EX.3 父母の受難
あの日、私達はいつものように城内で公務をこなしていた。
あなたは欠伸をし、眠たそうにしながら。
私は紅茶を嗜み、のんびりとしながらね。
そんな、いつもの時間だった。
でもそんな時間は、突如として破滅を迎える事となったわ。
突然、城外から恐ろしく強大な力を感じた。
私の夫も気が付いたようで、
「我に匹敵するほどの力…。一体何者か…、そしてなんのようであるか…。ロア、少し様子を確認してっ!?」
夫の発言を遮るかのように、何かを弾くような大きな音が、鳴り響く。
城は揺れ、そして同時に、私の城を覆っている結界が攻撃された感触がした。
「あなた。間違いないわ。この城が攻撃されたわよ。」
「ああ、ロアよ。わかっている。……我を挑発しているのか、それとも挑戦者であるか。見定めるべきであろう…?」
そう怒気を含んだ発言をしながら、夫が襲撃者の元へ向かおうとしたその時。
信じられない事が起きた。
城を覆う結界を更に覆うように新たな結界が展開されたのだ。
驚愕のあまり、私はつい弱音を吐いてしまった。
「あ、ありえないわ…。」
私の城を大昔から守り続けてきたこの結界は、私の師匠が持ちうる全ての力を使って、何ヶ月もかけて作り上げたあまりに強固で常識外れな代物なの。
その効果は、私の城がシュトラールという名前に変わったあとも、変わらずであったわ。
しかし今、そんな結界は一瞬にして覆われてしまったのよ。
ありえない…。ありえてはならない…。それなのに…。
そうして、私がパニックに陥ろうとしていると、
「落ち着くのだ、ロアよ。まずは、先程張られた結界を調べるぞ。流石に、この短時間でロアの師匠の結界を超える結界が張られたとは考え難いのだから。」
と、夫になだめられてしまった。
…こんな姿、娘には見せられないわね。
その後、私達はすぐに行動を開始した。
夫は城内の兵士達を集め、部隊を編成。
そして私は、研究分野の近衛兵数名と共に、展開された結界の解析及び破壊に向かった。
外には、私の娘テラスが居る。
もしこの結界が展開された目的が、テラスを私達から孤立させる為なら最悪だわ。
だから早く何とかしなくては…。
城を出た私達の歩みは、早速結界に遮られた。まるで、鉄の壁に追突したかのような感触がする。
これで、この城を覆っている結界が、私達を城に隔離する為のものだという事が確定した。
それと城外の景色が、白いモヤが掛かったかのように何も見えないの。
つまり、かなり不味いと言う事。
私は、指で軽く結界に触れてみる。
「…なるほど。これはかなり強固な結界ね。」
次に、私は手のひらを結界に押し当て、そして魔力を感じ取る。
「…でもそれだけね。強固なのと、視界を奪う事以外の効果は無いわ。確かに、これだけなら防御魔法の応用で即座に展開出来るわ。」
しかし、城を覆い尽くすほど巨大な防御結界を即座に展開するとは。
確実に、只者では無いわね。
私はその後も研究分野の近衛兵と共に、慎重に結界について調査をした。
そして結論。
「力押しで破壊する事が一番手っ取り早いわね。」
外が見えず現状の確認が出来ない今、この結界を打ち破ることが最優先なのだ。
外には娘が取り残されている。
一刻も早く、娘の無事を確認しなくては。
その後、部隊を編成し終えた夫と合流し、私の結論を伝えた。
すると夫は、その力の一端を覇気として開放しながら、
「ありがとう、ロア。力押しならば、我の出番であるな!……ゆくぞ!」
と、やる気まんまんで結界に立ち向かっていくのであった。
相変わらず格好いいわね……じゃなくて、今は夫のサポートに徹しなければ。
私が魔法で強化し、夫が攻撃する。
数多の魔法と攻撃が作り出すその幻想的な美しさは、城内の全てを魅了した。
隊列を組み、結界が破れる事を待つ兵士達からは、感嘆の声が漏れ出していた。
そして皆が改めて忠誠を誓うのであった。
…しかし、肝心の本人達は…。
「フハハ!!我の攻撃を中々凌ぐではないか!ならば、これをくらうがいい!!」
と私の夫は数分間ほど、カッコつけながら攻撃を繰り返しているが、内心想像の数倍の強度である事に驚きと焦りを感じていた。
…実は、まだ本気では無い。
きっと、本気を出せばすぐに破壊出来るだろう。
だが、切り札というものは簡単に見せるべきでは無い…というのが常識だ。
何故なら、それは弱点となりうるから。
ここは他者の目が多すぎる。だから出来ればあまり使いたくないのだが……そろそろそうも言ってられないのかもしれない。
「我はまだまだ戦えるぞ!!!」
大きな声を上げながら、結界に攻撃を続ける夫に、支援魔法をかけながら、未だ外に取り残されている娘を思う。
(テラス…。大丈夫かしら……。)
そして更に数分後。
まず結果から言うと、結界は無事破壊出来た。
そろそろ本気を出さなくてはならないかと思い始めていたその時、夫の拳が遂に結界を貫いたのだ。
そして、貫いた場所から一気にヒビが広がり、そして結界は霧散していく。
「うおおおおおおおお!!!!!」
兵士達の大歓声が広がる。
私も安堵し、ふぅと一息つく。
しかし、結界の霧散が進むに連れ、その大歓声も私の安堵も無くなっていってしまった。。
城の正門の先には本来、メインストリートが並んでなくてはならないのに。
活気溢れる街が広がっていなければならないのに。
そこには、ポツンと佇む一つのテントと、その数メートル先にある白いモヤの塊のようなものしか無かったの。
それ以外は全て溶けて消えていた。
…誰も、何も言えなかった。
…言えるはずが、無かったわ。
驚愕のあまり硬直していたが、すぐにハッとした。
そして、余裕無く叫ぶ。
「テラス!!テラスはどこなの!!」
私の叫びに夫もハッとしたのか
「全部隊!!散開し状況の把握と警戒に努めよ!!……敵は殺せ!!行動を開始せよ!!!」
と指示を出し、普段の訓練の成果が発揮され、兵士達はすぐ様行動を開始した。
でも、流石に動揺は感じているようね。
……なんてそんな場合じゃないわ!!
「テラス!!」
私はすぐ様背中に翼を生やし、一つだけ残っているテントに向かって高速飛行する。
「待て!ロア!危険だ!!」
そんな夫の制止も無視して。
「ロアッ!!……仕方が無い。我も向かう。我が指揮官達よ!後は頼んだぞ!」
「「「「はっ!!」」」」
そうして、我もロアを追って高速飛行する。
(テラスよ…。どうか無事でいるのだぞ…。)
私はそのままの勢いでテントに飛び込んだ。
テントには、見たことの無いかなり強固な結界が張られてあり、警戒をしたが問題無く通過出来た。
「テラス!!」
そう叫びながら飛び込んだ私がテント内で見たのは、エクラちゃんとエクラちゃんを守るように立つ二人の魔族の姿であった。
その二人は、私がテラスに付けた秘書系近衛兵のセリーヌとカリンであった。
二人は、飛び込んできた私に即座に剣を向けたが、私だと気が付くと、
「「王妃様!?」」
と驚きの声を上げ、そしてヘナヘナと地面に倒れ込んだ。
そしてそのまま意識を失ってしまった。
だが、そんな二人よりも、私に追突する勢いで接近する存在に驚いた。
エクラちゃんだ。
エクラちゃんは私だと気が付くと、
「王妃様!!テラス様は!?テラス様はどうなされたのですか!?」
と、悲鳴のような声を上げながら迫る。
私も、
「エクラちゃん!テラスは!?テラスはどこなの!?」
と、同じように返してしまう。
緊迫した状況下で、冷静さを失う事の愚かさは知っているはずなのに。
だがそんな私の反応で察したのか、エクラちゃんが先に冷静さを取り戻し、
「王妃様…、実は…」
と、何があったのかを話した。
本当に…私は昔から変われない…。愚かね…。
その後すぐにテントに同じく飛び込んできた夫と合流し、夫と共にエクラちゃんから何があったのかを聞いた。
「ごめんなさい…。私はテントの外に出ていないので、襲撃者の事はわからないのです…。」
「いいえ充分よ。ありがとう、エクラちゃん。」
私はそう告げると、夫と共に即座にテントを出た。
最悪だ。
やはり襲撃者は、テラスを狙っていた。
(テラス…。テラス……。テラス………!)
私は、極大魔法でも放ちたい程の怒りに駆られながらテントを出ると、目の前に広がる光景に目を奪われた。
先程、遠くから目視していた謎の白いモヤの塊が、明らかに大きくなっていたのだ。
「あれは一体…。」
私はそう呟く。
「我が風を起こし、この霧を晴らそう。」
我はそう言い、翼を使って強風を生み出し、そして霧にぶつけた。
だが、我の強風はかき消されてしまった。
「なんだと…!?ロア!あれはなんだ!?」
我はロアにそう問うた。
だが我が妻は、
「……まさか。……ねぇ、あなた。私、この白いモヤ見覚えがあるわ。あなたもあるのではなくて?」
と、苦しそうな顔を浮かべながら問うてくる。
白い霧……風をかき消す力……。
「…まさか!」
「…ええ。以前、白いモヤを身に纏って戦う姿を見たわ。」
「…ああ。我も見た事があるぞ。」
我は、私は、同時にその正体を叫んだ!
「「テラス!!!」」
我らはすぐに霧に駆け寄った。
そして、霧にそのまま突撃した。ただ、テラスの事だけを思って。
「なんだ!?!?」
だが、霧に身体が触れた瞬間、焼けるような、溶けるようなおぞましい痛みが走った。
それは我が妻も同じだったようで、我のように後ろに飛び退いた。
「あなた…これは…。」
ロアの問いかけに、我は何も答える事が出来なかった。
何故ならば、霧の中にテラスの姿を見つけたからだ。
「ロアよ!テラスだ!……なんだ?様子がおかしいぞ…?」
テラスは両膝をつき、光の無い眼で天を仰いでいたのだ。
「テラス!聞こえるかしら!私よ!!テラス!!!」
私は、必死に声を掛け続けた。
何度も何度も。
だがモヤが、まるで私達を近づけさせないようにしてくるのだ。
……いや違う。まるで、ではなく実際私達を近づけさせないように動いている。
「どうして…テラス…。」
私は、両目から自然と涙が溢れていた。
気がついてしまった。テラスが、私達を避けているのだと。
あぁ…。こんな事なら、切り札など早く使っておくべきだったわ…。
どうして…私は…。
「テラスよ!我の声が聞こえぬのか!テラァァァス!!!」
我の声が、届かない。
我が娘は、ただ天を仰ぐばかり。
その目からは生気を感じられず、まるで死んでしまっているかのようであった。
忌々しき霧め!
これが我とテラスの間に割り込むのだ。
本当に忌々しい。
こうなれば仕方が無い。龍の姿となり、この霧に突っ込むしか方法は、ない!!
そんな二人だったが、この後の展開に度肝を抜かれる事となる。
「テラス様!!」
二人の背後から叫び声が響く。
我らは反射的に振り向くと、そこにはエクラの姿が。
そして、ロアが大泣きしていた事にも驚いた。
一体何故、泣いているのだ…?
私が静かに涙を流していると、背後からエクラちゃんがテラスの名を叫んだ。
私は涙を拭いながら、エクラちゃんに伝える。
「エクラちゃん。このモヤに触れては駄目よ。恐らくあなたでは、一瞬で骨になってしまうわ。」
私達がかなりのスリップダメージを感じたのだ。
エクラちゃんでは、きっと耐えられない。
それは、エクラちゃんもわかっている筈なのに。
「……王様。王妃様。テラス様は先程約束してくださったのです。絶対に帰ってくると。だから、だから私に出来る事は、ただ、テラス様を信じる事だけです!!!」
そう言って、エクラちゃんはモヤに向かって走り出した。
私と夫は、すぐに止めようとした。
だが遅かった。一瞬にしてエクラちゃんはモヤに飲み込まれてしまった。
「エクラちゃんっ…!」
私達は、エクラちゃんの死を覚悟した。
……だが、その時奇跡が起こった。
エクラちゃんをまるで迎え入れるかのように、モヤがエクラちゃんの為の道を作り出したのだ。
モヤの海に、ポッカリと穴が空いていた。
それでも苦しそうな表情を浮かべながらも、確実に一歩、また一歩とテラスに近付いて行くエクラちゃん。
そして今、エクラちゃんがテラスを抱き締めた。
そして、白きモヤの大海は、その瞬間雪のようにキラキラと降り注ぐ白き輝きへと変化し、やがて消えていった。
そんな幻想的な景色の中抱き合う二人の娘を見つめながら、
「……ねぇ、あなた。」
「……。」
「どうやら、あの娘達の事を信じられていなかったのは、私達のようね。」
「そう……だな……。」
と、悲しみを霞とし、空へと霧散させたのであった。
その後は、あまりにも大変な毎日であった。
まずは、消し炭になった街の一部の復旧。
これは私がテラスに変わって指揮を取ることにしたわ。
そして襲撃者の正体。
生き残った者たちの証言によると、なんと数百年前に滅んだとされていた悪魔族であったらしい。
そしてこの情報は既に外部に漏れているらしく、世界各国から情報の開示が求められている。
…等々様々だ。
だが、これらは私達にとっては些細な問題であった。
一番の問題。それは、テラスの事だ。
あの日以来、テラスは変わってしまった。
テラスは心を閉ざし、何も口にせず、会話もせず、部屋から出て来なくなってしまった。
…だがただ一人、テラスが心を開く存在がエクラちゃんであった。
エクラちゃんは、テラスの為に様々な事を頑張ってくれていた。
食事も、エクラちゃんのおかげで食べてくれるようになったし、会話も、エクラちゃんとならするようであった。
本当は私達親がすべき事を、全てエクラちゃん一人がやってくれていた。
大切な娘の為に、何もしてあげられないなんて……親、失格ね…。
そんな日々となり二週間が経過した。
今日は、次々と訪れる各国からの使者に、今回の騒動について説明をし続けていた。
午後になり、朝から働きっぱなしの夫に変わり、私が玉座の間に居座る事となった。
そして、次々と訪れる使者に対応しつつ、並行して街の復旧作業についての資料にも目を通していく。
そんな作業が、夕方まで続いた。
ようやく一段落つき、玉座に座り直すと、大きく伸びをした。
「お疲れ様です。王妃様。」
そう私に話しかけるのは、宰相レミアだ。
レミアだって、連日働きっぱなしで疲れきっているだろうに。
「お疲れさま、レミア。」
私は少しダランと王座に座る。
今はレミアと二人だから、いいわよね。
「……ローアル様。だらけ過ぎですよ。」
「あら、良いじゃないの。ほら、レミアもだらけなさい。休憩は、取れるときに取れるだけ取るべきなのよ。」
「…そう言って昔、魔女王の仕事を全て投げ出し、私を無理やり引き連れて、街へ出かけましたよね?私、忘れていませんよ。」
そして、小さく二人で笑い合った。
私にとってレミアは、大親友のような存在。
いっぱい笑いあってきたし、いっぱい喧嘩もしてきた。
唯一、私をさらけ出すことができる存在である為、とても大切なのだ。
そうしていると、大慌てで近衛兵の一人が王座の間に転がり込んできた。
普通の兵士がこんな事をすれば、何かしらの罰になるが、この近衛兵は特別だ。
何故ならば、こうして転がり込んで来る事を待ち望んでいたからだ。
「王妃様!!姫様が先程、自室から出て参られました!!」
「良かったわ!!あの子、ようやく外に出られたのね!!」
この近衛兵には、テラスの部屋に張り付き、テラスが部屋の外に出たらすぐに私に知らせるという任務を与えていたのだ。
そして、もう一人。
「失礼します、王妃様。」
この近衛兵には、テラスが部屋を出たその後の行動を見張り、そして報告するという任務を与えていた……はずなのだが。
「貴方、どうしてこんなにも早く私の前に現れたのかしら?まさか与えた任務を忘れたの?」
と、少し語彙を強めて問い掛ける。
すると、
「それが…何故か王妃様の事を探しているようでして。そして現在、王妃様の居場所、つまりこの玉座の間に真っ直ぐ向かって来ている様子なのです。これは、すぐに伝えるべきだと判断致しました。」
と、答えが返ってきた。
「分かりました。貴方達には後程、働きに応じた褒美を与えましょう。ですが今は下がりなさい。」
「「はっ!!」」
そう二人の近衛兵は返事し、王座の間から出ていった。
私は、数年ぶりの緊張を感じながらレミアに問いかける。
「レミア。テラスは、一体どうしたのかしら。もし、『お母様なんて嫌い!』とか言われたらどうしましょう…。」
すると、レミアはやれやれといった表情を浮かべながら
「そんな事を、お優しい姫様が仰る訳が無いでしょう。きっと、気持ちに整理がついた事を報告しようとしているのではないですか。」
と、私を諭す。
しかし私は、更なる精神の高ぶりを感じながら、更にレミアに問いかける。
「私は、どうすればいいのかしら!?」
レミアは、少し面倒くさそうにしながら、
「いつも通り、王らしくドッシリと構えていれば良いと思いますよ。そして、優しく迎えて上げればなお良いです。」
と、しっかりアドバイスをくれた。
その後も色々とレミアに話し掛けながら、その時を待った。
きっとテラスは、疲れてしまったのね。
だから、私の前に来たら沢山褒めながら、優しく抱きしめてあげるの。
その時だけは王を辞め、ただの母と娘として。
ああ、早く来ないかしら。
更新遅くなって申し訳ないです




