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14 キズキの師匠


 キズキの疑問に、子供はやれやれというジェスチャーをして答えた。


「成り行きでフォルターを連れてきてやっただけじゃよ。なんじゃ?儂がここにいたら何か不都合かの?相も変わらず生意気な態度じゃ」

「フード越しに人と話すやつとどっちが生意気だよ。有名人気取りか」

「キズ坊こそその恰好はなんじゃ。久々じゃと言うのに、師匠に対する口の利き方はなっとらんままじゃな。しかも、また一人増えておる。今度はどんな訳アリじゃ」


 幼い声で老獪な言葉遣いをする少女は、そうキズキに言ってフードを脱いだ。現れたのは、日の光を反射する長い銀髪に鮮やかな金色の瞳を持つ美しい容姿だった。口調とのギャップがますます大きくなる。しかし、それでも納得できるほどの余裕と覇気があった。


「ミカゲは訳アリっつーか、ダネストに捨てられてたところでたまたま出会ったんだよ」

「ふむ」


 少女の視線は真っすぐ僕を射抜いた。少女は、僕の目の前まで歩いてきた。目線の高さは同じくらいだ。


「初めまして、坊や。儂はカオリスじゃ」

「え、えと、初めまして、カオリス、様。ミカゲです」

「呼び捨てで構わぬぞ。礼儀など特に気にはせぬ。キズ坊ほどじゃと、目に余るがのう」

「き、キズ坊……」


 キズキを坊と呼んでしまえるこの子、いやこの方が人形の中で最強の王なのだ。予想よりも早かった遭遇に僕が驚いていると、カオリスはこう言い放った。


「ところで、ミカゲよ。おぬし、儂の国に来ぬか?」


 金色の瞳が逸れることなく、僕を見つめている。唐突な提案に、咄嗟に言葉が詰まってしまった。


「えっ、と、どうして……?」

「儂の国は糸切れ人形を保護しているんじゃ。最下位(ロウエスト)の人形がクロートスの連中に追われ、他国を自由に出歩けぬキズ坊たちとおるのは難しかろうて」

「おいっカオリス!なに言って――」「口をはさむなよ、キズ坊」


 僕とカオリスの間に割り込もうとしたキズキを、カオリスは片手をかざして遮った。その声音には、有無を言わせない絶対的強者としての威厳があった。僕の体もつられて硬直する。初めて目が覚めたときの圧迫感と、同じ。僕とカオリスの間には、存在としての圧倒的な格の差があるのだ。それを肌で理解させられた。


「これはおぬしの選択じゃよ、ミカゲ。身の安全に生活の保障はしてやろう。なに、キズ坊たちに慮る必要などあらぬ。こやつらは捨てられていたのがおぬしではなくとも同じようにしたはずじゃから――」

「それは違うよ、カオリス様」


 今度はアカリがカオリスの言葉を遮った。帽子とアイマスクを外したトキネと二人で、僕の横に並び立つ。体の硬直が解け、かすかに安堵する。


「口をはさんだ無礼は謝罪します。でも、わたしは、ミカゲと話すとなんだかほっとするんです。誰でも同じわけじゃない」

「私も、アカリと同じ、です。初めて会ったのに、話すのが、楽しかった、です。一緒に、強くなろうって、決めました」


 カオリスの目線が僕から、二人の方へ移る。二人もまた、じっとカオリスのほうを見つめていた。――不思議だなぁ。出会ってまだ間もないのに、ずっと一緒に暮らしてきたような信頼と安心感がある。二人はお世辞ではなく、本心からそう言ってくれているんだろうってことがわかる。


「二人とも、ありがとう」


 僕は一歩前に歩み出た。二人が本心で言ってくれているからこそ――


「みんな、本当に優しいんです。なので、カオリスの言う通り、もしかしたら僕じゃなくても同じだったかもしれません。――でも、拾われたのは僕で、みんなの優しさに救われたのも僕なんです。他の誰かなんかじゃない。だからこそ、僕自身が、みんなから離れたくありません」


 「ほう」と息をついたカオリスが不意に辺りを見渡した。周りには通行人が三、四人ほどいるだけで、特に何かあるわけではなかった。みんながどうしたのかと首を傾げていると、もう一度僕の方を向いたカオリスは左手を差し出した。


「ふむ、すまなかったのう」

「いえ、気遣ってくれてあり――」


 眉を下げて謝ったカオリスの手を右手で握って、お礼を言おうとした。しかし、カオリスの言葉には続きがあった。


「小さな辺境の町とはいえ、門の前で長話は少々目立ってしまうようじゃ。場所を変えるとしよう」


 「あっ!」と声を上げたキズキがこっちへ手を伸ばしたが、僕に届く前にみんなは姿を消した。周囲から町も門も川も全て消え去る。思わず目をつぶってしまった。おもむろに目を開けると、真っ白な空間に僕たちはいた。お城の大広間のような長方形の空間だが、装飾は何もない。たぶん、カオリスが僕ごと転移したのだ。なんのために……?


「ミカゲよ。優しさと強き願いだけで生きてゆけるなら、この世はもっと美しいと思わぬか?」


 カオリスが背を向け、大広間の端まで歩いていく。コツコツと靴が床を叩く音が反響した。これから何が起こるのだろう。突然の事態に対する不安が僕の中に湧き上がってきていた。二人っきりだという事実にも胸が張り詰める。


「父母を失うことも、母と戦うことも、支配されることも、友と袂を分かつことも、――強者の興味本位なんかで幸せを壊されることも、優しき皆の住む場所がそのような世界ならば、なかったやもしれぬな」


 カオリスの目の前に大きな玉座が現れた。カオリスはその前に立ち、僕の方へ振り返った。


「ここは儂が作った空間じゃ。儂の独自絡繰は【法則決定(ほうそくけってい)】といってな、自分の空間でのルール、法則を定めることができるのじゃ。ここでは、電素が枯渇することはないという法則を定めた。階級に関わらずな。オーバーヒートは起こるがのう」

「なにを、するの?」

「ミカゲ。おぬしの力と価値を、キズ坊たちの足手まといでないと示せ」


 カオリスが玉座に腰かけた。その瞬間、カオリスの体が大きくなったように錯覚した。それほどに膨れ上がった、王としての威圧が僕を襲う。汗などでないのに、冷や汗が流れそうだ。全身が恐怖にすくむ。――それでも、僕はもう震えないっ!


「ほう、察しがついたようじゃな。儂はこの玉座から動かぬし、攻撃もせぬ。使うのは属性絡繰のみじゃ。傷を付けろとは言わぬが、おぬしがただの木偶でないと証明するがよい」

 

 僕が刀を構えたのを見たカオリスはそう言った。ひじ掛けに頬杖をつき、不敵な笑みを浮かべる。そして、余裕綽々と宣言した。


「ボス戦、というやつじゃ。せいぜい楽しませてみよ」


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