13 巫女武踊
ダネストの森を抜けると、大きな川が広がっていた。向こう岸には小さな町が見える。目の前にはアーチ状の橋があり、その先の豪奢な門と門塔の前で槍を持った二人の門番が見張りをしていた。向こうもこちらに気づいたようだが、門に近づかなければ接触してくることはなさそうだ。
「ここが、国境?」
「ああ。そこのウォルスト橋を渡れば、ウォルディアの領土に入ることになる。だが、ダネスト側からの人形なんて十中八九止められるだろうな」
僕と同じでウォルディアに行ったことがなかったトキネの質問にキズキが答える。確かに、どんな言い訳をしてもスパイに思われるかもしれない。ミズナ曰く、領土の形が横長で、パトルトを巡って争い続けるダネストとクロートスと隣り合っているウォルディアは、その二国との国境を強く警戒しているらしい。
「でも、キズキの【交代】で全員転移できるんじゃない?森に帰ったふりをして、アカリの【透過】とかでバレないように!じゃあ、ダメ?見えてる場所だし、全員転移しても電素は足りるでしょ?」
「それは不可能だよ、ミカゲくん。ウォルディア全土は監視されているんだ。いつまでも【透過】できるわけではないだろう?」
「全土!?どんな仕組みなの?」
「最上位人形、フォルター。ウォルディアの盤石な警備は、彼の卓越した絡繰技術によって成り立っているの。ウォルディアでは雨粒くらいの大きさの【水球】が国中にたくさん散らされているんだけど、それが全部彼の目のようなものなんだ」
「ならさ、わたしたちもうバレてるんじゃない……?向こう側はもうウォルディアでしょ?ダネスト側を監視していないわけなくない?」
アカリが疑問を口にしたちょうどその時、門がゆっくりと開いた。その門の向こうから一人の男の人が歩いてくる。髪の長い金髪のイケメンだ。片メガネがなんとも僕の男心をくすぐる。その人を見てキズキが訝しげに首を傾げた。
「アカリの言うことはその通りだから、フォルター自身のお出迎えをしばらく待つつもりだったんだが……。思ったよりも早いな。たまたま近くにいたのか?」
「フォルターがシャトー・カビネの執務室を離れてこんなところにいるとは考えられないけれど……」
門番が敬礼をし、その男の人は悠然と橋を渡ってきた。たぶん、彼がフォルターさんだ。僕たちも、キズキとミズナを先頭に橋を渡る。中央部分で行き会うと、フォルターさんは優雅に一礼をした。
「お久しぶりです。ミズナ、キズキ殿、エイス殿。随分と大所帯になりましたね。皆さまごきげんよう。ウォルディア様の全権代理人、フォルターと申します。本日はどのようなご用件でしょうか。可能であれば、お引き取り願いたいのですが」
「ヴァイア行きの船に乗りたい」
「残念ながらキズキ殿。あなたを国へはお通しできません。国民からはミズナをさらった誘拐犯で有名ですから。それに、そちらのお嬢様方。アニカとは国交を結んでおり、本来ならアカリ殿を見つけ次第連行するようにとアニカ様より仰せつかっております。また、クロートスとの関係をこれ以上悪化させるわけにもいきません」
丁寧な言葉遣いだけど、要するに厄介だから帰ってくれということだ。しかし、そう言われることはすでにキズキとミズナが想定していた。
「待ってくれ、フォルター。用件はもう一つある」
そう言ったキズキはミズナを見た。ミズナはしっかりと頷いて一歩前に出る。
「今年の巫女武踊、私には出場の意思があります」
「……。本当でしょうか?二週間後ですよ」
「奉納後、ヴァイアへみんなで行けるのなら問題ありません」
「――全員の入国を許可します。ただし、キズキ殿、アカリ殿、そして時のお嬢様は顔と正体を隠すことが条件です」
「フォルター、ありがとう。昔から自分勝手でごめんなさい」
「いえ、私には負い目がありますから。あなたが再び、ここへ戻ってきてくれたことを一個人として嬉しく思います。さて、改めて皆様の来訪を歓迎いたします」
もう一度一礼したフォルターさんは、踵を返して門の方へ歩いていく。キズキは早速といった感じで衣装を和服から目立たない洋服に【交代】した。裸にならず着替えられる、無駄に洗練された以下略。眼鏡をかけ、キャップをかぶるのも忘れない。そして、アカリとトキネに顔を隠せと渡したのはアイマスクと帽子だった。もちろん二人は渋い顔をする。
「なんでわたしたちは眼鏡じゃないの!」
「ズッキーニの、趣味……?」
「ちげぇよ。こういうのは普段の印象とガラッと変えた方が良いだろ?お前ら用の和服を作るより、こっちのほうが楽だったんだよ。大丈夫大丈夫、顔は絶対バレないから」
気が進まなさそうに、装着する二人。だが、デザインはよく似合っていた。アカリはオレンジのアイマスクに、焦げ茶色のトップハットで、トキネは黒のアイマスクにつばの広いハットである。
フォルターさんはキズキたちの衣装替えを待ってくれていたようで、アカリとトキネが帽子まで被ると再び歩き出した。僕たちも後から続く。僕はさっきの会話で気になったことを隣のアカリとトキネにコッソリ聞いてみた。
「ねえねえ、巫女武踊ってなに?」
「私も、知らない」
「うーんとね、この国には王ウォルディアに祈りと舞いをささげる水巫女って呼ばれる人形たちがいるんだけど、四年に一度水巫女候補の中から水巫女を選出する儀式みたいなのがあったらしくて、それが巫女武踊なんだって。わたしもそのくらいしか知らなーい」
「王ウォルディアへの余興に、巫女候補たちで戦って優秀だったものを巫女にするのが始まりだったんだけど、徐々に国の目玉イベント的な意味合いも強くなってきたらしくてね。巫女候補だけじゃなく、ウォルディアの人形なら誰でも出場できるようになったんだ。ただ、巫女候補は専門の機関で教育と訓練を受けているから、優勝はずっと巫女候補だそうだよ」
アカリの説明を聞いていたエイスがより詳しく補足してくれた。そういえば、サータルがミズナのことを水巫女候補と呼んでいた気がする。なるほど、巫女候補の人形たちがミズナみたいな強さなら、一般で勝ち上がるのは難しいだろう。全員がそんな強さとは限らないけど。
「はぁ!?なんでこんなとこにいるんだよ」
エイスたちと話していたら、キズキの驚愕する大きな声が聞こえた。みんなが不思議そうにキズキを見る。フォルターさんはいつの間にかいなくなっていた。門をくぐってすぐのところで、キズキの目の前にいたのは、ローブを羽織りフードを被った小さな子供だった。
次の話と区切る場所を変えました。編集済みです。




