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第12話 『ずっとずっと、傍にいたかった』

お読みいただきありがとうございます。

長らくお付き合いいただきありがとうございます。残り2話で完結となります。

アデラインの決断はこうなりました。同じ立場でも、違う人ならまったく違う結末を迎えるのだろうなと思います。


最後までよろしくお願いいたします。

 皇都の中心部分からだいぶ外れた裏通り、工業地帯と呼ばれる地域の広場でアデラインは馬車を降りた。背後には警備の為のノルデン兵が控えるが、その他には馴染みの御者とアデラインだけ。緊張で震えそうな手のひらを、もう一つの手でしっかり覆う。


 覚悟はきめたのだ。

 今更怖気付いてどうする。


(前に進む為に、これは絶対必要なのよ。アデライン)


 自分に言い聞かせながらアデラインは前を向く。ちょうどその時、正面の建物から懐かしい金の髪の女性が飛び出してきた。女工服なのだろうか、装飾のないシンプルなワンピースに、色とりどりの染みのあるエプロンをつけている。髪を一つに結えあげ、こちらを認めると、かぶっていた三角巾を文字通り投げ捨てた。


 そして全速力でこちらに駆けてくる、懐かしいその姿。

 ずっと会いたかった、愛おしい妹、クレア。


「アデライン姉様!!!」


 脇目も振らずに真っ直ぐに駆けてくる姿に、一瞬兵士が動こうとしたがアデラインはそれを手で制した。彼女が自分に何かするとは思えないし、もし何かがあっても彼女になら……という思いもあった。だが彼女は迷いなくアデラインの腕に飛び込んでくる。


「会いたかったーー! 会いたかったのお姉様ぁーー!」

 広場にくわんくわんと響く大声だった。


「クレア、わたしも、わたしも会いたかったわ」

 泣き虫のアデラインが耐え切れずに涙をこぼすと、クレアも「うわぁーー」と言いながら泣く。涙も鼻水も大判振る舞いの、なかなか豪快な泣き方だ。


 クレアはアデライン達が結婚した年の新年の頃にはすでに釈放されていた。ベルンシュタインとノルデンが後見人になり、平民に落ちたものの自活できるように支えていたのだと言う。

 今は染色職人の見習いとして、皇都郊外の工房で働いている。いろいろな色を生み出すのが楽しくて、今はこの仕事に夢中なのだとクレアは笑った。


 そのクレアの手は、冷たい水に晒すことが多いせいか、ひどく痛んでいた。さらに繰り返して染料に触るため、ところどころに色が染み付いている。それを痛々しく思うアデラインに、クレアは綺麗な瑠璃色の瞳でぱちんとウインクをした。


「だってわたし自活してるんですもん。息子もいて、ちょっとカツカツだけど、自分の手で働いているのよ? 甘ったれなわたしが、すごいでしょ? だからこの手は、わたしに誇りなの!」


「まぁ、お子さんもいるの?」

 驚くアデラインに、クレアは誇らしげに言う。

「そうなの! 旦那はね、ちょっいろいろあってポイってしちゃったんだ。あの子も今日連れてきたかったけど、まだちっちゃいから、馬車に揺られるのは可哀想で」


 アデラインは思わずクレアの顔を見つめる。

「ポイって……あなた、大丈夫だったの?」

「うん、働かない男はいらないって家から追い出してやったの。まぁ、もしちゃんと反省したら仕事を見つけて帰ってくるだろうし、来なかったら来なかったでそれでいいかな。きっとなんとかなるし!」

 クレアらしい、豪快な話だった。


 驚き言葉もないアデラインの手を握り、クレアが俯く。

「フィンのことも、わたしがポイって捨てちゃったんだ。悪いことしちゃったけど。まさかこんなことになるなんて思わなかったし……だからごめんなさい。お姉様にはたくさん迷惑をかけてしまったわ」


 クレアの悲しそうな顔が切なくて、アデラインは首を振る。

「もう済んだ事だわ」


 クレアへの苦しい懺悔の気持ちを吐露したい衝動に襲われ、アデラインはぐっとそれを押さえ込む。クレアはもうとっくに前を向いて進んでいた。

 囚われて雁字搦めになって、身動きができなくなっていたのはアデライン一人だったのだ。


「姉様、今幸せ?」

 目を細めながら、クレアが訪ねた。何かを確信したいようなその様に、アデラインは笑顔で応える。


「ええ、とてもしあわせ」


 その言葉に、クレアは満足そうに頷く。だがその瞳に、みるみる涙が浮かんだ。縋るようにアデラインの手を額に当てる。


「お姉様、すごく勝手だけど、わたしの我儘だけど……、わたしのことを忘れないで。お姉様が大好きだった。本当の姉妹だったら良いのにってずっと思っていた。ずっとずっと、傍にいたかった」


 一変したクレアの様子に、アデラインは息を呑む。そして確信した。

 クレアはいつも能天気で元気だった。アデラインが叱ったり注意したりしても、嫌がったりせずにいつもくっついてきていた。おそらくこれが、これこそが、クレアの本心なのだろう。


「あなたの我儘なんていつもじゃない。当たり前よ。あなたみたいに手のかかる子は、絶対忘れないわ」

 なるべく明るい口調でアデラインは言う。


 するとクレアは涙でぐしゃぐしゃな顔のまま、にんまりと笑う。

「でしょ? ふふふ……。

 お姉様、幸せでいてね。ずっとずっと……」

「あなたもよ、クレア」

 アデラインもクレアの手をしっかりと握る。二度と離したくないと思った。だが無情にも、するりとその手は抜けていく。


「じゃあね、お姉様! わたしそろそろ工房に戻らなきゃ!」

 あっさりと背を向けてクレアは駆けていく。その忙しない後ろ姿を見送りながら、アデラインはぼろぼろと涙をこぼした。


 クレアが行ってしまう。

 もう二度と会えないだろう。今回の事も方々に迷惑をかけて、無理を言って実現させた。王妃と平民では、それほどに身分が違う。住む世界も何もかも、全くかけ離れた存在なのだ。


(クレア、クレア……!)

 一番最初に手を握ったのは、幾つのことだったろう。

 幼少学校に入学する頃だから、五歳くらいの頃だろうか。綺麗に着飾った小さな女の子が可愛らしくて、思わずその手を取った。ノルデンの王城の子供部屋で、いつも手を繋いで歩いていた。学園に入るまではずっと、クレアはアデラインの後ろについて歩いていた。まるで鴨の親子ねと、母が楽しそうに笑うほど。


 あの小さな手に二度と触れることができないのは、体が引き裂かれるようにつらい。勉強が辛い時も、誰かの心ない一言に傷ついたときも、クレアがいつも隣にいた。一緒に頑張ったり、怒ったりしてくれた。間違いなく、アデラインとクレアは本当の姉妹だった。


(ずっと一緒にいたかった。……そう、大好きだった……。絶対に忘れない。忘れたくない……)


 声を押し殺して泣きながら、そのうち立っていることが辛くなって、馭者の手を借りながら馬車に戻った。馬車の中では誰もいないことを良いことに、声を出してわんわん泣いた。




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