第十八話 王女と龍
魔封じの鈴、それは、魔族の源である魔力の摂取を封じる鈴だ。
人族で言うと、酸素の吸入を封じられたようなものだ。
私が辛うじて動けるのは、この身にはお父様の龍の血が流れているからだろう。
純粋な魔族なら間違いなく動けなくなる。
人族と違うのは、すぐには死なないという点だろう。しかし、この状況が長く続いたら危険なのは同じだ。
「魔族ってのも、大した事ねえなぁ!鈴の音一つでバッタリさよなら何だからさぁ!」
そう言って笑っているのは、エクラ曰く人族らしい。
「さぁて、吸血龍姫さんは何処の馬車ですかぃ!」
不味すぎる。ロクに動けない。魔法も使えない。勿論地図の魔法も消えた為、敵が今何処にどれくらいいるかも分からない。
前の方の馬車から破壊音と笑い声が聞こえる。そして、その音は段々と大きくなる。
どうする。どうすればいい。そもそも、なぜ敵は私を狙っている?
…まさか。
もし、ここまでの流れが全て計画された事だとしたら?
開国祭直前の世界会議の開催、精霊国ムートとカプリス共和国の衝突、そして私の孤立と完全なる無力化。
相手は何が目的だ?
…いや、そんな事今はどうでもいい。今は現状を打破する何かを…。
「おい!お前ら!吸血龍姫さんは絶対に傷付けんなよ!セルド様に殺されちまう!」
セルド…?聞いたことがある名前…。
…まさか!あの私に本気で求婚してきたキモいムートの貴族!
如何することも出ない。身体が重い。声もロクに出せない。
せめて、せめてエクラだけでもなんとか逃がせないだろうか。
見ると、震えながらも、必死に自分の体で私を隠そうとしていた。
「エクラ…逃げて…!」
私は、必死に言葉を絞り出す。
しかし、エクラは首を横に振った。
「最後まで、テラス様の側に居m。」
「みーつけたぁ!」
腰に鈴をぶら下げた男は、そう言うと馬車からエクラを引きずりおろした。
「よぉ!吸血龍姫様ぁ!俺はなぁ、お前を気に入ったとある貴族に雇われて、お前を攫いに来ましたぁ!あはははははは!!!」
テラス様。私、頑張りますから。
「残念ですね!私は、テラス様じゃありません!テラス様はこういう時のために後方の別部隊に居ますので!そして既に、この事はテラス様に伝わって、今頃ここに、大量の兵士が向かっている事でしょう!」
だからどうか、生き延びてください。
「ああ?何言って…って、こいつ確かに目の色がちげぇ!この餓鬼がぁ!!殴り殺してその体、引き裂いてやる!!」
痛い。でも、この痛みは名誉の痛み。
ああ、テラス様。
あの日、私を拾ってくれて、名前もくれて、その後は毎食パンを与えてくれた。
帰ってきたあとはお出かけに連れて行ってくれて。
パンケーキ、美味しかったなぁ…。
髪飾り、もっと付けたかったなぁ…。
テラス様…。
私は何をしている。エクラを守ると誓って、今のこの体たらくはなんだ。
守ってもらってるではないか。
力が、もっと力があれば。
力が欲しい。誰か…力を…。
『龍巫女よ。なにゆえ我を呼んだ。』
気が付くと、とてつもない力を感じる龍が私の目の前に居た。
周りを見回したが、何も無い闇が広がっているだけだった。
『ほほう。今代の龍巫女は面白いな。』
体は、動く。ここは、何処だろうか。
『龍巫女よ。我に何を求める。』
私は、咄嗟に叫ぶ。
「力が、力が欲しい…!エクラを救い、この状況を打破できる圧倒的な力が!」
その答えに、目の前の龍はとても愉快そうに笑う。
『ふははははは!そうか!呪われし龍巫女よ!気に入ったぞ!我は祖龍!お前に眠りし龍の力を覚ましてやろう!…我が加護を授かれるだけの器があればだがな!ゆくぞ!』
!?!?
物凄い力が流れ込んで来る…!
心臓が、破裂しそうだ…!
頭も、痛すぎる…!
でも…
でも…エクラの為だああああああ!!!
『まさか、本当に耐えてしまったか!そうか!本当に耐えたのはお前が初めてだぞ!ますます気に入った!行くがいい!呪われし龍巫女よ!そして、お前の大切なものを、その力で守るがいい!』
身体が、動く。声も、出る。
そして、力が溢れてくる。外から聞こえてくるのは、エクラの苦しみ。
私は、細長い革袋に手を伸ばし、そして中から剣を取り出す。
それは桜色の柄に、まるで雪のような白さの片刃の、刀であった。
私は、龍の力が手に取るようにわかる。
刀身に、白い灰のようなものが纏わる。
そして、私の全身に、風のように白い灰が舞う。
これが、私の龍としての力。
なるほど。
確かにこれは、呪いと呼ばれるね。
私は、馬車の扉を開ける。そこには、エクラに覆いかぶさり、その顔を殴り続ける男の姿が。
そして、その周りは、多くの男たちが私達の馬車から金品を奪っていた。
その男は、私を見て表情を変える。
「あるぇ!?居るじゃん!なぁ〜んだぁ。やっぱり、ハッタリだったのかぁ〜。てかぁ、なぁんで動けてるのぉ?」
そう言って、腰の鈴を取り、私に見せつけるように振ってみせる。
「まいっかぁ。じゃぁ、大人しくついt」
そう言って、私に触れようとした男の手が、一瞬で骨だけになって、接続を失った骨がバラバラと落ちる。
これが私の呪われし龍の力、腐蝕だ。
「ああああ!!!う、腕、腕がああ!!」
そう言いながら残った右手で必死に鈴を振る男。
私は、そんな鈴ごと、男を縦に両断した。
私は、男の屍を踏みつけ、エクラの元へ向かう。息絶えかけている。
私は落ち着いて自分の指を噛み切り、溢れる血に祖龍の加護を載せて、エクラに飲ませる。
するとエクラの傷は即座に消え去った。
祖龍の加護の力は、この異常な再生能力だった。
私は身に纏っている風に、この加護の力を載せる。これで、腐蝕と相殺しあってただの風となるだろう。
エクラを抱き上げ、馬車の中に寝かせると、私は祖龍の加護を風に載せるのを止める。
すると、歩いた場所の植物が死んでいった。
自分の大将の死にあ然として動かなかった取り巻き達が、その光景を目にし即座に逃げ出す。
逃 さ な い 。
膨大な身体能力を得た私から、もはや逃げられる者は誰一人としていなかった。
一人ずつ、確実に刀で両断していく。そして、遠くの敵には、龍の吐息を放つ。周りを死なせながら敵に迫る。命中した敵は溶けて骨になり、当たらなかった敵もその灰を吸って内臓から腐っていった。
敵に残されたのは、刀で死ぬか、腐蝕で死ぬかの二択のみであった。
しばらくして、皆殺しが完了しふと周りを見渡すと、自然が死にまくっていたので、流石にまずいかと思った私は、龍の吐息に今度は腐食ではなく再生を載せて放つ。
そしたら、少し面白いことが起こった。
死体たちが、土に返ったのだ。
再生していく自然と、消えていく死体。
見ていてとても愉快だった。
そのままその吐息を護衛の兵士にも当てる。
魔力不足状態に効くのかと心配したが、問題なく効いたようで、少しずつ目を覚ましていった。
そんな兵士たちを横目に、私はこっそり真っ二つになった魔封じの鈴を異空間収納に放り込む。
レアアイテムゲットな感覚で。
そして、馬車に戻り、刀を魔法で綺麗にして、また元の革袋に戻そうとしたところで、刀が鏡のように反射して、自分の顔が写った。
ん!?
取り敢えず落ち着いて、刀を革袋に戻し、そして異空間収納から手鏡を取り出す。
そして、驚いた。
右眼が、青色になっていたのだ。
あちゃー。これじゃあ、なんかよくわからないけど気が付いたら全部片付いてたね作戦が通じない…。
左眼は、白のままだ。なんで青色。
あっ、そういえばお父様の目の色って青色だったような…?
お父様から受け継いだ龍の力が覚醒したからこうやって瞳に現れたのだろうか。
外では、護衛の兵士達が状況把握のためバタバタと動き回っていた。
同行していた使用人達はパニックになって、騒いでいた。
突然体の自由を失い、意識を失ったかと思ったら、今度はまるで夢であったかの様に何も残っていないのだから、無理もない。
そんな中、私は馬車の中で、未だ眠ったままのエクラに膝枕をして、その頭を優しく撫でていた。
ソフィは、馬車内の対面の長椅子に寝かせている。
「ありがとう、エクラ。私を守ってくれて。こんなに小さな体で必死に私を隠して。震えながら、ハッタリを言って。」
私は、静かにエクラの額にキスをする。
そして、また優しく頭を撫で続けた。
そんな時間がしばらく続いていたその時、
「姫様…!」
そう叫びながら、ソフィが目を覚ました。
そして、起き上がって私を見て、驚きの表情を浮かべ、固まる。
そらそうだ。
だって、傷一つないけれど、着ている服が真っ赤に染まったエクラと、返り血を浴びて真っ赤な私がそこには居たのだから。
私は、そんなソフィに、
「おはよう、ソフィ。」
と、笑顔で起床の挨拶を送った。
「おはよう、では無いですよ!一体何がどうなって…。襲撃者は何処へ!?なぜ姫様達はなぜその様に血塗れなのですか!?」
「落ち着いて、ソフィ。私は大丈夫。襲撃者ももう居ないから安心して。」
珍しく取り乱しているソフィが愉快だと思いつつ、そして何故かこんなに落ち着いている自分に驚いていた。
「ソフィはエクラの近くに居てあげて。そして、目を覚ましたら私の無事と感謝を伝えて。そして、馬車の中で待機しててね。」
「ひ、姫様?一体…?」
「私は、外のパニックを静めてくる。そして、皆を導いてくるね。」
何故か呆気に取られているソフィの前で、浄化と洗浄の魔法を発動させる。
するとたちまち、私とエクラに付いていた血などの汚れは消え、綺麗になった。
ここまでやったんだ。これぐらいのオリジナル魔法ぐらいなら使っても、もはや結末に何も影響など出ないだろう。
「じゃあソフィ、エクラは任せるね。」
「は、はい…。」
その返事を聞き、私は馬車の外へと出た。
「姫様!ご無事でしたか!」
外に出た私は、すぐさま護衛の兵士達に囲まれた。
「ええ。事の一部始終は、後で説明します。ですが、まずはここを離れる準備を始めなさい。その間に私はお父様とお母様に向けて、事の顛末を記した文を書きます。その後護衛兵の数名を選出し、大使館に届けさせます。貴方は、負傷者は居ないはずですが、一応確認を取りなさい。そして、護衛兵の貴方達は警戒陣を馬車を中心に組みなさい。そして…」
と、私はどんどんと指示を出し、混乱を収め、皆を導いていく。
その姿は、まさしく王であった。
一通り支持を出し終えた私は馬車へと戻り、急いで文を書く。
内容はもちろん事の顛末だ。
襲撃を受けた事、襲撃者はセルドの名を口にしていた事、魔封じの鈴の事、エクラが頑張ってくれた事、私の身に起きた事、そして、このままシュトラール城へと進む事を。
何度か馬車に私の指示を仰ぎに来た者に対応しつつ、私は文を完成させ、そして選別された護衛兵に持たせる。
「任せました。必ず、届けなさい。」
「は!この命に変えましても必ず!」
と言い、数名の護衛兵は馬で駆けていく。
襲撃者が奪っていた金品の回収も、直りそうな馬車の応急措置も終わった。
駄目になった馬車は、その場に廃棄していく事を決め、指示した。
そして、体制が整い、使用人達に落ち着きが戻りつつある事を確認した私は、シュトラール城へ前進せよと命を出した。
馬車に戻った私は、再びエクラに膝枕をして、頭を撫でる。ソフィは、そんな私に、
「皆を導くお姿、とてもご立派でした。…正直、かなり驚いています。一体何があったのですか?」
と、神妙な面持ちで聞いてきた。
私も、冷静に判断を下していた自分に驚いているし、理解もできていないのだが、取り敢えずソフィに、一体何があったのか説明する。
「そうですか…そのような事が…。」
少しの沈黙の後、目に涙を浮かべるソフィ。
私が驚いていると、ソフィは進む馬車の中で私に跪いて頭を下げた。
「申し訳ありませんでした…。私の力が足りないばかりに…。何なりと罰をお与え下さい。」
私はそんなソフィの手を取った。
「謝らないで、ソフィ。今回の出来事は、事故のようなもの。だから、ソフィに罪などないの。」
私は、言葉を続ける。
「…それでもソフィ自身が自分を許せないと言うのなら、私にずっと仕えて、私の為に働き続ける事を罰にします。」
その言葉に、ソフィは少し笑った。
「そんなの、罰になりませんよ。…わかりました。このソフィ・トラバント、姫様に一生仕えることを誓います。」
本当に優秀な、私のソフィだ。
その後、無事に首都へと到着した私達は、首都の民たちに帰還の祝福を受けながら、シュトラール城へと入城していったのだった。
こうして、波乱の一日は、幕を閉じたのであった。




