3、人生の手前
“クロゥの惨劇”。
これは、アン・ビスティン軍のきっかけで起きた起事件であった。
アン・ビスティン軍は、ヴィルティーゴ側の領地に属する『商業の街クロゥ』を丸ごと焼き払った。両軍は対立国であるため、敵国同士の襲撃があってもおかしくはない。
クロゥを狙ったのは、おそらく民の人口が多いことからだと推測される。クロゥが配給源である食料やライフラインなどは全て奪われてしまった。アン・ビスティンはそこを狙ってきたのだ。
人々は皆、全滅した。
――はずだった。
ただ一人の少女を抜かしては。
デュランの復讐は、ここから始まった……――。
デュランはクロゥの街はずれで気を失っているところを、ある男に拾われた。その男が、後のデュランの師匠の立場になりうる人物だった。
クァイアント・ホークアイ。
それがその男の名だ。
この事件を知っている彼はその意味も含め、彼女を引き取ることに決めた。
*
――闇の空間に光が流れ混んできた。
「お、やっと目覚ましやがったか。お前、まる二日は寝っぱなしだったんだぞ」
知らない男の声。
デュランは何度か目を開閉させてから虚な瞳を男に向け、
「……誰?」
かすれた声で言った。
「俺? 俺はそのぉ……あれだ。旅する剣士様っつーとこか」
ニカ、と白い歯を出して笑った男は、まるで無邪気な子どものようだった。
デュランは上体を起こした。
パチパチという焚き火の木材が弾ける音と共に、デュランの視線がそこへ走る。
燃える赤。
――血。
「ひっ……」
デュランは両手で頭をかかえ、小さな悲鳴を上げた。逃げるように自分の膝に顔を埋めた。
沸々と蘇るあの光景。
あれは地獄そのものだ。
一面赤のクロゥの街。
町を覆う、激しく揺らめく赤い炎。
――炎の中からうごめく、黒い影。
「大丈夫だ」
男はいつの間にかデュランの目の前に腰を下ろしていた。
くしゃくしゃと大きな手が頭を撫でる。
「お前、俺と来い。どうせ行くとこなかねえんなら、なおさらだ。名前は?」
デュランは顔をぎこちなく持ち上げた。
「……デュラン・ヴァリス」
「(ヴァリス? どっかで聞いたことあったか?)デュランか。俺の名はクァイアント・ホークアイだ。ついでに二十五歳だ!」
「……」
またもクァイアントはニカりと笑みをこぼした。
デュランとクライアントの旅は、ここから幕を開けることとなる。
*
十年後、デュランはアン・ビスティンへの復讐のため、ヴィルティーゴの騎士へ配属が決定する。
配属した彼女の心は、『無』そのものであった。
その心は次第に、女王リースと一人の勇者によって光を取り戻していく。