手紙
目の前に座る親友が私の知っていた風貌とは全く違うのは、ただの心労だけでは無いのはすぐ分かった。
大きく窪んだ目を忙しなく動かすのは罪悪感からか、はたまた恐怖心からか。
「……久しぶりだな、誠。一真のお見舞いを任せきりにしてしまってすまなかった。」
「いや、透だって奥さんの葬儀で忙しかったんだからしょうがない。」
「だけど……まさかあのまま一真が亡くなるなんて思わなかった。無理をしてでもお見舞いに行くべきだった。」
不幸が重なるというのはこういう事なんだろう。
一真が登山中に滑落事故を起こしたと聞いた1週間後、妻の絵里が突然倒れ呆気なく亡くなってしまった。
妻を突然失ったストレスや喪主として突然葬儀を任される事になり私自身も体調を崩してしまっていた。
やっと外出出来るようになり退院した一真の様子を見に行こうとしていた矢先、一真の容態が急変して亡くなったと誠から連絡があったのだ。
「俺のせいだ……。俺が無理やり一真を山に誘ったんだ。あんな状態の一真を無理に誘わなければこんな事には!!」
誠の大きな瞳から涙が零れた。打ちひしがれたその姿はまるで廃人のようだった。
「一真はお前の事恨んではなかったんだろう?」
「口ではそう言ってたが本心は分からない。きっと俺を恨んでるんだ。俺に殺されたと思ってるんだ……!」
顔を手で覆いガタガタと震え始めた誠はブツブツと呟き始めた。
癌の手術が無事に終わり幸いなことに転移も無かった一真はあとは体力が回復するのを待つだけだった。
その後、完全では無いがある程度回復して退院した頃に誠は一真を山登りを誘ったのだ。
周りはまだ早すぎると止めたのだが、一真がずっと見たいと言っていた10年に1度の紅葉だ、次は見られるか分からないぞと半ば強引に連れていったみたいだ。
山登り後に体調を崩し担ぎ込まれた病院で、怒り狂う一真の家族に誠は泣きながら土下座していたらしい。
その後一時回復した一真が家族や誠に私が見たいから山に登ったんだ、と何度も伝え、家族の怒りは少し落ち着いたらしい。
やっと落ち着きを取り戻した、と思っていた矢先、一真の容態が急変してそのまま亡くなってしまったのだ。
「一真の遺族だけじゃない、一真は俺を恨んでいる。きっと一真は俺を…。」
ガタガタと震えながら呟く誠。
私は静かに立ち上がると後ろの棚の引き出しから一通の手紙を出した。
「これ、この間病院に行った時に看護師さんから預かったんだ。一真が亡くなる前にお前に渡したがってたみたいだ。」
「俺に…?」
「あぁ、なんて書いてあるか分からないが読んでみるといい。一真が本当に恨んでいたのかわかる筈だ。」
誠は恐る恐る受け取るとゆっくりと封を開けて読み始めた。
――何が書かれているんだろう。目の前の不安そうな顔で手紙を読む誠を見ながら考える。
もし、恨みつらみの文書だったらもう誠は立ち直れないのではないか。
「――くっ、」
突然誠は手で口元を抑えると下を向いてしまった。
「おい、大丈夫か?一体何が書かれて…」
「一真、俺の心配をしていた。俺がこのまま死んだら誠は絶対自分を責めるだろう。だけど最後に山登りが出来たのは本望だ。どうか自分を責めないで欲しいって…。」
誠はそう言うと泣き出してしまった。
…優しい一真らしい手紙だな。俺は誠の背中を摩りながら目頭を押さえた。
******
「遅くまですまなかった。里穂ちゃんもありがとう。」
誠はそう言って帰って行った。来た時には見られなかった笑顔を見せながら。
「誠さん、元気になった?久しぶりに見た誠さんがゲッセリ痩せていたから驚いたわ。」
お父さん達3人の中で1番恰幅が良かったのに…と誠が使ったティーカップを片付けながら娘の里穂が呟く。
「あぁ、元気になったよ。ずっと悩んでいた事が解決したからね。」
「それは良かったわ。」
そう言って私達は微笑みあった。
――だからまさか、その1週間後に誠が亡くなってしまうとは思わなかったんだ。
*********
「…凄い雨だなぁ。」
椅子に座りながら窓の外をぼうっと見ている。
一真だけじゃなく誠も逝ってしまったのか。
何故だ?安心したと同時に生きる気力も亡くなったのか?
「…お父さん大丈夫?寒くない?」
里穂が心配そうに近付いてくる。
「あぁ大丈夫だよ。ありがとう。」
一応もう少し部屋の温度を上げておくね、と里穂は言い、暖炉に薪をくべた。
「…あの2人が懐かしいなぁ。」
私は立ち上がると古いアルバムを取り出した。
あの2人とは小学生からの友達だった。優等生の私、優しい一真、少しヤンチャな誠は不似合いそうに見えて何故か相性が良かったのだ。
「…会いたいなぁ。」
私にもお迎えが来たら会えるのだろうか。そんな事をぼんやり考えていると、一通の見慣れない手紙が挟まっていた。
「なんでこんな所に手紙が?」
差出人にドキッとした。一真だったのだ。
私はゆっくりと封を開けると手紙を開いた。
「!!」
手紙を見て驚愕した。
字の綺麗な一真が書いたとは思えない。
荒々しい文字で殴り書きの羅列が続いているのだ。
「……そんな…こんな事が…。」
私は手紙を握りしめるとフラフラと椅子に座り込んだ。
「お父さん?顔色が悪いけど大丈夫!?」
「あ…あぁ大丈夫だ。里穂、すまない、珈琲を1杯くれないか?」
里穂は心配そうに私を見ながらも珈琲を用意しにキッチンへ向かった。
「…一真……。」
私はふらつきながら暖炉へ近付くと亡き友人が最後に書いた手紙を火の中へ投げ入れたのだった――。
【透へ
ここに来て随分経った。ここは随分静かなんだ。
透、私は本当に誠を恨んではいない。
だけどな透、ここは随分、広くて、暗くて、静かなんだ。
こんな所に独りは寂しい。だから私は誠を連れていく事にした。
だってしょうがないじゃないか。ここは広くて、暗くて、静かなんだから。
お前を思うと心が痛むが、お前には可愛い娘の里穂ちゃんや孫達が居るだろう。
ここは広くて、暗くて、静かなんだ。だから、誠を連れていく。私の最期の我儘を許してくれ――。
一真】




