エキセントリックな王子をよいしょしたら、世界を変えちゃいました
数ある中から選んでいただきありがとうございます!
※この作品に出てくる「エキセントリック」という言葉は本来、”常軌を逸した・風変り”と言った意味ですが、本人たちは大真面目に”素晴らしい・すごい”という意味だと思って使っています。
※『』は海洋共通語の言葉です。
「王子、エキセントリックです!!」
──その瞬間、私の人生は大きく狂った。
「さすがはセレス嬢」
満足げに胸を張る王子。彼の家臣たちは、石像のように沈黙している。
【個性を尊重しよう】という教育方針の結果、出来上がったのが、目の前の王子。
「見よ! この海賊船のハンドル!」
「頭から被るものでしたっけ!?」
「先端の羽根は白鳩だ!」
「いや平和と暴力の融合!?」
「どうだ、このモザイク柄の服!」
「見すぎると視力良くなりそうです!」と、よいしょ。
「さらにマント三枚重ねだ!」
「色彩の暴力です!」
「分からんのか、このセンス!」
「はい、誰もついていけません!」と、よいしょ?
沈黙。
一拍。
そして王子は頬を上気させた。
「つまり“エキセントリック”ということだな?」
え き せ ん ト リ ッ ク!?
置物に成り代わった彼の家臣を見て悟る私。
(これは、“誰も知らない言葉”だ)
「えき⋯⋯何ですって!?」
「他国でそう言われたのだ」
「通訳いなかったんでしょう!? 絶対勘違いです!」
「そんなことはない。叫んでみろ」
「エキセントリックですー!!」
(たぶん、“すごい”という意味よね?)
頭のメモに“エキセントリック=すごい”と赤字で書き込んだ。
「いい叫びだ。そういえば、令嬢、名前を聞いても?」
何かに合格したらしい。
そして、モブ令嬢から、私を固有名詞で上書きするらしい。
「マルシエ伯爵家のセレスタンティーヌ・ド・ラ・マルシエでございます」
「セレスタンティー⋯⋯セレスティー⋯⋯セレ⋯⋯」と王子は呪文を唱え始めた。
「セレス嬢」
【初対面なのに、親しげな呼び名で呼ばれる呪文】をかけられた。
「私はアナンドレアス・ド・ヴァルトリエだ」
「アナンドレアス王子」
「アナンでいい」
その呪文にはかからないわよ!
「恐れ多いですわ、アナンドレアウ⋯⋯アナンドル⋯⋯アナドレ⋯⋯」と自分で呪文を唱えてしまった。
「アナン王子」くぅ。
【初対面なのに、親しげな呼び名で王子を呼び始める呪文】にかかってしまった。
あの日を境に──私は、奇抜すぎる王子をよいしょし続け、ついには世界を変える羽目になった。
───────────────
ある日。
「セレス嬢! どうだ、この装い!」
「わぁ、王子! 誰も真似できませーん!」
「素晴らしいか」
「えぇ、ある意味」
彼の家臣には期待を含んだ目を私に向ける。
(そんな目を向けないで!)
さらに後日。
「今日はどうだ」
「前衛的です!」
「初めて聞く言葉だが、攻めな感じでいいな」
物理的に刺さりそうな感じです!
見守る彼の家臣たちの目には“期待大”の文字。
──────────────
そして頻繁に呼ばれるようになった、ある日。
彼の家臣がすがるように告げた。
「セレス嬢、王子と婚約を!」
「ひいっ⋯⋯」
あ、本音が漏れちゃった。
「あっ、今のは、息を吸いながら声が出ちゃっただけでですね」
まずい⋯⋯何か良い手はないかしら⋯⋯
あっ、異国のお話で“縁談を断れないから無理難題をふっかけてあきらめさせる”というのを聞いたことがあるわ。
それで逃げるしかないわね!
「えー、えー、分かりました。ただ⋯⋯」
嬉しいけど、そんなキラキラして目で見ないで⋯⋯
「海洋世界と友好を結ぶところを見てみたいな、なんて」
聴覚テスト並みに小さい声で、私は呟いた。
自分の言葉に思わず目を瞑る。
(これは無理難題すぎるわ)
歴史上一度もない話。
私は怖くて目を開けられない。
「セレス嬢がそういうなら、やってやろうじゃないか」
「王子、いつから!? あっ心の声が口から出てる!」
「セレス嬢も一緒に行ってくれるのだろう?」
「えっ、私、も!?」
「ちょっと、待ってください」
「一ヵ月待とう。海中で呼吸が出来るように、魔導具は作るから心配するな」
「⋯⋯あ、ありがとうございます⋯⋯?」
盛大に墓穴を掘って、退路がないことに気がついた私。
────────────────
一ヶ月後。海底。
「王子、頭が金魚鉢です!」
「海中で呼吸できる魔導具だ」
「便利だけどビジュアルが酷いです!」
いつもの海賊船のハンドル、白鳩の羽根、マント五枚重ね!
──王子の本気が窺える。
水の中を泳ぐ魚たちは、驚いたようにこちらを指⋯⋯ヒレでさし、ひそひそと囁いている。
『あれは人間じゃないか?』
『とにかくヒマントロ様に報告だ!』
「今のは向こうの言葉か?」と王子。
「たぶん海洋共通語かと。早口で聞き取れませんでしたが」と私。
『そなたらは人間だな。ここで何をしておる!?』とチョウチンアンコウ。
「グロテスクです! 夜道で遭遇したら絶対泣くタイプ」
王子にくっつく怖がりな私。
チョウチンアンコウから庇うように、私の前へと身を滑り込ませる王子。
「そしたら夜道は踊りながら帰ろう。それからあいつにはガツンと言ってやるからな」
頼もしい台詞に思わず、心臓が一瞬跳ねた。
トゥンク⋯⋯じゃないわよ、私!
チョウチンアンコウの頭の先から眩しい光。
『スッパ、らしー!!』とカタコトの王子。
「ガツンと、って、いいねパンチ!?」
たぶん、光っている“あれ”に興奮のご様子。
『酸っぱい?』
誤解されたわ。これは私の出番よ!
『王子、あなた様、素晴らしいでし。とめも褒めるでし』と王子にくっついたまま説明する私。
『ヒマントロ様、どういたしましょう?』
『お二人を客人としてもてなす』
ヒマントロは海洋共通語で説明した後、聞き慣れた言葉が聞こえる。
「お城、どぞ。もてなす、ゲス」
「ゲス?」と王子。
「ゲストって意味では?」と私。
『まさか、宰相のヒマントロ様が人間をもてなすってよ!』
モブ魚がパクパクとひと声上げた。
私は混乱しながら王子を見ると、宝物を見つけたような輝いた目をしていた。
それを見ると何となく微笑ましくて口を緩めた。
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それから私たちは、もてなしてもらえるらしい、城まで3時間以上かかった。
時速3キロ。それもそのはず。
自分の自慢のパーツを見せびらかす魚たち。
その度に王子は、自分の服装に似た部分を魚たちに指差しする。
王子と魚はハイタッチ。そのうちに、我先に、と王子を囲う輪が、大きくなる。
王子、なんか通じ合っていません? 私の立場ゼロ!?
そう思いながらも、種族を超えて堂々と分かり合う王子の姿に、心が揺れる私。
ビリィイィィ!!閃光が走った。
目の前に来たのは、電気ウナギ。
(物理的に痺れるー!)
あれは絶対に興奮気味な様子の王子。
「エキセントリックー!!」
やはり興奮のあまり自国語で表現し始める王子。
「ふふっ」思わず笑いが零れる私。
『それは一体どういう意味なのだ?』とウナギ。
『“素晴らしい”って意味でし!』と慌てて補足する私。
ビリィ!!とまた閃光。ドヤ顔のウナギ。顔はよく見えないけど。
「「エキセントリックー!!」」
口を揃えて声を上げる私と王子。お互い笑顔で見合う。
今度は拍手つき。
王子とウナギもハイタッチ。
その後始まった会話は終わる気配がない。
「彼はギムくんと言うらしい。海洋世界の王の息子だ」とコソコソと教えてくれる王子。
この短時間に王子の海洋共通語のリスニング力が、私を超えたことに愕然とする。
そこへ、
「アナン、セレス、ともだち」とギムくん。
『ギムくん、だいじ、スッパ、らしー、ともだち』と王子。
ここに人間世界と海洋世界と友好成立。
世界が動いた瞬間!?
⋯⋯あれ、この人、実はすごい!?
この時、純粋に王子のことをすごいと思った、本人には言えないけど。
会って数時間でソウルメイトになった一人と一匹。
二人の“おばちゃんたちよりも長い井戸端会議”が終わらないんですが!!
私は痺れを切らして、もう十本以上切れ毛を見つけている。金魚鉢が邪魔で取れないけど。
あっここにもある。
会話の終始、ギムくんは見慣れないらしい白鳩の羽根を眺めている。
そして、その様子に気がついた王子は自分の首についている白鳩の羽根をギムくんに渡している。
それにいたく感動するギムくんは“頭に刺して”とねだっている。
頭に刺してあげると、ぴょこぴょこと動く羽根はまさに──。
「ウサギみたいで可愛いです!」と私。
『私の妃がギム王子の姿が、大層素敵だと言っています』とギムくんとの会話で海洋共通語が超進化した王子。
王子、待って。今、“妃”って言った!?
リスニング、ワンモアチャンス!
ドキドキ、強引な王子に男気を感じ、不整脈で呼吸が乱れる。
そこへ後ろには人間界でも見たことのないような全てを魅了する人魚の姿。こちらに突進してくる。
『お兄様、可愛いですわー!』
(妹!? やだ、あまりの美貌に目を奪われるわ)
『あらあなた、素敵な姿ね。私のお婿さんになってくれませんか?』と魅惑の人魚姫。
「およよ」と動揺してよろける私。
(今さらモブに戻す気ですか!?)
『素敵なレディ、素晴らしい提案ですが』と区切る王子。
ちらりと私の方を見る。
『私にはすでに隣で“エキセントリック”と叫んでくれるかけがえのない彼女がおりますので』
彼の服に対する情熱と同じように、熱のこもる瞳がこちらを向く。たぶん、同じ顔をしている私は、恥ずかしくて顔を隠す。
被っている金魚鉢が邪魔をしてキュッキュッと音を立てる。
「何を言っているのか、全然聞こえません!」と墓穴を掘りまくる私。
「何が聞こえなかったのだ?」と真面目に聞き返す王子。
「だから隣で“エキセントリック”って、ぎょぇえっ! 言わせないでください!!」と顔が真っ赤な私。
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ギムくんと人魚姫のアリエの両親──海洋世界の王と王妃にも会い、その日は大いに盛り上がった。
その後。
陸上では花婿探しで人間の世界に現れた人魚姫に誰もが心を奪われた。
それを皮切りに陸上世界と海洋世界の友好関係が深まり、海洋ルートが出来たことにより、大航海時代へと入っていく。
新装版【人類史】が世界中で重版されていますが、歴史を動かすスピード早すぎません!?
数年後。海底。
海洋世界に初めてできた色彩と光のアミューズメントパーク【エレクトリカルランド】の記念すべき開園日。
周りにいる海洋世界の王、王妃、ギム王子、人魚姫、そしてアナンのいる国の王、王妃、セレスの両親、その他大勢の人間や魚たちから拍手が上がる。
多くの海洋生物と人間たちが集まり、笑顔と楽しい声で溢れた。
あれから王子に結婚を申し込まれてめでたく王子妃となった私。
彼の探究心は私にも向けられてその熱意と情熱的な言葉に何度も赤面させられた。
(いや、今も現在進行形)
そして私は皆の楽しそうな姿を見て、王子──いや、私の夫に目配せをしながら笑顔を向ける。
それを見たアナンは嬉しそうに笑う。
私の胸にはある言葉が浮かび上がる。
『私にはすでに隣で“エキセントリック”と叫んでくれるかけがえのない彼女がおりますので』
海洋世界に初めて来た日、アナンから言葉に照れてしまって、分からないフリをした私。いや、墓穴を掘りまくったな。
「セレス、今日も俺の隣で叫んでくれないか?」
「アナン、プロポーズみたいな言い方やめて!」
「もっと甘い言葉が良かったか?」
「ちょっと、照れるから!」
「では一緒に叫ぼう」
「はいっ!」
「「エキセントリック!!」」
ありがとうございました。
暑い夏を笑いで吹き飛ばせー!という気持ちで書きました。
ちょっとうるさいテンションですが、笑っていただければ嬉しいです。
いつものことではありますが、誤字脱字がありましたら、ぜひお願いします!
ついでの後日談。
エキセントリック発祥の国。
「なぁ、最近、エキセントリックって“すごい”って意味があるらしいぞ」
「そうかのか。使い方やばくないか?」
「でも辞典にも加筆されたらしいぞ」
「それってすご⋯⋯エキセントリックー!」
※嘘です(笑)