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9 選択


 エイスは立てた人差し指を下ろして、真面目な雰囲気をまとった。固い表情の中には、僕への気遣いの色も見えた。


「ただし、人形が精霊との契約というのは今までにない事例だ。成功するのか分からない。ただでさえ、人形は精霊に好かれてないんだから。カオリス辺りにお願いして糸を繋いでもらうことで、順当に階級を上げて強くなることもできる。ミカゲくんは、どうしたいかな?」


 エイスは優しい。未知の手段だから成功するかわからないと、正直に教えてくれたのだ。僕はどっちを選んでも大丈夫だと言ってくれているのだ。僕があとで後悔しないように。それでも、僕は――


「糸を繋がない方法を選んだ場合、精霊と契約できなかったら骨折り損だ。糸をその時点で繋いでも、それまでの経験は階級の成長に反映されない。強くなりたいミカゲくんにとって、これはとても大事な選択だから、今すぐ決めなくても――」

「精霊とはどうやって契約できるの?」

「……驚いた。随分即決だね」


 ――すでに道を決めていた。確かに糸を繋いでもらって、階級を成長させるのは安全な方法だ。でも、今からみんなと同じ方法で強くなっていって、みんなを守ることができるの?ただでさえ、僕は最下位(ロウエスト)。今回、サータルに対抗できたのは本当に偶然だ。次に襲われたとき、きっと僕は一瞬で壊されてしまうだろう。


「ミカゲは、怖くないの?失敗したら、とか。不安じゃ、ないの?」

「怖いし、不安だよ。――でもっ!何もできずにみんなを失うことが、一番怖い」


 トキネが息をのんだ。おそらく、理解しているのだろう。一方的に守られ続けることの辛さを。何もできないもどかしさを。


「エイス、キズキ、ミズナ、アカリ、トキネ。情けなく甘えているのは分かってる。それでも、お願いします。僕が強くなるために協力してください。僕はもう、震えたくない……」


 みんなを守るためなんかじゃない。みんなを守れるようになりたいと、もっと強くなりたいと、みんなの――家族になりたいと願った僕自身が後悔しないために、僕は未知の可能性に賭けたい。頭を下げた瞬間、自然と目から涙が出ていた。


「子供は大人に甘えるものだよ?元々、おれから提案したんだから喜んで力を貸すよ」

「別に、百パーミカゲのためじゃねぇよ。俺自身も未知の出来事にわくわくしてるんだ。どうなるのか、ぜひ!見届けさせてくれ」

「震えてもいいんだよ?ミカゲちゃんだけじゃない……、私だって怖いと震えちゃうんだから。お互い、遠慮なく頼り合おうね!」

「このね、一言ずつ言ってくみたいなの。わたし苦手!みんなみたいに言いたいことがまとまらなくて、結局何言ったらいいのかわかんないもーん。とりあえず、かっこいいよ!ミカゲ」

「大丈夫。私も、一緒に強くなる」


 それらの言葉は僕にはあまりにも贅沢、なんて言うのはみんなの気持ちに失礼だ。だから、二度とそんなことを思わなくてもいいような自分になろう。そう決めて、「ありがとう」とこれから何度も口にする言葉を心臓から絞り出した。


「……さぁっ!生徒が頑張って選択したんだ。先生も説明頑張っちゃうぞ!」

「いつからミカゲがお前の生徒になった……」


 しんみりとしてしまった雰囲気を変えようとおかしなテンションになってしまったエイスに、呆れたようにキズキがツッコんだ。僕も慌てて涙をぬぐって笑う。なんか、ごめんなさい……。


「さて、前提を話そうか。ミカゲくんは、糸を繋がないことを選択した。絡繰機能が保護されていない状態には、味方から電素や魔素を供給してもらえるメリットだけでなく、敵から干渉を受けて力を制御できなくなるデメリットもあるんだよ。つまり、戦いながら絡繰の保護もしなければならないということ。下級精霊は意思が微弱だから、端から契約は困難だし、中級精霊はそんな器用なことはできない。そんなところも可愛らしいんだけどっ!って違う違う。そういうわけでミカゲくんは、必然的に上級精霊と契約する必要があるんだ」

「上級精霊は、可愛くない……?」

「そんなわけないじゃないか!上級精霊たちは品のある美しさだけじゃなく――」

「話を逸らすな、ド天然に精霊バカが!」


 ツッコミ御用達ハリセンが炸裂した。人間にも問題なく通用するらしい。トキネはなぜはたかれたのか不満そうに、最後のハーブティーをすすった。


「いったぁ……。あぁ、そうそう。上級精霊は強大な存在だから、基本的に現世じゃなく精霊界っていうところに住んでいる。おれが知ってる場所だと、その精霊界を通じて上級精霊に会える場所は二つだよ。一つはおれの出身国、シュネーデッケ。もう一つは、土の王ノコオが治める国ヴァイア。どっちにしろ海を越えなくちゃいけない。おれは他人の転移ができないし、キズキも電素的に海を越えて転移させるのは無理だろう?」

「そうだな。ヴァイアなら、ミカゲ一人送り込むくらいはできるかもしれないが、エイスがいないとどうしようもないし。サータルが来たことを考えれば、俺たちもそろそろこのダネスト森林から出なきゃダメだ。みんなで海を渡るなら……、ウォルディアに行く必要がある」


 キズキの視線がミズナの方へ向いた。「ウォルディア」という言葉が出た瞬間、ミズナの顔が珍しく曇ったことから、何かがあるのだろう。


「ミズナ、行けるか?無理強いはしたくない」


 言外に、行くのが難しいなら別の手段を考えると提案するキズキに、ミズナはゆっくりと、それでも確かに首を横に振った。その凛々しい表情には、強い決意が表れていた。


「ううん、行くよ。あの日、キズくんが連れ出してくれてから四年間、逃げて逃げて逃げ続けた。それでも、たまに思い出しちゃうんだ。水巫女のこと、リヴァルのこと。ミカゲちゃんが頑張るって決めたんだもの。私だって、いい加減向き合わなくちゃ!キズくんから、みんなから、自由の楽しさを教えてもらったから」


 そう言うミズナを見て、キズキは一瞬だけ心の底から愛おしむように笑った。そして、みんなの方へと向き直る。


「明日から噴水国家ウォルディアに行く!旅の準備なら今日中に済ましとけ」


 キズキは力強くそう宣言した。


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