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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生幼女が獣人のお姉さんを本能的に恐れながらも、それを受け入れて体に愛を刻みつける??話

作者: 中毒のRemi

 夜の帳が降りた世界で、雪が荒々しく降り注ぐ中、魔物達は街を襲い、人を殺し愉快に(わら)う。


 剣を持って立ち向かっていったお父さんや村人達は、闇に飲み込まれ……帰ってきたのは断末魔と血の匂いだけ。

 

「逃げようよ! 家の中にいても死ぬだけだよ!!」

「……無駄よ、私達の足じゃあ追いつかれてすぐ殺される」

 

 今のまま家の隅に隠れていても、確実に死ぬというのに……お母さんが私の提案を受け入れてくれない。

 

 この恐怖の中、ただただ死ぬ順番を待つだけの時間。

 いっそのこと自殺したい。

 

 泣いて助けを乞いながら喰われるくらいだったら、自分で死ぬ瞬間を決めた方が遥かにマシだと思えるのだ。

 

 覚悟を……いや、ただ楽になりたいという自分の弱さに負け、護身用で手元に置いていた剣を取り――

 

「貴女がそんなことする必要はないわ。フィオネ……良いことを思いついたの。これが最善の手よ」

 

 お母さんは自殺しようとしていた私からすぐさま剣を奪い取り、自分自身を大きく切りつけた。

 

「お母さん!なんで!!!」

「……隠れなさい…………頭の良い………フィオネなら…………」

 

 それだけを言い残して動かなくなってしまった。

 

 わけがわからない。

 なんでお母さんは自殺したのだろうか。

 ……ただ、生きて欲しいと願われた気がする。

 

 泣いて迷っていたら、確実に死ぬのだ。

 生き残るためには……今、頭の中を駆け回っている全ての感情を押し殺すしかない。

 

 私は周辺を照らしていた僅かな灯りを消し、自分で部屋を荒らした後、臭いの強い食料とすぐに冷たくなったお母さんの血を大きな布に塗り付けた。

 

 死体の下に隠れるだけでは、見つかってしまう可能性がある。

 

 酷く汚れた布や大きな道具、そしてお母さんを部屋の壁側に置き、私はその1番下に隠れる。

 

 今、この場で出来る精一杯はこれだけ。

 これで魔物の目を欺けるよう、神様に祈る――

 

 

 

 ---

 

 

 

 暗く、寒く、そして臭い部屋の中、外から聞こえてくる悲鳴と足音がピタリと止まった。

 分厚い布の下で震えて待つだけなので、どれだけ時間が経ったのか分からない。

 

 ただ一つだけ確かなことがある。

 私は生き残った。生き残ってしまった。

 

 開けられた扉に大きな足跡。


 もちろんこの家にも魔物達が押しかけてきた。

 だけど私が自作した酷い悪臭の罠に耐えられなかったのか、部屋を物色された様子もなくお母さんの死体も放置されたままだ。

 

 泣きたかった。

 叫びたかった。

 

 生まれ変わってこんな目にあうなら、転生なんてしたくなかった。

 

 ……だけど、泣いて喚ける状況でもなく、

 そんなことに時間を割いているのなら、生き延びることを考えなければいけない。

 じゃないと、私を生かすために死んだ両親の命が無駄になってしまう。

 

「お母さん、今までありがとうございました……」

 

 それだけ言い残して家を後にした。

 

 

 ---

 

 

 明るい。

 外は一面が真っ白に覆われていて雪が大地を優しく包み込んでいた。

 友達や村人達の死体と共に。

 

 外に魔物の姿は見えない。

 興味を無くしたのか、おそらくここを通り過ぎて行ったのだろう。

 私も魔物達に習い、早々に見切りをつけて村を出た。

 

 この場所で生活するのはもう不可能だ。

 

 新しく人が生活している場所を、自分の寄生先を見つけなければいけない。

 次は魔物に侵されない、安心できる場所を。

 


 

 魔物に見つからない事を祈りながら、寝ずにひたすら森を歩く。

 

 すごく眠い。

 でも襲われる恐怖とこの寒さの中、寝る判断をするというのが途轍もなく馬鹿なことに思えて、実行に移せなかった。

 

 持ち出した食料はすぐに尽きてしまったけど幸か不幸か、見渡せば一面の雪。

 水分にはしばらく困らない。

 ……眠れない原因でもあるけど。

 

 

 

 ---

 

 

 

 何度目の朝だろうか。

 食料、そして睡眠も無しで歩くのに限界が見えてきた。

 魔物に出会わない奇跡に感謝する気力も失せ始め……

 

 お腹が空いたのはもちろん。

 でも、それ以上に眠い。

 

 気づけば目の前は真っ白。

 私の体は地面に伏していて、もう立ち上がれそうもない。

 

 

 ――ザクッ…ザクッ…ザクッ――

 

 固まった雪をどける音が体に伝わってくる、足音だ。

 人――いや、こんな森の中を人間がうろついてるとは思えない。

 結局、全て時間の無駄……

 

 足音がすぐ近くで止まった。

 どんな相手に殺されるか、見たくは無かったけど、見ないという選択肢を取る方がありえない。

 

 私は最後の力を振り絞って顔を持ち上げ、霞んでる視界で目の前を見た。

 

 尻尾に獣の耳、

 しっかり服を着ていて、首には暖かそうなマフラーを巻いている。

 

 魔物……いや、これはおそらく獣人族。

 

「た…………すけ……」

 

 考え無しに、殆ど反射で言葉が出てしまった。

 

 他に選択肢が無いとはいえ、獣人族に助けを求めて良いのか、そもそも私の言葉が伝わるのか……分からない。

 小さな村で暮らしていたせいで、あまり外の知識が入って来ないのが、ここで災いするとは。

 

「…………」

 

 返事がない。

 

 諦めて顔を下ろす――と同時に、ほとんど感覚の無かった首に違和感が襲い、更に体が宙に浮くような感覚を覚え、

 目をもう一度開けると、私はその獣人族の長い尻尾で体を持ち運ばれていた。

 

 尻尾が首に巻かれている事に恐怖は無く、

 揺籠に揺られてるみたいで……暖かく、とても心地が良くて、私はすぐに目を閉じた。

 ……ただ少しだけ呼吸がしづらかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 酷い頭痛とともに意識が戻った。

 重い瞼を開けると、目に映ったのは見知らぬ天井。

 

 どれだけ寝ていたんだろう。

 気がつけば自分の家……という淡い希望を持っていたので、少しだけ落胆してしまう。

 やっぱりあれは悪夢などではなく、現実だったのだ。

 

 怠い体を無理やり起こし、周りを見渡した。

 

 綺麗に整頓された部屋で、一人、高価そうな椅子に腰を下ろしていた。

 おそらく気を失う前、最後に見た赤茶色髪の獣人さん。

 

「あ、ありがとうございます!助けて頂いたみたいで……」

 

 私はすぐさまお礼から切り出す事にした。

 この人が何を考えてどうして助けてくれたのか分からない。

 

 ただ、第一印象は大事だ。

 縋りつける相手がこの人しかいない間、人が生活している街に行くまで、必死に媚びを売らなければならない。

 

 今、ここから叩き出され、森の中に逆戻りするような事になれば次こそ死んでしまう。

 

「なんでこんな場所にいるの? ここ、人間の生活圏からかなり離れてるはず」

「それは……」

 

 流暢に人の話す言葉が返ってきた。

 どうやら言語は同じらしい。

 

 あんまり自分の記憶を掘り起こしたくないので、山菜を取っていたら家族とはぐれてしまった。

 という馬鹿みたいな嘘で誤魔化した。

 

 それを聞いた獣人さんは『ふ〜ん』と、特に興味も無さそうな反応をしただけ。

 

「あの、人が住んでる場所に連れて行って欲しい……です」

 

 少し歯切れの悪い言い方になってしまった。

 

 助けて貰っておいて、更にお願いをしなければならない無力さ、図々しさには流石に自分でも嫌になる。

 

「私に人里まで護衛しろって言ってる?」

「ひっ…………は、はい……その、出来れば……」

 

 機嫌を損ねてしまったのか、とても嫌そうに返事が返ってきた。

 

 凄く怖い。

 恐怖で震えと冷や汗が背中を伝っているのが分かる。

 

 でも、これは私が悪い。

 

 獣人さんは人間の生活圏が遠いと言っていた。

 私の頼み事はとても面倒くさいものだと思う。

 赤の他人からお願いされて、すぐに頷けるような事じゃない。

 

「……今の時期は嫌、それも無償なんて絶対に無理」

「そう……ですか……」

「だから、冬が終わるまでここで働いて。外が暖かくなったら送る」

「え、働く……ですか?」

 

 獣人さんは無表情のまま頷く。

 

 続けて説明された仕事の内容は特に難しい事ではなく、ただの家事全般をやって欲しいとの事だった。

 家政婦……それともメイドや侍女と呼ぶべき職になるのだろうか?

 

「嫌なら――」

 

 働くというのは想像もしなかったことだけど、これは別に悪い条件じゃない。

 それなら取る選択肢はもちろん――

 

「いえ……凄く嬉しい提案です!喜んでやらせて頂きます!!」

「……?」

 

 私が喜ぶ理由が分からないのか、怪訝そうな視線が送られてきた。

 

 この話、

 今の私には丁度良かったのだ。

 

 滅んだ街のこと、

 家族のこと、

 魔物こと、

 

 その全てを、今は考えたくなかった。

 

 だから、丁度良い。

 脳によぎる隙を与えないくらい必死に頑張ろう。

 この人に捨てられないように、人のいるところへ行けるまで……

 

「あの、よろしければ名前を教えてもらっても……?」

「……私はシエラ」

「シエラ様ですね、私の名前はフィオネです。これからよろしくお願いします!」

「よろしく」

 

 でも、注意しなければいけない。

 

 相手は人間ではなく、初めてコミュニケーションを取る種族。

 獣人族について詳しく知ってるわけではないけど、腕力が強いって言うのはお母さんから聞いた。

 魔物同様に警戒しなければいけない相手だ。

 

 下手をすれば殺されてしまう……

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それからは家の外観と内装を見て回った後、すぐに仕事取り掛かることになった。

 家、というよりは小さな洋館と言うべきなのだろう。

 

 ……そして驚くことが何個かある。

 

 一つはこの建物が森に囲われていること。

 

 外を見渡しても他の家はない、

 何故この場所に住んでいるのか理由を聞いたら『面倒なことを押し付けられたくないから』という言葉が返ってきただけ。

 

 でもこの変な立地の件に関しては、命を救われているので文句の付けようもない。

 ここにちょっと変わった獣人さんが住んでなければ、私は確実に死んでいたのだから。

 

 そして驚くこと2つ目……

 

「失礼かもしれないんですが……なんでこんなに汚いんですか」

「それ聞く必要ある? 別に急がなくて良いから、少しずつ掃除していって」

「はい、すみません……」

 

 おかしい。

 私が寝かされていた部屋はあんなに綺麗だったのに、あの部屋を出ればすぐにゴミの山。

 

 自分の寝室だけは綺麗にしておきたいとでも言うのだろうか。

 全く理解の出来ないタイプの人だ。

 

 家の広さを見る限りだと絶対に一人で管理できる規模ではない。

 それなのにシエラ様しかここに住んでいないというのも、だいぶ謎である。

 

 

 

 拾われて1日目の夜。

 掃除はまだ全く終わってないけど、もう良い時間なので寝ることになった。

 ただ小さな問題がある。

 

 私が寝るための寝具がない。

 

 ここにはシエラ様しか住んでいないので当たり前といえば当たり前なんだけど。

 

 どこで寝よう……

 

「部屋にいないと思ったら……書斎で何してるの?」

「えっと、掃除ついでに椅子か床の上。どっちで寝ようかと迷ってまして……」

 

 そう言葉を返すと、何故かとても訝しげな目で見られた。

 

「はぁ……」

「え?」

 

 気づけば体を片手で担がれている。

 ……何故?

 

「ちょっとま――」

 

 そしてそのままシエラ様の寝室まで連行された。

 

 

 

「フィオネはこのベッドで寝て」

「え、それじゃあシエラ様はどこで寝るんですか?」

「ここで寝る」

 

 そう言って、ベッドの近くに置いてあった椅子を指した。

 朝、目を覚ました時に、シエラ様が座っていたものと同じ物だ。

 

「シエラ様が椅子で寝て、私がベッドですか?」

「そう」

 

 ……いや、

 どう考えても駄目では無いだろうか?

 

 まだ一緒に過ごしている時間が少ないせいで、顔を見てもイマイチ何を考えているか分からない。

 

 優しさ、で言われているんだろうけど……

 

 雇い主の隣、

 しかも私だけベッドで寝るぐらいだったら、1人廊下の床で寝た方が遥かに安眠できそうだ。

 

「流石にそれはどうかと思うのですが……」

「これは命令」

「えぇ……」

 

 それを言われると何も言い返せない。

 

 仕方なく私だけベッドを使うことになった。

 

 

 ---

 

 

 目覚めると外はまだ暗い。

 多分、寝てから2時間も経ってないくらいだろう。

 背中を汗がじわりと濡らし、シーツが冷たく感じた。

 

 やっぱり見てしまった。

 あの地獄が夢に出てきた。

 

 あんな物を記憶して、尚且つ悪夢として再生する脳に怒りを覚える。

 キレている相手は自分なのでどうにもならない事だけど……はぁ。

 

 まだ夜は始まったばかりだというのに、もう一度眠るのが怖い。

 

 私は魔物に襲われて家族と故郷を失い、

 日中夜問わず、眠らずに歩き続け、そしてここに辿り着いた。

 

 眠れなくて当然だ。

 こんな環境では安心出来ないのだから。

 

 あの獣人さんも信用できるわけではない。

 いつどんな理由で殺されるか分からない怖さもある。

 

 ……はぁ

 考えるだけ無駄な事、

 ネガティヴなことに思考を回せば回す分だけ他の行動が出来なくなる。

 体を動かそう。

 

 私はシエラ様に気づかれないようにベッドを抜け、寝室を出た。

 今、1番気が楽でいられる時間は、無心で掃除を続けることだ。

 

 そして気がつけば太陽が顔を出し始めていた。

 やっぱり掃除をしていると時間が過ぎるのが早く感じる。

 

「おはよう……」

 

 眠そうに目を擦りながら、家の主人が寝室から出てきた。

 

「おはようございますシエラ様。すぐ朝食を用意しますね」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 2週間ほど経っただろうか。

 それからの生活は太陽が出ている時間に料理、洗濯、掃除。

 夜は悪夢を見るのが怖いので、意識が飛ばない程度の睡眠を2・3時間ほど取り、また仕事に戻る。

 

 あんなのを寝るたびに見ていたら、本当にどうにかなってしまう。

 寝ない方がマシだ。

 

 そして今日も変わらない深夜の日課をこなすため、

 いつも通りベッドから起き上がり、そして歩き出そうとした……

 

 でもそんな生活に限界が来ていたのか、力なく宙に浮いた脚は思い通りの場所に着いてくれず、体はバランスを崩し床に倒れ込んでしまった。

 

「……うっ……痛い」

 

 立ち上がることが出来ないというだけでは、事は終わらない。

 体調は更に悪化して耳鳴りが激しくなり、喉が焼けるように熱くなりはじめた。

 

「……はぁ…はぁ……うっ、うぇぇぇっ……」

 

 吐き気と共に全身が震え、口を押さえる間もなく、胃の中のものが押し出されていく。

 

 ……まずい。

 流石に睡眠を取らなさすぎた。

 

 この寝室はシエラ様が唯一自分で掃除するほど気に入ってる場所なのに、吐瀉物で汚してしまうなんて、

 バレたら追い出されるどころか……殺されてしまう。

 

 主あるじを起こさないよう、今すぐに掃除をしなければならない。

 だというのに、体はいまだに動いてくれなかった。

 こんな命の危機と言っても良い状況で――

 

「変な臭いがすると思ったら……」

 

 隣で椅子に座って寝ていた主が起きてきてしまった。

 

「……あ、あの。これは――おえぇっ」

 

 シエラ様を前にして我慢できずに二度目の嘔吐。

 言い逃れの出来ない失態。

 何もかも終わった。

 これは死ぬ。

 

「ゆるし……す、すぐに……掃除……す」

 

 ?

 目の前にシエラ様が立っているはずなのに、顔が全く見えない。

 

 景色がぼやけ始め、視界が狭まっていく。

 

 私はそのまま意識を手放した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「はっ……」

 

 酷い頭痛と、またあの悪夢に起こされてしまった。

 あれを見たという事は、少なからず深い眠りについたという事だけど、外はまだ暗い。

 

 ……夢を見る前に、もっとヤバいことをしたような覚えがあるけど。

 きっと、あれも――

 

「起きた……さっそく、胃の中身を吐き出したことについて、一応、理由を聞かせて」

 

 目の前に無表情のシエラ様。

 

 瞬く間に血の気が引き、寒気が全身を包み込んだ。

 

 夢じゃなかった。

 あれは全て現実。

 

 そういえば私の服が着替えさせられているのに、今気づいた。

 

「なんで黙ってるの?」

 

 怖い。

 

 普通の人が相手ならともかく、シエラ様は人間じゃない。

 人間を玩具のようの壊せる獣が相手。

 

 根源的な恐怖には抗えず、歯と歯がガチガチと音を鳴らし、頭蓋骨を伝わって私の中で鳴り響く。

 

 でも、黙っているだけでは見える結果は同じ。

 許しを請わなければ……

 

「も、もうしわけ……ありません。どうか、命だけは……」

 

 今すぐ殺されるのではなく、ここから追放されるだけなら、まだ生きる事が出来るかもしれない。

 また吹雪の中、人が住む場所を探して歩き続けることになるけど……死ぬよりマシだ。

 

「目を見て話して、今は命の話なんてしてない」

「……は、い」

 

 声も上手く出ず、目からは意思とは無関係に涙が溢れ出す。

 

 これだけ怖がっているのも、別の種族相手では伝わらないものなのだろうか。

 

「……貴女が寝ずに、ずっと夜中も働いてたのは知ってる」

「…………」

「そんなことを続けていれば、こうなるのも当たり前」

「…………はい」

「ねぇ、なんで?」

「……それは」

 

 これ以上黙っているのは流石に無理。

 緊張感でまた吐いてしまう。

 

 私は心の内にあるものを、全て伝えることにした。

 

 自分の住んでいた村が魔物に滅ぼされたこと。

 家族が全員死んでしまい、居場所がない不安感。

 この出来事が悪夢となって脳から離れないことや、初めて出会った別種族の……シエラ様の世話をする事への恐怖まで。

 

 視界がぼやけて、頬を伝う涙の感触が嫌でも分かる

 

「…………ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」

 

 言葉が喉の奥で詰まる。

 声にならない嗚咽ばかりがこぼれて、胸が締めつけられるように痛い。

 

 最低だ。

 助けて貰っておいて、こんな馬鹿なことを言ってるんだから、普通に考えて置いておく価値など無い。

 

 もう――

 

「面と向かって言われると結構ショックかも……まぁいいけど、貴女が熟睡出来る方法、一つ心当たりがある」

 

 心当たりとは何なのか。

 ベッドで寝ていた私を持ちあげ、シエラ様の膝の上に座らされた。

 

 何故?

 

「……え?」

「リラックスして……ベッドで寝るときみたいに、私の体に貴女の背中を寄り掛からせて良いから」

 

 流石にそんなことを言われても、すぐに実行出来ない。

 それに状況も理解できない。

 

「あっ、あの?」

「黙って……多分上手くいくし、なんなら丁度良かったくらい」

 

 そう言って獣人特有?の長い尻尾が、ゆっくりとこっちに近づき、私の首に巻きついた。

 

 ただ痛みはなく、まるで柔らかな毛布を被せられているように感じる。

 

 そして言われた通りに、背中を寄り掛からせるか迷っていたところを、

 背後から腕が回され、抱き寄せられたことで、そのままリラックスするという選択肢しか無くなった。

 

 背中からはシエラ様の温もりと胸の鼓動を感じる。

 不思議と心地が良い……

 

「うとうとしてる?」

「…………はい」

 

 確かにこれは眠いの……かも?

 ひんやりとした尻尾。

 

「少しつめたい……です」

「ベッドを貸してるせいで、尻尾が冷たくて困ってた」

「ごめん……なさい」

 

 すぐに謝ったら、ゆっくりと私の頭を撫で始めた。

 

「……いいから、もう寝て」

 

 ……そういえば森の中で拾われた時も、こうやって尻尾を首に巻き付けられてたんだっけ。

 それが結構気持ち良くて、すぐ寝てしまったのは記憶に残ってる。

 シエラ様もそれを覚えてたから、この提案をしたんだろうな………………

 

 

 

 * * *

 

 

 

 瞼越しでも分かるほど天気の良い朝。

 

 その太陽の光で目が覚めたけど……頭に何か触れられている感触がする。

 私はゆっくりと目を開けて顔を上に向けた。

 

「わっ! ……ごめんなさい、少しびっくりしちゃいました……」

 

 目の前にあったのはシエラ様の顔と尻尾。

 驚きで飛び上がって、少しだけ距離を取ってしまった。

 すでに起きていたこの館の主は、暇だったのか私を起こさず、尻尾で頭を撫でていたらしい。

 

「随分と熟睡だった」

「は、はい。おかげさまで……」

「ちなみに……貴女が言うように魔物だったら、あのまま尻尾で絞め殺してるかも」

 

 寝起き早々に怖い話を投げられた。

 

 あの泣きながら弁明する時、間接的とはいえ魔物扱いしたことを根に持ってるのだと思う。

 それに今は綺麗になっているけど、部屋を汚したことも……

 

「……申し訳ありません。部屋を汚し、シエラ様に迷惑をかけた件……どんな罰でも受け入れる所存です」

 

 久々に良い睡眠だったからだろうか?

 それとも寝起きで脳が回っていないから?

 

 昨日ほどの恐怖心は無い。

 ここで死んでも仕方ないとさえ思えるほど。

 

 今なら全てを受け入れられそうだ。

 

「貴女の罰は」

「…………」

 

 黙ってご主人様の言葉に耳を傾けた。

 

「寝るとき、必ず私の抱き枕になること。これで決定」

「…………え?」

「何、もしかして嫌? フィオネだってその方が熟睡できるんだから、得なはず」

 

 シエラ様は何も間違った事を言っていない、という目でこっちを見つめている。

 だけどそれでは――

 

「罰になっていません……」

「うるさいうるさい、今すぐ朝食を作ってきて。これは命令」

 

 追求されることが嫌になったのか、私は部屋をつまみ出されてしまった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 そして雪は溶け、春も過ぎ、

 時は夏の夜。

 

「そういえば人のいる街に行きたいんだっけ?」

「なんでその話を今になって振るんですか?」

「別に……思い出したから言ってみただけ」

 

 シエラ様は私の頭を尻尾で弄りながらそう聞いてくる

 ……ニヤニヤと、こっちの言うことが分かってるような態度だ。

 

「私は……まだここで……働こうかと……」

「え、なんて? 人里に行きたい?」

 

 はぁ……全く、

 ウザい。

 ウザすぎる。

 

 私はシエラ様の膝の上に座っているのだ。

 今の言葉が聞こえない筈はない。

 

 これは望む答えを言わない限り、逃してくれないやつだ。

 

「シエラ様のことを……」

「小さくて何も聞こえない」

「……シエラ様がいないと生きていけないので!!ずっとここで働きます!!!……これで満足ですよね? 早く首を絞めてください」

「もう私抜きじゃあ眠れないもんね」

 

 どうやら満足してくれたらしく、そのまま尻尾を巻きつけてくれた。

 結局この馬鹿な主が言うように、これ無しだと眠れない。

 本当に不便な体。

 

 それにしても面倒な相手になった。

 時間が経ち、最初は口数が少なかったシエラ様と、仲が良くなったのは良い。

 だけどそれで調子に乗って、時々こういう無茶振りをしてくるように……

 

 主従の関係といえど、こうやって支配欲を満たされるのは、いい加減怠くなってくる。

 一度お灸を据えてやろうと私は考えた。

 

「シエラ様、もっと新鮮で面白いことを教えてあげますよ」

「ん〜? ならそれを教えて」

「はい、一度目を瞑ってもらえますか」

 

 そうお願いすると、何の疑問も持たずに目を閉じた。

 尻尾で首を絞められたままなので、こちらの居場所はバレバレ。

 でも、今からする事は予想出来ない筈だ。

 

 私は目を開けられても問題がないよう、目元にそっと手をかざし、視界を覆った。

 

 そしてゆっくりと顔を近づけ、お互いの吐息が混じり合うほどの距離まで近づき――唇を重ねた。

 

 羽毛のように触れるだけのキス。

 

 ただ効果はあったようで、私のこと絞めつけていた尻尾が力無く離れていく。

 

「キスするのは初めてですか? 最近、調子に乗っていらしたようなので、そのお返しです」

 

 覆っていた手を外してみると、シエラ様の目は月のように大きく開かれていた。

 

「え……キス……?」

「良い反応ですね。その反応を見れただけやってみた甲斐があったものです」

「……えっと……あっ……」

「尻尾が離れてますよ、早く私に巻き付けてくれませんか」

 

 そう言うとキスのことには言及せずに、痙攣した尻尾をゆっくりと私の前に近づけてきた。

 

 予想以上に動揺している。

 キスをしてから視線が合わないし、挙動不審……

 

 これはからかい甲斐がありそうで、明日から楽しみになってきた。





 ---




 それからまた冬の始まり。

 ここに来てから一年が経った。

 

 ウザかったシエラ様はあれからかなり、なりをひそめている。

 よほどキスが効果的だったらしい。

 そして私達の関係は良好だ。

 でも少しだけ、勿体ない事をしてしまった気がする。

 悪戯でするようなものじゃなかった。

 

 ――――――ボォ〜〜〜ン


 奇妙な音が鳴り響いた。


 これはシエラ様が張った広域結界に、誰かが触れた時になる音。

 来客が来たという知らせだ。

 いつもはシエラ様が音を聞いて、結界の外まで確認しに行ってるけど、今の時期は冬なのでおそらくまだベッドの中である。

 もう朝なのだから、早起きして欲しいとは思うけど、寒いのがかなり苦手らしいから仕方ない。


 私が外に出て来客の人の様子を見に行くのは、禁止されているので、まずシエラ様を起こしに行く事にした。




 ---




 静かに眠る彼女の耳が、ふわふわと揺れている。

 柔らかな毛並みが日の光を受けてほのかに輝き、吸い寄せられるように視線が固定された。


「お客様がおいでになっています。早く起きてください」


 体を揺すりながら言った。

 

「…………あと1時間待たせておいて……」

「それは流石に遅すぎです……」


 分かってはいたけど起きない。

 

 でも大丈夫。

 きっとあれをすれば起きてくれる。


「シエラ様。起きないと――キス、しちゃいますけど、よろしいですか?」


 フサフサした耳に口を近づけて言った。

 

「…………うるさい……」


 どうやらして良いらしい。


 いつもは唇を肌に近づけるだけで、逃げてしまうからやらないけど、今は状況的にも仕方ない。

 お客様を待たせているのだから。


 ……う〜ん。でもやっぱり2回目のキスを、寝ている主の唇にするのも何か違う。

 どうしようかな……

 

 思案しながら、私は一つしかない獣耳にそっと手を伸ばした。

 毛並みの温かさと柔らかさが指先に伝わると、自分の胸がわずかに高鳴るのを感じる。

 だけど、それだけでは足りない。

 悪戯心が頭をもたげ、唇をシエラ様の耳へと近づけた。


「はむっ」


 やってしまった……

 

 口いっぱいに広がるふわふわの毛の感触。

 その瞬間、シエラ様の耳が私の口の中で、ぴくりと動いた。

 小さな動きに息を呑むが、彼女はそのまま規則的な寝息を立て続けている。


まふぁおふぃない(まだ起きない)ふもり(つもり)ですか?」


 ――――――ボォ〜〜〜ン

 ――――――ボォ〜〜〜ン

 ――――――ボォ〜〜〜ン


 お客様が痺れを切らしているようだ。

 いつもとは違い、連続で音が鳴っている。


 しょうがないので次は、耳に口を当てたままそっと噛むように力を込めた。

 

 微かな弾力と温もりが心地よく、ついもう少し触れていたくなる。


「ひっ――な、何?!」

 

 が、その願いは叶わず。

 シエラ様は飛び起きてしまい、口の中から耳がスルっと抜けてしまった。


「ふぃ、フィオネ。何してるの……?」


 すっかり顔が赤くなってしまった、うぶすぎるご主人様。


「お客様がお見えになっていますよ。すぐに着替えて下さい」


 私は弁明もせず、笑顔でそう返した。


 許可はもらったし、寝ていたシエラ様が悪いので、何も言うことは無い。




 ---




 準備を早々に終わらせて玄関前。


「帰ってきたらお仕置きするから!覚悟しておいて!」


 怒鳴るシエラ様。

 だけど目は合わせてくれない。

 

「はい。次は跡が消えないように、強く首を絞めてください」


 笑顔で返事をすると扉を思いっきり閉め、急いで飛び出てしまった。


 あんな赤い顔で、人と会って大丈夫だろうか?

 まぁ、寝坊した主が悪い。


「あっ、ご飯を作らないと……」


 シエラ様は起きたばかりだから、きっとお腹が空いている。

 

 そう思い、ここから離れようと歩き出した瞬間。


 ――カランッカランッ!


 玄関から扉の開く音がした。


 帰ってくるのがあまりに早い。

 何か忘れ物でもしたのだろうか?

 全く、おっちょこちょいなご主人様だ。


「シエラ様。早く行かないとお客様が――」


 そう言いながら後ろをゆっくり振り向くと、立っていたのは別の人物。


「はぁ……まさか本当に小動物を飼っていたとはな。とうとう寂しさに限界を覚えたか」

 

 銀髪、金眼の女性が付いた雪を払いながら、とても不機嫌そうに、この家の中へあがりこんできた。

 それも一人で。

 初めてのケースだ。


「あの、貴女は……?」


 私は一歩後退りながら質問をする。

 

 シエラ様と入れ違いでここに来た?

 いや、今までそんな状況になった事はない。

 まず家の中を出入りしてるのは、ここ一年を通して私達二人しかいないはず……


 もしかしてこれ、とてもまずい事態なのでは?


 銀髪の女性は怠そうに一息吐いて、ゆっくりと口を開いた。

 

「それにしても綺麗になったな、ここも。お前が……ん?――」


 女性は途中で言葉を切り、一瞬、何故か唖然とした顔になった直後、突然、目の前から姿が消えた。

 私が疑問に思う間もなく、喉に冷たい圧力がかかる。


「なんだお前、よく見たら人間族か」


 苦しさと同時に、背中が壁に押し付けられる衝撃が走った。

 

「くる……しい…………はな……して……」

「知っているか? 人間族は妾に反論なんて出来ないんだ」


 なんでいきなり初めて会った人に、こんな事をされているんだろう。

 それに首を絞めているこの人の方が、辛そうに見える。

 第一印象でしかないけど、とても悪人のようには見えない……

 

 私は人から恨まれるような事をした覚えがないから、余計にわけが分からない。


「何故シエラと一緒に暮らしている?何が目的だ?――いや、喋らなくて良い。勿体無いがこのまま記憶を覗いた後、処分する」


 ……喉が締め付けられる痛みと、呼吸が出来ない辛さで、頭の中がじんじんと痺れ。意識が薄れていく。


「しえらさま……たす………け…」


 声にならない声が喉の奥で消える。

 手足が言うことを聞かない。

 死を間際にして、ほとんど反射で名前を呼んでいた。


 思えばさっき、シエラ様を怒らせてしまったばかり。

 あんな事を言った後で、ご主人様に助けを乞うのは、あまりに図々しすぎるかもしれない。

 馬鹿な返事なんかしないで、ちゃんと謝れば……良かった。

 

 目の前がぼんやり白く霞む中、遠くで、何か大きな音が響いた気がした。

 重い衝撃音と、足音――誰かが来る?それとも幻聴?

 その瞬間、扉が爆発するように壊れる音がして、冷たい空気が一気に流れ込んできた。


「ゼレシァァアア!お前!!何をしている!!!」

 

 ぼんやりした視界の中に現れたのは、鋭い瞳と一つしかない獣耳――シエラ様だった。




 ---




 低い唸り声が聞こえた。

 

 まるで野生の獣のような気迫が、部屋全体を支配しているのが分かった。

 シエラ様がこちらを見ている。


「……あっ、ぁぁ……」


 向けられた冷たい視線。

 獲物を狙うその眼光に私は思わず、村での出来事を思い出してしまい、一瞬だけ眼を背けてしまった。


「フィオネ…………ッ!……」

「ん? あぁ、なるほど。記憶を読んで理解した。シエラ、お前――」

「うるさい黙って!なんでお前がここにいる!!何しに来た!!」


 この威圧感を前にしても、ゼレシアと呼ばれた女性は顔色一つ変えていない。


「何でだと? 妾は再三、使いの者を送ったはずだ。もちろん要件は何一つ変わっていない」


 掴む手の力が緩み、私は咳き込みながらもすぐに息を吸った。

 

 手は離してくれたけど、魔力を纏っている手刀を、首元に当てられている。

 逃げることは許されていない。

 

「魔物との戦争に参加するつもりは無いって、何度も言った!今もそう……だから分かったら早く、フィオネを……私に渡せ……!」


 今のシエラ様の言葉で、ゼレシア様と呼ばれた女性の雰囲気が変わった。

 

「馬鹿さ加減は、相変わらず変わってないらしいな! 戦争だと……?いや違う。これは世界を守るための戦いだ!!」


 声が荒々しく、疲れきった顔。

 我慢の限界だというのが、顔色から見て取れる。


 何か私の預かり知らない内容で、2人は言い争っているようだ。

 とても口を挟める状況じゃない。

 黙って話を聞くことにした。

 

「それをなんだお前は!召喚にも応じず、忙しい中妾が直々に様子を見に来てみれば、なんだこれは!?随分と楽しそうじゃないか、あぁ!!?」

「それでも……私には、関係ない」


 シエラ様は一向に頷かない。

 その様子を見て呆れたのか、ゼレシア様は体の力を抜いたように見える。

 

「まだ気づいてないのか阿保が。この人間族の故郷を滅ぼしたのも、その魔物の軍勢だ」

「…………」


 私には全く理解出来ないスケールの話を、この人達はしている。

 

 魔物がどうとか、世界の終わりがなんだとか。

 そして私がその戦いの被害者という話まで。

 それで戦力だったはずのシエラ様が来ないから、わざわざこの人が森の中まで呼びに来たという。


「そこから動くなよシエラ。妾についてくるならこの人間族は解放するが、そうでなければここで殺して、無理矢理にでもお前を連れていく」

「……フィオネを殺したら、例え刺し違えてでも、お前を殺す」

「育ての親に向かって「殺す」とまで言い切るとはな」

 

 多分、私がこの家にいるから、うちのご主人様は動こうとしないんだと思う。

 それで多くの人が被害に遭っている。

 救えるはずの命があったはずなのに。


 ただ1人、自分だけは守られ、ここでのうのうと暮らしている間にも、大勢の人が昔の私のような目に遭っているという話。

 何も知らなかったとはいえ、とても……とても最低だ。

 この世界で私と真剣に向き合ってくれた優しいお母さんは、きっとそれを良しとしない。


「……世界の滅びが、例えシエラにとってどうでも良いことでも、そこで膝を付いているか弱い女は、どうやら違うらしい」


 魔力が纏われた手が離れていく。

 もう必要ないと判断されたようだ。

 

「……ゼレシア様、と言いましたよね?」

「あぁ」

「すみません。少しだけ時間をください。シエラ様とお話がしたいんです」

「……良いだろう」




 ---




 ゼレシア様はその後、すぐに立ち去ってしまった。

 この場から消えたということは、残り数日ほど猶予をくれるということ……だと思いたい。

 そしてシエラ様は……


「シエラ様、昼食をお持ちしました。部屋の中に入っても――」

「駄目……来ないで……」


 鍵は掛かってないけど、そう言われたら入ることは出来ない。


 シエラ様はあの後すぐに寝室へ行き、部屋に篭ったまま出てこなくなってしまった。


 原因は私。

 あの時、助けに来てくれたシエラ様を、一瞬……それも反射的とはいえ、恐れてしまった。


「……部屋の前に置いておきます。また夜に来ますので……」


 深く考えずに会おうとしてしまったけど、今、顔を合わせたら、また勝手に体が反応して、シエラ様を落ち込ませてしまうかもしれない。


 ゼレシア様はシエラ様が来なければ、私を殺して無理矢理連れて行くと言っていた。

 シエラ様の様子だと、戦っても勝ち目が薄いのだと思う。

 

 なのでどちらにせよ一度、お別れしなければいけないのは確定しているのだ。

 どれだけの期間、ここを離れるのか分からないけど、こんな別れ方じゃいけない。

 だからそれまでに、自分の気持ちに整理を付けて覚悟を決める。


 私は窓の外を眺め、仕事をしながら、空がゆっくりと暗くなるのを待った。




 ---





 空が赤く染まり、陽が西の地平線に近づく。

 まだ完全には落ちきっていないけれど、その明かりが薄らいでいるのを感じる。

 

 寝室の前に置かれた昼食に、手が付けられた様子は無い。

 お腹が空いているはずなのに……これはそれほどまでに傷つけてしまったということだ。


 仲が良くなったのに、いまだ魔物と同様に見られている……私にはそんな経験をしたことは無いけど、イメージは出来る。

 それはきっと、とても寂しく、やるせなく、自分ではどうしようもない無力感に苛まれる……と、私は思う。

 だからこっちから、歩み寄らなければいけない。


「シエラ様。中に入らせてもらいますね」

「…………来ないで……」


 部屋に鍵は掛かっていない。


 私は一度深呼吸をして、扉の取っ手に手をかけた。


「いえ、入ります」




 ---




 扉を開ける。

 

 薄暗い部屋の中のベッドの上で、シエラ様は静かに座っているのが見えた。

 足を組み、うつむき加減で座っている。

 肩が小刻みに震え、まるで隠すようにして手で顔を覆っているけれど、その手の隙間から溢れ出した涙が、静かに頬を伝って落ちていた。


 私はその姿を見ながら、部屋の扉の前でゆっくりと口を開いた。


「シエラ様、その……まず謝らせ――」

「やめて!!」


 突然の怒声に思わず息を呑んでしまった。

 もう一度、話しかけようとしたが。


「違う、フィオネは悪くない。全部、全部……私が悪いから……」


 顔を合わせず、目を伏せながらそう呟くご主人様。

 

「何が……ですか?」


 悪いのは私の方なのに……

 また魔物と同じように見てしまった事を謝りたいのに、それを許してくれないご主人様。


 疑問に思っていると、シエラ様は少しずつ、言葉を溢し始めた。


「知ってたの……フィオネの村に魔物が侵攻していること、その村の人達が何も出来ずに、死んでいくことも……私が行けばその人達はみんな助かってた」


 いつもと違って饒舌。

 

 私は黙って声に耳を傾けることにした。


「私が助けなかったから、フィオネがそうやって、魔物に怯えるようになったのは仕方ない、それが当然……なのに……でも、分かってても傷ついた……!」

「……はい」

「今も世界の終わりも、他の人達がみんな死んでしまうのもどうでもいいって思ってる、自分とフィオネさえ助かれば……こんなことを思ってるからフィオネが酷い目にあって、魔物に怯えるようになったのに……」

「…………」

「………………フィオネに怯えられて、今も心の何処かで悲しんでいる自分。でも、助けに行かなかった私が悪いとそれを諌めて、どうにか納得しようとしている自分……」


 どこから出したのか。

 シエラ様はサッと取り出したナイフに、魔力を込め、自身の胸を突き刺す構えを取った。


「もう……何も考えたくない……こんなに辛いなら、フィオネと出会わなければ――」


 そこから先は見過ごせない。


 刃が肌に触れる直前、私はベッドに上がり、走ってシエラ様に近づき、持ってた物を叩き落とした。


「ぁぁ……」


 ご主人様は遠くに飛ばしたナイフの方を、ぼ〜っと見ている。

 

「いっときの感情に委ねすぎです。私を絶望から救ってくれた人とは到底思えません」


 私は柔らかな頬に手のひらを添え、親指でそっと涙の跡を拭いながら、シエラ様の顔をゆっくりと自分の方向に引き寄せる。

 

「フィオネ……」

「シエラ様、一つ質問をさせてください」

「ん……」


 ご主人様は小さく頷いた。


 今から聞くことは、少し雰囲気に合ってないかもしれない。

 でも時間が無いのだから、ここではっきりさせておきたい。


「私のことは好きですか? 嫌いですか? それを教えてください」


 そう聞くと。

 

「……なんで今……?」


 恥ずかしそうに顔を横に向けようとした。

 でもそれを阻止して、両手で視線の先を固定する。

 

 これでもう私の顔を見つめる以外のことは出来ない。


「とても大事な事ですよ。今、そのお口から聞きたいんです」

「……ぅぅ…………」


 顔を赤くしながら目を瞑ってしまった。

 

 言えないなら仕方ない。


「では、そのまま目を瞑っていてください」


 体が震えているのを見ながら、私はゆっくりと腕を伸ばした。

 戸惑いがないように、そっと背中に手を回し、そのまま静かに抱き寄せる。

 ご主人様がほんの少し、体を預けるようにして力を抜いたように感じた。

 柔らかな髪が頬に触れる。


 私はシエラ様の背中を、ゆっくりとさすりながら言った。

 

「言葉、もしくは体でしっかりと気持ちを伝えるというのは、結構大事な事なんですよ」

「……フィオネの体、震えてる……」

「気づきました? 昨日の今日どころか、さっきの今ですからね。まだ体がちょっと怖がってるんです……」


 そう伝えるとシエラ様は目を開け、黙って私の肩に手を置いた。

 引き剥がすつもりなのだろう。

 

 まぁ、こんな言葉を口走ったら、そうしたくなるかもしれない。


 でも、そうはさせない。


 私は肩に置かれた手を払い落とした。


「シエラ様が言葉に出来ないなら、私が私の気持ちを、体で伝えます――受け取ってください」


 ご主人様の首に顔を近づけると、ほのかな体温と柔らかい香りが漂ってきた。

 

「……何を――ひゃっ!?」

 

 そっと唇を首筋に触れさせる。


「やめ――」

「本当にやめて欲しいなら、私のことを突き飛ばしてください。シエラ様ならそれが出来るはずです」


 そう耳元で低く囁いて、歯を立てた。

 

 柔らかい肌を押しのける感覚と、微かな抵抗。

 それは、温かさを直接取り込むような行為だった。

 

 短く、小さく声を漏らす音が耳元で聞こえる。

 

 そのまま離れず、私は歯を沈み込ませていった。




 ---




 

 歯をゆっくりと引き抜く。

 

 咬んでた時間は2分ほどくらいだろうか。

 ちょっと興が乗ったのもあって、長くやり過ぎてしまったかもしれない。

 

 シエラ様は突き飛ばすどころか、私の背中に手を回して、服をぎゅっと握っている。

 シワが出来てしまいそうだ。


「フィオネ……自分が何をしているか、理解してる?」

「逆にこっちが聞きたいくらいです。なんで素直にこの行為を受け入れたんですか?」


 これを受け入れたということは、上下関係が逆転したと言っても良い。

 この世界だとそれくらい、重要な意味合いがあったはず。


「それは……」

「それは?」


 そう聞き返すと背中から手が離れていく……

 

 と思いきや、更に強く抱きしめられてしまった。


「私も……私も好きだから……愛してるから……!」


 涙ながらに叫ぶシエラ様。

 シエラ様の肩に顔をそっと乗せ、同じくそれを返す。

 

「はい。その言葉を聞きたかったです」


 私は耳元で囁くように言葉を返した。


「だから……一緒に逃げよう? 私達だけなら……」

「そんな事をすれば、もっと自分のことを嫌いになっちゃいますよ。私も。きっとシエラ様自身も」


 それにご主人様は、ゼレシア様から逃げ切れるなんて考えていないはず。

 一回見ただけだけど、なんとなく分かる。

 あれは人の心と形を持った、全く別の生物だ。

 

「……分かりますか?まだ私は怖いんです。こんな事をしておいて言うのも何ですけど……」

「…………」

「だから忘れさせてください。もう私が怯えなくて済むように」

「え?」


 分かっている。

 最低なことだ。

 自分で出来ないからと、他人にそれを任せると言うのは、とても怠惰な話だと思う。

 でも、こうしないともっと悪い流れになってしまう。

 結局はお別れをしないといけない。


 ご主人様の柔らかい髪に指を滑らせながら、ゆっくりと声を落として話しかける。

 

「次にシエラ様を抱きしめた時、私が震えないよう」

「でも……」

「他人は関係ありません。シエラ様が愛している私のために戦ってください」


 こんなの口にするだけで、自分の事が嫌いになってくる。

 無力でどうしようもない自分が。

 でもそうするしかないのだから、仕方ない。

 

「…………」

「離れてる間や戦ってる時、そして他の人と会話している時も、ずっと私の事だけを考え、想い、行動するんです」


 私がそう囁くと、少しだけ何も反応がない時間が続いた。

 もしかたら怒ってしまったかもしれない。


 そう思って言葉を掛けようとすると――

 

「…………ずるい」

 

 シエラ様がそう言うと同時に、尻尾を動かし背中へ、優しくトントンするように触れてきた。


「なら最後に……フィオネのお願いを聞くんだから……私のお願いも……聞いて欲しい……」


 何故か恥じらうように言っている。

 理由が分からない。

 

「別に良いですよ。私に出来ることだったら、なんでも言ってください」

「…………おねがい」


 そう言いながら次は私の太ももに、尻尾を擦り付けてきた。

 具体的な内容を言わずに、小さな声で『お願い』をせがむシエラ様。

 何をして欲しいのかこっちから聞こうかと思ったけど、そうするのは良くないと直感が告げている。


 少ない時間の間に、頭を回して悩んでいると、ほんの少しだけ体を離され、そして顔を私の口元に寄せてきた。

 荒い息遣いが肌に触れる。


 いきなりの積極的行動で、少しだけドキドキしてしまう。

 そして緊張で息を呑んだ次の瞬間、シエラ様の舌が私の唇の端に触れた。

 

 どうやら付着していた血を、舐め取られたようだ。


「…………おね……がい……」


 分かった……ようやく理解した。

 うちのご主人様は口下手で、考えている事が分かりづらくて仕方ない。

 

「そんなに言うのが恥ずかしかったですか?」


 そう聞くとご主人様は静かに頷いた。


 ならそのお望みに応える他ない。

 こういう経験は今までした事がないので、上手く出来るか分からないけど。


 私はシエラ様の肩に両手を置き、自分の体重を押し付けるように、押し倒した。

 上から覆い被さる形である。


「え〜っと、か弱い人間に好き放題されるのが嫌になったら、言ってくださいね」

「言わない……言っても絶対に止めないで」

「ふふ……こんなお願いも中々無いですよ。では、私の体力が尽きるまで、お付き合いください」


 そして私はご主人様の体を徹底的にいじめ、貪り尽くす。

 止めるよう懇願されても当然無視。

 

 お互いの愛を確かめる行為は、次の日の昼まで続いた。

 

 


 ---




 何かに首元を触られる感覚がして、意識がぼんやりと浮上していく。

 重たい瞼をゆっくりと持ち上げると、天井の模様がぼやけた視界に、じわりと浮かんだ。


 いつの間にか寝てしまったみたいで、もうすっかり夕方である。

 

 重たい体を引きずるように、布団の中でゆっくりと横を向くと……


「あれ、起きてたんですか」

「……うん」


 シエラ様が同じ布団の中で、私のことをじっと見つめていた。

 昨日の夜に比べると、見違えて落ち着いているように見える。

 一度寝てすっきりしたのかもしれない。

 

「ごめん……」


 どうして謝ってるのか、寝起きの頭では理解出来なかったので、少し間を置いて視線を下に移し、首の違和感を確かめる。


 そこにはご主人様の尻尾があった。

 どうやら先に起きて暇だったから、私の首を弄ってたみたいだ。


 そしてこの一瞬の間では当然、謝罪の理由なんて思い当たらない。

 

「何についてか分かりませんが、謝ってるのを初めて見た気がします」


 そう言葉を返すと同時に、シエラ様から体を抱き寄せられる。

 肌に触れられた時に一瞬だけ、ぶるっと大きく震えてしまったけど、すぐに収まった。

 

 お互い服を着ていないので、直に温かさが伝わってくる。

 私も寝たおかげで、脳内がリラックスしているのかもしれない。

 昨日あれだけやった後でまだ震え続けたら、流石に落ち込ませてしまうかもしれないから……


「昨日は邪魔者が来て色々と私自身、おかしくなってた」

「まぁ、そうですね」

「あんまり怯えて無いけど、多分、酷いことも言った……と思う」

 

 確かに言ってた。

 でも、それは仕方のないことだと思うし、蒸し返す気にもならない。


「だから、その、ごめ――」


 ――――――ぐぅぅぅぅ〜…………


 静かな部屋の中。

 何かを言い切る前に突然、シエラ様のお腹から低い音が、周りに鳴り響いた。


 胸の中に埋めていた頭を離し、上を向いてシエラ様の顔を確認すると、耳の先から首元まで真っ赤になっていた。


「………………ごめん」

「恥ずかしがらなくて良いですよ。長いこと何も食べてなかったので、当たり前の生理現象です」


 思えば昨日の朝から、シエラ様は何も食べてなかったはず。

 これはもう気が回らなかった、私が悪いと言っても良い。


「リビングに行きましょう。一応、昨日作った物を冷凍してあるので、それと一緒に他にも何か作りますね」

「うん……」




 ---




 そうして私達がリビングに向かうと、何故か……


「遅いぞ、お前達。さっさと飯を作れ」


 ゼレシア様が机に肘を付いて、リラックスした様子で座っていた。


「えっと……」


 理解できない光景を目に、一瞬、思考がストップする。

 そして私はすぐにシエラ様の方に視線を移した。

 もしかしたら暴れ出すのではと、心配だったからだ。

 

 だけど少し表情がムッとなっただけ。

 

 私の心配は余計なお世話に終わったようだ。


「折角の楽しい時間が台無し、今すぐ消えて」


 シエラ様は機嫌が悪そうに呟いた。


 そしてそれを聞いたゼレシア様が、同じく表情をムッとさせると思いきや、

 眼を細め鼻で笑うような、どう見ても小馬鹿にしているようにしか見えない、挑発的な笑顔に変わった。


「シエラ、お前は妾の力を忘れている」

「お前のことなんて、頭の中に残して置くだけ無駄。忘れて当然」

「ふむ、それもそうか。ならこれを見ると良い」


 そう言って取り出したのは一つの丸い水晶。

 そしてその球体に片手で魔力を込め始めると、その瞬間、空間に淡い薄膜のようなスクリーンが浮かび上がり、微かに揺れる。


「何ですか、これ」

「フィオネと言ったか?お前の記憶風に言えば【てれび】と呼ぶ物に近いだろう」


 聞き覚えのある単語。

 なんでその名前が出てきたのか、質問をしたかったけど、何か映像が流れ出しそうだったので、それに注視することにした。


「私はお腹が空いた。邪魔だから消えて」

「そう急かすな、これを見ればその気も失せる」


 そうして、そこに映り出したのは……


「え!?」

「…………」


 昨日の夜に起こった情事。

 しかも私視点である。

 

「あ〜はっはっはっ!!!!シエラ、恥ずかしく無いのか?数百歳も歳下の人間に、良いようにされて!」


 ゼレシア様は映像を指差して、涙を流しながら大爆笑。

 シエラ様は立ったまま静止して動かない。

 

「ちょっと!なんてことしてるんですか!!!」


 私はそれを黙って見てられず、すぐに水晶を奪い取り、床に叩きつけた。

 そして動かないシエラ様に駆け寄り、体に触れると……地面に倒れ込んでしまった。


「おいおい。ショックで気絶するほどか、これ?」


 この人。

 本当に余計な事しかしない。

 時間が無いのでは無かったのだろうか?


「ゼレシア様、何しにきたんですか……本当に……」

「そんなの決まってるだろう。そこに寝っ転がってる馬鹿を迎えに来た」


 そう言われ、一瞬、喉が詰まるような感覚を覚える。

 離ればなれになる寂しさからの、ストレスかもしれない。

 

「もう出発するつもりなんですか?」

「そうだ。シエラが起き次第、すぐ国に帰らせてもらう」

「その、私も……」

「ダメだ。お前を連れて行くと毒にしかならない。個人的には研究対象として、持ち帰りたいところだが……」


 何とか連れて行ってもらえないかと思ったけど、やっぱり無理だった。

 それに個人的にとは……


「研究対象とはどういう意味ですか?」


 そう聞くと一瞬、悩んだような仕草をした後、ゆっくりと口を開き始めた。


「お前に話すだけ無駄な話だが、妾は人間族を自由に操れる。記憶を覗き見る力も、それに含まれた力の一つだ」

「は、はぁ……」


 う〜ん……

 この世界特有の魔術的な話を説明されても、あまりついていけない。

 この家に来てからまだ一年しか経ってないし、そこまで勉強できていない。


「だから無駄だと言ったんだ」

「すみません……」

「お前を連れて行きたいのは、穴の向こう側の知識を持っているのが理由の一つ。そして二つ目は妾の力が及ばない点だ」

「そ、そうですか……」


 そう返すと、昨日見た辛そうな表情を一瞬した……ように見える。


「……まぁいい、時間が惜しいからな。シエラをさっさと叩き起こさせてもらう」




 そしてご主人様が目を覚まし、夕食を3人で食べ、遠出する準備を終わらせた。

 シエラ様は今日出発と聞き、怒りを露わにしていたけど、ゼレシア様がとある話を持ち掛けると、これを喜んで了承した。

 


 

 ---




 玄関の扉を開けると、冷たい風がふわりと足元に吹きつけた。


「……じゃあ行ってくる、フィオネ」

「はい、行ってらっしゃいませ。シエラ様」


 ご主人様達は私をこの家に置いて、薄暗く雪が吹き荒れる中を歩いて行く。

 後ろ姿が少しずつ小さくなっていき、どれだけ目を凝らしても、これ以上は追えないほどに離れてしまった。


 胸の奥が妙に重たい。

 喉元が詰まるような感覚に耐えきれず、小さなため息を吐いた。


「…………寂しいです。シエラ様……」

 

 こんな事を口走っても、何の解決にもならない。

 心にぽっかりと空いた穴を埋めるものが見つからず、私は足元の真っ白な地面に、視線を落とすだけ……


 そう思っていたら、雪を散らす音が前方から聞こえてきた。

 私はすぐに前に視線を向けると――シエラ様が走ってこっちに戻ってきた。


 忘れ物でもしたのだろうか?

 それとも私も……


 シエラ様が目の前で立ち止まった。

 

「どうしましたか?何か忘れ物ですか?」


 そう聞いても何の返事もせず、黙って自分のマフラーを外し始めた。


「あの……?」

「忘れ物」


 顔を上げると、シエラ様が柔らかく、温かい布を私に巻いてくれる。

 抵抗する間もなく、布が首元を包み込み、温かさが広がった。


「これはシエラ様の物ですよ……?」


 出会った時から付けているマフラーである。

 

「うん。それの匂いを嗅いでみて」


 私は言われるがまま嗅いでみた。


 ご主人様の柔らかい体温が残ったような、自然と触れ合う匂い。

 それはシエラ様が放つ獣人らしい、力強さと優しさを併せ持った香りで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「そのマフラーを見て、触れて、匂いを嗅いで……忘れないで欲しい」


 私はそれを聞いて、ふっと口元が緩んで無意識に笑みがこぼれた。

 

 この言葉。

 昨日言った内容にすごく似ている。

 

「……もしかして私の真似ですか?」

「うん。でも気持ちは真似じゃない。私自身の本心」


 真剣な顔で、そう告げるシエラ様。

 

「はい……ありがとうございます…………」


 思わず涙がこぼれてきた。


「私はシエラ様――貴女に出会えて、とても幸せです」


 雪の粒が顔にぽつぽつと当たって、そのひとつひとつがすぐに溶けて温かい水滴となり、頬を伝い落ちていった。

 その冷たさは一瞬で溶けてしまうけれど、同時に涙と混ざり、どこから来たのか分からないしっとりとした感情が胸を締め付ける。


「私も……」


 ふと、手が伸びてきて、あたたかい指先が頬を包み込んだ。

 その温もりが心地よくて、私は自然と目を閉じる。

 

 息が交じり合う距離。

 冷たい雪と共に舞い降りる空気を感じながら、優しく唇を重ねた。

 

 雪の冷たさが肌に伝わるけれど、それでもシエラ様との距離は、温かくて、どこか溶けていくような気がした。




 


 ---




 


「戻ってくるのがおせぇんだよ。馬鹿な事してる暇があったら結界を解いて転移できるようにしろ」

「マフラー渡したから、すごく……さむい……」

「お前さ、やっぱり馬鹿だろ……」

「うるさい」



 全部読んでもらえたようで感謝です。

 

 ここからは後書きです。

 くだらない事や設定を、作者が書き殴るだけのコーナーです。

 興味のない方はブラウザバックをどうぞ。





 この短編は明日12/21日土曜日16:30分に投稿する予定である長編作品

【邪神の使徒になった転生少女の冒険録 〜獣人の女の子に拾われました。調子に乗ってたら首を噛まれ1年の間、《噛み跡》が付いた状態で王都を歩かされるそうです。もう許してください...〜】

の前日譚で、本編からおよそ1000年以上昔のお話です。


 そしてこの作品はおそらく、しばらくしたら本編の方に移植する形になるでしょう。


 シエラさんの身長設定を載せておきます。

 およそ170cmほどです。

 転生幼女の方は好きに解釈してください。

 私の解釈をお答えするなら、大体うちの主人公の年齢が10〜14歳くらいに統一しているので、その歳の子の平均身長で解釈してもらえれば......


 そしてシエラさんがゼレシアに持ちかけられた好条件の話ですね。

 あれは本編中盤か後半に出るかもしれないですね。


 この世界の獣人族では恋人同士の場合、最初に首に傷を付けた側が勝者となり、その家庭でのリーダー的立場になります。

 もっと簡単に言えば、某有名ラブコメ漫画の『恋愛は好きになった方が負け』なんて言葉に近いかもしれません。

 まぁ付けられた傷は生命力の高さ、魔力総量次第で、すぐに治ってしまうんですけどね。


 ここまで咬む理由について語ってきましたけど、全然作者の性癖です。

 うちの作品は今のところ全作品がこの咬むという動作をキャラに強いてる気がします。


 これであとがきは終了です。

 明日16:30に投稿する予定の作品を応援していただけると本当に嬉しいです。

 作品ジャンルは主人公最強系の異世界冒険百合ファンタジーです。

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