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第2話 寒空の下で

「さすがアデライン姉様、学園の生徒会に選ばれるなんて、尊敬します!」


 突然クレアが声を上げたので、アデラインはぎょっとする。

 今はクレアの入学を祝う夕食会、学園に在籍しているノルデン王国の貴族だけの晩餐会だ。幼い頃から一緒に育ったこの顔ぶれでは、誰もクレアの無作法など気にしない。


 ノルデンは帝国支配国の中では弱小国だが、北の大公国ベルンシュタインを守り戦う双槍のひとつ、双翼の片側だ。

 その国を支える貴族はノルデン王家の他に、三伯三領。三つの伯爵家と三つの領主、男爵家。

 この場に居るのは、王子のフィンに姉王女シビラ、モルトカ伯家のクレアにその兄のエド、一番年長のヴィレ伯家のライナーにゲルスター伯家のアデラインの六人だけ。最年少のクレアには、皆少し甘い。


「しかもあの『翡翠の君』を射止めるとはね。入学した頃から仲が良かったが、そんな事になるとは思わなかった」

 ライナーも微笑む。彼は今年で卒業なので、座学の授業はほとんどない。軍務の訓練課程に進んでいるため、軍本部で学ぶことも多く、領生活のアデライン達としばらく会えずにいた。半年ぶりに顔を合わせアデラインの話を聞いて、さすがに驚いたと笑う。


 いつのまにか話題の中心になってしまい、アデラインは顔を赤くするしかない。


「まぁ、それほど驚く事もないですわ。だってアデラインは優秀だものね。試験の順位も、いつも五位以内にいるんですもの」

 シビラまで誇らしげに言う。


「ノルデンのお役に立てるようにと頑張っただけです」

「昔からガリ勉だったからな」

 こんなふうな嫌な言い方をするのはエドだ。

 エドは昔、アデラインを地味だの不細工だのと、意地悪を言ったり揶揄ったりした。それがトラウマになってしまったので、今でもエドと話すのは苦手だ。


 アデラインが彼を睨むと、その様子が面白かったのか、エドはくつくつと笑いながら彼女を眺める。

「しっかしあの公子もこんな鶏ガラみたいなの、なーにが良いんだろうな。地味だし胸もねーし……」

「そこまでだエド」


 いつの間に背後に立ったのだろう。フィンがエドをヘッドロックしている。一瞬のことで、抵抗できなかったエドの顔がみるみる赤くなった。


「女性の、容姿を(おとし)めるのは、最低だと何度言ったら分かるんだ」

 フィンはひとことひとこと言いながら、腕に力をこめていく。流石にエドが白目になったところでライナーに止められた。


「お兄様みたいなデリカシーのかけらも、紳士らしさもなーんにもない人には女性の魅力なんて分かりません! もう黙っていて欲しいわ!」

 本気で怒っているであろうクレアがばんばんとテーブルを叩く。

「クレア、だめ」

 アデラインは思わず手を伸ばしてクレアの肩に触れた。お行儀も悪いが、それ以上にクレアの手が赤くなってしまう。

「お姉様は優しいですわ! お兄様にこんなこと言われたら、怒らなくちゃ」

「そうよ、アデライン。あなたは優しすぎます!」

 シビラにまで怒られてしまった。


「俺だって、同じアデラインでもアデライン皇女なら可愛いと思うぜ」

「お兄様はもういいかげん黙って!」

 女性陣に睨みつけられても、フィンに窒息寸前まで痛めつけられても、エドは全く気にせずぬへらへらと笑う。相変わらず図太い神経をしているようだ。


「ああ、アデライン皇女様。今年入学ですものね。入学式でも一番目立っていましたわね」

 シビラがふと思い出したように言った。


 アデラインも神妙な顔で頷く。

 今年の新入生には、この大陸で最も身分が高い皇族がいる。皇族はとても数が少なく、現在の皇帝には実子が二人しかいない。今回入学した皇女は次女、その上の長女は立太子されており、去年卒業したばかりだ。

 アデラインはその第一皇女とは少しだけ話したことがあったが、第二皇女のことは自分と同じ名前だと言う程度しか知らない。だが確かに、入学式では一番目立っていた。


 波打つ美しい銀髪に、神秘的な紫色の瞳。まるでお人形のように可愛らしく、優雅な微笑みを湛えた上品なその顔。背は低いものの十四歳とは思えないほど大人びた仕草の、魅惑的な美少女だった。


「新入生代表でしたね。しかも私と同じクラスなんです!」

 クレアの言葉に、アデラインは思わず目を丸くした。

「皇女様と一緒だなんてすごいわ、クレア」

「すごくないよ! だって一般級だもん。特別級のお姉様やフィン兄様にに比べたら……」


 学園は身分に関わらず、成績によって在籍するクラスが決まる。特別級は入学試験や期末試験の成績上位三十名ほどが集められたクラスで、将来国主になる生徒向けの学びの場だ。

 アデラインとフィンは二人ともそのクラスに在籍していた。


「そうね……まぁここにいるメンバーの中で特別級はあなたたち二人だけだもの。とっても大変なのよ。特別級に入るのって」

 ふんっとシビラが鼻で笑う。


「でも、学生時代に皇女様と一緒に学べるなんて、そうないことよ。ねぇクレア、皇女様ってどんな方? とても綺麗な方だと思ったけど」

 居心地が悪くなったアデラインは慌てて話題を変える。

 クレアは勢いよく「そうなの!」と声を上げた。

「すっごい美少女! 私今までいろんな人にちやほやされてきたけど、あの皇女様を見たとき思ったわ。世の中には女神様みたいな美人がいるのね! まぁ私もお兄様も、一応お母様は帝国出身だけど……でもやっぱり違うわ。多分全然違う人種なんだと思う!」


 あまりの褒め言葉に、アデラインはちょっと浮かび上がった心が沈んでいく。そんなわけがないのに、自分と比べられているような気がしたのだ。


「在学生代表のエミール様もそうですけど、帝国の貴族ってどうしてあんなに美しいのかしらね」

 クレアの明け透けとした言葉に、アデラインはただただ苦笑する。確かに、あの美しいエミールの隣に自分がいるなんて……と少しだけ重苦しい気持ちになった。


「僕は君達の方が可愛いと思うよ?」

 この場で一番年上のライナーが穏やかに笑う。

「女性の美しさは、表面より内面のものだ。だから変に気にすることはない」

 なんだか全てを達観したようなライナーの言葉に、アデラインの頬が朱色に染まる。こんな事をさらりと言ってしまうのだから、ライナーはとても大人だと思う。


「さすがライナー兄様、わかっていらっしゃいますわ!」

 クレアは親指を立てた握り拳を突き出す。本人はグッドサインのつもりかもしれないが、アデラインは思わず頭を抱えたくなった。

「もうクレア、あなたは将来ノルデンの王妃になるのよ。もう少し品位を持ってちょうだい」

「あーらアデライン姉様、大丈夫よ! 私こう見えてちゃんと、時と場合を考えて行動してるから!」

「まぁ、さすがクレア、お調子者ですわね」

 シビラが我慢できなくなったのだろう、声を上げて笑い出した。


 クレアは昔からそうだ。


 子供達だけでいる時はその場の空気を和ませてくれる。大人相手にも物怖じしないので、ノルデン城でクレアのことを悪く言う人はいない。

 なんだかんだとお小言を言ってしまうアデラインも、クレアが大好きだった。


「もう……」

 アデラインが仕方ないと笑うと、にっこりと微笑むクレアがアデラインの肩に寄りかかる。

「あーあ。将来はフィン兄様が王様になって、アデライン姉様が政務長になって、ライナー兄様が軍務長になって、そうしてみんなでノルデンを支えていけると思ったのに」

「クレア……」

「なのにー! お相手が帝国貴族なんだもん! もうずっとそばにいれると思ったのに、お嫁に行っちゃうなんて!」

「まぁ、クレア。まだ将来のことなんてわからないのに……」

 アデラインはそう言いながらクレアの肩を抱く。

 だが確かに、エミールは将来どこかの領地を引き継ぐのだろう。彼はそれだけの血筋と能力を持っている。そしてその時には、アデラインは彼の隣で彼を支える立場になりたい。


「だから今、いっぱい甘えます!」

 ぎゅうぎゅうと抱き合う二人を周りは暖かい目で見守っていた。


 だが、フィンだけが面白くなさそうに立ち上がる。外套を片手に、ベランダへの扉の前に立った。

「クレア、ちょっと来い」


 アデラインと顔を見合わせたクレアは、微苦笑する。

「呼ばれちゃった。行ってくるね!」


「フィンったら、アデラインにまで嫉妬しちゃって。ほーんとに、余裕がないですわね!」

 シビラが呆れたように言うが、アデラインはゆっくりと首を振った。

「そうじゃないと思うわ。フィンもクレアと話したかったのに、わたしが独占してたから……」


 夜のベランダでは、長身のフィンと小柄なクレアが肩を並べて立っている。フィンが自分の外套を広げ、小さなクレアの体を包み込んだ。

 フィンがクレアを見つめる眼差しは、とても優しい。いつも仏頂面で言葉数の少ない彼と同一人物だと思えないほど。


 やがてフィンが少し体を屈めたのを見て、シビラが目を丸くした。

「あらやだ。キスしちゃってる」

「シビラ、流石にそこは見ないふりしてあげようよ」

 ライナーが困り果てたように笑う。


 アデラインは思わず、窓の外の二人から視線を逸らした。自分とエミールのキスは、額や頬に唇が触れるだけ。外の二人には自分たちにはない、何か生々しいものを感じてしまい気まずくなる。


(あの二人は、やっぱり『特別』な二人だから……)

 無表情のフィンに、表情が豊かで元気いっぱいのクレア。正反対のようにして、一番理解し合っている二人。

(昔は、ちょっと悲しかったけど……)


 クレアが十歳になった頃、親からフィンの婚約者は彼女になるだろうと告げられた。とても驚いて衝撃を受けたのを覚えている。二人とは少し前まで子供部屋で一緒に過ごしていたのに。

 フィンとは物心ついた時から一緒にいたので、この先もずっとそうだと思っていた。だが実際、大人の間ではフィンの結婚相手を誰にするかの協議が行われ、フィンの気持ちも考慮しクレアが選ばれた。……アデラインは選ばれなかったのだ。


 愛だの恋だのという感情は全くなかったが、あの時はとても悲しかった。ただ、自分が選ばれなかったという事実を突きつけられたからだ。

 その頃からエドの嫌がらせが酷くなり、自分の容姿に対する劣等感を強く感じていた時期だったこともある。


 アデラインにとって、婚約が決まったフィンとクレアは眩しい存在だ。ずっと三人仲良く手を繋いでいたのに、いつの間にかクレアとフィンの二人だけで楽しげにおしゃべりする時間が増えた。ふと寂しさを感じるようになった頃には、二人は特別な関係になっていて、そして婚約者候補となった。きっとあっという間に夫婦になってしまうのだろう。

 二人を隣で見つめながら、影にしかなれなかった自分はとても惨めだと思った。


(すごーく落ち込んでたのよね。子供だったわ)


 今だったらそんなに落ち込むことも、自分を卑下する必要もないと思う。こうしてフィンがクレアを愛おしげに見つめることも、クレアが満面の笑顔で答えているのも、微笑ましい気持ちで見ていられる。


(それに、わたしもエミールと出会えたわ)


 手を繋ぎ、肩を並べて歩ける人がいるのは、なんて幸せなのだろう。ささやかな事で微笑み合いながら、照れたり恥ずかしがったり、いろいろな物事を話したりする。そんな二人だけのささやかな時間が、とても大切なものだと言うことを知った。


(ずっと、こんなふうに過ごせたらいいのに……)


 開け放したガラス戸から吹き込んでくる空気は冷たい。それでも、この時のアデラインの心はとても温かかった。


 この時のアデラインは、いやアデラインだけではなく自分たち全員はあまりにも幼く、悲しいほど無力で、それに気が付かないほど無知だった。

 まだ見ぬ未来は希望に溢れ、自分たちは何か素晴らしい事を成し遂げられる、そう信じて疑わなかったのだから。




お読みいただきありがとうございました。

まだまだ始まったばかりのお話しですが、気に入っていただければ嬉しいです。


ちなみにこの時点の年齢は(同い年は生まれた順番)

ライナー 18歳

シビラ、エド 17歳

フィン、アデライン、エミール 16歳

クレア、アデライン皇女 14歳 です。


帝国の年齢の数え方は、

生まれた年0歳、次の新年で1歳数えるので、この時点で誕生日の来ていない子は実年齢はその一つ下になります。

準成人とされるのは15歳、結婚など認められる成人年齢は17歳です。

お兄ちゃんオーラを醸し出すライナーもまだ18歳、すでに婚約者も居ます。


次回より毎日更新致します。

拙い作品ですが、どうぞ宜しくお願い致します!

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