?」



 「なんでだと思う?」隊長が笑って言った。大きな背を小さな背凭れに預けたせいで椅子がか細い悲鳴を上げている。わからないから、訊ねているのに。この人は人を苛つかせることにかけては天才的だと俺は思っている。



「急なことだったから、酒の席では“国を出たのは裏切りのためだ”と専らの噂だったぞ」

「……そうなんだ」



 隊長はよくわからない顔で笑った。副隊長は町のほうへ買い物に出ている。そろそろ戻る頃だろうか。まだ、なのだろうか。静寂の音が耳に痛い。



「……酔いで出た、質の悪い冗談だ。冗談を言った本人も、本気にしていない」

「ああ、」

「国のため、王のため、誰よりも貴方が身を捧げていたのは、皆知っている」



 だからこそ、隊長たちが国を出たと知らされたときには、にわかにはそれを信じられなかったのだが。

 「そうか。良かった」隊長はまた笑った。



「本当は、俺のせいで国を出ていったんだろう」

「……うん?」



 訝しむような視線が突き刺さる。わかっていたのか、それともわかっていなかったのか――いや、そんなはずはない。あの人たちが度々する俺への不可解な行動は、全てあの人たちの意識のあるところのものだったはずだ。



「貴方は、時々好意的ではないような目で俺を見ていた。まさか、無意識であったとは言わせない」



 最初は、王が拾ってきた薄汚い戦争孤児に対して警戒しているのだと思った。何処の血が混ざっているともしれない――後々、半分はシエレードの血が流れていると判明するのだが、――子供が、何か王に危害を加えるのでは、と。それに加えて、王はまだ乳飲み子である姫の遊び相手として俺を連れてきたのだ。警戒するに、決まっている。

 そうではないのかもしれないと思い始めたのは、十四、五の頃だ。信頼していると、言葉でも態度でも彼らは示してくれた。だのに、それでも彼らは何か物言いたげな視線を俺に寄越したり、俺を透かして何かを見ているような表情をしているのだ。



「……“好意的でない”って言うと、それはちょっと間違いだな」



 諦めたようにそう言う隊長の口許には、しかし何故か笑みが浮かんでいる。隊長の瞳に戸惑う俺の姿が鏡のように映し出されていた。



「お前の目は、俺が昔に殺した男によく似てる」

「……罪悪でも感じているのか?」



 なんとも意外な言葉が飛び出してきたのに、思わず目を見張る。俺が思うに、この人は罪悪感だとかそういった殊勝な感情からは一番程遠いように感じていたが。



「いや、その男は人類の敵に回った裏切り者だ」

「……その男に似ている俺に良い感情を抱けないのも、仕方のないことかもしれないな」

「いや、違う。違うんだよ」



 弱々しく首を振る彼には、いつもの不遜とも、傍若無人とも言える面影はない。



「世の中にはさ、善悪きっちり割り切れないことなんて山ほどあるんだよ」



 隊長のその言葉が、やけに耳に残った。

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