6 僕の居場所
エイス。ミズナが言ってたもう一人の家族の名前だ。確か仕事で遠くにいるって話だったはずだけど、どうやってここに現れたのだろう。人間は絡繰が使えないのに。
「エイス・フォン・シュネーベルク……」
「それはもう捨てた名だ。今はただのエイスだからそう呼んでくれたまえ?サータルくん」
サータルの顔から全身にかけて、氷が消えていった。髪と目が発光しているのをみるに、時間を巻き戻したようだ。
「元宮廷魔術師がどうしてここに来たんですかぁ」
「なに、小さい女の子を攫おうとする変態の気配を感じて転移してきただけだよ」
「チッ……人形の問題に、人間が首を突っ込まないでくれますかぁ?」
「それはそれは、最上位人形様は難しいことを仰られるものだ。大切な家族を見捨てるなんて、おれにはとてもとても……!」
サータルの威圧をものともせず、エイスは芝居がかった素振りをみせた。
「相変わらず人を食った態度ですねぇ。【加速】」
「それはお互い様でしょ。【魔法起動】【氷の壁】」
サータルがその場から搔き消えたかと思えば、突如現れた氷のドームを蹴りつけていた。氷が砕け、中からエイスが現れる。エイスの背には、薄水色の大きな翼が生えていた。その姿はまるで――
「天使……?」
「【絶対零度】――ミカゲくん、あまりそう呼ばないでほしいな?おれの魔素性質的にこの形が一番使いやすいってだけだからさ」
一枚の羽根がサータルに刺さった瞬間、大きな魔法陣が展開し、サータルの全身は再び凍りついた。余裕すら感じさせる態度で、エイスは氷像に歩み寄る。
「どうせ分身なんだろう?本体でも勝てやしないんだから二度と来るな。【重力圧】」
黒に変色した羽根が氷像に刺さり、展開した魔法陣の中心からクシャッと紙くずのように圧縮されたサータルは、そのまま電素の粒子を残して消え去った。絶対に勝てないと思った相手がいとも簡単に壊されたことに、少々あっけなさを感じる。でもなによりも胸を占めている気持ちは、安堵だった。トキネが連れ去られなくてよかった……。
「コホンっ!教師にあるまじき言葉遣い、失礼。【時間浸透】【魔法待機】」
キズキ、アカリ、ミズナ、トキネ。それぞれに真っ白な羽根が突き刺さり、魔法陣が展開した。四人の止まった時が動き出す。揺り戻しは起きなかった。エイスの背の翼が消失する。
「やぁみんな!久々だね!」
「エイス?トキネはっ――あぁ、助けてくれたんだな……」
「キズキぃ。だいぶ驕ってたんじゃないかい?戦ったことがないとはいえ、相手が最上位って分かった時点で、トキネちゃんだけでもカオリスのところに転移させるべきだっただろ。一人だけなら、電素も足りるだろうし。階級の差を舐めすぎだよ」
「申し開きもねぇな……。最上位とはいえ、三人がかりなら勝てると思ってた俺が大バカだった。――ありがとな、エイス」
キズキは見たことがないほど沈痛な表情をしていた。エイスに言われたように、自分の判断を間違えたと悔いているのだろう。それは無言でうつむくアカリも、「守り切れなくてごめんなさい」と僕とトキネに頭を下げているミズナもきっと同じだ。トキネはまだ少し怯えている様子で、顔色が悪い。
「ごめんっ……!ごめんね……」
目に涙を浮かべたミズナは、震えるトキネをそっと抱きしめた。トキネの手が、ゆっくりとミズナを抱き返した。
「わ、私は、みんなと、一緒がいい。私を逃がしたら、みんなが、壊されてた、かも。それは、嫌。家族は、助け合うもの。私は、もっと強くなる。だからね、守ってくれてありがとう」
ミズナから離れたトキネは、この場にいる全員を見てそう言った。震えは止まっている。顔には、小さな微笑みがあった。それにつられて、みんなの表情も少し明るくなる。トキネがゆっくり、キズキの方を見た。
「あまり、自分を責めないで?私を、転移できても、戦う電素が足りなくなった、でしょ?大丈夫。ズッキーニも、もっと強くなれる。サータルなんて、ぼっこぼこ」
「「「「「……」」」」」
「ん……?」
沈黙がこの場を支配した。何とも言えぬ空気が、僕たちの間を流れていく。最初に静寂を破ったのはアカリだった。
「トキネ……。あんた、力が強くなっても空気は読めそうにないよね。いい言葉が台無しよ」
「私はトキネちゃんのそういうところも含めて大好きよ!」
「あっはっは!トキネちゃんは相変わらずだ。なぁ?ズッキーニ」
「うっせぇ!元宮廷魔術師『氷魔天使の貴公子』が大人げねーぞ」
「あれ?やっぱり天使だったの?」
「ぐあぁ……!ミカゲくんもキズキも、その名前で呼ぶんじゃない!おれは、天使だの貴公子だのひとっことも自分で言ってないからな?国のみんなが勝手に呼びだしただけだし、そんな厨二臭い二つ名死んでもごめんだねっ!!次そう呼んだら、スクラップにしてやる」
「教師の言うセリフじゃないでしょ……。キズにいったら、すーぐ喧嘩売るんだから」
KY呼ばわりされたトキネは頬を膨らませていたけど、みんなの雰囲気が元に戻ったことで、僕の顔がほころぶのがわかった。そして、会話をしているときにずっと拳を握り締めている自分が居ることにも気づいた。
――あぁ、そうか。僕ももっと強くなりたいんだ。この温かい居場所を、大切なみんなを守れるようになりたい。
「あの……、みんな!トキネの事情について、どうか僕にも聞かせてほしいです。それに、さっき僕に起きたことも。僕は最下位の人形だけど、それでも、力になりたいんだ」
僕はみんなの、家族になりたい。




