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10 天才


 「凍てつけ森羅万象。魔素よ、我が身を守る壁を築くこと汝の使命なり――【氷の壁(アイス・バリェーレ)】」


 目の前に僕の二倍ほどある高さの氷の壁が生成された。僕は今、エイスと一緒に魔法の練習をしている。


「初めてでその精度は上出来!絡繰は人形の持つ戦闘機能に対して、魔法は人間がこの世界の法則に干渉する術なんだ。似たような現象が結果的に起きるんだけど、ただスイッチを唱えるだけの絡繰と違って、魔法は詠唱を通して魔力の形と性質を想像しなければならない」

「なんかロマン……でも、いやなんでもないです」

「ははっ言ってしまえば、めんどくさいんだよね」

「言ってしまった……!」

「対人形の戦闘になると圧倒的に不利だからさ。そういうわけで、人間は中級精霊と契約して詠唱を短縮することが多いんだよ。ミカゲくんとは少し異なる理由だね」


 夜ごはんまでの時間を利用して、本当に魔法が使えるのか、どれくらい使えるのか試してみたいとエイスにお願いしたのだ。絡繰の練習については、高位属性しか使えない分消費はもちろん多くなるので、今急いでする必要はないとみんなに言われた。


「おーい!ミカゲ!キズにいに独自絡繰見てもらいなよ!誰かが絡繰調和したら見れると思うよ」

「あれ?絡繰ってみんなは見えないの?」

「キズキの【発明の瞳】は特殊なんだ。座標や糸、人形の絡繰とかあらゆるものを可視化できる。普通は糸なら王だけしか見れないし、絡繰も絡繰石って呼ばれる鉱石じゃないと見えないんだけどね」

「チートだ……」

「もっと褒めてくれていいぞ?エイス先生!」


 アカリの後ろからキズキが追いかけてきた。木の実の採集に出かけていたのだ。機嫌が良さそうなので、収穫がたくさんあったのだろう。ミズナとトキネはまだ部屋で荷物を整理しているはずだ。


「あちゃあ、失敗したぁ。キズキは調子に乗るとすぐ失敗するからなぁ」

「言ってろ。ただ、属性だけならいつでも見れるんだが、独自は人形の絡繰の核みたいなもんだから、流石にいつでも見れるというわけではない。その人形の許可が必要だ」


 キズキが服をまくれとジェスチャーする。あの名前のときみたいに、胸に浮かび上がるのだろうか。僕は一瞬アカリの方を見た。


「い、いやなら見ないけど……」

「ううん、僕は気にしないよ!」

「じゃあ見るぞ~」


 服をまくると、キズキが心臓のあたりに手を当てた。一瞬パチッと痺れた。ここまでは名前を見てくれた時と一緒だ。違うのは、キズキの髪と目が黒から茶色に発光したところだ。瞳に歯車の文様が浮かび上がる。


 人形の髪と目が発光するのは絡繰を使用した印。普段はみんな黒か茶色を帯びた黒だけど、絡繰を使うと変色する。キズキなら茶髪茶眼、トキネは白髪銀眼、アカリは橙髪金眼、ミズナは薄い青髪に青と赤のオッドアイといった具合に。僕は深い紫色らしい。


「こりゃあ難儀だな。【(かげ)】だってよ」

「影?僕はどうやって使うの?」

「さあ?俺は使い方までわかんないから、独自絡繰の扱いは自分で試行錯誤するしかないな」

「わたしの【探知(たんち)】とか、ミズナさんの【電素変換(でんそへんかん)】みたいな分かりやすさがゼロじゃん!わたしにはどうやって使うのかさーっぱりだよ」

「うーん、独自絡繰は抽象的なほど発動者の解釈次第になるから、ポテンシャルはめっちゃ高いと思うがなぁ」

「それなら魔法に近いね!おれの経験も役に立つかもしれない」


 判明した独自絡繰は道中でいろいろと試してみるということで、一旦保留になった。僕としてはオリジナルの力なので、かなり気になるところだけど、みんなの電素や魔素にも限りがある。今は我慢することにした。



***



 なかなか寝付けなくて、ベッドからもぞもぞとはい出た。窓の外では細い三日月が夜空に浮かんでいる。


 部屋の中にはベッド以外何もない。前髪につけた、外の月と同じ形のヘアピンに触れると、ひんやりとした金属の感触がした。夜ごはんの前にキズキからもらったのだ。これは、キズキが発明した「誰でも【空箱(からばこ)】」というアクセサリーで、名前の通り少量の電素で誰でも収納用空間を作り出す【空箱】を使えるようになる超便利アイテムである。ハリセンとの差が……なんでもない。部屋にあった荷物はその中に全て入れることができた。といっても、服くらいだけど。


 この「誰でも【空箱】」は、【空箱】を旅の中で、どうしても全員使えるようにしたかったキズキが、トライアンドエラーを繰り返して発明した最高傑作らしい。キズキとミズナはネックレス、トキネとアカリはピアスとして装着している。僕にはヘアピンとして作ってくれたが、「生電鋼(せいでんこう)」という超希少な鉱石を使用しているので、「失くすな、落とすな、人にやるな。もしやったら俺は泣く」と言われてしまった。基本取れない構造になっているそうだけど、気をつけよう。


 明日から作られて初めて、この森の外へ出る。決して穏やかな旅というわけではない。それでも、自分の知らない場所へ行くことには少しわくわくしていた。危険なことも起こるかもしれないのに、我ながら呆れる。ただ、不安でびくびくするよりはまだマシなのかもしれない。どうせ同じ体験をするなら、楽しんだ方がお得だと思うし。


「あれ?誰か……」


 部屋の外で、ぶつぶつと小さな声が聞こえた。何を言っているのかは聞き取れない。ドアを開けると、声の出所が家の外だと気づいた。


「エイス?」


 エイスの声だとわかって安心した僕は、玄関から外に出る。家のすぐ目の前で、エイスは上裸で胡坐をかいていた。


「凍てつけ森羅万象。魔素よ、万物の運動を停止すること汝の使命なり。我が目前では寒さに凍えることすら敵わぬ。此度宣告するは生の終焉。全てを諦め不溶の氷となるがよい。法則はここに破壊される――【魔法待機(マギ・ヴァルテン)】。凍てつけ森羅――」

「えっ……?」


 エイスの周囲には大量の魔法陣が展開されていた。ずっとぶつぶつと唱えているのは魔法の詠唱である。【魔法待機(マギ・ヴァルテン)】と唱えるたびに、宙に浮かぶ魔法陣が一つ、また一つとエイスの体に張り付いていく。その露わになっているエイスの肌は、顔以外のすべての部分が真っ白だった。色白なんてレベルではない。混じりけのない雪のような、人間味のない不気味な色である。


「あれ?ミカゲくんじゃないか。こんな夜中にどうしたんだい?」

「なんだか眠れなくて――っていやいや!エイスの方こそどうしたの?その魔法陣と肌はなに?しかもさっきの詠唱って……」

「【絶対零度(アプソルート・ヌル)】だね。今日使ったから、補充しようと思って。おれのメインウェポンなわけだし」

「補充……?」

「【魔法待機(マギ・ヴァルテン)】と【魔法起動(マギ・シュタルテン)】。おれが作った魔法だ。事前に詠唱を唱えた時点で魔法を待機させておいて、必要なときに瞬時に発動できるようにしておくんだよ。この肌の色は、いろんな色の魔法陣が張り付いた結果こうなっちゃったの」


 変だよね〜と、なんとも思ってないようにエイスは笑った。この肌色を隠すために、マフラーと手袋で首から手先まですっぽりと覆っていたのだと僕は気づく。


「魔法で睡眠をとらなくても平気だからさ、一晩中魔法を唱えるのがルーティンになってるんだよ。かれこれもう十年かなぁ」

「どうしてそんなに……?寝たくないの?」

「そういうわけじゃないよ。ミカゲくんならわかるでしょ?……おれも、怖いんだ」

「……」


 何がとは聞く必要がなかった。いつも自信に満ち溢れているエイスの姿が、一瞬だけ怯えて震える小さな男の子に思えたのだ。


「大丈夫だよ!ミカゲくんは絶対に精霊と契約できるさ。相応の対価がなくとも、気に入った相手とは無償で契約を結ぶような気まぐれな存在なんだ。きみは多分気に入ってもらえるだろうし、仮にできなくても俺がなんとかする」

「なんとかって!」


 エイスは普段の態度でそう断言した。その勢いに少し笑ってしまう。


「魔法に関しては稀代の天才であるエイスがそう言うんだ!大船に乗ったつもりでいてくれよ?」

「ふふっ毎晩魔法を唱えるなんて、随分と泥臭い天才だね」

「努力の天才なんだ。余計心強いだろう?」


 かっこいいなぁ。僕もいつか、こんなふうに誰かを安心させられるような存在になりたい。


「うん!――ありがとう、頼りにしてるね」

「任せてくれ。一緒に頑張ろう!」


 ぎゅっと右手で握手をする。真っ白な色とは対照的に、エイスの手はほっとする熱をもっていた。また明日と挨拶して部屋に戻った僕は、ベッドに入ってすぐ眠りに落ちた。


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