第四十二話 崩壊
無音の魔法がかけられている王女から音などは勿論発生しない為、静かな夜の港町に王女の叫びが響き渡る、などという事にはならない。
だが、今の王女にそんな事を考えられる程の余裕は、最早残されていないのであった…。
「そういう事だったのか…!」
私は自分が今居る場所すら忘れ、独り言をブツブツと呟いていた。
思い返してみれば、私の中に潜んでいたお母様の力、つまり吸血鬼の力が目覚めたあの時からだった。
エクラが妙に可愛く見えたり、愛おしく感じたり、食欲が湧いたりしたのは。
いや、元々可愛いいけどね?……じゃなくて…そう!そうだよ!
エクラ可愛い!愛してる!!まで行く事は多々あったけど、そこから、エクラ美味しそう!に発展する事なんて無かったもん!
『食べてしまいたいほど愛おしい』みたいなフレーズが言いたいんじゃなくて、本当に美味しそうだと感じてしまった。
あれは食欲だったね。絶対。
「吸血鬼の食欲とか、吸血衝動以外の何物でも無いでしょうに……。はぁ…、なんでこんな簡単な事気付けなかったの?………そういえば犬歯伸びてた、とか今更思い出した…。私の馬鹿……。」
私の吸血鬼の力が覚醒してから一度も、私の吸血鬼の部分に食事を与えていないなら、そりゃフラフラするでしょうね。
…………血、か。
私はゆっくりと足元に広がる街を眺めた。
少し見渡し探していた場所を見つけた時、私の口角が自然とつり上がっていた事を、この時の私は全く自覚していなかったのであった。
私が降り立った場所、それは暗い路地であった。
エクラと出会ったあの場所を彷彿とさせるこの場所に降り立ったのは、どんな国のどんな街にだって必ず存在しているあの施設。
10分ほど歩いたであろうか。
暗い路地の一角にボンヤリと漏れ出ている灯りを確認した。
私は鼻歌を歌いながら、呑気げにその灯りに近付く。
そして、灯りの漏れ出る建物の前に到着すると、私はその建物の壁にもたれかかり、これまた鼻歌を歌いながらその建物の中から発生して『ほしい』声を待った。
少しして、私の欲が満たされる事となった。
「今日の祭り見たかぁ?テメェら!あの王女、な〜んにも知らなさそうなクソガキだったな!!」
ギャハハハ!!!と、複数人の下品な笑い声が聞こえてくる。
恐らく酒場であろうこの場所での会話は続く。
「そうそう!王女の隣りに居たあの鷹人の女!!ありゃぁ、いい女だったなぁ!!王女のスピーチを聞くに、アイツは王女のお気に入りって所かぁ!アイツチョロそうだし、何か利用出来ないかねぇ。」
「あ!!…兄貴ぃ!俺、いい事思い付きましたぜ!まず、あの鷹人を騙して仲良くなるんです!んで、その後ここまで誘導し、後は俺らで鷹人を楽しんd……」
「エリアスリープ。」
私がそう唱えた瞬間、薄暗い部屋にいた男達はバタリと倒れ込んでしまった。
それを見届けた私は、とある魔法を発動させる。
「私のお部屋へようこそ。『絶界』」
魔法を唱え、不可視と無音の魔法を解いた王女は、それはそれは美しい笑みを浮かべていた。
私の思いに寄り添い、魔力は魔法へと変換される。
そしてそれは、目の前で倒れている屑達憩いのこの空間を密室へと変貌させた。
結界魔法であるこの魔法は、内部から見ると、薄い虹色の膜のような結界が囲ってある事が見える。
内部で発生した音は決して外部には漏れず、内部で行われている事を外部から視認する事はできない。
そんな、小さなお部屋を作る私のオリジナル魔法でございました。
さて、エクラ相手に気持ち悪い妄想をしていたこいつらですが、別に殺しはしませんよ。
今も、私の魔法で眠っているだけですからね?
その変わり、少し私の実験に付き合ってもらいましょう。
もしですよ?もし、その実験の過程でその命が失われてしまったら、それは未来の為に英雄となった、と言う事と致しましょうか。
では、始めましょう?
〜一方その頃〜
「はぁ…。本っっ当に姫様は……!」
この国の王女の専属メイドであるソフィは、たった今主人が飛び出していった夜闇を眺め、ため息をついていた。
「テラス様…。」
一方、王女の寵愛をその小さな身体で受け止める秘書のエクラは、メイドとは正反対に焦り倒していた。
それもそのはず、自身の前で敬愛する王女が涙を流しそして飛び出していったのだから、不安になるなと言う方が難しいだろう。
エクラは震える体を抑えながら、自身に、愛するあの人を追いかけ、そして抱きしめてあげられる力が無い事を悔やんだ。
(この背中に生えている翼は、どうして私を空へと運んでくれないのでしょうか…)
その悔みに加え、騒ぎにしてはいけないという事も有り、結局自分に今出来る事は何もせず王女を信じる事だけという事実が重くのしかかった。
心の締め付けに苦しめられるエクラを見かねたソフィは、
「…明日も大忙しなのですから、今日は早くお休みになられてください。」
と、優しくエクラをベッドに誘導するのであった………。
さあ、そんな事は露知らず。
王女殿下は楽しく実験中でございます。
「なるほどなるほど。他人の血を使用してもブラッドマジックは発動可能、と。ただし、使用できるのは死人の血のみなのか。これはいい勉強になるね〜。」
はい。というわけで、皆様ご察しの通り一名が英雄となりました〜。
犠s……英雄となったのは、さっきエクラに何かするとかどうとか提案していた魔族でーす。
こいつらを眠らせてから既に二時間は経過しているのだが、既にいくつか分かった事がある。
実は、分かった事の殆どが「だろうね。」で終わってしまったのだが、一つだけ驚いた事がある。
それは、『血を吸ってみよう!』という実験をしてみた時であった……。
ここでこいつらと一緒に酒を飲んでいた奴らは他にも何人か居たのですが、その中の誰かの血を吸ってみようと思ったのですよ。
私の吸血鬼の部分が空腹らしいからね。
んで、出来るだけ綺麗『に』血を飲みたかったのですよ。
だから、まだ清潔そうな肌の持ち主を探しました。
何日もお風呂に入って無さそうな、汗だくのオジサンの肌から血なんて吸いたくないよね。
そしたらなんと、一人だけ女性の盗賊っぽい方が居まして!
ローブを纏ってて最初は分からなかったけど、ローブを捲ってみたらそこそこ清潔にしていたんですよ!!
「おっ!!ラッキー!!!」
私はそう言いながら、前世の採血を思い出して、健康的な腕に噛み付いてみました。
犬歯刺したら飲めるのかなって。
……結果、飲めませんでした。
いや、血は吸えたんです!
この伸びた犬歯がどんな構造になっているかは知りませんが、ストローでジュース飲むみたいに飲めたんです。
味はよく分かりませんでしたが、飲み込めたんですよ。
ですが結局私が飲んだ血は、水とかジュースを飲んだ時と全く変わらない結果になってしまったのです。
まあつまり、やがてお花を摘みに行かなければなら無いという訳ですよ。
結果として、空腹感は消えず、力が漲るー!!とかそういう事も全く起こりませんでした。
結論、意味なし!
うーん、分からん。
あれからも色々と試してみたけれど、別に吸血鬼の力が無いわけでも無いし……って、あれ?
そういえばこの魔族たち、全然美味しそうに感じないよね…?
私がこの空腹感を自覚した時、感じたのは美味しそう…!という食欲だったはず。
まさか、吸血には条件がある……?
……まぁ?別に吸血しなかったからって死ぬ訳では無さそうだし!全然余裕だし!
……大丈夫、だよ、ね…?
さてと。
明日は昼から新居にお引っ越しだから、今日はここらでお開きにしよう。
問題はこのゴロツキ達だけど、どーせ酒ばっか飲んで碌なことしてない奴らだろうし、このまま放置でいっか。
私がつい英雄にしてしまった魔族は、急性アルコール中毒って事で。
「それじゃ、私の実験体になってくれてありがとー。不可視、無音、飛行っと。」
私は手を振りながら絶界を解除し、この場を去っていったのであった。
その後は特に寄り道もせず真っ直ぐ街長邸へ向かった。
先程……まあかなり時間は経ってしまったがともかく!飛び出したバルコニーに向かって私はゆっくりと降下し、そしてスタッと着地した。
そこまで来てようやく、
(あっ。私怒られるかも。)
と気が付いた私。
部屋の中を恐る恐る覗くと、そこにはベッドで眠っているエクラと、それに寄り添うような形で寝落ちしているソフィの姿があった。
(可愛い。まるで仲良し姉妹みたい。)
その光景に魅入っていると、不意に何かが光を反射しキラリと一瞬光った。
その何かとは、ソフィの足元に置かれた剣であった。
一瞬暗殺者でも入り込んだかと思って身構えたが、どうやらソフィが私の代わりにエクラの事を守ってくれていたらしい。
流石、実はそこそこ強かったりするソフィ。
優秀優秀。
私は不可視と無音の魔法をあえて解除し、部屋の中へと歩みを進めた。
すると、バルコニーの扉が開く音でソフィは飛び起きて、まだ覚醒していない頭のまま剣を拾い、そして私の方に剣を向けた。
ここまでは良かった。だがこのあと私は、全く予想していなかった出来事に遭遇する。
「だれだ〜!きしゃま〜。」
…え?、と私は自身の耳を疑った。
その声は普段のクールなソフィからは考えようのない、あまりにも可愛らしくてフニャフニャした声であったのだ。
「え、可愛い…。」
そんな呟きが、気が付けば私の口から溢れていた。
これがいわゆるギャップ萌え、なのか。
…悪くないな、いや、むしろ凄く良い…!
……なんて馬鹿な事を考えていた時であった。
「ぅん?…………………………あ。」
目と目が合い、無言の時間が少し。
これは、ひょっとしなくても起きたな?
「…ひ、姫様?その…、ええと…、わ、忘れていただければ嬉しいのですが…。」
完っ全に目が覚めたであろうソフィは剣を下ろすと、顔を真っ赤に染め上げながら私に訴えかけてきた。
私はお姫様スマイルを浮かべると、
「ええ。私は何も見ておりませんわ。」
と優しく伝えてあげた。
突然そんな対応を取った私にソフィは少し困惑していたが、様子を見る限り安堵しているようだ。
そんなソフィから目を逸らし、小声で、
「…だれだ〜、きしゃま〜……フフ。」
と笑いを含ませて復唱してみた。
すると、
「姫様!!」
と怒られてしまったが、その後も私は何度も何度もしつこく復唱をした。
本気で恥ずかしがっているメイドをからかって遊ぶ王女は、それはそれは笑顔であった…。
といった具合でじゃれ合いをした私とソフィであったが、現在私はなんと、
ソフィと同じベッドに入っていた。
何故こんな事になってしまったかというと、あの後冷静になったソフィに、
「姫様。突発的な行動はお控え…いえ、やめてください。何より迷惑ですし、心配で胃を痛めるこちらの身にもなってください。」
と怒られてしまったのだが、そこから何故か、
「今夜は姫様が逃げ出さないように私が付きっきりで見張ります。ほら、姫様。もう遅いですから早く眠りについてください。」
という、謎の宣言からの催促をされたのだ。
そこで私の軽率さが発動してしまった。
「なら久しぶりに一緒に寝る?」
「はい。…えっ?」
「ほらほらソフィ。こっちおいで〜!」
「えっ、えっ?」
その後、困惑して思考が停止しているソフィを半ば強引に引き込んで現在に至る、といった感じだ。
そして既に私は後悔していた。
確かに『まだエクラも居なかった頃』、私はたまにソフィと一緒に眠る事があったのだ。
勿論メイドが王女と同じベッドで眠るなんて許される事では無いのだが、当時の私は
「私が良いって言ったから大丈夫だって!」
という軽いノリでこんな事をしていた。
最初は流石のソフィも拒んでいたが、やがて根負けし、その後は私が寂しくなったら一緒に居てもらうようになっていった。
転生前の記憶があったとはいえ、感性はその時の年齢に相応しいものに引っ張られるという現象があったのだ。
おかげで五感が突然鋭くなった事で色んな刺激をより強く感じたり、別に何ともなかった事でも何故か涙が溢れたりと思ったら嬉しくなったり……。苦労したなぁ……。
というわけで、夜は仕事で忙しいお母様の代わりにソフィが私のお母さんとなってくれたという話でした。
めでたしめでたし〜。
…いや、めでたくないかも…。
まず、秘書という立場のエクラが、私と同じ寝室である事自体簡単に許される事では無い。
でもそれは、国王であるお父様から許可を得ているので問題は無くなった。
ただ、私とソフィが同じベッドで眠っている今の状況は、昔から一切許可などされてはいなかった。
まあ本当は一部の城の使用人達にはバレていたのだが、皆私と仲良しだったので黙っててくれたのだ。
だがここは街長邸。仲良しの使用人など勿論存在していない。
(一応この部屋の入口前には護衛の近衛兵が居るから、知らない誰かが突然入室してくる事はほぼ無いとは思うけど…。)
あ、因みに私達が今どんな体勢でベッドに入っているかと言うと、ソフィの胸辺りに私が顔を埋めるようにくっついて眠っている。
この眠り方、エクラと眠る時と同じなのだが、実は幼少期にソフィと眠る時に生み出した睡眠方法だったりする。
私が色々悩んで眠れずにいると、
「…眠れませんか?」
と、頭上からソフィの囁き声がした。
「え?…まあ、そうかも。」
幼少期、そして父母の力覚醒後は睡眠欲を感じる事が殆ど無くなってしまったので、眠るのが難しくなった事は確かに事実だ。
「そうですか。では、昔のように抱きしめましょうか?」
「うん。…え!?」
え、幼少期の私ってそんな事してたっけ!?
ヤッバ。忘れた。どうすれb
「では失礼しますね。」
その時、ギュッと私の身体は暖かさと柔らかさに包まれる。
その暖かさで私の記憶は蘇る。
(あぁ…。そういえば、ソフィの事はお姉ちゃんのように感じていたんだった…。この…不思議な…安心感は……………)
温もりに包まれ、私は夢の世界へと旅立って行ったのであった……。
〜そして朝は訪れる〜
「……ふわぁ……。…?……そうでした。あの後、結局私は眠ってしまったのでした。……テラス様はお帰りになられたのでしょうか。」
崩壊は
「そういえば、ソフィ様はどちらにいかれたのでしょう?……あっ。ソフィ様も眠ってしまわれたのですね。………あれ?お布団が膨らんで…」
始まった。




