第四十話 王女の欲 / EX.4愛の為に
「暇だね…、エクラ。」
「ですね…。」
時刻は夕暮れ。
夕日に染まったこの街は、昼間見た時とはまた違う美しさを現す。
街のお祭りムードもすっかり収まり、町の住民達は自身の生活へと戻り始めていた。
そんな中私達は、談話室内のソファに並んで座り、ボーッと窓の外を流れる雲を眺めていた。
どうしてこんな事になっているのか。
それは、少し前に遡る。
「ヴェデーレだと!?」
街長オーロスのその驚愕に満ちた大声は、私達の居る談話室内に反響する。
その声を受けたエクラの肩は跳ねた。
一瞬どうしてやろうかと思ったが、今はそれどころでは無い為我慢した。
オーロスは頭を抱えて少しの間黙り込むと、
「姫様…申し訳無いのじゃが、先の話はまた後でも構わんだろうか?」
と、苦悶の表情で私に話す。
「ええ。…それより、ヴェデーレの女王ですか…、一体どうしてこの街に…。」
「分かりませぬ…。」
私とオーロスは、共に思慮に耽るのであった…。
我が国シュトラールの王は、スルンツェ王とその妻ローアル女王。そして王を支えるのは、世界樹国ヴェデーレ出身の宰相エスタルとレミアだ。
つまり、我が国とヴェデーレの繋がりは強く、更に言うと、建国の際ヴェデーレを参考にしてこの国の憲法や街は作られている。
もっと簡単に言うと、我が国にとってヴェデーレは、『頼れる先輩』のような国なのだ。
でも、あくまで『先輩』で、家族では無い。
他人がアポ無しで突然家に訪ねてきたら、それは例え最高の親友であったとしても失礼だろう。
ただ問題なのが、失礼だが大切な存在だから、無下には出来ないと言う事だ。
それが、今の状況。
頼れる先輩、しかし失礼なヴェデーレの最高権力者である女王を、この街は今から歓迎しなくてはならないのだ。
可哀想ー、と他人事の様に話す事なんて、私の立場で出来るはずもなく、
「オーロス。取り敢えず、今すぐこの街の主要人物達をここに集め、緊急で対策会議を始めましょう。そして、この街の住民達には決してこの情報を漏らしてはなりませんよ。」
と、支持を出す。
オーロスもその言葉にハッとしたのか、
「そ、そうですな!すぐに行動を開始しますぞ!!」
と言い、慌てて部屋を飛び出して行った。
報告に来たランレンさんもそれに追従し、部屋を出て行った。
そうして私達は談話室に取り残され、今に至るのであった。
「あ、テラス様。あの雲、この前テラス様が馬車で描いた動物のようですよ。」
そう言ってエクラが指を指した先にあったのは、先日暇を持て余した私が、馬車内にて描いた芸術的……な猫の絵のような形の雲があった。
同じくそれを見た後ろのソフィが、
「グフッ…!」
と、吹いた。
「あっ!ソフィ今笑ったよね!!」
コノヤロー!、と私はソフィに突っかかる。
「申し訳、ありません…!…フフッ……!」
「フヘヘ…!」
私を笑うソフィと、そんな私達を見て笑うエクラ。
平和極まりないのだが、私は不服であった。
…ええそうですよ!!私に絵心はありませんよ!!馬車内で描いた猫も、全然可愛くない謎の化物でしたが!?
はぁ…とため息をつきながら、私はこの目の前に広がる平和な世界を見て感慨に耽ったのだった。
最初の私達の関係は、主従関係であった。
私が頂点で、それに従事するソフィと、何だか遠慮がちな距離感を持っていたエクラ。
この三人の間には、それぞれ複雑な溝が存在していた。
私とソフィの間の溝は……まぁ殆ど無かったかも。
だって私の専属メイド一日目にしていきなり、寝ている私から無理やり布団を引き離すなんてブッ飛んだ事をしたし。
ただ問題は、ソフィとエクラとの間の溝だった。
この溝がホントに埋まらない!!
まず、エクラの立場が難しい事が問題だった。
エクラは私の保護下にある為、エクラに何か害を成せばそれは私に対する宣戦布告と見なされる。
だから実質的にエクラには、私と同等レベルの立場が与えられていた事になる。
とはいえエクラはあくまで平民で、更に言えば親が不明な孤児だ。
だから貴族ばかりの使用人達は、孤児に従事する事をプライドが許さない……が、姫様の保護下だからそうも言ってられない……と、とにかく複雑だったのだ。
そんな複雑な立場のエクラとどう接すれば良いのかの判断は容易ではない。
そしてもう一つの問題。
エクラが良い子過ぎたのだ!!
エクラは本当に優しくて可愛くて最高の存在で……じゃ無くて。
エクラは優しいから、使用人達に優しさを振りまく。
更にエクラは控え目な所もある為、決して自身の立場を利用したり誇示したりせず、むしろ謙遜しまくる。
だから使用人達は余計に扱い辛く感じて行き、接し辛くなっていくのだ。
これは決して悪い事ではなく、このおかげで今使用人達で、エクラに何か悪さをしようと企む輩は居なくなった。
(まぁ、エクラに何かやった奴らは全員消してきた事も関係しているけれど。)
とまぁ、使用人達にとってエクラは非常に厄介な存在であったという訳。
では私のソフィはどうであったのか。
実はソフィはとある大貴族の娘だったりするのだが、何故だが異様に貴族を嫌っている為、貴族特有のプライドが邪魔してエクラに礼儀を尽くし辛いという事は無かった。
だが、自身の主人が異常に愛を注ぐ謎の少女エクラに対してソフィは、そのあまりに強固な忠誠心のせいでなんと警戒心を持ってしまったのだ。
だからソフィはエクラと一定の距離を取り、常に監視をしていた。
そしてそんな態度を取るソフィに、少しの恐怖心を抱いてしまったエクラ。
二人の間に生まれた溝は深まる一方であった……。
だが。
「本当に姫様は絵心をお持ちでないですね。」
「ソフィ様!駄目ですよ笑ってっ…!ヘへっ…」
未だに馬鹿にされている私の絵……は置いておこう。
今は誤解も溶け、こうして二人は仲良く笑い合える仲となっていた。
私は、
「そろそろ私の絵を笑うの辞めて〜!!」
と訴えつつ、その心の内は幸せに満ちていたのであった。
おおっと皆様?『この平和がいつまでも続くといいな…』とか言うと思いましたか?
残念。そんな明らかにフラグなセリフは言いませんよ?えぇ、絶対に。
また脳内の誰かに語りかけながら、私はエクラとソフィとの平和な時間をしばらく過ごした。
だがそんな束の間の平和は、談話室の扉から発生したノック音に終わりを告げられてしまった。
「失礼致します、姫様。ランレンで御座います。人員が揃いました事を伝えに参りました。既に会議室内で待機しておりますので、ワタクシに付いて共に参って頂きたいです。よろしいでしょうか?」
ああ、この部屋では話し合いはしないのね。
そう思い改めて部屋を見回したが、確かに大人数で会議するには狭いかもしれない。
…正直もう今日は疲れたから早く寝たい。だが私は姫だ。仕方無い。もう少し頑張ろう。
「ええ。参りましょうか。」
そう言って立ち上がった私は、突然謎の目眩に襲われフラッと倒れそうになってしまう。
「姫様!?」「テラス様!!」
咄嗟に横に居たエクラが私の体を支えてくれたおかげで、何とか倒れずに済んだ。
ソフィも少し遅れて私の元に飛び込んで来た。
私はエクラが支えてくれた事に感激し、
「ありがとう、エクラ。」
と言いながら今度はしっかりと立ち上がり、そしてエクラの方を向いた。
…そこで、自身の異常に気が付いた。
エクラの方を向いたその瞬間、全身が熱く震え上がるのを感じたのだ。
「…大丈夫、ですか…?」
謎の感覚の襲来に戸惑う私を、心配そうに見つめ側に寄ってくるエクラ。
近くに寄ってきたエクラからは、何だか美味しそうな匂いがした。
「姫、大丈夫ですか?ワタクシ、姫が少し遅れると報告して参りましょうか?」
ランレンの言葉によって、意識は一気に現実へと引き戻される。
「い、いえ、大丈夫。長旅で少し疲れてしまったの。もう大丈夫だから…。」
私はまるで自身にそう言い聞かせるように告げながら、エクラの顔も見れずに談話室を出た。
何も言わずに私の後に続くエクラとソフィだが、明らかな心配を感じる。
だが私の意識はそこには向いていなかった。
(さっきの感覚は…?それに今の感想は何…?)
私は、何だか自分が自分でないように感じるのであった…。
私は先程の出来事に対し思い悩みそして苦しみながらも、ランレンの後について歩く。
そして、気がつけば会議室と書かれた部屋の前に着いていた。
「では姫。どうぞお入り下さい。」
この事は後で考えよう。それより今は、これから始まる会議に向けて気持ちを切り替えなくては。
だから。
「ランレンさん。宜しければ二人を休める部屋へと案内してくれませんか?」
「了解しました。そうです、姫。ワタクシの事は、ランレンと呼び捨てにして頂いて構いませんよ。」
「分かったわ、ランレン。よろしくね。」
一度私から、二人を離さなくては。
「え…。テラス様…?」
エクラの驚きと悲しみを含んだその声に、私の胸は締め付けられるようで。
私は直ぐにでもエクラを抱き締めたかった。
ごめんねと言いたかった。
だがそんな行動を、姫という立場が許さない。
(ああ…、やっと分かった…。お母様もきっと、同じ気持ちだったんだね…。疑ってごめんなさい…。)
お母様の行動の真意に今更気が付いた愚かな偽者は、またしても最愛の人の顔すら見ること叶わず、姫の革を被る。
最愛の人を不安にさせてまで、姫を続けなくてはならないのだろうか…。
でもあと少し。あと少しの辛抱で、私は自由になるんだ。もし自由になったら私は…
「今度こそ、愛してるを伝えるんだ。」
〜それはただ愛の為に〜
私達はテラス様と別れ、ランレン様の後に続いています。
「来客用の部屋がありますので、其方にご案内致しますよ。」
そう言われた私は、ただ頷く事しか出来ませんでした。
私は所詮、テラス様の寵愛を奇跡的に受けられているだけ。
テラス様が決めた事に異議を唱える事など出来る筈がありません。
こんな事は、分かっていたはずなのに…。
部屋に着き、私はソフィ様と二人きりとなりました。
先程の事もあり、私達はただただ無言で空を見つめます。
そんな無言の時間がしばらく続いた後、唐突にソフィ様がこんな事を言いました。
「エクラ様、昔話は好きですか?」
私は戸惑いつつ、はいと答えました。
「それは良かったです。…では、とあるメイドの片思いを聞いていただきましょうか。」
ソフィ様が語ったのは、テラス様とソフィ様の出会いの物語でした。
初めて聞くその物語は愉快な結末を迎え、終幕しました。
「では、第二章の始まりでございます。」
それは、酷く切ない物語でした。
「メイドは、自身を出世の道具としか見ていない愚か極まりない父親に育てられました。これにより、メイドの心はまるで欠けたパズルのようです。何を食べても味はせず、誰と話してもそれらは全てが虚無に溢れていました。」
ソフィ様の顔は辛いものへと変わっていきます。
決して気持ちの良い思い出では無いでしょうから。
「ですが、姫に拾われたメイドの世界は、その瞬間から色を持ち始めたのです。姫が、『秘密にしてよ?』と言いながら渡してきた初めて見るお菓子は、初めてマトモに感じた『甘み』でした。たまに年齢に不相応な発言をしたら、それは『面白い』でした。メイドの心の欠けたパズルは、姫によって完成されたパズルへと変わったのです。……ただ。」
ここで、ソフィ様は黙り込んでしまいました。表情は、悔しさに満ちています。
ソフィ様は何かを噛み締めた後、ゆっくりと再び語り始めました。
「それは、姫も同じだったのです。姫の心にも、メイドと同じ欠けたパズルが存在していました。メイドがこの事に気がついたのは、姫の専属のメイドとなって約二年が経過した頃です。メイドは、姫の欠けたパズルを完成させようとします。ですが、所詮はただのメイド。姫が心の底で抱える『何か』を見つける事など出来なかったのです。それでもメイドは諦めず、試行錯誤を繰り返しました。…そして数年が経ったある日、『それ』は唐突に現れたのです。……姫は、夜中にコッソリ街へと出て行き、そして一人の少女を連れ帰ってきました。そして、その少女を見ている時の姫を見てメイドは、自身が数年かけても完成させられなかったパズルを、何処の誰かも分からない突然現れた少女によって完成させられた事を悟りました。………そして、メイドはその少女を恨み、気を狂わせていったのでした。」
そんな事…知りませんでした…。
私は以前テラス様に、『私は貴方に救われた』と言われた事があります。
その時はどういう事かさっぱりでしたが、ソフィ様から聞いたこの昔話によって、今更ようやく理解しました。
それに、ソフィ様が私の事を恨んでいたなんて…。
「その…ごめんなさい…。」
私はただ、こう発言する事しか出来ませんでした。
ですがソフィ様は、
「はぁ…。エクラ様?貴方は何も分かっていませんね。私が未だに、貴方にそんな感情を抱いていると本気でお考えなのですか?」
と、呆れた様子でした。
「確かにあの頃は嫉妬に狂いました。ですが、エクラ様との関わりが増えていくにつれて、そんな感情は消え去っていったのです。何故なら、姫様の選んだエクラ様が、本当に素晴らしいお方だったからなのですよ?この方になら姫様のことを託しても良いと、思えるようになったのです。そして今は、お二人の幸せをただ願うばかりです。……ですが、正直今の姫様は見ていられませんね。あの小さなお身体に、姫様は多くを背負い過ぎています。………そもそも姫様がこの地に参った理由は療養の筈なのに、倒れそうになるなど本末転倒もいいところです。」
ソフィ様は最後にそう呟くと、窓から街を恨めしそうに見下ろしました。
『私がテラス様を救った。』
ソフィ様の話を聞きその事実は知りましたが、まだ飲み込めてはいません。
ですが、ソフィ様がこの事を語った理由、そして私が今何をすべきなのか。
それらは何となく分かった気がするのです。
私はソフィ様の背中に向け、言葉を放ちます。
「ソフィ様のおかげで、私のやるべき事が見つかった様な気がします。……貴方様のお気持ち、確かに受け継ぎましたよ、ソフィ様。」
そう言って、私は微笑みました。
ソフィ様はこちらを向きませんでしたが、浮かべた表情を察する事は出来ました。
やるべき事を見つけた私は早速本を取り出し、計画を練り始めます。
その心は、ただ愛の為に。




