第三十話 王女と初めての…
イヤリング型通話装置から聞こえてきた、エクラからのSOS。
「オークなんかに手こずっている場合じゃない!早くエクラの元へ急がないと。…仕方ない。本当は使いたくなかったんだけど…。」
そう呟くと、私は再び浮上しあの魔法を展開する。
今から行おうといている事は、こういう場合を想定して用意していた作戦である。
「炎弓千々矢!エンチャント・スモーク!」
エンチャントとは、付与魔法と呼ばれている、この世界の魔法だ。
例えば、剣に炎を纏わせたり、矢に風を纏わせて速度を早めたりといった魔法で、今やったように、魔法にも付与する事ができる。
勿論、相性だったりもあるため、何でもかんでも付与できるわけでは無い。
ファイアボールの魔法に水属性はエンチャント出来ない、とか。
さて、私の放った魔法によって、千本の炎の矢がオークに降り注ぐ。
先程一通りの魔法を使って、このオークには魔法が効きにくい事は分かっている。
ならなぜこの魔法を展開したのか。
それは、エンチャント・スモークが目的だからだ。
オークや地面に命中した千本の矢一本一本から、小さな煙が出る。
エンチャント・スモークは、少しの煙を纏うという微妙な性能だが、千本も煙の発生源があれば、その性能はかなり有能だ。
一瞬で、あたりは霧に包まれたかのように真っ白になった。
「がぁぁ?がああああ!!」
オークが戸惑っているっぽい声を霧の中で出している。
…良かった。静かにされたら困るもの。
空に居る私も霧に包まれ、その姿は見えなくなる。
私はそれを悟ると、
(この時を待っていた…!)
と、ニヤリと口角を歪めた。
私は手に持っている桜花雪月に、私の龍の力を込めていく。
全てを腐らし、殺す。そんなあの力を。
桜花雪月が私の瘴気を纏った事を感じ取ると、目を閉じ集中する。
…敵の声…足音…姿…
私は、聞こえてくる音から敵の今の位置を把握する。…そして。
「はぁっ!!!」
と、凄まじい速度と威力で刀を振り下ろしながら降下し、オークを縦に真っ二つにした。
そしてオークは霧の中で、光の粒となって空に登っていったのであった。
私はすぐに瘴気を解除すると、あとは任せたと心の中で衛兵に丸投げし、エクラのいるテントへと全力で飛び去ったのであった。
後に知ったが、霧が晴れると私もオークも居なくなっていた事で、かなりの大騒ぎになったらしいが、それどころじゃ無かったので許してほしい。
テントに向かって全速力で空を飛ぶ。
にしても、郊外に強い忌物が出現し私が離れたタイミングでエクラを襲撃するなんて、どう考えても忌物を召喚か操っている奴が居るとしか思えないのだが…。
それに、倒した忌物の死体は、普通その場に残るのだが、何故かこの城下町に出現している個体のすべてが、死んだ瞬間光の粒となるのも変だ。
私の力かとも思ったので、兵士を指示して兵士に忌物を倒させたのだが、その時も光の粒となったので、私の力によるものではない。
これじゃあまるで……。
…それよりとにかく、今はテントに急がねば。
「って、え?あれってまさか…」
街の復旧作業計画本部、つまりエクラが今いる場所は城の正門近くなのだが、そこで今まさにその正門を打ち破り城に侵入しようとしていたのは、上級悪魔であった。
私は一旦悪魔は無視し、エクラの元に直行する。
あのテントは五つ星の近衛兵が守っているから、多分大丈夫だと思うのだが心配だ。
テントに着いて私が最初に見たものは、五つ星の近衛兵が、単眼で腕が四本、そして緑の巨大な身体の中級悪魔と死闘を繰り広げている場面であった。
「何としてでもエクラ様をお守りせねば!」
「きっともうすぐ姫様が到着なさる!」
「姫様のために!」
と、三人は連携して戦っていた。
それに対し、
「魔族なぞ脆弱!やはり我々悪魔族こそが至高である!!」
と、中級悪魔はそんな三人を嘲笑っていた。
…不愉快だ。
「ホーリーインパクト!」
私は空中から、光属性の魔法を放った。
「ぐぁぁぁ!?!?」
私の魔法は不意をついたものだった為、見事に命中し、そしてその一撃で中級悪魔は上からハンマーで潰されたようになり、そして光の粒となって空に登っていった。
あれ、案外弱いな。不意打ち+弱点属性とはいえ、まさか一撃とは。
悪魔とは、忌物のようであり魔族のようでもあるという曖昧な存在で、強い悪魔ほど魔族のような見た目に近づいていく、まあ要するに厄介な敵だ。
そして人族とも魔族とも亜人族とも敵対していたのだが、ここ数百年目撃情報が無かった為、研究者たちは滅んだと結論付けていた…筈なのだが。
「姫様!助太刀感謝致します!」
私が悪魔について考察をしながらテントに向けて降下していると、五つ星の近衛兵達がそう話しかけてくる。
あの悪魔はどうやら知らなかったらしいが、地図の魔法に大量の兵士がこちらに向かって来ているのが映っている。
兵士達の真の強さはその連携にあり、個の強さでは無い。
つまり、私が倒さなくてもあの悪魔は負けていたのだ。
でもその事実は闇に葬る。だって、救世主だと思われたままのほうが株は上がるよね。
それにエクラの事もあったし、そんな悠長に見ていられなかった。
城の正門の上級悪魔は、まあお父様とお母様が居るし大丈夫でしょ。
一応、地図に映っている上級悪魔にマークしておくか。
私は駆け寄ってきた近衛兵に、
「よくぞ持ちこたえてくれました。」
と定型b…激励の言葉を与えながら、テントに入る。
そこには、エクラを守るように立つカリンさんとセリーヌさんが。
二人は、突然テントの入り口が開いたので反射的に私に剣を向けたが、すぐに誰かを理解し慌てて剣を収めた。
「「も、申し訳ありません!姫様!」」
と、二人は全力で私に謝罪をする。
勘違いとはいえ王族に剣を向けたのだ。この場で死罪を言い渡されても、誰も文句は言わないだろう。
しかし勿論、そんな事をする私ではない。
「頭を上げて。私のエクラを守ってくれていたのでしょう。謝罪など不要です。むしろ私が貴方達に感謝を述べるべきです。ありがとう。」
と、お姫様モード全開で応えた。
「か、感謝など!私達は当然の事をしたまでで…!」
お姫様モードではあるが、これは私の本心であり、心からの感謝であった。
私の愛しのエクラを、命懸けで守ろうとしてくれていたのだから。
(本当に、ありがとう。)
私がそんな二人に心の中で再度感謝を述べると、
「テラス様!」
と叫びながら、エクラが私の胸に飛び込んできた。
そして、私の胸にエクラのとても柔かいものの感触が。
おぉ、不意打ち+弱点属性。
「…良かった…良かったです…。」
そう言って、涙を流すエクラ。
私は優しく抱き締め、エクラをナデナデ。
って、あ…。セリーヌさんとカリンさんの前だった…。
ハッとした私は、エクラを抱き締めたまま二人の方を見た。
二人は、そんな私達をそれはもう優しい目で見つめていたのであった。
その目から伝わってくる言葉は、『分かっていますよ』であった。
あ、そういえば仕事中、たまにエクラと無意識にイチャイチャしていたような気が…。
人生とは本当に、上手く行かないね。
そのままエクラが泣き止むまで抱き締めたままでいると、先程の私のようにハッとしたのか、すぐに泣き止んで私から離れ、
「ご、ごめんなさい。」
と、顔を赤らめながら謝罪をする。
そしてそんなエクラを可愛いなと見つめる私と、そんな私達を微笑ましいなと見つめる二人。
だがそんな幸せな時間は、次の瞬間消え去る事となった。
「エクラ〜。どうやらもう私達の事はバレているみたいよ。だから隠さなくてもっ…!」
その瞬間、私の脳内に警報が鳴り響く。
これは…!
「エクラ!」
私はそう叫ぶと、すぐ様魔法を展開する。
「四重結界!」
それは、すぐ様テントを四重の結界で覆った。
私が作った、現状最強の防御魔法である。
「テラス様…?」
「静かに…!」
私はエクラを片手で引き寄せ、もう片方の手は上にかざして結界に全力で魔力を注ぎ込む。
そうして、四重の結界の高度を高めた。
「姫様…?一体…?」
そうセリーヌさんが心配そうに聞いてくるが、答えている暇は無い…!
「不味い…!皆伏せて!!」
私がそう叫んだ次の瞬間、私達のテントの上空に超巨大魔法陣が展開され、そこからとんでもない威力の破壊魔法が放たれた。
外は見えないが、轟音に包まれる。
エクラ達は、あまりの恐怖に叫び声すら上げられていなかった。
震えるエクラを必死に抱き締めながら、私は
「くっ…!!やぁぁぁぁぁ!!!!」
と、必死に結界を維持し続けた。
ミシミシと結界にヒビが入る音がする。
早く、終わって…!
やがて、一重目の結界が砕けちった感触がした。そして、二重目も。
…これは本当に不味い!
「ごめん!エクラ!」
私はそう叫び、エクラをカリンさんとセリーヌさんの居る場所に突き飛ばす。
「きゃ…!?」
と、小さく声を上げて吹っ飛んだエクラ。
後でしっかりと謝らなければ。でも今は、その『後』を守る為にも頑張らなければ…!
「祖龍!その力を顕現させよ!」
私はそう叫ぶと、祖龍の力を結界にのせる。
祖龍の力の本質は守護の力。
結界は金色に輝き、更に高度を増した。
私は両手を上げ、更に力を込める。
「我が龍の力、顕現せよ!」
そう叫び、私は瘴気を身に纏うと、未だ降り注ぐ破壊の魔法に向けてその力を放つ。
私の瘴気は、魔法でさえも殺す!
「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」
……数分後、何とか残り一重の結界を残し、ひとまずの危機は去った。
一気に、しかも全力で持ちうる全ての力を使ったせいで、私はボロボロだった。
私は肩で息をしながら瘴気を解除し、エクラに笑いかけてみせた。
「エクラ。私、頑張ったよ…。」
そして私は、飛びそうな意識を必死に保ちながら、フラフラとエクラの元に向かった。
そして、エクラの無事を近くで確認し、私は安堵してしまった。
「テラス様…!」
エクラが倒れゆく私に駆け寄ってくる。
そして、地面に倒れた私の身体を、エクラが抱え上げようとする。
その小さな身体で、私を必死に守ろうとしているその姿が、数年前のあの時の姿に重なる。
(もう、あの時のようにはならない!)
と、私は歯を食いしばり何とか意識を保つ。
何故なら、まだ終わっていないから。
私は、地図に映っている赤いマークを睨みながら、何とか立ち上がる。
「エクラ。ここでカリンさんとセリーヌさんと一緒に待ってて。」
「え、そんな…テラス様…。」
「大丈夫よ。絶対、帰ってくるから。」
不安そうに見つめるエクラに、そんな口約束を交わす私。
本当にごめんね。でも、エクラが居る限り、私は決して死なないから。
私は次に、カリンさんとセリーヌさんの方を向き、
「エクラを、よろしくお願いします。」
と、頭を下げた。
その言葉には、もし私に何かあっても、という意味も込めていた。
二人は静かに、しかし覚悟を感じる面持ちで頷いた。
そして言葉の真意に気が付いたのか、エクラは
「駄目ですテラス様!ここで、王様と王妃様の助けを待ちましょう!また、先程の魔法を使えば…きっと…!」
と、泣き叫びながら訴えかけてくる。
「お父様とお母様であれば、必ずすぐに助けに来てくれる。…でも、未だに助けにこないという事は、きっと向こうでも何かあったんだと思う。だからね、私、行かなくちゃ。この国を愛する王族として。…私を信じて。エクラ。」
そう言って、私はエクラにキスをした。
唇に。
とても短い初めての接吻を終え、エクラに微笑みかけると、
「こんなの、駄目って言えませんよ…。……テラス様。信じて待っていますから、絶対に帰ってきてくださいね。約束…ですよ…。」
と、エクラも微笑み返してくれた。
…はは。これは、絶対に帰らないとね。
そして決めた。これが終わったら…。
って、駄目駄目。こういうの、死亡フラグって言うんだよね。
「うん。約束。…愛してるよ、エクラ。」
私はそう告げると、覚悟と決意を胸に抱いてテントの外で私を待つ『奴』の元へと向かった。
地図に映っているお父様とお母様は、未だに王城に居た。そして動き回っている事から、やはり何かあったんだと思う。
やはり、私がケリをつけなければ。
そして、テントを出た私を待っていたのは、やはり先程の上級悪魔であった。
上級悪魔は、テントから出てきた私に拍手を送った。
「いやー。まさか、あの一撃を耐え抜いて仕舞うとは。あの破壊魔法は、忌々しい王城を囲っている結界に向けて放ったのですが、やはり打ち破る事が出来ず。お恥ずかしい限りでございます。」
そう言って、わざとらしい仕草で恥ずかしさを演出する。
丁寧語も合わさって何かイラッと来るな。
悪魔は、続けて話す。
「そしたら何と、わたくしの妻が王城の外に居るではありませんか!これは運命!そう思ったわたくしは舞い上がってしまいましてねぇ!つい破壊魔法を撃ち込んでしまいましたよ!ですが、わたくしの妻は難なく耐え抜きました!素晴らしい事でございますよ!」
その言葉に、私の内に秘められし怒りが燃え上がるのを感じる。
そして私は、感情が赴くままに叫ぶ!
「はぁ?誰がお前の妻だって…?お前なんかのものにエクラはならない!」
コイツ!エクラを狙ってあんな攻撃を…!
「な〜るほど。貴方様のお名前はエクラなのですね。私はグリモワールと申します。以後お見知りおきを。」
「…ん?」




