第五十四話 王女にはそれしか無い
ほぼ何もしないでいい生活、今思うと常に物足りなさを感じる毎日でしたでしょう?
しかし、何もしなくても生活が保証されているというのは、なんと幸福で、なんと贅沢な事でしょうか。
そんな幸福に『物足りなさ』を感じる貴方は、さぞ強欲な人間なのでしょうね。
でも、その物足りなさを埋める努力は決して行わず、ただ眠って誰かが解決してくれるのを待つだけ。
本当に、怠惰極まりない。
だから貴方は、勝者を妬み敗者に安堵し、そして一人部屋の隅で腐っていったのです。
ねえ、『………』。
『テラス』となった貴方は、そんな……から変わる事はできた?
〜〜〜〜〜
私、テラス・テオフィルス・シュトラールは遂に!!……エクラに会いに行きますよ!!!!
そう意気込む私は早速、可愛く梱包し終わったドーナツを片手に部屋に戻った。
あっ。調理場の片付けはもう終わりましたよ。
ソフィと一緒なら超早い。
さて、相変わらず無愛想な使用人達を横目に部屋に戻った私だが……、
「さあ、始めますよ。」
ソフィによって早速着替えさせられる事となった。
ソフィ曰く、
「恐らく、もうすぐエクラ様の昼食の時間なので。そちらのドーナツ、食後のデザートにお出ししてはどうでしょう?」
との事だから。
流石はソフィ、気が利くねぇ!
まあそれはともかく着替えだ。
本当は、可愛さ全開!……だとか、格好良さ全開!……みたいにしたかったのだが、周囲の目線と立場がそれを許さない。
が、ハイそうですかと諦めるのも悔しい。
と、言うわけで。
「ソフィ?嫌な感じが出るほど豪華じゃないけれど、姫としての威厳も保てる可愛いドレスってある?」
私はソフィにお任せする事にした。
ソフィはそんな難題に対し、
「であれば、やはり姫様にお似合いなのは白。ですが、お似合いだからこそ、今ある白いドレスの殆どがかなりの豪華さを有しておりますので……。」
と、真剣に悩む。
そんな忠誠心を感じられる瞬間に内心微笑んでいると、ソフィは急に何かを思いついたかのようにハッと顔を上げると、
「そういえば、あれがありましたね……。」
といい、ガサゴソと何かを探し始める。
どんなドレスをソフィは出すのだろうかとワクワクして待つ。
少しして、この国ではあまり見られない不思議な装飾が施された一つの箱をソフィはコチラに提示した。
私は反射的に聞く。
「不思議な箱……、それで、どんなドレスなの?」
するとソフィはこちらの質問に、その箱からドレスを取り出すという形で答えた。
「こちらは人族大陸の奥地、砂上国家アンバーからの贈り物です。」
私が
「アンバー?何か、樹液が固まっていそうな名前してるね。」
と冗談めいた口調で返すと、
「?」
と、ソフィは疑問符を浮かべる。
あら、私の冗談スベったか。
「忘れて。……それよりそれより!!どんなのか広げてみて!ソフィ!!」
と少し無理のある勢いで催促する。
ソフィは私の無理な勢いに少し困惑していたが、サッと思考を切り替えササッとドレスを広げて見せた。
私はそのドレスを見て思わず声を漏らす。
「おぉ…。確かに異国の雰囲気は纏っているもののあまり異国異国していないというか……、とにかくこのドレス、かなり可愛いし綺麗だね。」
そのドレスは全体的に白を基調としており、布の重なった部分に異国っぽさを感じさせる品のある優雅な金の装飾が施されていた。
服のフリルは少な目だから、豪華な式典や会食などに着て行くのには向かないけれど、今日みたいに、世間体を保ちたいが派手過ぎるのは嫌だという日にはまさにピッタリだ。
砂上国家というのもあって、ほんの少しだがアラビアンを感じさせるこのドレス。
お腹の部分に穴が開いていないことにかなり安堵したのは秘密にしておこう。
私はソフィの鑑識眼に賞賛を送ろうと視線を動かした時、不意に箱にまだ何かが残っているのを見つけた。
「ソフィ、その箱にまだ残ってるそれは?」
私の問に、少し困った表現になるソフィ。
「ああ、それはですね……。」
そう言いながらソフィが取り出したのは、かなり大きな布であった。
その装飾はドレスと全く同じもので、ドレスと同じ品のある優雅さを感じさせた。
「これはまた良いベールねー。これに何か問題でも?ソフィ。……ソフィ?」
あれ、何か怒らせちゃったかな。と、そう思ってソフィの方を見たが、どちらかと言うと上の空といった様子で。
「おーい。……大丈夫?」
私からの何度目かの呼びかけで、ハッと我に返った顔を浮かべたソフィ。
ソフィの様子はまるで、前世の私がポケットにポケットティッシュを入れたまま洗濯を回した事に気が付いたあの時見たいであったが、ソフィの
「……申し訳ございません。少し、考え事をしておりました。大丈夫です。何も、問題はありません。」
という捻り出した様な返答に、私はただ口を閉じる事しか出来なかった。
……と、何だか暗い雰囲気になってしまったが、それより今はエクラなのでこの事は後回しにして切り替えていこう。
……え?従者に対して冷たいって?
……私は、相手が話したくなさそうにしているのに無理に話をさせて、計画性の無い浅はかな考えとか感情で動いて、そしてそれを無事に解決してしまう様な事が出来る程、主人公ではないの。
私に出来るのは、姫の真似事と殺しぐらいだから。
それより、今は服服!!
私は高鳴る胸を抑え、期待に満ちた声でソフィに、
「じゃあ、早速着てみようか!」
と伝える。
ソフィはそれに対し少しだけ興奮を見せた。
「はい、それじゃあ腕を上げてください。」
と、口では平静を装っているが、数年ずっと一緒な私には分かる。
ソフィは今、楽しんでいる……!
過去に何かあったかとか、ベールが嫌いなのかとか、そんなコチラの思念を吹き飛ばし、純粋に私に服を着させることを楽しんでいると言う事をコチラに感じさせるソフィ。
普段の事を考えると、少し子供っぽさを感じさせるようで、正直愛おしさを感じた。
だってほら見て!
今もこうしてニッコニコで(表情は殆ど変化無しだが)私の周りをグルグル移動しては何かをしてるんだよ!?
このクールさと可愛さと仕事出来る奴感が堪らないんだよねぇ〜〜!!!
……と、私もニッコニコでテキパキ動くソフィを眺めていると、気が付けば既に着付けが終了していた。
「なかなかにお似合いですよ、姫様。こちらを。」
ソフィはそう言って姿見を私の前に動かす。
私はその二つに感謝を述べつつ期待に胸を膨らませ、その鏡を覗いた。
そこに映っていたのは…………!!!!
〜凱旋を征く煩い人〜
ヒュディソスの街の住人達は皆、働き者だ。
彼らは強い団結力と絆を持ち、力のある者は朝から漁に出かけ、そうでない者は飯を作ったり農業に従事したり商売をしたりと、皆が役割と誇りを持って働く。
では生真面目かと聞かれれば、答えはノーだろう。
彼らは喧嘩もするし、サボったりもするし、それで怒られたりもする。
だが、それらも彼らにとっては日常生活の楽しみの一つで、エンタメなのだ。
都会の贅沢とはまた違った贅沢な暮らしが、この街にはあるのだ。
そんな彼らは今、各々の仕事や役割を放棄し、目の前に突如として現れた存在に目を見開いていた。
そう、わ た し だ 。
お前だったのか、とはならないし暇を持て余してもいないので安心して欲しい。
今まで何度も言ってきたが、私の髪は生まれつきの純白な輝きを既に七割ほど失っている。
これは、大罪魔法の代償として使用できる『前世の記憶』の残量を示してくれている。
当初はこの黒くなっていく髪に前世の私の姿を重ねていたのだが、今は前世の自身の姿すらあやふやになっているので、ただただ美しい黒髪と白髪のコントラストを楽しむだけである。
そういう訳で、今はどちらかと言うと黒髪少女な私。
ではそんな私が、ヴェールによって更にアラビアンな雰囲気が加速した子のドレスを着て、約一か月ぶりに突然、少ない従者を引き連れて、馬車ではなく徒歩移動で街を歩くとどうなるであろうか。
その答えは、
「す、すげぇ……!こんな至近距離で初めて王族様を見られるとは……!」
「め、女神様じゃぁ……。龍巫女様の再臨なのじゃぁ……!!」
「俺、この戦いが終わったら姫様に踏んでもらうんだ……!」
「やはり姫様はお美しい……!あの白と黒の髪、赤黒い角、赤と青の瞳が溜まらないのよ!!!!」
であった。
うーん、悪い気はしないね。
姿見で自分の姿を確認したときも、
(おお、何か神々しさまてあるな。)
とは思ったが、まさかここまで注目されるとは。
何なら拝まれてるし……。
私は、隣を歩くソフィが不安そうな顔をしているのに苦笑いを浮かべつつ、街の住人達に挨拶をする。
お魚抱えたままフリーズするおじさんだとか、大根見たいな野菜を抱えて同じくフリーズするおばさんだとかがとても愉快で、私は心からの笑みを浮かべて歩く。
本当は護衛無しのゼロ距離で話をしてみたいものだけれど、まあそういうのはゆっくり進めていこうか。
まずはこうする事で、少しでも親しみやすさを感じ取って家に持ち帰ってくれたらそれで良い。
と、そんな事を考えて機嫌良く歩いていた時であった。
「わあぁぁぁぁ!!!!お姫様だ!!!!」
この街の女の子が、私の足にその小さな身体を抱き付けたのである。
驚愕に目を見開いた街の住人達からは、既に先程までの楽しげな雰囲気は消え、あたりは静寂と緊張に包まれる。
遠くを見ると、この子の母親と思われる魔族が必死にコチラに走ってきているのが見えた。
ここに居る全員が、まるでスローモーションの様に時間の流れが遅く感じているだろう。
そんな雰囲気の中、私はおもむろにその女の子に向け静かに手を伸ばすと、
その子の頭を、優しく撫でたのであった。
何度でも言おう。私はこれでも王族だ。
姫である私に不用意に近付く者は、例え誰であれ切り捨てられてもおかしくない。
当然、普段であれば私の足に辿り着くことなどはなく、最悪その女の子は切り捨てられていた。
だが、そうはならなかった。
何故って?
こんなの、事前に想定してない訳ないもの。
私がこの、ソフィと少数の近衛兵のみを引き連れた移動をするにあたって、先にいくつかの命令を下してある。
その内の一つに、
「怪しい相手には私が直接手を下す。だから、例え街の住人が私に近付いても決して!……剣を抜いては駄目だよ。」
というのがある。
つまり、女の子が私に近付いても私が攻撃しなかったので、この子は警戒対象では無いと暗に伝えたと言うわけである。
街の住人達が目の前での光景に緊張と困惑、……そして少しの希望を感じている中、
「ねえねえ!!お姫様だよね!!凄いね凄いね!!可愛いし、とっても綺麗!!!!」
と、そんな事になっているとは露知らず、目をキラキラさせる女の子。
私はその子に、幼かった頃のエクラを重ね見る。
「ふふ、ありがとう。貴方の名前は?」
私はその場にかがみ、その子と目線を合わせ、なるべく優しい声色を意識して話しかける。
「私?私はティマ!!ねえねえ!!お姫様って普段は何をしてるの??」
すると、ティマはとても嬉しそうに質問をしてくれた。
懐かしい。エクラも、最初は私しか頼れる人がいなかったから、こうしてずっと私に質問してたんだよね。
私がその子の質問に答えようとしたその時、その子の背後から
「ティマ!!!!」
という焦りに満ちた大きな声が響いてくる。
其方を見ると、ティマの母親が肩で息をしながら、まるでこの世の終わりを悟ったかのような表情で立ち尽くしていた。
しかし母親は、私に見られた事でハッと我に返ると、
「も、も、申し訳ございません!!!!」
と、地面に頭を埋める勢いで平伏した。
私の手の元に我が子が居る為、不用意に手を伸ばして引き剥がす事も出来ず、母親はただただ我が子の身の為に必死に謝罪を繰り返すばかりだ。
街の住人達は、ただ息を呑んでこの後の展開を待つばかりだ。
そんな母親の元に私は、ティマの手を取り共に近付くと、
「頭を上げてください。……謝る必要はありません。この子とは、ただ仲良く話をしただけですので。それに、ティマちゃんは私の事を褒めてくれたのですよ?可愛いって。綺麗だって。それって、とっても素敵な事ではありませんか?」
と、顔を上げた母親を安心させようと、これまたなるべく優しい声色を意識して伝えた。
そして、少し落ち着きを取り戻した母親の方に進むよう、そっとティマを導く。
そうして、ゆっくりと母親の元に帰ったティマが母親のすぐ側に来ると、母親はティマを強く強く抱きしめた。
我が子の暖かさに、強い安心感を覚えた母親はその場に崩れ、私に何度も何度も
「ありがとうございます……!ありがとうございます……!!」
と、告げ続けるのであった。
私は、隣で凛と立つソフィに小声で、
「……進みましょう。」
と告げる。
それにソフィは了解の意を示した後、近衛兵達とソフィは何事も無かったかのように陣形を整え、私が歩みを進めるのを待っている。
私はその動きに満足しつつ、別れの挨拶をティマに送ろうと思い立った。
私は再び視線をティマに戻すと、
「それじゃあ、私はそろそろ行かないとだから、またね!……あっ。今回みたいに、知らない相手に急に抱きつくのは本当に危ない事だから、もうしないって約束ね?」
と、恐らく過去一の美少女スマイルを浮かべた。
私の言葉とその仕草に、
「う、うん……。」
と、何やら上の空な様子で返事を返したティマ。
この時の私は、余計な一言だったかな?と反省したのだが、後になってあの表情が、幼い頃のエクラが私に向けていた表情そのものであった事に気が付く。
それに関連して、幼い頃のエクラの様子がまるで走馬灯のようにいくつも思い浮かぶ。
これに、順調に街を進み終え遂に目的地へと到着した私はニヤリと笑う。
目の前には、エクラが私の為に頑張っている場所。
もはやその場所の存在すら愛おしく感じる。
ああ、エクラ。
やっと、君に会える。
〜約束の消えた瞬間〜
街長の屋敷に到着した私は、一切の出迎え無しに屋敷の門をくぐった。
それは街長へ、私が行おうとしているドーナツの配布計画と、これから向かう旨と、出迎えは一切不要である事を事前に伝えさせていたからだ。
流石に、無申告で姫が訪問するのは迷惑だろうから。
あと、それでバタバタされたら、エクラへのサプライズ訪問が失敗するからね。
……そう。事前に伝えたのは、エクラへサプライズしたかったという理由もある。というか殆どがそれである。
こうして、少人数による徒歩移動をしたのも、事前に街長に伝えて根回しをしたのも、その全てはエクラへのサプライズの為で、ある。
一連の行動の理由を知っているソフィは、そんな主人を見て苦笑を浮かべた。
(全く……。姫様は、エクラ様の事が好き過ぎますね。)
ソフィは、そんな幸せそうな主人を見るのが好きだ。
好きが自分に向く事は望まない。
ただ、幸せであってほしいと願うのみだ。
その願いには、一点の曇りも存在しない。
ソフィは、街長の屋敷の正面玄関で止まると、
「では姫様、手筈通りに。」
と私に告げ、正面玄関右手の方を見た。
そこには街長が用意させた小さな屋台小屋のようなブースがあった。
今からそこでソフィは、私達で作ったボールドーナツを屋敷内で働く使用人達に配るのだ。
私は小声で、
「うん。よろしくね、ソフィ。」
と、素の私で返事をし、そしてその籠に用意されたドーナツの事を思った。
(さぁ、ドーナツよ。私の名声を高めてくれたまえ。)
さて!
ドーナツの事は全てソフィに任せるとして、今はそれよりエクラに会いたい!!!!
もう他の事は全部如何でもいい!!
もう待てないから早く会わせて!!!!!!
私は少し……いやかなり早足で、エクラの居るという執務室へと向かっていた。
エクラの居場所を教えてくれた使用人の、
「宜しければ案内させていただきますが……?」
という親切を全て断り、魔法で既にマッピングを終えたこの屋敷の地図を目の前に浮かべる。
えーっと、三階の奥にある部屋らしいけれど……あっ、この部屋か。
ん?って……あれ?
な、、何で
その部屋には
エクラに重なる様に、知らない誰かのアイコンが表示されているの……?
不味いねぇ〜〜?
↓Xちゃんです。
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