元騎士 8 魔物
何故か執拗に魔物は見たかと訊ねるナミネに否定を返す。これまでの道中、俺は魔物どころか獣の一匹すらも見かけてはいない。するとナミネは不可解だと顔をひそめた。そんな顔をしていると不細工が更に不細工になると教えてやったほうが良いのだろうか。
――いや、しかし待てよ、と己の思考にストップをかける。
不細工は所詮何処まで行っても何を突き詰めても不細工に変わりはないのだから、俺がナミネの不細工な更に不細工な顔を指摘してやったとしても何も変わることなどないのではなかろうか。
つまりナミネは不細工だということで全ては解決するのだな。
すっきりしたところで少し気になっていることを考えよう。
近年、魔物は凶暴化し、その活動は活発になってきている。しかし、だというのに魔物を全く見ない。
城付近はまだ納得出来た。荒らされてはいるものの、王城は形を成していたから。
普通、城だとかそういう大規模な建築物などには魔物を寄せ付けないための呪文が、そうとはわからぬように城壁やら塀やらに記されているのだそうだ。だから魔物は城に侵入することは愚か、城下町にもさえ立ち入ることは出来ない。あの時襲ってきた畜生共のようなレベルとなると、少し厳しいが。
弱い魔物は城付近には近寄れない。しかし、いくら雑魚とは言えども城の姿を視認することも出来なくなった地点にまで出没することが出来ないというのは、可笑しな話だ。
先も言ったように、魔物は凶暴化してきている。つまり、そのレベルは以前より格段に上昇しているはずなのだ。
だというのに、これはいったいどうしたことだ。
「……わからぬことを考えていても埒があかない」
「え、何か言いました?」
独り言のつもりだったが、ナミネに聞こえていたのか、ナミネが俺を見上げた。
「足りぬ頭を持つと苦労をすると言ったんだ」
「ジャンさんがですか?」
そうだ、と頷く。するとナミネは腑に落ちないといった顔をして口を開いた。
「いやですねえ、ジャンさん。頭が足りないっていうのは私みたいな人のことを言うんですよ」
「そうだな」
「フォローは!?」
隠しようもない事実にどうフォローを入れろというのか。中々難しいことを要求する。それとも先の言葉は冗談だとでも言うのだろうか。それこそ面白い冗談だ。
「落ち着いてナミネ。ジャンさんはこういう人なんだ」何やら俯きながらナミネはぶつぶつと言っていたが、やがて立ち直ったように背筋を伸ばした。
そのまま暫く進んでいると、ナミネが俺を見上げた。
「……えーっと、ジャンさんって好きな食べ物とかありますか?」
「好きなものも嫌いなものも特にない」
「そうですか……」
俺は会話などが途切れても全く気にしない人間だが、どうやらナミネはそうではないらしい。居心地が悪そうに身動ぎしている。
「し、しりとりしませんか?」
「ひとりでしていろ」
「……り、り、リンパ腺。あっ」
しりとりを始めて即終了させたナミネはなんだかばつの悪そうな顔で俺の顔の辺りで視線を彷徨かせている。別に俺はしりとりに参加していなかったのだから気にしてはいないのだが。
「……あ、ところでジャンさんが持っている槍、素晴らしい造りですよね。何方からかいただいたんですか?」
「ああ……、」
「これのことか」と背負っている槍に触れるとナミネは頷いた。上質な鉄で形どられ、所々に金で装飾のなされた柄。その先には、先端に向かうにつれて青く輝く穂先。
美しい造りのこの槍は、シエレードを治めていた偉大なる王、ディアンゼ様と、そのお美しい奥方、シャルティア様が何処からか入手し、俺に与えて下さったものだ。入手経路や方法は全く教えて下さらなかったので謎である。
「敬愛する方からいただいた、大切なものだ」
呟くように言葉を落とし柄を撫でた。滑らかな手触りの身体は今日も美しい。こんなものは受け取れぬと言ったのに、彼らは笑顔で押し切って、俺の手に無理矢理握らせた。下賤の身である俺に何故これほどまで、と思わないでもなかったが、それはきっととても簡単なことだった。
彼らは、とてもとても素晴らしい方々だったのだ。彼らは、家臣や民たちを自身の家族として扱っていた。きっと、それだけだ。家族に、何を躊躇うことがあろうか、何を遠慮することがあろうか。彼らはただ彼らなりに家族を慈しんでいただけだったのだろう。
「……ジャンさんが其処までおっしゃるなら、本当に素敵な方だったんでしょうね」
「無論、誰よりも価値があり、誰よりも偉大なお人だ」
「だから、」言葉は呑み込んだ。言うべきことではない。こんな感情に、他人を付き合わせるべきではないとわかっていた。
――だから、騎士にはあるまじき醜い心を以て、愛しき彼らを奪った奴等をなぶり殺してやったのだ、など。
汚らわしい俺は、もうお三方のお側には到底似つかわしくない存在だ。
詫びるように、服に隠れたペンダントについた小さな小瓶をそっと撫でる。いつしかの昇進祝いに姫からいただいたものだ。
小瓶に詰まったそれは変わらぬ忠誠の証なのだと信じている。
題は冒頭部分での話題のことであったり、ジャンさん自身が自分へ向けた罵りの言葉だったり。




