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12 最強の王、天を仰ぐ


 ウォルディアへの道中、ダネストの森では魔物がかなりの頻度で襲ってきた。結構強いらしいが、キズキたちの敵ではない。アカリが【探知】で見つけ、キズキが【交代】で背後から真っ二つにするという鮮やかな手並みだった。


「やっぱり、キズキの空間操作は羨ましいなぁ。空間魔法が苦手なおれからしたら、絶技だ」

「エイスは空間魔法を使わなくても強いだろうが。俺は、これの扱いをカオリスから叩き込まれたからな。何度も壊れるかと思った……」

「カオリスさんってキズキの師匠?どんな人なの?」


 ふと思いついた疑問を口にしただけだが、みんながびっくりしたように僕を見た。そんなにおかしなことを言ってしまっただろうか。

 

「えっ?キズにい言ってなかったの?」

「カオリス様は、空の王」

「ミカゲには言ったことなかったな。カオリスはな、人形を統べる王たちの中でも最強なんだ。――背は低いけど……」

「カオリス様ってねぇ、ちっちゃくて可愛いの~!」

「ミズナ、可愛いとかやめとけ……。あれは幼女の皮着たクソババアだから」

「キズキのほうがまずそうだけど……。エイスとはどっちが強いの?」


 質問されたエイスは、僕を見て軽く笑った。ないない、というように手を振る。


「あれは無理だよ。勝負にならないかな。魔法がそもそも通じないし、おれが発動できるのかも怪しいね」


 暴言を口走ってしまい、カオリスさんに失礼だしトキネたちの教育に悪いとミズナに折檻されているキズキを尻目に、エイスの説明を聞く。どうやら、それぞれの属性の祖である王たちは通常独自絡繰を持たないのだという。唯一例外として、カオリスだけが空属性の絡繰のほかに独自絡繰を所持しており、それが強さの原因だそうだ。


「カオリス様、優しいよ」

「わたしも一回会ったけど、優しくしてくれた!キズにいが反抗期なだけだよ」

「へぇ~、いつか会ってみたいな」

 

 キズキの代わりに魔物を処理するアカリを見ながら、僕はそう呟いた。



***



 書類整理が一段落し、机に突っ伏して休憩していたカオリスは、ドアを四回ノックされたことで、瞬時に背筋を伸ばした。もちろん、飲んでいた紅茶は【空箱】の中へ放り込む。乱れた銀色の長い髪をさっと整えて、「よいぞ」と訪問者を呼ぶ。入ってきたのは、黒のワンピースと純白のエプロンを着こなした人形、アンジェリキだった。ふんわりと流した焦げ茶色の髪の上からヘッドドレスを被っている。


「カオリス様、お耳に入れておきたいことがございます。お時間を拝借してもよろしいでしょうか?」

「ふむ、アンジェリキよ。儂がおぬしにそう畏まるなと伝えるのはこれで何回目じゃ」

「はい、198回目でございます。命令でないということですので、(わたくし)個人の判断に任せるという意味だと受け取っております」

「むぅ、まあよい。何の用じゃ」

「ダネストの方で、不穏な動きが見られました。数十体の中位から下上位の人形を用意しております。目的がパトルトかウォルディアかは確認できませんでした」


 カオリスは、ダネストの目的は一貫してパトルトだが、単純に攻めれば自分の配下と戦闘になることはダネストも理解していると予想する。それならば、ウォルディアを通る方がカオリスの配下と戦うより、パトルトに入れる可能性は高いだろう。仮に直接パトルトへ押し入ろうとしても、中位から下上位ならば自分の配下は負けないと考えたカオリスは、アンジェリキにその考えを伝えた。


「全く。クロートス、ダネスト、パトルトと同じ大陸とは。ウォルディアは難儀な場所に国をおいたものじゃ」

「私が警告して参りましょうか?」

「よい。しばらく会っておらぬ引きこもりの友人への挨拶ついでじゃ。ダネストがずっと自分の城にいるとは限らぬし、フォルターにはこの旨を知らせておく。儂がおらぬ間、国の守りは任せたぞ。不安なときは困る前に呼ぶがよい」

「承知いたしました。報告は以上となります」

「感謝する。時には休むんじゃぞ」

「お気遣いいただきありがとうございます。常に万全の状態を保つため、休憩を欠かすことはありませんので、ご安心ください」

「それならいいんじゃが。退室してよい」

「失礼いたします」


 アンジェリキが部屋を出ていき、扉が閉まったのを確認したカオリスは再び机に突っ伏して小さくため息をついた。今更、威厳を出すのに疲れたわけではない。


「ウォルディア……。今どこにいるんだろう。糸切れをたまに送ってくるばかりで、私に連絡一つよこさないし」

 

 ウォルディアの話で、自分の一番弟子がそこでトラブルを起こしたことを思い出したのだ。自由を求めていたのを知っていたので、修行を終えてから喧嘩の体で追い出したのだが、その判断が正解だったのかは未だに分からない。基本自分の行く道を疑わないカオリスは、彼のこととなるとかなり弱気になってしまうのである。


「なあカオリス。家族ってなんだ?」

「うーむ、深い信頼を託せるような関係じゃと思うのう」


 あのとき、そう聞かれるたびに家族などいたことがない自分にそんな質問をされても困ると思いながら、師匠として答えた。彼は自分と一緒に暮らしていたとき、何度もその質問をしていた。カオリスも、同じ答えを返していた。


「キズ坊は元気かなぁ」


 自分の髪を指でくるくると弄りつつ、カオリスはもう一度深くため息をついた。ダネストにウォルディア。厄介ごとになりそうな予感がする。



***



 ウォルディアの王都ヴィルドの路地に転移したカオリスは、フード付きのローブを身にまとって都市の中心に向かっていた。シャトー・カビネという大きな邸宅があり、ここで国の重要な執務が行われているのだ。近めの場所に転移したので、数分程度でその姿が見えてきた。扉の前に一人の男が立っている。片メガネをかけ、長い金色の髪を後ろで結んでいる美青年だ。


「ふむ、別に脅かしに来たわけではないのじゃ。フードも被って、ちゃんと目立たない路地に転移したからのう。出迎えさせるつもりはなかったんじゃが、さすがじゃ」

「もったいなきお言葉にございます。王ウォルディア様に代わって、全権代理人フォルターがカオリス様の来訪を歓迎いたします。どうぞお入りください」


 フォルターに促されるまま、カオリスは豪華な応接室に通される。用件を聞かれたカオリスは要点を端的に伝えた。


「ダネストが……。ご忠告に感謝申し上げます」

「構わぬ。ウォルディアに会うついでじゃ。どうせ地下に引きこもっておるんじゃろう?」

「王都のため、一時も休まず祈祷なさっております」

「……おぬしも大変じゃな」

「滅相もありません――っ!?」

「どうかしたか?」

「ダネストとの国境に、来訪者が現れました」

「まさかもうダネストの連中が?しかし、来訪者とは随分穏やかじゃな」


 フォルターは謝罪をして席を立ちあがった。焦っているというよりは、予想外のことに驚いているふうである。


「速やかに向かいたく思いますので、先に退出することをお許しください」

「おぬしの部屋なんじゃから、儂に許可を取る必要はないぞ。して、誰が来たんじゃ?話さなくとも構わぬが」

「いえ、その……キズキ殿とミズナたちです」


 フォルターの口からその名前が出た瞬間、やっぱり厄介ごとになったと確信したカオリスは小さく天を仰いだ。


新章突入です。

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