第三十一話 王女と禁忌
ちょっと待って。
二つ、ツッコミがしたいポイントがあった。
まず私はエクラではない。て事は、この悪魔は私を狙っているという事?
ああ…私の言い方が悪かったか。
あと何!?グリモワールだって!?夢に出てくるアイツ、悪魔だったのか!?
…落ち着け、私。取り敢えず誤解を解こう。
「えっと、グリモワールさん?私はテラスといいます。こちらこそ、よろしくお願いします?」
あ、動揺のあまり、つい返事をしてしまった。お姫様モードの悪い所が出た…。
「おお!それは大変失礼致しました。では改めましてテラス、よろしくお願い致します。」
と、悪魔は再び丁寧なお辞儀をしてみせた。
呼び捨てにすんな!と言いたいのをグッと堪えてグリモワールに対峙する。
…でもあれ?夢の世界のグリモワールって、悪魔というより堕天使って感じだったよね?
じゃあ、コイツは別のグリモワールさんなの?
前世の世界でも、皆が違う名前かと言われればそうでは無かったし、そういう事もある…のか?
…まあ今はどうでもいい。それより、コイツの妻に勝手にされている事をどうにかしないと。
そして、コイツをどうにかしないと。
「そろそろ宜しいですか?では、わたくしとテラスの愛の巣に帰るとしましょうか。フフ。」
え、キモ。…じゃ無くて。
「嫌、と言ったらどうする?」
その問いに、グリモワールはさも当然かのように
「その時は、この国を滅ぼすだけですよ?」
と、笑った。
なるほど、民を人質にしたか。
…あれ、なぜ私が民を大切にする立場だと知っている?知っているのなら何故、私の名前を知らない?
そんな私の気付きをまるで待っていたかのように、目の前の悪魔は顔を突然歪ませると、
「そうです!わたくしは、テラスの事なら全て知っているのです!ああ、助けは来ませんよ。何故なら、城を覆う結界を覆うように結界を展開しましたからねぇ!愚かな王はあそこから出てこれません!あーっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
高笑いがうるっさい悪魔を無視して、私は考え事をする。
確かに、あの破壊魔法は最初から私を狙っていた。城の結界を破壊というのは、嘘だったというわけか。
ならば、先程の余りにも弱い中級悪魔は罠だったという訳だ。
あれを倒したせいで、私の居場所がバレた。
お父様とお母様は来ず、民を人質に取られているこの状況。控えめに言っても詰みだ。
私は、お姫様モードを脳内で起動する。
「私が、貴方様のものになれば、この国の民は救ってくださいますか…?」
「ええ勿論!わたくしのグリモワールという名に誓いましょう!さあ!」
「そうですか…。ふふっ、はは、あはははは!」
突然笑い声を上げた私を、奇妙な物を見る目で見つめるグリモワール。
「ああ、ごめんなさい。つい、笑ってしまいました。だって…」
「貴方、な〜んにも分かって無いから!!」
「なっ!?」
と、驚きの声を上げる悪魔が面白くて、私は更に笑った。
そもそも、エクラの名前を聞いて私の名前だと言い、そしてそれが嘘だと言った後もエクラの事を人質にしない時点で、私の本当に大切なものが何にも分かってないのだ。
馬鹿馬鹿しい。こんな奴の言葉に踊らされていたなんて。
「…わたくしを馬鹿にするのも、そろそろやめておいた方が身の為ですよ…?」
怒りで震えてるし。さっきまでの威勢は何処へやら。
私はニヤリと笑い、
「お話はここまでにしましょう。私、貴方程度のものになるつもりはありませんから。ほら、貴方はフラれたのだからさっさと帰りなさい。」
と、言ってやった。
すると、限界が来たのか、悪魔は怒りを露わにし
「貴様…せっかくわたくしの妻にしてやろうとしてやったのに…!殺して城の前にズタズタに引き裂いた貴様を吊し上げてやる!!」
と、品も何も無い言葉を発し、戦いの始まりが告げられたのであった。
グリモワールとの話し合いの最中、私は回復に徹していた為何とかマシに動ける程にはなったのだが、それでも身体はかなり限界を迎えていた。
私は、悪魔が爪を伸ばしたのを視認するとすぐ様、
「ロイアルティーマジック!桜花雪月!」
と唱え、桜花雪月を呼ぶ。
そして現在、刀Vs爪の戦いが繰り広げている。
私が斬りかかると、悪魔は片方の爪で受け流し、そしてもう片方の爪で攻撃してくる。
それはまるで双剣のようで、非常に戦い辛い。
リーチは短いが、攻撃速度と手数が違う為、正直戦況は私が押されている。
これは、瘴気を使うしか無いか…?でも、切り札は最後まで取っておくべきだし…。
…駄目だ。このままだと、押し負ける。
使うしか、無い。
「我が龍の力、顕現せよ!」
私は打ち合いの最中に、そう叫び瘴気を纏った。
そして、刀と打ち合った部分の爪が瘴気で溶けたのを見た。
悪魔はそれに驚き、後ろに大きく飛び退く。
「驚きましたねぇ。まさか、瘴気の力を持っているとは…。」
なっ…!?瘴気を知っている…!?
この力は昔からずっと調べているが、一切情報が無いのだ。それを知っているなんて…。
「何故知っているか、という顔をしていますね。良いでしょう、教えて差し上げます。丁度わたくしも、回復をしなければなりませんし。」
やはり、回復もバレているか。ならば堂々と祖龍の力、使わせてもらおう。
「その力は、呪われし力の一つなのですよ。色々あるのですが、貴方は瘴気を獲得したようですね。」
「獲得…?」
何だかその言葉に引っかかりを感じた私は、そう聞いた。
…聞いてしまった。
「ええ。獲得ですよ。何故なら…」
「その種類の呪いは、禁忌の誕生者にのみ付きますからねぇ。」
「禁忌の…誕生者…?」
そう呟くと、私はペタリと座りこんでしまった。だって、それって…。
「先程から、妙な魂だとは思っていたのですよ。それに貴方は、子が成せない二人の間から生まれた奇跡の子、なんて言われているらしいですが、疑問に思わなかったのですか?奇跡など、存在しないのですよ?」
そんな…。でもあんなに優しい二人が…。
「わたくし、実は悪魔族を束ねる王なのですが、禁忌の魔法という古代魔法を扱えるのですよ?そして、その中に」
「呪いの付与を代償に、どんな種族間でも子を成す事が出来るようになる魔法があるんですよねぇ。その名も『ディセプションバース』。」
その時、王城の方からガラスが割れるような大きな音が鳴り響いた。
「おや。わたくしの結界が破られてしまったようです。どうやら、今日はここでお開きのようです。あ、そうでした。わたくしの本当の名はイブリース。以後お見知りおきを。それではまた。わたくしの子よ。」
テント以外が更地と化したその場所に一人座り込み、私はただボンヤリと空を眺めていた。
そして、そんな私を包むのは瘴気であった。
その後すぐ、私の元に父と母は駆け付けてきた。
そして、それに続いて多くの兵士たちが城からこちらへ行軍してきた。
父と母は私に近寄ろうとする。
しかしそれを、既に数メートル程まで広がった瘴気が許さない。
白い風を纏い、目の光も失い、どれだけ話し掛けてもただ無言で空を眺める私に、父と母は困惑していた。
でももう、信用ならない。
何もかもが、信用ならない。
勿論、先程の悪魔イブリースが嘘を付いている可能性だってあるだろう。
…それなのに、妙に納得してしまった自分が居た。
(奇跡なんて、ある訳が無い…か。)
私は、何なのだろう。
「……様………ス様……テラス様!」
私は、その声を聞きハッと顔を上げた。
そこには、私の瘴気の中を進むエクラの姿があった。
私は驚き、そしてすぐに瘴気を解除しようとした。
しかしそこで、私はとある事に気が付いた。
エクラの居る場所にだけ瘴気の海にポッカリと穴が空いていた。
まるで、瘴気がエクラを避けるかのように。
まるで、瘴気がエクラを迎え入れるかのように。
白い海の中で、私はエクラに強く抱き締められた。
「何があったのかは存じ上げません。ですが、約束しましたよね。ですから、帰ってきてください!テラス様!行かないで!」
ああ、そうだ。
まだたった一人だけ居るじゃないか。
それに、約束は果たさないと。
エクラの元に、帰ろう。
たった一人。唯一信頼できるエクラの元に。
〜主人公交代〜
こんにちは。エクラです。
悪魔の王都襲撃事件からニ週間が経ちました。
あれから、王都内での忌物の出現も止み、現在は王妃様主導の元、王都復旧の作業が進められています。
街を襲った悪魔が私とテラス様に向けて放ったあの魔法のせいで、あのテントを中心に半径数百メートルの家や民達が皆、犠牲となってしまいました…。
しかしそれでも、街は復旧されていきます。
本当に凄いです。
数百年ぶりの悪魔の登場は、世界各国で大騒ぎになっているらしく、その悪魔の正体について各国から研究者たちが集まって来ています。
ただ…
私は、コンコンっと部屋の扉をノックします。
二人分の朝食が載った、メイドさんたちが使っているティーワゴンを押しながら。
中から返事はありませんが、
「エクラです。失礼します。」
と言って、入ります。
ここは、私とテラス様の部屋。
そして、テラス様はベットの上に座っています。
ボンヤリと、窓の外を眺めながら。
「テラス様、朝食ですよ。今日は頑張って、パンを作ってみました。昨日から練習して、今日やっと美味しいパンが作れたのです!それと、テラス様の好きな玉ねぎのスープと、サラダも作りました。」
と、テラス様に話しかけます。
するとテラス様は、
「ありがとうエクラ。どれも美味しそうね。」
と、微笑んでくれます。
しかし、その微笑みにはどこか影を感じてしまいます。
あの日、テラス様は変わってしまわれました。
テラス様は、私以外と話をしなくなりました。
テラス様が幼い頃から仕えているメイドのソフィ様とでさえも、話そうとはしません。
テラス様は、何も口にしなくなりました。
どんな生き物も、食べるという行為をやめた先に待つのは死だけです。
それだけは何としてでも避けたいので、私の作った料理であれば食べるのでは無いかという仮設の元、ソフィ様から教わりながら料理を頑張って作っています。
そして今日の朝食も、全て私が作りました。
テラス様は、この部屋から出なくなってしまいました。
トイレや入浴はお一人で為さっている為大丈夫なのですが、やはり心配です…。
数分後、テラス様は私の作った朝食を完食してくださいました。
良かった。取り敢えず今は、食事を取ってくださるだけで私は良いのです。
「今日も美味しかったよ。ごめんね、エクラ。」
朝食のお皿をティーワゴンに戻していると、そんな事を仰るテラス様。
最近はいつも、私に謝ってばかりです。
「何度も言いましたが、私はテラス様に助けられたのです。だから今度は、私がテラス様を助ける番なのです。だから、謝らないでください。」
「そう…ね。」
と、テラス様はまた影のある笑みを浮かべ、そしてまたベッドに戻って行きました。
「では私は、朝食を片付けて、料理のお勉強をしてきますね。」
「ええ。」
「それでは、失礼します。」
そう言って、私は再びティーワゴンを押しながら部屋を出ました。
そして、そのまま給仕室に向かいます。
(このままではいけない…。でも、どうすればテラス様を救う事が出来るのでしょうか…。)
私に…出来る事…。
〜主人公交代〜
部屋からエクラが去っていった。
あぁ、私は本当に最低だ。
エクラの優しさに漬け込んで、私のわがままで毎食作らせて。
それに、あんな顔までさせて。
このままじゃいけない事は分かっている。
でもどうすれば…。
『なあ。』
…。
『なあおい。』
……。
『おい無視すんな!こっち向け!』
うるさいなあ。一体誰…って、一人しかいないか。
「なに、グリモワール。」
気が付くとそこは、いつもの夢の世界であった。
『なあ。お前、気付いてるんだろ?俺の存在について。』
……。
『だから無視すんなって!それより聞けよ。お前、今のこの状況をどうにかしたいんだろ?ならさ、私を頼れよ。』
ああ、やっぱりそうなのね。
「グリモワール。貴方もやっぱり呪いなのでしょう。名前は?」
私がそう尋ねると、グリモワールはとても嬉しそうに私に近づく。
『知りたいか?でもまだ教えない。…まてまて。そんな顔をするな。今はまだ駄目なんだよ。落ち着けって。』
…別に、一発ぶん殴ってやろうとか考えてないし。
『怖っ!…じゃなくて、先にあの悪魔野郎が知らなかった事を教えてやろうと思ってな。』
「へぇ。私が知っている事しか知らないんじゃ無かったっけ?」
私がジッと見つめると、グリモワールは心なしかたじろいだ様に見えた。
『それは、まあ、私もお前の一部みたいなもんだしさ。嘘では無いだろ?』
はあ。そーですか。
私は心底興味なさそうにしてみた。
『そんな事はどうでもいいだろ。それより今は、知りたいんじゃないのか?』
「ええ。それは勿論。」
『何だそれ…。まあいいや。なら教えてやるよ。禁忌の魔法、ディセプションバースについてよ。』
やべえよ…やべえよ…。




