ヘタレ魔法使い 1 成人の儀
片岡さんと比べ物にならないぐらいの駄文ですが、お付き合いいただければ幸いです。
じりじりと私に犬のような魔獣一体が近づいて来る。私は相手と距離を取るように後退していく。
ついに痺れを切らしたのか、魔獣が飛び掛かってきた。それだけで私の心は恐怖で満たされた。
「え、焔! 焔! 焔ー!!」
恐怖で震える唇で唱え、火の魔法を三発、右手に魔力を集めて打ち出した。一つは魔獣に命中し、二つは外れた。 元々手負いだったのか、魔獣はそれだけで呆気なく倒れた。
安心して直ぐにでも座り込みたかったが、私の魔法で着火した草があったのでそちらを優先した。
「はあ、疲れた……」
無事に消火活動を終え、杖を握り直しながら私は座り込んだ。
私の名前はナミネ。魔法使いだけが住んでいる、このリカイン村最弱魔法使いだ。
前は「本当に魔法使い?」って言われるくらいだったから、それを考えると今はまだマシなのかもしれない。
ごーん…… ごーん……
遠くで鐘の音が聞こえる。これは村長が人を呼ぶときに使っているものだ。なんでも特定の人物を呼ぶために毎回魔法をかけ直していて、聞こえる人と聞こえない人に分けるらしい。なんて器用。
つまり何が言いたいかというと、私は村長に呼ばれたということだ。用件は分かっている。
私は村の広場に急いだ。
………
「あれ、村長どこ?」
広場に来てみたが誰も居ない。おかしいなと考えたところで、私は誰かに後ろから声をかけられた。
「来たか」
「うわっひゃぁ?!」
なんとも情けないというか、うるさい声を出してその場に座り込む。
後ろに立っている人を見上げ、私はため息をつきながら立ち上がった。
「村長、勘弁してください」
「はは、あそこまで驚くとは思わなくてな」
しかしもう少し周りに気を配れと、村長に注意された。素直にごめんなさいと謝っておいた。何故か村長に笑われた。……え?
「結構。……さて、始めるとしようか」
「はい。何かを倒せばいいって聞きましたけど、何かって何ですか?」
今日は私の成人の儀の日だ。成人の儀は一人一人の十七歳の誕生日に行っていて、私と同い年だった子はもう終わってしまった。今年残っているのは私だけだ。
「私がさっき捕らえてきた獣を倒すだけだ。勝利条件は『敵の全滅』、だ」
「え、複数なんですか」
「ああ、複数だ」
村長がニヤリと不敵に笑う。……嫌な予感しかしないんですが。
「本当はもう少し倒してもらいたいが、ナミネには無理だと思ってな。特別な措置だ」
「村長、『みんなも出来ない』の間違いじゃ……」
「そんなことはない。では、始め!!」
「え?」
村長がパチリと指を鳴らせば、私の後ろから魔力の気配。そこにあったのは魔方陣だった。私の頭くらいの大きさだ。
何が出てくるんだろうと屈んで観察していたとき。私は何か赤いものに弾き飛ばされた。
「え、ええ?!! 何これ!」
わらわらと出て来る『獣』。……いや、獣じゃない。あれはどこからどうみても。
「リ、リンゴ?」
「いや、リンゴの形の魔物だ! 最近増えてきてたからいい機会だ」
「獣じゃないですよね!?」
出て来た魔物の数は十体。私から見ればギリギリ行けるか、いけないかぐらいの数。他の子もこれくらいなんだって。……特別な措置は何処に。
リンゴの魔物を観察していると、魔物はいきなりシャキンと歯を出してきた。あ、何かまた嫌な予感。
「無理ですよねこれ!?」
「そう難しくはないだろう? 何て言っても下級の魔物なのだから」
「村長の下級の基準が分かりません!」
牙を向いたリンゴの魔物に駆け回される私。実にシュールな画だと思うんですけど、どうでしょう。
走り回りながら観察すると、『さっき捕まえた』という言葉を証明するように、リンゴの所々に傷がある。村長を狙わない理由はここにあるようだ。
「いやあ、下級は下級だったよ。随分と脆い生き物だった」
「村長怖いです!」
村長の変貌ぶりについていけないんですが。精神的にも、体力的にもそろそろきついものが……。
「母親のように強い獣とか使役してたらもっと楽だろうがな。頑張れ、ナミネよ」
「どの流れでお母さん登場させてるんですか!」
なんとかしないといけないと、とりあえず走りながらリンゴを見てみる。相変わらず怖い。シュールとか関係なく、怖い。
「焔!」
小手調べということで軽く魔法を放ってみた。リンゴに向かって魔法は飛んだが、普通に避けられた。えー。
……その代わり、そのリンゴの後ろにいた別のリンゴは息絶えた。え、何これ。
どうやらリンゴはほとんど知能を持っていないようだ。おまけに相手は手負いだ。軽い攻撃でも倒せるだろう。
「魔力を、魔石に、篭める……」
右手で杖を持ち、左手で埋め込まれた魔石に手を翳し、直接魔力を注ぎ込む。直接魔力を注ぎ込む理由は魔力が魔石に行かずに漏れてしまう恐れがあるからだ。上級者は翳さなくとも漏れる心配はないらしい。イイナー。
「―――焔!」
杖の先に埋め込まれた魔石が声とともに着火。杖にともった魔法は少し小さいが、杖の先は魔法で包まれているから、これくらいでも大丈夫だろう。
「えいっ! えいっ! えいーっ!」
ぶん、ぶんと雑に杖を振り回す。お世辞にも綺麗に振れているとは言えないだろう。あまりにも隙がありすぎる。でも今まで遠距離だった私には仕方がないことだと思う!
それでもリンゴの知能が低いおかげで攻撃は当たり、リンゴは次々と倒れていく。雑な攻撃だからこそ、余分に入っている力が大きな要因だろう。
途中、右足の脛を噛まれ涙目になるというハプニングはあったものの、私はリンゴ十体を倒すことができた。
「合格だ。お疲れさん、ナミネ」
「つ、疲れたぁー……」
私はヘナヘナと情けなくその場に座り込み、村長に全身に治癒魔法をかけてもらった。あえて全身なのは念のためだ。
それにしても、そこまでの事が出来る村長の魔力が羨ましい。私ももっとあったらいいのに。そして治癒魔法も覚えられたらいいのに。
「思ってたよりも早く終わったな」
「ちゃんと出来てましたか?」
「結果を見れば分かるだろう?」
そう言って村長は私の頭を乱暴ながらも撫でた。私、晴れて成人したはずなんだけどなー……。周りから見ればまだ子供なんでしょうか。
「ところでナミネ。お前、村を出る気はあるか?」
「え? ……はい。外の世界の見てみたいと思ってます」
私の村では何故か知らないけど、成人するまで村から出てはいけないという掟がある。
行けるのはこの村を囲っている森くらいだが、私は弱いから森にもあまり入ったことがない。……そんな私が出てどうするという話だが。
「やはり、そうか。ならお願いがある」
「村長直々に? 何ですか?」
「フリュウは知っているな?」
「あ、はい。村長の家の次男ですよね」
フリュウは私より二つ上で、幼馴染だ。先に先人の儀を終え、先にこの村を出て行った。私より強くて、憧れのような兄のような意識があった。
だけど、そのフリュウがどうしたのだろうか。
「フリュウに頼んだ内容だが、この際だ。人は多いに越したことはない」
「……フリュウに?」
村長はああ、と頷くと立ち上がった。私も話の最中に座りっぱなしは失礼と思い、立ち上がる。
「ここ二、三年で魔獣が異様に増えていることは知ってるか?」
「知りません」
「………」
「……………」
あ、なんかまずいこと言っちゃったかもしれない。何だろう、この空気。すごく重いな。
「……お前はあまり森に入らないんだったな。まあ、とにかく増えてきているんだ。おまけに狂暴化してるようだから性質が悪い」
「そうなんですか。……まさかその討伐? 無理です無理!」
顔の前で何度も無理だ無理だと手を振りまくる。こんな弱すぎる魔法使いにどうしろと? 精々逃げ帰ってくるのがオチですよ。
「そうじゃない。実はそれもこの村だけじゃないのだよ」
「……ええと、それはつまり?」
「何故そうなってしまったか。そうなった原因は何なのか。それらの調査依頼だな」
「わー、やっぱりー」
原因調査。ちょっと面倒な依頼だ。……調査ってことは、事細かに情報を書き記したりしなきゃいけないんじゃ……。やっぱり無理だ! 私はそれほど几帳面な性格じゃないし、絶対大事なことを見逃すよ。これに関しては自信ある!
「まあ調査というのは建て前で、やってほしいのは原因……、物や人かもしれないがその破壊だ」
「ハードル上がった!」
「先にフリュウがやり遂げるかもしれないが、何か目標があった方がいいだろう」
「それは、まあ、そうですけど」
ぐぐっ、いきなり正論になった。さすがに正論に言い返す自信はない。生憎それほど器用な口は持ってないです。
「そうだ、忘れていた。これを持っていくといい」
「……これは?」
「我が村に伝わる治癒魔法と攻撃魔法だ。治癒魔法は今のお前では覚えられんだろう?」
村長が差し出してきたのは二本の巻物。少し埃っぽいから、かなりの年代物なのではないだろうか。
「そうかもしれませんけど、そんなに大事な物、私が貰って良いんですか?」
「ああ、必要ないからな」
「あっさり不要発言?!」
「巻物自体があれば何人でも覚えられるし」
「まさかの使い回し?!」
なんて雑な扱い。なんでだろう、急に親近感が湧いてきたよ。憐みよりそっちの方が先に出て来たんだよ。
……大事に、使ってあげよう。
「分かりました。有難く頂戴します」
「そうか、助かる。駄目だったら燃やそうと思っていた」
「危うく存在消滅?!」
「冗談だ」
村長の言葉が冗談に聞こえなかったのは私だけでしょうか。
これからよろしくお願いします。私は心の中でそう呟いて巻物を受け取った。腰に着いているポーチに仕舞っておいた。
「出発はいつにするんだ?」
「早く行きたいから、明日出ます!」
「そうか。……頼んだぞ、ナミネ」
「はいっ!」
村長の期待に是非とも応えたいという想いと、外の世界を早く見たいという想いが私の心の中にあった。
これからよろしくお願いいたします。