第11話<ノモケマナ>
人は彼を「ナマケモノ」と呼ぶ。
「南米に棲んでるのがナマケモノなら、俺は日本のノモケマナだ。」
そう言って、今日も得意げに言葉をひっくり返す。
「ナマケモノの進化形、それがノモケマナ。」
本人はいたって真顔だ。
ノモケマナは歩く。
ただ、ひたすら歩く。
「ああなって、こうなって、こうなるはずだった。」
……あれぇ?
ならない、ならない。
人生ってやつは、思惑どおりには転がってくれない。
歩いて、歩いて、歩き疲れたころ、胸の奥に小さな違和感が芽を出した。
鬼は内。
福は、日常の外。
人生に寝返ったような妙な気分である。
「あぁ、暑い、暑いよ……。」
陽炎の向こう。
瀟洒なハイツの窓辺に、ひとりの老人が座っていた。
丸い坊主頭。
丸くなった背中。
まるで人生という重い荷物を、
「もう、ここまででいい。」
と静かに降ろした人のようだった。
しがらみを捨てた姿か。
記憶まで削ぎ落とした姿か。
丸腰という名の最強の防御か。
それとも……
現実から、ほんの少しだけ雲隠れした人なのか。
風景が、夏の陽炎みたいに揺れる。
「ああ……あれは、在りし日の親父か。」
ノモケマナは、また歩く。
父が旅立った歳まで歩く。
さらに六年先まで歩いてみる。
歳月は、追いつくものではなく、
追い越してしまうものだった。
そのとき、ふと気づく。
親父もきっと、
こんな景色を見ながら歩いていたのかもしれない、と。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
父のことが、わかったような気がした。




