騎士 1 国は生き絶え、歴史は生きる
不覚、と。そうとしか言い様がなかった。
愚鈍。阿呆。間抜け。馬鹿。愚図。愚か者。そんな言葉が溢れ出す。
ああ、そんなことで現状が変わるというのであれば、思い付く限りの罵詈雑言を並べ立て大声で自身を貶し続けてやるというのに。
しかし、そんな気の違えたことをしている暇があるならば急がねばならない。
本当に、悔やんでも悔やみきれない。何故、敵襲を受けた時点で奴等の狙いに気が付けなかったのか。
非力な彼らと俺を引き離すことこそが、奴等の狙いだったというのに。
まんまとその思惑通りに動いてしまった己の心臓を貫いてしまいたい。
襲い来る醜い魔獣共を己の得物である槍で一突き。ぐじゅりとそれを抉り、槍は脳天を貫通した。ピクピクと痙攣を繰り返すそれを睨み付けてから、乱暴に槍から引き剥がす。
後ろから迫っていた魔獣にもまた一突き。僅かに外れ、槍は右目を貫いた。しかし、致命傷には変わりない。うまいところに嵌まってしまったらしく、槍が動かない。仕方なく穢らわしい死骸に蹴りをくれてやり、槍を引き抜いた。
てらてらと不気味に光る赤。
こんなところで足留めを喰らっている場合では、ないのに。焦りと憎悪だけが俺の頭を埋め尽くす。
俺と彼らが離れ、いったいどれほどの時が経った?
「くそっ……!」
もしかしたら、等と考える愚かな頭を叱咤し、魔獣共の死体が転がる広間を駆け抜けた。
どうか、どうかと祈りにも似た気持ちで前を見据える。
俺の誇りでもあったはずの騎士の鎧が、何故か己を縛る枷のように思えた。
◆◇
俺が彼らのいるはずであった王座の間に辿り着いたときには、もう手遅れだった。
王と王妃は既に絶命しておられ、その死肉を魔獣共が喰らっていた。
姫もお二人方の横たわる位置から少し離れた位置に倒れている。顔色は真っ青だ。生きて、おられるだろうか。生きていてくれ。
姫が僅かに身動き、それに気付いた魔獣が姫に近付く。
「ッ――その方に近付くなああああ!!!!」
俺の狂ったような怒声に魔獣は一瞬だけ動きを止めた。その隙をつき、喉元を貫いた。先程まで愚かにも死肉を貪っていた魔獣共も漸く俺に気付いたらしい。低く唸り声を上げた。
無我夢中で畜生共の命を奪っていく。きっと、今の俺の姿は理性を持った人からは程遠く、まるで魔獣共と変わらぬように見えるのだろう。
最後の一匹を殺すと、俺は兜を投げ捨て、すぐに姫の元へと駆け寄った。
抱き起こし、痛々しいその肢体を見つめる。腹には風穴が。奴等にやられたのだろう。
「姫……!」
「ジャ、ン……」
掠れた、情けないにも程がある声で姫に呼び掛けると、姫は微笑み、俺を見た。澄んだ瞳は俺の何もかもを見通すようだった。
「ッすぐに治療を致します。お辛いでしょうが、今暫く御辛抱を」
俺は姫の腹に左手を翳し、集中するために目を閉じた。
魔法とは詠唱有りでならば、誰もが扱えるものである。しかし、魔法使いと呼ばれる人種たちは別で、詠唱なしで魔法を発動させることができる。
我が国シエレードの初代女王は、そんな人種であったらしく、その血を引く俺たちも簡単なものであれば詠唱を破棄して魔法の発動ができる。
だが、俺は元々魔法は不得手だ。加えて大した訓練もせず、どうせ己には必要がないからと横着していたつけが此処に来て回ってきた。
詠唱でもあればまた別なのだろうが、生憎俺はそれすらも知らない。それにこの傷は魔のものにやられたもの。回復は、笑えるほど遅い。
辛かろうに、それでも姫は俺の身を案じる。
「……駄目、止めなさい。お前だって怪我をしているのです。自分の治療に専念なさい」
「申し訳有りません。その命には、従えません」
姫は苦痛に耐えるようにそっと瞼を閉じた。顔色はやはり優れない。それどころか先程よりも更に悪くなっているような気さえする。こんなときに、槍しか能のない自分に嫌気がさす。愛しい彼らを護るために武力のみを望んだのは、他の誰でもない自分自身だというのに。
「ジャン、お前は、生きなさい」
「姫、貴女も生きるのです」
「いいえ、私はもうもちません」
そのようなことを、おっしゃらないで下さい。吐き出そうとした言葉は震える喉が握り潰してしまった。
快活な笑顔を失い、優しげな笑顔を失い、果てには暖かな貴女の笑顔まで失ってしまえば、私はいったいどうすればよろしいのですか。
「お前は生きねばなりません。この国は終わりです。だけど、確かにシエレードという国は、民の笑顔と共に此処に存在していたのです」
「ッこれからも! 存在、し続けるのです……!」
ああ、そうだ。確かに存在していたのだ。存在、しているのだ。そしてそれを呆気なく壊していった魔王の軍勢。
拳を握りしめた。
「この国はもうじき生き絶えます。けれど、私たちが紡いできた歴史は生き続けるのです」
姫の言葉に頭をぐちゃぐちゃに掻き回され、思うように集中ができない。私に出来ることなら、なんだって致しましょう。だから、だからだからだから。
「生きて。せめてお前だけでも生きなさい」
そうして、姫は場違いなほどに美しく微笑まれた。思わず、息を呑む。
「父と母は死にました。私も死にます。しかし、シエレードは在りました。お前だけが、それを証明出来る存在となるのです」
姫は震えながら俺の頬に手を伸ばした。白く細いそれは、強く握ってしまえば折れてしまいそうだ。俺は姫の手の上に自らの手を重ねた。
こんなにも、温かいのに。
「お前は生きて、我が国が在ったということを証明し続けなさい」
唇を噛み締める。ぶつり、と音がして血が一筋伝う。
瞬間、温かな光が俺を包み、俺の身体からは小さな掠り傷も、先程出来た傷さえも全て消え去った。治癒、魔法。
「ひ、め……、何故……!」
王族の者は国民たちと比べて魔法使いの血が濃い。そして、姫は国内一の治癒魔法の使い手だ。
だかしかし、今の姫は手負いであり、しかも全身の傷を治癒する等といった大掛かりな魔法を詠唱破棄して発動しては、文字通り命を削ることとなる。
「私の愛しい、ジャルディオール……」
震える手はやがて力を失い、地に落ちた。俺は姫の身体を抱き上げ、王と王妃の横に寝かせた。
そして炎魔法を発動させ、お三方に火をつける。
「国は死んだ。この国に生きる者たちも」
歪む視界と今すぐにでも落ちてきてしまいたいと請う滴を振り払うように上を向いた。
「しかし、歴史は私の中に強く息づいております、シャンディ様……」
この国の存在の証明。俺の生。
それが貴女の命ならば、私は見事それを遂行させて御覧にいれましょう。
涙など、流してやるものか。
この文を見れば分かる人には分かると思いますが、片岡さんの書いたものです。
片岡さんが元騎士、私キョロがヘタレ魔法使いをやっていきます。
あ、足を引っ張らないように頑張らないと……。